令和8年度「若者による相互理解・交流促進事業」実施結果について

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ページ番号1053780  更新日 2026年10月26日

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1 概要

令和5年度に締結した平和記念公園と米国パールハーバー国立記念公園との姉妹公園協定に基づき、令和8年度は、本市の若者をホノルル(パールハーバー)へ派遣し、現地の若者との交流や文化体験の機会を設定し、異文化理解の促進を図る取組みを実施しました。また、被爆者の方とホノルルの学校をオンラインでつなぎ、被爆の実相に触れるプログラムを実施し、被爆者を交えて双方の若者が意見交換を行いました。

 令和6年度:本市の若者5名と被爆者2名をホノルル(パールハーバー)に派遣 

 令和7年度:ハワイの若者5名を受入れ

 令和8年度:本市の若者7名をホノルル(パールハーバー)に派遣

2 参加者

石丸 陽菜 (イシマル ヒナ) ノートルダム清心高等学校 2年

入江 由惟 (イリエ ユイ) AICJ高等学校 1年

占部 莉々香(ウラベ リリカ) 広島県立広島高等学校 1年

大石 雅仁 (オオイシ マサヒト)AICJ高等学校 2年

白水 いち子(シロミズ イチコ) 広島市立大学国際学部 2年

平井 希実 (ヒライ ノゾミ) ノートルダム清心高等学校 2年

布瀬 千絢 (フセ チヒロ) 広島市立舟入高等学校 2年

※五十音順

3 事前研修

派遣中の活動の効果を高めるため、4日間にわたり以下のとおり研修を実施しました。

本市の国際交流事業及び姉妹公園協定の取組、本市の平和への取組、太平洋戦争の歴史、パールハーバー攻撃前と攻撃後の日系人、異文化理解学習、平和記念資料館見学、平和記念公園フィールドワーク、被爆体験講話聴講及び被爆者との意見交換

4 ホノルルでの活動内容と感想(令和8年8月28日~9月2日)

(1) ハワイ州政府庁舎・州議会議事堂視察(8月28日)

 ハワイ州議会議事堂では、24年間にわたり州議会議員を務めるグレン・ワカイ上院議員より歓迎と案内を受けました。同議員は、養殖・宇宙関連産業・代替エネルギーの推進に取り組んでおり、それぞれの分野について丁寧な説明をいただきました。若者たちからは、環境問題やエネルギー施策等について質問が寄せられ、活発な意見交換が行われました。

 今回の訪問を通じて、議会制度や議員の取組み、ハワイと日本の違いについて理解を深めることができました。その後、州知事室を訪問し、法案の署名や記者会見を行う部屋を視察しました。

グレン・ワカイ氏との交流
ハワイ州議会議事堂にてグレン・ワカイ氏との交流

(2) パールハーバー国立記念公園視察(8月28日)

 2017年にビジターセンター内に設置されたローン・セーラー像(※)を視察し、次のような説明を受けました。(※ アメリカ海軍に勤務した、または勤務するすべての男女を象徴する記念像「ひとりの水兵」像)

 この像が設置された背景には、パールハーバーを経験した生存者が少なくなっている現状があり、当時、何が起こったのかを継承するための象徴としての意味が込められています。

 その後、ビジターセンター内ギャラリー「Road To War」および「Attack」の見学を行いました。パールハーバー国立記念公園で来訪者向けの教育プログラムを担当しているレンジャーからは、基本的な歴史背景の説明を受けたほか、展示は、真珠湾攻撃生存者が、この場所をどのような場として残したいかという視点をコンセプトとしているとの説明がありました。

 展示物については、戦艦が沈んだため、遺品の回収ができず、また、多くの資料が失われたために、現物展示ではなく、写真展示が多いこと、展示されている空撮写真等は、日本から提供されたものであることについて説明を受けました。

