損害賠償請求の怠る事実に関する措置請求

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広島市監査公表第6号

令和7年3月27日

 令和7年2月4日付け第1538号で受け付けた広島市職員に関する措置請求について、その監査結果を地方自治法(昭和22年法律第67号)第242条第5項の規定により、別紙のとおり公表する。

広島市監査委員 井 戸 陽 子

同 定 野 和 広

同 石 田 祥 子

 

 

別紙

広監第273号

令和7年3月27日

請求人

(略)

 

広島市監査委員 井 戸 陽 子

同 定 野 和 広

同 石 田 祥 子

 広島市職員に関する措置請求に係る監査結果について(通知)

 令和7年2月4日付け第1538号で受け付けた広島市職員に関する措置請求(以下「本件措置請求」という。)について、地方自治法(昭和22年法律第67号)第242条第5項の規定により監査を行ったので、その結果を同項の規定により次のとおり通知する。
 なお、古川智之監査委員は、地方自治法第199条の2の規定により本件監査から除斥した。

 

第1 請求の要旨

 請求書の記載内容から、請求の要旨は次のとおりと整理できる。

1 請求の要旨

(1) 措置請求の概要

 広島市長X、元広島市道路交通局長Y、元広島市都市整備局長Z、広島商工会議所、不動産鑑定人L、及び、不動産鑑定人Mは、基町相生通地区市街地再開発事業(以下「本件事業」という。)を巡って、不当に広島商工会議所を利する目的で、共謀(あるいは過失)に基づいて、広島市の財産を著しく毀損させる不法行為を行なったことから、広島市は当該関係者ら全員に対して不法行為に基づく損害賠償請求権を有しているにもかかわらず、現在時点まで、正当な理由なく当該請求権の行使を怠っている ことから、当該怠る事実の相手方であるXらに対して損害賠償請求をするなどして、当該怠る事実の是正又は損害を補填するために必要な措置を講ずることを求めるものである。
 また、併せて、Xは、決済権者として、広島市と広島商工会議所との間で、広島市所有の市営基町駐車場と、広島商工会議所所有の広島商工会議所ビルとを交換する不動産交換契約を締結しているところ、当該不動産交換契約の内容は広島市の財産を著しく毀損させる内容となっており、違法なものであることから、Xに対して損害賠償請求をするなどして、当該違法行為の是正又は損害を補填するために必要な措置を講ずることを求めるものである。

(2) 具体的な事実経過

ア 平成29年(2017年)4月、広島市が主体となって本件事業に基づく基町相生通地区の再開発検討会が開始。

イ 平成30年(2018年)6月、広島商工会議所が上記再開発検討会に参加。

ウ 同年9月25日、広島市から広島商工会議所に対して、本件事業に基づく再開発事業の一環として広島商工会議所ビルの移転の提案がなされた。

エ 令和2年(2020年)頃から、広島市と広島商工会議所との間で、原爆ドーム周辺の景観問題と広島商工会議所の移転問題とを一挙に解決する案として、本件事業地内にある広島市所有の市営基町駐車場と、広島商工会議所所有の広島商工会議所ビルとを交換する案に関して具体的な交渉が開始された。

オ 同年12月11日、広島市が、不動産鑑定法人である不動産鑑定人L及び不動産鑑定人Mに対して、市営基町駐車場と広島商工会議所ビルの価格評価に関する鑑定依頼を発出。

カ 令和3年(2021年)3月18日、不動産鑑定人L及び不動産鑑定人Mから、以下の内容の鑑定結果が出た。
【1】 市営基町駐車場(駐輪場を除く)
 鑑定人:不動産鑑定人L
 鑑定額:時価総額24億3000万円
 内訳 土地:21億6000万円
 建物:2億7000万円
【2】 広島商工会議所ビル
 鑑定人:不動産鑑定人M
 鑑定額:時価総額24億4000万円
 内訳 土地:19億3000万円
 建物:5億1000万円

