栄橋(被爆橋)

ページ番号1047645  更新日 2026年2月25日

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橋のプロフィール

橋長
87.6m
幅員
9.9m
形式

3径間連続RCT桁橋×2

2径間連続RCT桁橋×1

完成時期
1930(昭和5)年
河川名
京橋川

橋の全景

栄橋のあゆみ

1906(明治39)年
栄橋の架橋
1930(昭和5)年
栄橋の架替
1970(昭和45)年
栄橋歩道橋の付設

時代をつなぐ栄橋ヒストリー

栄橋は、現存する被爆橋の一つです。架橋される以前、この場所には「大須賀渡し」という渡し場があり、人々の交通を支えていました。

1906(明治39)年、熊谷栄次郎が工費の3分の1を寄付し、残りを広島市が負担して橋が架けられました。橋名は、熊谷氏の名から一字を取ったものとされています。

その後、1930(昭和5)年には、中央が2径間、両端が3径間の連続RCT桁橋に架け替えられより丈夫で近代的な橋へ姿を変えました。

1945(昭和20)年、原爆炸裂の瞬間、橋の上では鬼火のような怪火が飛び交ったといわれています。
しかし、爆風とほぼ同じ方向に橋がかかっていたため破壊は比較的少なく、多くの人々が避難のためにこの橋を渡り、東練兵場へ向かったと伝えられており、当時の姿をとどめたまま今なお残り続けています。

昭和頃の栄橋の全景写真

広島市文化振興課所蔵 大段徳市撮影【昭和44年4月】

歩道が設置される前の栄橋。戦前には歩道が設置されていない橋が多くありました。

歩道設置中の栄橋の写真

広島市文化振興課所蔵 大段徳市撮影【昭和45年12月】

歩道橋の取付工事中の栄橋。左は水管橋。

栄橋の橋名板

栄橋の橋名板には、旧字で「榮橋」と刻まれています。

栄橋の位置

地図

このページに関するお問い合わせ

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