Web展示会「絵はがきからたどる広島あの頃 市街南部」 元宇品・向宇品(むこううじな)

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ページ番号1029938  更新日 2025年2月26日

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元宇品・向宇品(むこううじな)

写真:『最新実測広島市街地図 大正15年』元宇品・向宇品エリア

元宇品・向宇品(むこううじな)(南区元宇品町)

もとは広島湾に浮かぶ小島(宇品島)であったが、明治22年(1889年)の宇品築港後、橋で結ばれ陸繋島(りくけいとう)となった。山のほとんどが国有保護林であったため、原生林が多く残っている。
築港と同時に開かれた新開(宇品新開)と区別するため「元宇品」や「向宇品(むこううじな)」と呼ばれるようになった。明治37年に広島市に編入された。
昭和4年(1929年)に広島市主催で開催された昭和産業博覧会では、元宇品が広島市の南端に位置するものの、海陸交通の便がよいことや、亜熱帯植物が繁茂する保護林は天然の森林公園となることなどの理由から、第三会場に選定された。

31 広島宇品港

昭和(戦前)期発行

写真:広島宇品港

宇品港の海上から宇品島に向かって撮影したもの。正面のこんもりとした山は宇品山。右側に見えるのは市営桟橋。

32 向宇品(むこううじな)海水浴場

昭和(戦前)期発行

写真:向宇品海水浴場

向宇品(むこううじな)には明治20年代半ばごろから海水浴場が設けられたが、時代とともにその位置や名称は変わった。写真の向宇品(むこううじな)海水浴場は、明治23年(1890年)に宇品島西岸に設置されたもので、大正10年(1921年)まで続いた。

33 向宇品(むこううじな)観音堂全景

昭和14年(1939年)頃

写真:向宇品観音堂 全景

観音寺は臨済宗の寺院。安土桃山時代に開かれたと言われている。創建以来、代々の藩主の庇護を受けて栄えた。同寺は宇品山の中腹にあり正面に金輪(かなわ)島、眼下には港に出入りする船が見えることから、「眺望絶佳」と言われた。本堂には、市の重要文化財に指定されている木造阿弥陀如来立像がある。
(『似の島陸軍検疫所 広島・宇品・名勝 記念写真帖』水谷忠次郎 編 昭和14年(1939年)発行 より)

34 観音禅院全景

昭和9年(1934年)発行

写真:観音禅院 全景

観音寺の本堂を正面から撮影したもの。

35 昭和産業博覧会第三会場(宇品) 海軍館と水族館

昭和4年(1929年)発行

写真:昭和産業博覧会第三会場(宇品) 海軍館と水族館

昭和4年(1929年)に開催された広島市主催の昭和産業博覧会では、元宇品に第三会場が設けられた。写真は会場となった軍艦を模した外観の海軍館と向宇品(むこううじな)別世界の水族館を撮影したもの。

36 (宇品)向宇品(むこううじな)別世界

昭和8年(1933年)発行

写真:(宇品)向宇品別世界

元宇品の水族館は、大正11年(1922年)に株式会社宇品別世界が設置したリゾート施設の一つ。別世界には他にプールや海水浴場もあった。

37 広島市主催昭和産業博覧会 会場配置図

昭和5年(1930年)

写真:広島市主催昭和産業博覧会 会場配置図

広島市主催昭和産業博覧会の第一会場(西練兵場)、第二会場(比治山)、第三会場(向宇品)(むこううじな)それぞれの施設配置図。
第三会場の配置図には、宇品山の西側に海軍館、プール、水族館、空海食堂、休憩所、売店等の施設が細かく書き込まれている。
(『広島市主催昭和産業博覧会記念誌』昭和5年(1930年)広島市役所発行 より)

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