キ 同年6月25日、広島市と広島商工会議所との間で、以下の内容の財産交換契約及び覚書が締結された。
【1】 財産交換契約
内容:市営基町駐車場(駐輪場を除く)と広島商工会議所ビルとを交換した上で、広島市が広島商工会議所に対して交換差額として3400万円を支払う(前記鑑定をベースとした差額は1000万円だが、建物について消費税を含めた税込み価額とした場合の差額は3400万円)
【2】 覚書
内容:1}交換後の市営基町駐車場の利用については、広島商工会議所が運営して利益を得る
2}交換後の広島会議所ビルの利用については、広島市が広島商工会議所に対して当該ビルを賃貸した上で、別のテナントが利用している部分については、広島商工会議所に転貸人としての地位を認める
3}交換後の広島商工会議所ビルの管理については、広島市が広島商工会議所に管理業務を委託する

ク 同年8月1日、前記覚書に基づき、広島市と広島商工会議所との間で、商工会議所ビルの利用及び管理に関して、広島商工会議所を賃借人・受注者とする以下の内容の定期賃貸借契約及び業務委託契約が締結。
【1】 定期賃貸借契約
 賃貸期間:同年8月1日から令和9年(2027年)3月31日
 賃料:月額約670万円
【2】 業務委託契約
 委託期間:同年8月1日から令和4年(2022年)3月31日
 委託料:約8200万円

(3) 関係人らの不法行為

ア 請求人は、前述した本件事業に基づく一連の行為・スキーム(不動産鑑定評価⇒財産交換契約・覚書締結⇒定期賃貸借契約・業務委託契約締結)について、不当に広島商工会議所を利する目的のもとで実行された、関係人らの共謀に基づく背任行為に該当するとの強い疑いを持っている。

イ まず、本件財産交換契約に先立って行なわれた広島市による不動産鑑定が極めて杜撰であることが判明している。
 すなわち、今回、新たに請求人らが依頼した不動産鑑定人Nによって行なった不動産鑑定によれば、前記したL鑑定及びM鑑定には重大な事実誤認等が含まれており、市営基町駐車場等について適切な鑑定評価を行なったのであれば、次のとおりの評価額となるとの鑑定結果が出されている。
【1】 市営基町駐車場(駐輪場を除く)
 鑑定額:時価総額約87億7600万円
【2】 広島商工会議所ビル
 鑑定額:時価総額20億2100万円
 このように、適切に鑑定評価を行なった場合、広島市が行なった鑑定評価額と比較して到底看過できないほどの開きが生じているのである。
 したがって、本来であれば、本件財産交換契約によって、広島商工会議所は、広島市に対して、交換差額として約68億円(87億7600万円-20億2100万円)を支払う必要があったところ、不当な鑑定評価が行なわれたことにより、広島商工会議所はそのような多額の支払を免れたばかりか、交換差額として広島市から3400万円を受け取るといった、極めて不当な結果を招いているのである(一般市民感覚で考えても、市内の一等地に位置しており、かつ、本件事業によって再開発が予定されている市営基町駐車場と、市内の中心部から少し外れた場所にあり、原爆ドームの景観問題が燻っている広島商工会議所ビルとの価値を比較した場合に、後者の方の市場価値が高いなどということがあろうはずがない。)。
 それにもかかわらず、前述したような著しく不当なL鑑定・M鑑定が出されていることからすれば、広島市が広島商工会議所の意を汲んで鑑定人らに対して広島商工会議所にとって都合の良い鑑定結果を出すように働きかけを行なったとしか考えられない。

ウ さらに、前述したとおり、広島市は必要性もないのに広島商工会議所に広島商工会議所ビルの転貸人としての地位を認めて、市営基町駐車場の利用料と広島商工会議所ビルの転貸料という二重の利得を得させている(しかも、広島商工会議所に対する賃料は不当に廉価である。)。
 その上、不動産管理業務の専門家でもない広島商工会議所に広島商工会議所ビルの管理業務を委託することで、莫大な委託料を支払っているのであって、一連のスキームは一事が万事、広島商工会議所に利益を供与する内容となっている。

エ 以上の一連の行為・スキームの不当性に鑑みれば、当初から、広島市と広島商工会議所が中心となって、本件事業を奇貨として、広島商工会議所に不当な利益を供与することを目的としたスキームを構築するための共謀があったと推認できる。