参加者の感想

占部さん

 到着した時、まず大きな戦艦が見え、広島の平和記念資料館とは違う空気感でした。この施設を訪問し、私は、とても心を動かされました。広島の資料館は戦争によって受けた被害について、遺品などを元に展示しており、平和な世界を築こうというメッセージを発信しています。一方で、パールハーバーでは、戦争で使用した飛行機や戦艦を造っている人たちの写真や部品の一部が展示されていましたが、最終的には平和な世界を築くというメッセージがありました。私が感じたのは、立場や伝え方が違っても、誰もが平和という一つの大きなゴールを目指しているということであり、これを受け、さらに世界の戦争関連の資料館へ行って展示の違いなどを知り、世界と比べつつ広島の原爆に向き合いたいと考えました。

レンジャーの説明を聞く参加者
パールハーバー国立記念公園ビジターセンターにて
ビジターセンター内のギャラリーでの様子
レンジャーの説明を聞く参加者たち

(3) ウェルカムパーティ(総領事公邸)(8月28日)

 長徳在ホノルル日本国総領事、レザーマン パールハーバー国立記念公園管理監督者、アターダイク太平洋歴史公園会長のスピーチの後、参加者それぞれが意気込みを披露しました。総領事からは、本事業を通じて日米関係がさらに深まることは、大変喜ばしく、総領事館としても本事業を全面的に支援したいとの意向が示されました。

 レザーマン氏からは、これまでも、若者たちだけではなく、双方のコミュニティを巻き込んだ交流へ発展させたいという思いがあったが、今日のこの場は正にそれが実現した場であり、大変嬉しく思う、との発言がありました。
参加者は各自の意気込みを流暢な英語で発表しており、会場から大きな拍手が起きました。

長徳総領事との記念撮影
長徳総領事と参加者

(4) サダコピースプロジェクト(8月29日)

 「サダコピースプロジェクト」は、ホノルルの私立学校「プナホウスクール」の日本語教師2名が2014年に始めた取組で、パールハーバー国立記念公園にブースを設置し、ハワイの学生たちが来場者に対し、佐々木禎子さんの生涯や彼女の平和と和解のメッセージを伝え、一緒に折り鶴を折る活動です。現在は、ホノルルの交流団体「日米協会」がこの活動を引き継ぎ、年数回、同公園で開催しています。

 当日は、ホノルルの高校生6名(ユニバーシティ・ラボラトリー・スクール)と令和7年度に本市を訪問した若者1名が参加し、本市若者と共に活動を行いました。

 その際、被爆者(才木 幹夫さん)から託された折り鶴を使って、若者自身で作成したメッセージカードを、来場者に手渡し、平和のメッセージを共有しました。

参加者の感想

入江さん

 折り鶴を折る体験に惹かれた子供たちが、その後に佐々木禎子さんについての絵本を読むことで、自然に日本のことや平和について知ることができる、とても良い機会だと思いました。また、⼦供だけでなく大人の方も来てくださり、折り鶴や禎子さんの話に興味を持ってくれている人が多いことを実感しました。折り鶴という⼀つの象徴をきっかけに、日本の歴史や平和について知ってもらえることに意味があると感じました。

 

 ユニバーシティ・ラボラトリー・スクールの高校生との意見交換の場面も設定され、双方の歴史認識について、平和教育、遺構等メモリアルのデザインについて考える取組など多岐にわたり、双方の若者が主体的に議論を深めました。

意見交換で共有された内容

  • 被爆者の証言聴講や退役軍人家族との交流など、直接「語り」を聞くことは重要であると思った。
  • 証言者が減少していく中、どのように個別のストーリーや証言を継承していくかについて話し合い、本市の若者から、広島市がAIを活用し、被爆者と対話できる仕組みを整えていることが共有され、ホノルルの若者からは現代テクノロジーを活用することはとても有益であり、重要な手段となるとの賛同を得た。
  • 現在も戦艦アリゾナから漏れ出る油が作る輪(tears of the Arizona~戦艦アリゾナの涙~)が、現在と過去をつなぐ象徴となっていると思った。
  • 教科書の事実を知るだけでなく、現地に身を置くことにより過去に起こった出来事と現在がつながり、実感として迫ってきた。
  • 米国では州ごとにカリキュラムが異なるため、禎子さんのストーリー等、平和に焦点を当てたカリキュラムや教材を開発し、米国内で広げていくことが必要である。
サダコピースプロジェクト
禎子さんのストーリーを伝える活動
サダコピースプロジェクト
おりづるを折る来場者

