Web展示会「復興の礎として 平和記念都市建設法と広島」 全国初の住民投票と特別法制定
広島平和記念都市建設法案は昭和24(1949)年5月11日に国会を通過したが、特別法として成立するためには、憲法第95条の規定に基づき、住民投票で過半数の賛成を得る必要があった。
広島市では、市役所に平和都市法普及対策本部が置かれ、看板やポスターでの呼びかけのほか、宣伝隊がトラックや消防車、自転車で市内を巡って、住民投票への参加を促すなど啓発運動を展開した。
こうして、投票日の7月7日にちなんで「七夕選挙」とも呼ばれた、日本で最初の住民投票が施行された。市内33か所に投票所が設置され、有権者総数121,437人の内、78,962人が投票した(投票率65%)。有効投票の内訳は、賛成71,852票、反対6,340票と、9割に及ぶ賛成票を集めた。この結果により、広島平和記念都市建設法は成立の条件を満たし、8月6日に公布・施行された。

住民投票啓発ポスター 昭和24(1949)年
7月7日の住民投票への参加を呼びかけるポスター。「世界の人々はヒロシマをみつめている」と、平和記念都市建設が世界に誇るものであることを訴えている。「広島平和記念都市建設法制定賛否投票実施概況」に綴じ込まれていたもの。
住民投票啓発ポスター 昭和24(1949)年
7月7日の住民投票への参加を呼びかけるポスター。投票用紙の記載例を示している。「広島平和記念都市建設法制定賛否投票実施概況」に綴じ込まれていたもの。
大芝投票所の投票風景 昭和24(1949)年7月7日
ヒロシマ平和都市法 昭和24(1949)年6月 中国新聞社発行 (寺光忠資料)
第一条の解説(寺光忠『ヒロシマ平和都市法』より)
広島平和記念都市建設法の賛否を問う住民投票を前に、寺光忠が著した法文の解釈書。国会通過の経緯、法の根本にある平和記念都市の理念、法の制定による援助の概要などが解説されている。
「二 目的」では、前文として想定していた内容を第一条に組み込んだ経緯が記されている。資料中のマーカーのラインと付箋は、寺光が付したものである。
広島平和記念都市建設法制定賛否投票実施概況 昭和24(1949)年
広島平和記念都市建設法の賛否を問う住民投票に関する事務手続き、各投票所の運営、投票結果等の文書や、宣伝に用いたポスター・チラシ類が綴じ込まれている。
住民投票の宣伝活動 昭和24(1949)年
立看板
消防車
自転車宣伝隊
広島平和記念都市法建設の賛否を問う住民投票に、一人でも多くの投票を求めて宣伝活動が展開された。ポスターや立看板の掲出だけでなく、幟や広告をつけた自転車、トラック、消防車などの宣伝隊が市内を巡った。
広島市勢要覧 昭和24年版 昭和25(1950)年3月 広島市発行
「平和都市の理念、目標」、「平和記念都市建設法成立までの経過」(『広島市勢要覧 昭和24年版』より)
「広島平和記念都市建設法制定記念号」として発行された昭和24年版の市勢要覧。第1編で「広島平和記念都市発足記念特集」が組まれている。巻頭付属の「広島市地域指定計画図」では、平和記念公園、100m道路、中央公園が平和記念施設に位置付けられている。
第1編の「平和記念都市の理念、目標」、「平和記念都市建設法成立までの経過」では、この法律に込められた平和への願いや、戦後から法制定に至るまでの経緯、住民投票の詳細な結果を紹介している。
「広島平和記念都市建設法・御署名原本」 昭和24(1949)年8月6日
原本国立公文書館所蔵(国立公文書館デジタルアーカイブ「広島平和記念都市建設法・御署名原本・昭和二十四年・法律第二一九号」(御31902100)より)
住民投票で過半数の賛成を得た結果、広島平和記念都市建設法の成立が決定し、8月6日をもって公布、施行された。これは、法律の公布にあたり、昭和天皇が署名、御璽を押したものの複製である。
広島平和記念都市建設法誕生のあゆみ
元号 |
西暦 |
月 |
日 |
できごと |
---|---|---|---|---|
昭和20 |
1945 |
11 |
13 |
広島市会全員協議会、GHQ最高司令官マッカーサーに「広島復興意見書」を提出することを決定。 |
昭和21 | 1946 | 7 | 31 |
木原市長、貴族院に「広島市及長崎市ノ復興ニ関スル件」を提出。 (29日には長崎市長が、衆議院に「広島市並長崎市ノ復興促進ニ関スル請願」を提出) |
昭和23 | 1948 | 11 | 30 |
広島市議会全員協議会で請願(「復興国営請願」)を採択。 翌2月に「広島原爆災害総合復興対策に関する請願書」を印刷。 |
昭和24 | 1949 | 2 | 13 |
任都栗市議会議長、山田節男参議院議員、山下義信参議院議員、寺光忠参議院議事部長ら、請願運動について検討し、寺光部長から特別立法によるべきと提案される。 この後、寺光部長、「広島平和記念都市建設法案」(第1次案)を作成。 (以後、5月2日までの間に第5次案まで作成される) |
昭和24 | 1949 | 3 | 浜井市長、任都栗市議会議長、松本滝蔵衆議院議員の3氏、GHQ/SCAPの国会議事課長ウィリアムスに法案(英文)を提示。マッカーサーへの打診を求める。 | |
昭和24 | 1949 | 5 | 2 | 広島平和記念都市建設法案確定。 |
昭和24 | 1949 | 5 | 4 | GHQ、広島平和記念都市建設法案を承認。 |
昭和24 | 1949 | 5 | 9 | 参議院議員102人、広島平和記念都市建設法案を参議院に提出。委員会で審議を開始。 |
昭和24 | 1949 | 5 | 10 | 衆議院議員15人、広島平和記念都市建設法案を衆議院に提出。委員会審議を省き即日可決。 |
昭和24 | 1949 | 5 | 11 | 衆議院から送致された法案を参議院で可決。 |
昭和24 | 1949 | 5 | 19 | 広島市議会、広島平和記念都市建設法案の衆参両院通過に対する感謝決議。 |
昭和24 | 1949 | 6 | 5 | 寺光忠著『ヒロシマ平和都市法 -広島平和記念都市建設法註解-』発刊。 |
昭和24 | 1949 | 7 | 7 | 住民投票を執行。投票率65%、賛成71,852票、反対6,340票で賛成が90%超を占める。 |
昭和24 | 8 | 6 | 広島平和記念都市建設法公布・施行。 | |
昭和24 | 10 | 3 | 第1回平和文化都市建設協議会※において、平和都市建設計画(5か年計画)案を承認。※ 広島長崎の建設事業の促進完成を図る連絡調整機関。委員長は建設大臣。 |
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