オ 以上により、請求人は、かかる共謀ないし過失に基づき関係人らによって行なわれた、不動産鑑定に対する不当な働きかけ、当該不当な鑑定結果に基づき締結された本件財産交換契約への関与、一方的に広島商工会議所に利益を与える内容となっている覚書の締結、及び、当該覚書に基づき締結された定期賃貸借契約及び業務委託契約への関与といった一連の行為・スキームについて、広島市の財産を著しく毀損した上で不当に広島商工会議所を利する目的で行なわれた不法行為に該当すると考えている。

カ また、前述したように、不動産の評価に関して著しい金額の乖離が生じている本件財産交換契約は、違法であると考えられる。

(4) 各関係者の個別の不法行為責任

ア Xの責任

 Xは、本件当時の市長である。
 本件財産交換契約の決裁権者は市長であるXとなっており、本件事業が市長肝いりの計画であったことに鑑みれば、本件事業に関連して行なわれた前記背任行為について、Xが関与していない訳がない(むしろ、立場を考慮すれば、首謀者だと考える方が自然である。)。
 したがって、Xは、前記不法行為の行為者(あるいは共謀者)であり、当該行為に関する不法行為責任を負う。

イ Yの責任

 Yは、本件当時の広島市道路交通局長である。
 広島市は、前記した広島商工会議所を不当に利するためのスキーム(本件財産交換契 約・広島商工会議所ビルの賃貸借及び転貸借、当該ビルの業務委託)を具体化したものである覚書を令和3年(2021年)6月25日に広島商工会議所との間で締結しているが、Yは当該覚書締結の決裁権者である。
 当該覚書の内容が前述したように極めて不当なスキームを内容としたものであることに鑑みれば、当該覚書について決裁を出しているYに関しても、前述した一連の不法行為について関与していたと考えざるを得ない。
 したがって、Yは、前記背任行為の行為者(あるいは共謀者)であり、当該行為に関する不法行為責任を負う。

ウ Zの責任

 Zは、本件当時の広島市都市整備局長である。
 Zは、前記した覚書の合議先の決裁権者であり、Yと同様に、前述した一連の背任行為について関与していたと考えざるを得ない。
 したがって、Zは、前記不法行為の行為者(あるいは共謀者)であり、当該行為に関する不法行為責任を負う。

エ 広島商工会議所の責任

 広島商工会議所は一連の契約の当事者であり、広島商工会議所と広島市は本件財産交換契約を締結する前に長期間に渡る協議を重ねた上で、最終的に広島商工会議所に対して望外な利益を供与することになる前記覚書が締結されて、結果的に、現状、当該覚書に記載されたとおりの便宜が広島商工会議所に図られ続けているのである。
 このような不正行為が広島市の単独で行なわれているはずがなく、一方当事者であり、莫大な利益を得ることになった広島商工会議所も主体的に前記不法行為に関与していたと考えざるを得ない。
 したがって、広島商工会議所は、前記不法行為の共謀者であり、当該行為に関する不法行為責任を負う。

オ 不動産鑑定人Lの責任

 不動産鑑定人Lは、本件財産交換契約締結に先だって行なわれた市営基町駐車場の不動産鑑定評価を行なった不動産鑑定法人である。
 不動産鑑定人Lが行なった不動産鑑定評価の不当性については前述したとおりであり、当該不動産鑑定の不当性について専門家である不動産鑑定人Lが気が付いていなかったはずがなく、不動産鑑定人Lは、不当であることを承知の上で、市営基町駐車場の不動産鑑定評価を行なったと考えざるを得ない。
 したがって、不動産鑑定人Lは、前記不法行為の協力者であり、当該行為に関する不法行為責任を負う(仮に謀議がなかったとしても、不当な鑑定評価を出している以上、少なくとも不動産鑑定人Lは過失に基づく不法行為責任を負う。)。

カ 不動産鑑定人Mの責任

 不動産鑑定人Mは、本件財産交換契約締結に先だって行なわれた広島商工会議所ビルの不動産鑑定評価を行なった不動産鑑定法人である。
 不動産鑑定人Mが行なった不動産鑑定評価の不当性については前述したとおりであり、当該不動産鑑定の不当性について専門家である不動産鑑定人Mが気が付いていなかったはずがなく、不動産鑑定人Mは、不当であることを承知の上で、広島商工会議所ビルの不動産鑑定評価を行なったと考えざるを得ない。
 したがって、不動産鑑定人Mは、前記不法行為の協力者であり、当該行為に関する不法行為責任を負う(仮に謀議がなかったとしても、不当な鑑定評価を出している以上、少なくとも不動産鑑定人Mは過失に基づく不法行為責任を負う。)。