(5) 戦艦アリゾナ記念館参拝(8月29日)

 ハワイ・テック・アカデミーの学生9名と引率者1名とともにアリゾナ記念館を参拝しました。訪問に際しては、パールハーバー国立公園局から、優先乗降船、写真撮影、献花などの特別な計らいをしていただきました。

 レンジャーからは、記念館に関しての詳細な説明がありました。参加者は、亡くなられた方々の名前が刻まれた壁の前で、それぞれが思い思いに時間を過ごしました。

 下船後、ビジターセンターの佐々木禎子さんのコーナーを改めて視察しました。展示ケースの中には、禎子さんの折り鶴とともに、姉妹公園協定の協定書、安倍元首相が折った折り鶴が設置されており、レンジャーから詳細な説明を受けました。

参加者の感想

平井さん

 アリゾナ記念館では、沈んでいる船が思っていたよりもはっきりと見ることができて、ここにまだ犠牲になった方が眠っていると思うと本当に悲しい気持ちになりました。また、亡くなった方全員の名前が書いてある部屋がとても静かで、神聖な場所であることがひしひしと伝わってきました。こんなにも多くの人の人生を奪ったこのような悲劇を二度と繰り返させないという決意が強くなりました。公式にお墓となっていることにも納得しました。

アリゾナ記念館
アリゾナ記念館参拝
アリゾナ記念館
レンジャーに質問をする参加者

(6) フォード島(ユタ記念館・旧下士官宿舎・オクラホマ記念碑)視察(8月29日)

 レンジャーからは、犠牲者個人に焦点をあて、その方にまつわるエピソード、背景や思いを想像させる説明をしていただきました。その結果、参加者は、レンジャーからの問いかけを通じて自らの思考を掘り下げ、各慰霊碑への理解を深めることができました。

オクラホマ記念碑の前で説明するレンジャー
亡くなられた方のストーリーを紹介するレンジャー
ユタ記念碑
ユタ記念碑を視察する若者たち

(7) 戦艦ミズーリ記念館視察(8月30日)

 午前、戦艦ミズーリ記念館を訪問し、パールハーバー国立公園局が手配した日本語ガイドツアーの下、館内を視察しました。戦艦ミズーリは、東京湾にて1945年9月2日に日本の降伏文書調印式が行われ、第二次世界大戦の正式な終結を象徴する場所となった戦艦です。館内では、戦艦の歴史や太平洋戦争における役割について説明を受けるとともに、実際に降伏文書調印式が行われた場所などを視察しました。また、特攻隊として戦艦に衝突し、取り残された日本兵の遺体を、自分たちと同じく国のために尽くしてきた一人の人間として丁寧に扱い、海葬した米兵のエピソードを聞きました。

参加者の感想

入江さん

 教科書や写真で⾒るだけでは分からない戦艦の大きさや、実際に人が生活していた場所などを見ることで、当時の出来事をより身近に感じることができました。 また、戦艦ミズーリは第⼆次世界⼤戦の終結に関わった場所でもあるため、戦争の歴史を実際の場所で学ぶことができたのは貴重な経験でした。日本とアメリカの間で戦争があったという歴史を改めて実感し、このような歴史を知った上で、これからどのように平和を作っていくかを考えることが大切だと思いました。

戦艦ミズーリ
ミズーリ記念館に設置された降伏文書(複製)の説明を受ける

(8) 真珠湾攻撃を経験した退役軍人家族との意見交換(8月30日)

パールハーバー国立記念公園にて、真珠湾攻撃を経験した方の家族とのオンラインによる意見交換を行いました。参加者からの質問に答える形で、家族からは次のような発言がありました。

