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大塚ルートの概要
1.ルートの特徴
アストラムライン大塚駅、広域公園前駅を起終点とし、大塚村十二景に由来する史跡や都市空間と田園風景の調和する景観などを楽しめるルートです。
2.ルート上の主な資源
願行寺
江戸時代には檀家数が少ないことから、寺院としても、真宗道場としても認められていない隠し寺でした。かつては天台宗で伝弘寺と称していましたが、のちに真宗に改め、安永4年(1765年)に東岸山願行寺となりました。
経堂の軒下には“こて”で仕上げた、龍やコイ、水鳥のこて絵があります。
元は大塚分校跡地の少し上手にありましたが、明治38年(1905年)に現在地に移転しました。
大歳神社
創立年代、由緒共に不詳ですが、この地に住む住民が山地より下り平地部に住むようになり開拓された頃から、耕作の神(稲作を中心)として産土神(うぶすながみ)が祭られています。
そのため、大塚では音崎神社と共に最も古い神社と考えられています。
大塚観音堂(慈光寺)
ご本尊の木造十一面千手観音立像は昭和62年(1987年)に市の重要文化財に指定されています。弘法大師の作と伝えられ、可部福王寺、立木像の二番木をもって作ったものと言われています。
岸城城主「大塚氏」がこの像に感応し、建てたお堂が同寺であると伝えられており、武芸の祖神として信仰され、武士が奉納した額が残っています。
かつては大塚の中心的な存在で、境内に湧き出る清水は眼病に効くと言われ、遠くからくみに来る方もおられました。また大塚十二景の一つにもなっています。
宮ヶ瀬神社
創立、勧請年代は不詳ですが旧大塚村の村社であったため、大塚村の守護神であり、家内安全、五穀豊穣の神とされています。
元は大塚の城主、大塚四郎兵衛義清が山の中へ社殿を建立し、八幡神と厳島神を勧請し数百年来祭っていましたが、「三本の川の交わる所へ移転せよ。そうすれば地の幸福を守る。」との神勅があったので、宮ヶ瀬の地に奉遷したと伝えられています。
現在はアストラムラインの建設に伴い、元宮のすぐ上の丘に移転しています。
音崎神社
大山津見神が祭られています。昔は別の場所に建立されていましたが、洪水で神社が沈んだ時、大山津見神が現れ「大きな栂(つが)の木の所に神社を移転して祭れば、この土地を守ろう」と言われ、村人たちが相談し、大きな栂(つが)のあった現在の場所に移し祭ったとされています。
権之神社
祭神は権之神(武人)と言われており、中講地区の氏神となっています。
また、鎌倉時代にこの地に住んでいた「権守入道」の名が、地名ともなっています。
3.ルート上の見所
広島市立大学周辺の田園風景
天狗岩(広島広域公園内)
広島修道大学・ハーモニーロード