(5) 損害

 前記不法行為によって発生した損害は、少なくとも、【1】本来であれば本件財産交換契約によって得られたはずの交換差額約68億円、【2】広島商工会議所が市営基町駐車場の利益と広島商工会議所ビルの転貸料の二重取りによって得た利益概算約6億円(広島商工会議所が公開している収支決算報告の内容に基づき概算している)、【3】広島商工会議所が負担している月額賃料と適正賃料との差額分概算約3億円(適正賃料との差額が年間約6000万円程度と試算して、令和9年3月までの差額を概算している)【4】広島商工会議所に対して不当に支払い続けている広島商工会議所ビルの業務委託料概算約4億円(一般的な業者に依頼した場合との委託料差額を年間7000万円程度と試算して、令和9年3月までの費用を概算している)、合計81億円は下らない。

(6) まとめ

 以上のとおり、Xらについては前記不法行為を巡る不法行為責任が成立するにもかかわらず、広島市はそれを意図的に看過して、全く是正しようとしていない。
 したがって、当該怠る事実の相手方であるXらに対して損害賠償請求をするなどして、当該怠る事実の是正又は損害を補填するために必要な措置を講ずることを求めるものである。
 また、併せて、本件財産交換契約も違法である以上、本件財産交換契約の決裁権者であるXに対して損害賠償請求をするなどして、当該違法行為の是正又は損害を補填するために必要な措置を講ずることを求めるものである。

2 正当な理由の有無

 本件財産交換契約については、当該契約締結日から既に1年が経過している。
 もっとも、当該契約の中身がでたらめであることが発覚したのは、請求人らが不動産鑑定人Nに不動産鑑定を依頼して、不動産鑑定人Nから鑑定評価書を受け取った令和7年1月7日のことである。
 それまで、請求人らは、本件不動産契約の内容がでたらめであることを具体的に知りようがなかったのであるから、期間制限を徒過したことに関しては正当な理由がある。

3 結語

 以上、地方自治法第242条第1項の規定により、別紙事実証明書を添え、必要な措置を請求する。

(事実を証する事実証明書として次の書類が提出されているが、添付を省略する。)

・ 不動産鑑定評価書(不動産鑑定人L・市営基町駐車場)

・ 不動産鑑定評価書(不動産鑑定人M・広島商工会議所ビル)

・ 不動産鑑定評価書(不動産鑑定人N・市営基町駐車場)

・ 不動産鑑定評価書(不動産鑑定人N・広島商工会議所ビル)

・ 「市営基町駐車場周辺における再開発事業の検討に併せた商工会議所ビルの移転・建替について(提案)」と題する書面

・ 決裁文書(「市営基町駐車場の財産交換について」)

・ 決裁文書(「財産交換仮契約に関する覚書の交換について」)

・ 定期建物賃貸借契約書

・ 業務委託契約書

以下は、令和7年2月17日に提出された補正書における記載内容である。

【第1 補正事項1について】

 広島商工会議所が二重取りによって得た利益を約6億円と概算している具体的な根拠は、

1 市営基町駐車場の運営利益

(1) 収入金額

 広島商工会議所は、本件財産交換契約によって、市営基町駐車場を取得しており、令和3年(2021年)8月1日(所有権取得日)から令和5年(2023年)11月30日(駐車場閉鎖日)までの28ヶ月間、当該駐車場の運営収入を得ていた。
 この点、広島商工会議所が公表している令和3年度ないし令和5年度収支決算報告によれば、広島商工会議所が当該期間において得ることとなった市営基町駐車場の運営収入は次のとおりである。