  • 「リメンバー・パールハーバー」の意味するものは、父にとって、最初は敵に対する恨みや憎しみだったと思うが、次第に、「あのような悲惨なことは二度と起こしてはならない。そのためにあらゆる努力をしなければならない。」という解釈へと変わっていった。記憶を風化させないことにより、悲劇を繰り返さないようにすることができる。それが父からのメッセージだと思っている。
  • 何事もその時に脈絡なく突然起こるわけではない。例えば真珠湾攻撃のように、そこに至るまでの長い過程がある。皆さんには、多くを学び、今現在起こっていることが未来に影響を与えるのだということを理解し、様々なことに関心を持ち続けてほしい。
  • 父は、何度も12月7日のパールハーバーの式典に出席していたが、それにより自身が癒され、許す気持ちになっていけたのだと思う。日本人に対して、長い間、憎む気持ちを持っていたが長い時間をかけてそれを克服していった。何かの機会に、日本側の生存者が来てスピーチをすると聞き、その人に会いにいった。二人は、目を見て握手をしたが、そのことは父にとって非常大きな意味があったと思う。

 真珠湾攻撃を経験した方の家族から直接話を聞くことで、参加者は、これまで歴史上の出来事として学んできた真珠湾攻撃について、一人ひとりの人生や家族の記憶という視点から考える機会を得ました。戦争による経験や記憶が、その後の世代にも受け継がれていることを学ぶとともに、歴史を単なる出来事として捉えるのではなく、その背景にある人々の思いや人生について考えることの重要性を感じる機会となりました。

参加者の感想

布瀬さん

 「日本人に対して、長い間、憎む気持ちを持っていたが、時間をかけて克服した」と言われていました。多くの仲間を失って自身も壮絶な経験をしたのだからそうなるのも当たり前だと感じました。また、日本のことを許す、アメリカのことを許す、ではなく、これからそのようなことが起こらないように私たちは頑張らなければならないと思いました。

大石さん

 遺族の方から受け継いだバトンを次の世代へ繋いでいくことこそが、直接の経験者がいる時代といなくなってしまう時代の狭間を生きる私たちに課せられた大きな課題であると改めて痛感しました。

平井さん

 19歳という年齢で飛行機から爆弾が落ちてくるところを目撃したという経験がどれほど衝撃的なことか想像もつかなかったが、戦争が人の心に残す傷の大きさを再認識しました。ご家族の方は私たちにしてほしいこととして、「二度と起こらないように記憶を生かしておくこと」を再三仰っていました。その思いを受け取り、報告会やそれが終わった後にも責任をもって記憶を風化させないよう努めたいと思いました。

真珠湾攻撃を経験した退役軍人家族とのオンライン交流
オンラインで真珠湾攻撃を経験した退役軍人家族と意見交換

(9) ハワイ大学マノア校での茶道体験(8月30日)

午後、ハワイ大学マノア校を訪問し、茶道体験を行いました。参加者は、茶道部に所属するハワイの若者の指導のもと、日本の伝統文化である茶道に触れました。茶道を通じて、改めて日本の文化や「おもてなし」の精神について理解を深めるとともに、歴史や平和に関する交流に加え、日本文化を通じた相互理解を深める機会となりました。本お茶会は、各所に「平和」への切なる思いが溢れる素晴らしいひとときとなりました。

道具に込められた思い

広島の若者が「平和の架け橋」となる願いを込め、道具には「虹の橋」の 茶杓が用いられました。

千玄室大宗匠のエピソード

特攻隊の生き残りとしての壮絶な戦争体験を持つ裏千家前家元の千玄室 大宗匠が、お茶を通じて世界平和を願い、情熱を注いで来られた足跡や理念についても触れられました。

お茶会後、御礼として、参加した若者からハワイの若者に、ヒロシマの平和への思いが込められたメッセージカードを手渡しました。

参加者の感想

大石さん

 日本の伝統美とハワイの豊かな自然や文化が融合したその空間を目にしたとき、深い感動を覚えました。それは単に異文化が混ざり合っているのではなく、それぞれの文化が互いを排斥することなく尊重し合い、自分たちの形や良さをそのまま保ちながら共存していたからです。多様な背景を持つ人々が集い、互いの文化を認め合いながら一つの空間を作り上げる姿は、まさに私が目指していた「国境を超えた相互理解」の理想形そのものでした。茶道という共通の言葉を通したこの交流は、異なる文化がどのように調和し合えるかを肌で学ぶ、かけがえのない機会となりました。

