橋のプロフィール
- 橋長
- 87.6m
- 幅員
- 9.9m
- 形式
-
3径間連続RCT桁橋×2
2径間連続RCT桁橋×1
- 完成時期
- 1930(昭和5)年
- 河川名
- 京橋川

栄橋のあゆみ
- 1906(明治39)年
- 栄橋の架橋
- 1930(昭和5)年
- 栄橋の架替
- 1970(昭和45)年
- 栄橋歩道橋の付設
時代をつなぐ栄橋ヒストリー
栄橋は、現存する被爆橋の一つです。架橋される以前、この場所には「大須賀渡し」という渡し場があり、人々の交通を支えていました。
1906(明治39)年、熊谷栄次郎が工費の3分の1を寄付し、残りを広島市が負担して橋が架けられました。橋名は、熊谷氏の名から一字を取ったものとされています。
その後、1930(昭和5)年には、中央が2径間、両端が3径間の連続RCT桁橋に架け替えられより丈夫で近代的な橋へ姿を変えました。
1945(昭和20)年、原爆炸裂の瞬間、橋の上では鬼火のような怪火が飛び交ったといわれています。
しかし、爆風とほぼ同じ方向に橋がかかっていたため破壊は比較的少なく、多くの人々が避難のためにこの橋を渡り、東練兵場へ向かったと伝えられており、当時の姿をとどめたまま今なお残り続けています。

広島市文化振興課所蔵 大段徳市撮影【昭和44年4月】
歩道が設置される前の栄橋。戦前には歩道が設置されていない橋が多くありました。

広島市文化振興課所蔵 大段徳市撮影【昭和45年12月】
歩道橋の取付工事中の栄橋。左は水管橋。

栄橋の橋名板には、旧字で「榮橋」と刻まれています。
栄橋の位置
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