期間

運営収入

令和3年8月~令和4年3月

約1億0207万円

令和4年4月~令和5年3月

約1億5989万円

令和5年4月~同年11月

約1億5129万円

合 計

約4億1325万円

(2) 運営管理費

 一方で、広島市自転車都市づくり推進課が作成した資料である令和5年(2023年)7月26日付「基町駐輪場・駐車場の利用者数及び収支状況」によれば、広島市が市営基町駐車場を運営していた際の平成29年(2017年)度から令和2年(2020年)度までの運営管理費の合計額は約3億1374万円であることから、1ヶ月当たりの運営管理費は約653万円である(3億1374万円÷4年間÷12ヶ月)。
 したがって、広島商工会議所が運営していた28ヶ月間の運営管理費は、概算で約1億8284万円となる。

(3) 利益金額

 以上により、広島商工会議所が市営基町駐車場を運営したことにより取得した利益は、約2億3041万円である(総収入-総運営管理費)。

2 広島商工会議所ビルの転貸料

(1) 収入金額

 広島商工会議所は、広島商工会議所ビルの使用を取り止める令和9年(2027年)3月までの5年3ヶ月間、広島商工会議所ビルのテナントからの転貸料を得ることが許容されている。
 この点、広島商工会議所が公表している令和3年(2021年)度ないし令和5年(202 3年)度収支決算報告によれば、当該3年間の賃料収入の合計額は約3億3974万円である(1億2380万円+1億0766万円+1億0828万円)。
 したがって、年間の平均賃料収入は約1億1324万円となる(3億3974万円÷3年間)。

(2) 運営管理費

 一方で、広島商工会議所の令和元年(2019年)度及び令和2年(2020)度決算報告に基づき、市営基町駐車場の管理費を含まない建物管理費を計算すれば、大凡年間5000万円である。

(3) 利益金額

 以上により、広島商工会議所ビルの転貸による年間利益は約6324万円となり(1億1324万円-5000万円)、令和9年(2027年)までの5年3ヶ月間の転貸利益は約3億3201万円である。

2 まとめ

 以上、広島商工会議所が、市営基町駐車場の運営利益と、広島商工会議所ビルの転貸料の二重取りによって得た利益は概算約6億円である(約2億3041万円+約3億3201万円=約5億6242万円)。

【第2 補正事項2について】

 適正賃料との差額が年間約6000万円程度と試算している具体的な根拠は、

1 本件定期賃貸借契約の坪単価

 広島商工会議所が本件定期賃貸借契約に基づいて広島市から賃借することとなった広島商工会議所ビルの月額賃料は671万8555円(年間賃料は8062万2660円)であったことから、坪単価に引き直すと、2847円である(月額賃料÷賃借面積2359.66坪)。

2 近隣物件の適正賃料

 一方で、近隣物件の賃料相場を踏まえれば、広島商工会議所ビルを適切に賃貸すれば少なくとも坪単価は5000円を下らないはずである(極々一般的な市民感覚で考えても、それくらいはするであろう。)。
 そうすると、本来であれば年間賃料として約1億4157万9600円が必要となる(5000円×賃借面積2359.66坪×12ヶ月)。

3 まとめ

 以上により、広島商工会議所ビルの適正賃料と本件定期賃貸借契約の賃料との年間賃料の差額は、約6000万円である(1億4157万9600円-8062万2660円=6095万6940円)。

【第3 補正事項3について】

 一般的な業者に依頼した場合との委託料差額を年間7000万円程度と試算している具体的な根拠は、

1 広島商工会議所ビルの従前の管理料

 広島商工会議所が公表している令和元年(2019年)度及び令和2年(2020年)度決算報告によれば、広島商工会議所が管理していた当時の広島商工会議所ビルのビル管理料は大凡年間5000万円であり、おそらく、広島商工会議所は一般的なビル管理業者に委託していたものと思われる。

2 本件業務委託契約の委託料

 一方で、本件業務委託契約の令和3年(2021年)度の委託料は、委託期間8ヶ月間で約8300万円となっており、月額約1000万円の委託料がビル管理業者でもない広島商工会議所に支払われている。
 そして、これを年額に引き直すと、約1億2000万円である。

3 まとめ

 以上により、一般的な業者に依頼した場合との委託料の差額は、年間約7000万円となる(1億2000万円-5000万円)。

 

第2 請求の受理

 本件措置請求は、令和7年2月21日に、同月4日付けでこれを受理することを決定した。

 