占部さん

 戦争をして恨みがあるはずの国でも、文化が理解され受け継がれているのは平和があってこそだと感じます。私は今まで、平和は過去の歴史を伝えたり生存者の声を聞くことで感じ、つくられるものだと思っていました。ですが、日本の文化を通じて互いにリスペクトしあうことで、平和が生まれることも知りました。このように様々な交流の仕方で平和を世界に広げていいくことができるようこれから自分には何ができるか考え始めるきっかけとなりました。

ハワイ大学茶道クラブ
茶道を通した平和文化交流
ハワイ大学茶道クラブ
ハワイならではの茶道を体験

(10) クラブ100(第100歩兵大隊記念クラブ)視察(8月31日)

クラブ100は、第二次世界大戦時、日系二世で構成された「第100歩兵大隊」の退役軍人たちが設立した団体で、同部隊の功績と犠牲者の追悼を目的として、1952年に記念館を設立しました。同館では第100歩兵大隊がたどった歩みを次世代へ残していくため、戦時中の写真、軍服や軍需品、物品など数多くの資料を展示、保管しています。

ア)第100歩兵大隊に関する講義

イオラニスクールの生徒10名とともに、日系アメリカ人の歴史に関する講義を受けました。第100歩兵大隊および第442連隊戦闘団、陸軍情報部(MIS)の設立背景や、太平洋戦争下の困難な状況において日系二世たちが果たした役割、その功績について説明を受けました。

参加者は、真珠湾攻撃後の混乱の中でアメリカに対する忠誠を示し、過酷な訓練を経て欧州戦線などで勇敢に戦った二世兵士たちの歴史について理解を深めました。歴史上の事実だけでなく、日系人としての誇りと勇気を持って生きた人々の歩みや日米を結ぶ歴史の深さを実感する機会となりました。

イ)日系移民に関する歴史学習(ホノウリウリ日系人強制収容所に関する講義)

続いて、同場所において、ホノウリウリ国立歴史公園管理監督者クリスティン・オグラ氏による講義を受けました。

 1943年3月に設置されたホノウリウリ強制収容所の歴史について説明を受け、真珠湾攻撃直後に設置されたサンドアイランド収容所から多くの収容者が移送されたこと、ハワイでは日系人が人口の約4割を占めていたため全員ではなく指導的立場にある人々が対象となったこと、収容者がこの場所を「地獄谷」と呼んでいたことなどを学びました。

講義では活発な質疑応答があり、最後は各自が印象に残ったことを全員に共有しました。

 戦争が個人の人生や人々の暮らし、コミュニティにどのような影響を与えるのかを深く学ぶとともに、偏見や分断を防ぎ、相互理解と尊重の精神を持つことの大切さについて考える機会となりました。

 講義後には、広島の若者からのプレゼンテーションを実施し、ヒロシマの平和への思いが込められたメッセージカードを手渡しました。

参加者の感想

平井さん

 第100歩兵大隊の人たちが行動によってアメリカへの忠誠心を示さなければならなかったことはとても辛かったことだと改めて思いました。出自によってその人の内面まで知ることはできないので、一つの側に立って誰かを糾弾する前に立ち止まることはとても大切だと感じました。しかし同時に、仮に今アメリカが日本を攻撃してきたとして、両親がアメリカ人で日本在住の人を自分は悪く思わずにいられるだろうかと想像すると、無意識のうちに偏見を持ってしまう気がして怖くなります。「国」というのは大きな枠組みだが、時にはそれを一旦わきに置いて物事を考えることが必要だと思いました。

第100歩兵大隊記念クラブ
現地若者と交流
第100歩兵大隊記念クラブ
イオラニスクールの生徒の皆さん

(11) ユニバーシティ・ラボラトリー・スクール訪問及びオンライン被爆体験講話(8月31日)

