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相田・安ルートの概要
1.ルートの特徴
アストラムライン毘沙門台駅、上安駅を起終点とし、安川の水辺風景や、平地部の市街地と背後の丘陵地の間に分布する寺社などの歴史的資源をめぐるルートです。
2.ルート上の主な資源
二ノ宮八幡神社
第二次世界大戦中、松の木にV字型の傷を付け集めた油(松ヤニ)を「松根油」といい、航空燃料として製造されました。この傷跡がある松の幹が今も神社に残されています。
田中山神社
芸藩通誌によれば、承久の変の戦功により、安芸国守護職に任ぜられた武田伊豆守信光の子孫、第五世武田伊豆守信宗が、1299年、武田山の峰に銀山城を築城した際、鬼門を除くため勧請したと伝えられています。
鶏頭原薬師堂
上安村の武田氏の祈願所から、武田氏の滅亡後、行基作と伝わる本尊薬師如来を同村野村氏の境内に移したといわれ、薬師堂は、元禄年間(1688年~)六代野村正悦が創建したと記録されています。
正伝寺
985年に「恵空」が、武田山の北麓に阿弥陀寺を建てたのが始まりと言われています。銀山城主武田信宗の菩提所となってからは、光賢寺と称して、同氏の厚い保護のもと栄えました。
敷地内のクロガネモチは、福島正則が朝鮮の役の時に持ち帰った苗木を植えたものといわれ、広島県の天然記念物に指定されています。
萩尾山神社
商業・漁業の守護神として、1494年、銀山城八代城主武田元綱から繁綱に下知状が下り建立されたと伝えられています。
相田の薬師堂・金ヶ迫の清水
相田の薬師堂は、眼病治癒として信仰され、薬師堂の下に湧き出る金ヶ迫の清水は霊験著しいと言われています。眼病の人がこの水で眼を冷やし、祈っていましたが、現在は水質が悪化しています。
3.ルート上の見所
ゆったりと流れる安川
萩尾山神社への参道を示す石灯籠
旧道の雰囲気
「安の目薬」の石柱
松ヶ丘団地からの眺め
のどかな田園風景