第3 監査の実施

1 請求人による証拠の提出及び陳述

 地方自治法第242条第7項の規定に基づき、請求人に対し、証拠の提出及び陳述の機会を設けた。
 これを受けて、請求人は次のとおり陳述を行った。

(1) 陳述

ア 陳述日

 令和7年2月28日

イ 主な内容

・令和3年の財産交換の前後に議会において、旧市営基町駐車場と、旧広島商工会議所ビルの等価交換についておかしいのではないかとの議論がされていた。

・請求人側の不動産鑑定士に再鑑定を依頼したところ、旧市営基町駐車場の価値は、87億8500万円とされた。

・八丁堀交差点周辺の地価公示価格について、八丁堀周辺は9件の商業地地価公示地が設置されている。その公示地を参考にしながら鑑定評価をするが、市側鑑定において、この9件の中なぜか1平方メートル68.7万円で一番安く遠い鉄砲町を基準に不動産鑑定を行っている。対象地の市営基町駐車場の近距離には、立町4-2は1平方メートル118万円、八丁堀11-10は1平方メートル127万円になっているにもかかわらずである。

・また、予測の原則について、本件土地は市街地再開発事業計画の予定の土地であり、価格時点では容積率400%だが、再開発事業で容積率900%の土地となる。その開発事業はほぼ確定しており、近い将来に実施される。本件土地評価はその事業に関しての土地交換を目的とするための評価であると記されている。この土地の価格を求めるのには、不動産鑑定評価の不動産の価格に関する11の原則のうち、予測の原則によってまず市街化再開発の適用がない状態の容積率400%の対象地価格を求め、その後容積率900%及び再開発事業による土地価格の影響要因を考慮して対象価格を求めることになっている。しかし、市側鑑定ではその原則を無視して取り入れていない。通常の鑑定士ならば当然気づく常識である。これは、広島市が市街地再開発事業の予定を評価要因に入れない指示を出したからではないか。

・繁華性の要因による修正率について、市街地再開発事業によって、対象地の土地上の建物は、南側至近で幅員40mの相生通りに面する土地と対象地との間に介在する幅員6mの市道中1区126号線の1、2階相当部分は道路利用する車両、通行人のための空間としてあけ、3階以上は建物が立ち相生通りの建物と一体とした一つのビルになる。八丁堀交差点を中心とした商業地の地下公示9件の分析では、繁華性が普通の場合の評点は100点であるが、繁華性があるとした場合の評点は157点である。基町駐車場の土地に立つ建物は、特に3階以上は通りに面した建物と同じ賃料を得られる可能性が高く、相生通りは繁華性があり評点は157点となっている。

・市側鑑定では基町駐車場の価値を実際より本来価値が高いにもかかわらず低く見積もることに注力し、不適正な鑑定をしているのではないか。こうした行為が1鑑定業者の判断でできるはずがない。そのことで利するのは広島商工会議所であり、その道筋を引いたのは広島市である。さらにその道筋に、広島商工会議所ビルの定期賃貸借契約、業務委託契約を乗せている。また、必要もないのに広島商工会議所に転貸人としての地位を認め、基町駐車場の利用料と本件ビルの転貸料という二重の利得を与えている。不動産鑑定書によると、市側鑑定と請求人側の鑑定において、地価公示価格、予測の原則、繁華性の要因による修正率等において相違がみられ、市側の不動産鑑定士が不適正な鑑定をしていたのではないかと考える。

・不動産鑑定、財産交換契約、覚書締結、定期賃貸借契約、業務委託契約という一連の流れは、広島市、広島商工会議所、不動産鑑定会社が共謀して時間をかけて練り上げた悪質性の高いシナリオである。

・今回の請求は、単なる財務会計上の法規違反ではなく、民法の不法行為あるいは刑法の背任罪に触れる重大な違法行為ではないか。

2 広島市長(都市整備局都市機能調整部、道路交通局自転車づくり推進課)の意見書

 市に対し、意見書及び関係書類等の提出を求めたところ、令和7年3月10日付け広都機第162号及び令和7年3月21日付け広都機第179号により意見書の提出があった。なお、陳述は行われなかった。
 これらの意見書の主な内容は、次のとおりと整理できる。