午後、ユニバーシティ・ラボラトリー・スクールを訪問し、同校の生徒約50名との交流を行いました。校長先生による挨拶や広島の若者による本交流事業を説明するプレゼンテーションに続き、被爆者である八幡照子さんによるオンライン被爆体験証言を聴講しました。ホノルルの若者たちは静まり返り、真剣に耳を傾けている様子でした。ホノルルの学生からは、八幡さんの勇気への感謝とともに周りの人を大事にし日常を大切にしたい、という発言があり、八幡さんの思いをしっかり受け止めた様子でした。

その後、約50名の生徒が小グループに分かれ、若者同士の意見交換を行いました。参加者は、被爆体験証言を直接聴講することの重みを受け止めるとともに、同世代のハワイの若者と直に意見を交わすことで、互いの背景や考え方に対する理解を深めました。国や文化の違いを超えて共通する平和への思いを確認し、将来に向けた友情と相互理解を育む有意義なひとときとなりました。意見交換の後、御礼として、参加した若者からハワイの若者に、被爆者(才木幹夫さん)から託された折り鶴を使った平和への思いが込められたメッセージカードを手渡しました。

参加者の感想

大石さん

 被爆体験講話は、単に、原爆による広島への影響の話などの全体のデータでなく、八幡さんの「被爆後に食べたおにぎりのありがたさ」などの個々の実体験によって構成されており、そうした実体験談は、ホノルルの生徒にとって、原爆投下をより身近なものにさせたと思います。現地の生徒との議論の中で特に印象的だったのは、異なる歴史的・文化的背景を持ちながらも、「戦争のない平和」や「自分たちの世代で何ができるか」などという根底にある思いを共通して持っていたことです。被爆者の実体験を聞き、その直後に互いの感想や平和への問いを共有し合えたこの経験は、単に歴史を学ぶだけでなく、未来へ向けてどのように平和を築いていくかを共に考える実践的な一歩となりました。

入江さん

 実際に体験した方の話を聞くことで、ハワイの生徒たちも戦争や平和について自分のこととして考えるきっかけになったのではないかと思います。オンラインという限られた環境でも、お互いの経験を聞き、意見を交換することができたことに大きな意味があると感じました。

ユニバーシティ・ラボラトリースクール
集合写真
ユニバーシティラボラトリースクール
小グループに分かれて意見交換
ユニバーシティラボラトリースクール
現地の若者と意見交換
ユニバーシティラボラトリースクール
八幡照子証言者の講話を聴講

(12) クロージングセレモニー(ホノルル市役所)(8月31日)

夕刻、ホノルル市役所において開催されたクロージングセレモニーに参加しました。会場にはプログラム関係者のほか、ホストファミリーも参加し、再会を喜びあいました。

式典では、リック・ブランジャルディ ホノルル市長登壇のもと、松井市長のビデオメッセージが上映されました。ブランジャルディ市長の挨拶では、昨夏の広島訪問に触れ、被爆の実相に衝撃を受けたとともに最も心を動かされたことは広島の人の温かさだ、と述べられました。また、このような若者の交流こそが、対話を通じて相互理解を深め、平和を希求することにつながるとして若者たちに希望を託しました。

松井市長のメッセージでは、ハワイ訪問プログラムへの協力に対する感謝とともに、姉妹都市・姉妹公園協定に基づく若者交流の意義、平和な世界の実現に向けた両市の連携について思いが伝えられました。参加した若者たちは、一人ひとり、関係者への感謝、本滞在プログラムを通じて学んだことや感じたことについて発表を行ないました。派遣された7名の若者がこれまでの学びを振り返り、自らの言葉で未来への決意を表明する貴重な機会となりました。

ホノルル市庁舎
リック・ブランジャルディ市長(左から4番目)、トム・レザーマン管理監督者(右から4番目)、アイリーン・アターダイク会長(一番左)と記念撮影

5 その他

平和記念式典参列、市長訪問を行いました。

1)平和記念式典参列(8月6日)

参加者の感想

大石さん

 松井市長の平和宣言が強く心にのこっています。そこには、「価値観の異なる人々との国境を越えた交流を深めてください。そうすることで、嬉しさや楽しさ、夢や希望を共有することができます」という言葉がありました。その中には、私の平和への考え方とつながるような部分がありました。このプログラムに参加したのも、価値観、言語、教育の違う人々と国境を超えた交流を進めたいということが第一にあります。
 今回のホノルル派遣は、この「国境を越えた相互理解」を実践する絶好の機会であると感じています。現地では、異なる背景を持つ同世代のハワイの若者たちと正面から向き合い、互いの意見や価値観を尊重しながら対話を進めたいとおもっています。単に歴史の事実を共有するだけでなく、これからの未来を共にどう築くかという前向きな議論を行うことが、私の役割だと考えています。式典で得た気づきを胸に、派遣期間中の一つひとつの交流に責任感を持って臨みたいと改めて強く感じました。

占部さん

 初めての平和式典参列で、どんな雰囲気なのかとか色々楽しみだった分、今までテレビで見てみた景色が目の前にあるのはとても緊張しましたし、特別な気分でした。実際に式典が始まって黙とうをした時、その場にいないとわからない雰囲気がありました。8時15分からおよそ1分という特別な時間の中で、これまで学んできた平和学習を活かして、ホノルルでの研修で色々なものを学び、感じてこようと強く思いました。この平和式典参列を通して、現地での活動に対する気持ちが、不安から自信や期待に応えたいという気持ちに変化しました。

2)市長訪問(8月26日)

出発前に参加者が広島市長を訪問し、決意表明を行いました。

参加者の感想

大石さん

 訪問では、これまでに重ねてきた4回の事前研修の成果についてご報告しました。被爆者の方から直接お話を伺ったことや、平和記念資料館では石田館長のご案内のもとで展示を拝見したことなどを伝えました。
 また、市長からは平和記念公園とパールハーバー国立記念公園が姉妹公園協定を締結するまでの道のりや、そこに込められた想いについてお話を伺うことができました。
 協定の重みを知り、私たちが現地へ赴く意義や、対話を通じて平和を築いていくことの大切さを改めて深く実感いたしました。

6 参加者の感想

帰国後、参加者から寄せられた感想を紹介します。

石丸さん

 事前研修では戦時中における事実や人々の思いについて学ぶことができたのはもちろんのこと、講師の方々の中には、人として物事を考えるときの傾向というような、平和活動に取り組むうえで、今まであまり意識の向けることのなっかった思考過程についても学ぶことができました。このことは、人生という大きな枠組みにおいても、そうしたキーポイントとなる出来事は多く訪れるであろうと感じています。

ホノルルでは迎え入れてくださった方々が「特別に」私たちのためにしてくださることが多かったのではと感じています。その点においてより一層この事業に携わることができたことをうれしく思いました。

また、多くの経験をこの派遣中にさせていただけたことで次は私が、日本側、アメリカ側に偏って伝承していくのではなく、中立的な立場で、どの意見を持つ人も尊重し、被爆者の証言や、歴史的事実を事実として伝えていこうと思います。

入江さん

 初めて8月6日にトムさんとお話をした時に、できるだけ多くの人の体験談を知ることの大切さを学びました。しかし、ホノルルで退役軍⼈の御子息からお話を聞いたことで、その大切さをより強く実感しました。8月6日にトムさんから学んだ「一人一人の体験談を聞くことの大切さ」は、ホノルルで実際にさまざまな人の話を聞いたことで、より自分の中で深いものになり、これからは、できるだけ多くの人の経験や思いを知り、それを⾃分だけで終わらせず、他の人にも伝えていきたいと感じています。

占部さん

 この研修を通して平和を目指すゴールは皆同じ、だけどそこに行くまでの道のりがそれぞれ違うだけということがわかりました。パールハーバーと平和記念資料館では伝える内容も伝え方も全く違います。しかし、お互いからいえることは、皆が平和を望んでいるということです。また、現地の人との交流を経験し、現地の人には、互いの歴史について、もっと知ってもらいたいと感じました。どうしても平和学習が少ない分、広島のことについて知らないという人が多数でしたが、少し話しただけで興味を示してくれ、「もっと教えてほしい」といわれ、興味を持ってくれていることがすごくうれしかったです。