(1) 本件措置請求の要旨

ア 不当な鑑定結果に基づき締結された財産交換契約が違法であることについて

イ 広島商工会議所に本件ビルの転貸人としての地位を認め、市営基町駐車場の利用料と本件ビルの転貸料という二重の利得を得ていること

ウ 広島商工会議所に対する本件ビルの貸付料が不当に廉価であることについて

エ 本件ビルの管理業務を広島商工会議所に委託し、委託料を不当に支出し続けていることについて

オ 関係人らの不法行為について

カ 各関係者の個別の不法行為責任について

(2) 本市の意見 

 請求人が主張する内容について、いずれも理由がなく、本市には何ら損害が発生していないことから、本件措置請求において、(1)のア及びイについては地方自治法(以下「法」という。)第242条第2項に規定する監査請求期間を徒過するものであるから却下されるべきであり、(1)のウについては同条第1項に反するものであるから却下されるべきであり、(1)のエについては理由がないため棄却されるべきである。
 また、(1)のオ及びカについては、関係人らによる背任行為及び不法行為並びにこれに基づく各関係者の個別の不法行為責任は存在せず、請求人の指摘は当たらない。

(3) 本市の意見の理由

ア 経緯

 本市が本件ビルを取得し、管理運営を行うに至った経緯は次のとおりである。
 基町駐車場周辺における再開発事業について、同事業の実施に併せて、本市の長年の懸案事項となっていた原爆ドームの背景の景観改善を同時に決着することができるならば、紙屋町・八丁堀地区の都市機能の一層の充実・強化を図ることができるとの判断の下、平成30年に本市から広島商工会議所に対し、本件ビルの移転を提案し、そのための手段として市営基町駐車場との財産交換を先行させることについて、地権者も含めた関係者で議論を重ねた結果、合意が成立したものである。
 本市は各交換財産(本件ビル及び市営基町駐車場)の鑑定評価を行い、本市が負担する交換差金等の関連予算を令和3年度当初予算に計上する際には、令和3年3月開催の市議会予算特別委員会において、各交換財産の鑑定評価方法として適用された最有効使用の考え方を答弁の中で説明し、関連予算案について令和3年第1回市議会定例会の議決を得た後、令和3年第2回市議会定例会において財産交換議案が令和3年6月25日付けで議決された。また、同日付けで交換後の各財産を円滑に運営するための利用等に関する事項を定めた覚書を締結している。その後、関連する事務手続を進め、令和3年8月1日付けで財産交換を行い、本件ビルを本市所有とするとともに、同日付けで本件ビルに関する定期建物賃貸借契約(以下「本件賃貸借契約」という。)及び管理業務委託契約を、広島商工会議所と締結したものである。
 請求人は、各交換財産の鑑定評価、本件財産交換契約、本件財産交換後の本件賃貸借契約に係る転貸借、貸付料及び管理業務の委託金額等の不当性又は違法性について主張しているため、以下、これらの点について述べる。

イ 不当な鑑定結果に基づき締結された財産交換契約が違法であることについて((1)ア)

(ア) 監査請求に係る期間制限を徒過していること

 本件財産交換契約は、令和3年6月25日に締結されたものであるが、監査請求は令和7年2月4日に行われたものであり、監査請求の時点において、既に鑑定評価及び財産交換に係る「当該行為のあつた日から…1年を経過」(法第242条第2項)している。

(イ) 監査請求期間の経過後の請求であることについての正当な理由について

 前記(ア)のとおり本件財産交換契約が締結された令和3年6月25日から監査請求のあった令和7年2月4日までに1年以上経過しているが、「正当な理由があるときは、この限りでない。」(法第242条第2項ただし書)とされているところ、請求人は不動産鑑定人Nから鑑定評価書を受け取った同年1月7日まで本件不動産契約の内容がでたらめであることを具体的に知りようがなかったとして、期間制限を徒過したことについて正当な理由があると主張している。
 しかしながら、「正当な理由」の有無は、「特段の事情のない限り、普通地方公共団体の住民が相当の注意力をもって調査すれば客観的にみて上記の程度に当該行為の存在及び内容を知ることができたと解される時から相当な期間内に監査請求をしたかどうかによって判断すべきものである」(最判平成14年9月12日民集56巻7号1481ページ)とされている。
 前記アのとおり、鑑定評価及び本件財産交換契約について、令和3年広島市議会第1回定例会(令和3年3月25日閉会)及び第2回定例会(同年6月25日閉会)などにおいて審議されており、本市ホームページにおいて生中継や録画等を配信されるとともに、議事録が公開されていることなどから本市住民の知れるところとなっており、鑑定評価及び本件財産交換契約に係る文書は、決裁日以降は公文書の開示請求の対象となっていたのであるから、「相当の注意力をもって調査」すれば本件に係る行為の存在を知ることができたのである。
 したがって、不当な鑑定評価に基づき締結された本件財産交換契約が違法であるという主張は既に監査請求の期間制限を徒過しており、また、期間制限を徒過していることにつき正当な理由があると認められないことから、法第242条第2項により不適法であるため、却下されるべきである。