また、自分の意見にも自信を持てるようになりました。今までは、皆と意見が違ったりすると間違ってるのかなとか考えてしまい、あまり意見を言わないようにしていました。しかし、今回、自分の意見を持って交流する機会が沢山あったからこそ、自分の意見がほかの人と違っても自信を持って意見を言うことができるようになりました。 

白水さん

 事前学習を行う中で日本の加害の歴史に直面し、日系人の人々の存在にも触れ、日本人として真珠湾攻撃が起きた場所に行くことに少し緊張していました。ハワイに着いてたくさんの人の歓迎を受けたり、交流する中で、ハワイの人々の温かさを知りました。平和にはお互いを理解しようとする姿勢が必要なのだと感じるとともに、このような交流から平和は築かれると思いました。

平井さん

 ホノルルに行く前はパールハーバーの人たちが、日本人が来ることをどう思っているのか、現地の高校生が日本を嫌いだったらどうやって話そうかなど、色々な不安がありました。しかし、いざ現地に行ってみると関わったすべての人が本当に親切で、熱心に私たちや広島のことを知ろうとしてくれました。それが一番嬉しかったです。過去に対立して攻撃しあった国同士でも、新しい世代が確執のない関係を持っていけるという希望が湧いてきました。

 また、佐々木禎子さんの象徴である折り鶴がパールハーバー国立記念公園に展示されていたのがすごいことだと感じます。日本軍に受けた被害だけではなく、広島が受けた被害にも目を向けられていることに平和を感じます。広島にはあまりホノルルを感じるものはないが、いつかそのような展示やエリアができたらいいと思いました。

沢山の知識を吸収することができたが、それ以上に得られたのは、人として何が大切かということです。ホノルルで出会った方々は皆温かく、当初抱えていた不安なども和らぎました。当たり前のようでそうではない「親切さ」を、私自身も誰に対しても持ち続けたいです。優しさに国境はないことを身をもって感じました。

布瀬さん

 事前研修を重ねていくたびに、ハワイの文化や歴史についての知識が深まっていきました。ホノルルでは新しいことを毎日学んで、刺激を受けたし貴重な経験ができました。私たち関わったハワイの人達は皆、平和な世界を望んでいてそのためには何ができるのか毎日たくさん考えました。今私ができるのは、ホノルルで学んだことを周りに伝えることだから、頑張りたいです。ホノルルに到着したときに、パールハーバー国立記念公園管理監督者のトムさんと太平洋歴史公園会長のアイリーンさんが出迎えてくれて、とても親切で気さくな方だと思いました。トムさんやアイリーンさんが私たちのためにたくさん動いてくださったり、平和に関する思いを話してくれる場面では、平和の思いは国が違っても同じなんだとあたらめて実感しました。

7 事後活動

所属学校での帰国報告会

令和8年9月30日(水曜)ノートルダム清心高等学校学年集会において、石丸さんと平井さんが帰国報告を行い、以下のように述べました。

  • 私たちが今こうやって皆さんに現地で得た経験を、達成感と共に共有できているのも、自分が自ら動く主体性を大切に、自分で調べ、考え、発表する、このサイクルを何度も何度も成功させられたという実績を、各個人の中で積み上げられたからだと思っています。私たち7名はこの事業に参加し、今はすごくいい仲間に出会えたなと私は感じています。
  • 広島には被爆都市としての背景があるからこそ、私たちには過去の出来事を知るだけではなく、そこから何を学び、どのように未来につないでいくのか、それを考え続ける役割があるのだと思っています。今回のホノルル派遣では、広島ハワイそれぞれの歴史や記憶に触れ、異なる背景を持つ人々が、対話することの大切さを改めて感じました。
ノートルダム清心高等学校学年集会
約160名の生徒が聴講
ノートルダム清心高等学校学年集会
驚いたことを発表するスライド

このページに関するお問い合わせ

市民局国際平和推進部 国際化推進課
〒730-8586 広島市中区国泰寺町一丁目6番34号
電話:082-504-2106(代表)
[email protected]