(ウ) 請求人の指摘に理由がないことについて

 本件財産交換に先立って行った鑑定評価によって算定された評価額については、既に令和4年12月26日付け広島市監査公表第51号監査結果において公表されているとおり、不動産鑑定士により、令和3年1月1日を価格時点として、その時点で客観的に予測される要因等を反映した評価結果に基づき、広島市財産評価委員会の審議を経て決定したものである。
 市街地再開発事業とは、その事業内容について区域内の関係者により相当程度高い合意形成がなされてはじめて行われるものであるが、上記鑑定評価の価格時点においては、基町駐車場を含む地区で再開発事業が実施されることについては関係者の合意がなく、内容やスケジュールについて具体化していなかった。
 その後、この鑑定評価額に基づき財産交換が行われ、再開発事業に係る関係者が確定したことにより、合意形成を図ることが可能となり、関係者の合意や都市計画決定を経て、令和4年10月に再開発事業が施行認可に至ったものである。
 市街地再開発事業を鑑定評価に反映するには、少なくとも施行認可が必要であるとの不動産鑑定士の認識もあり、この度の鑑定評価の価格時点では、不動産鑑定士が客観的にその実施を予測できる状況では到底なかった。そういう状況にも関わらず、仮に不動産鑑定士が単なる見込みで織り込んだとすれば、恣意性が介在し客観性、公平性を欠いた鑑定評価になると言わざるを得ない。
 一方、基町駐車場の敷地は本市が唯一の土地所有者として、その官公庁施設を廃止する方針で取り組んでいたものであり、土地利用制限のある都市計画上の「一団地の官公庁施設」の指定を除外しないまま鑑定評価を行うことは財産の過小評価となり本市にとって不利になることから、この指定がないものとして鑑定評価を行うよう不動産鑑定士に依頼したものである。また、不動産鑑定士の立場からしても、「一団地の官公庁施設」が指定されたままであれば、民間には取得をする者がおらず正常価格を算定することができないことから、指定はないものとして評価する必要があり、唯一の土地所有者たる市の意向は、その指定が除外されることを客観的に予測し得る要因となるとのことであった。
 したがって、鑑定評価は適正に行われており、これに基づく財産交換を含め妥当であることから、仮に本件において、法第242条第2項の「正当な理由」が認められるとしても、請求人の指摘には理由がないため、棄却されるべきである。

ウ 広島商工会議所に本件ビルの転貸人としての地位を認め、市営基町駐車場の利用料と本件ビルの転貸料という二重の利得を得ていること((1)イ)

(ア) 監査請求に係る期間制限を徒過していること

 広島商工会議所に本件ビルを転貸することについては、令和3年8月1日に締結された本件賃貸借契約により認めているところであるが、監査請求は令和7年2月4日に行われたものであり、監査請求の時点において、既に本件賃貸借契約に係る「当該行為のあつた日から…1年を経過」(法第242条第2項)している。

(イ) 監査請求期間の経過後の請求であることについての正当な理由について

 前記(ア)のとおり本件賃貸借契約が締結された令和3年8月1日から監査請求のあった令和7年2月4日までに1年以上経過しているが、「正当な理由があるときは、この限りでない。」(法第242条第2項ただし書)とされているところ、本件賃貸借契約についても、前記3イ(イ)のとおり、期間制限を徒過していることにつき正当な理由があると認められないことから、法第242条第2項により不適法であるため、却下されるべきである。

(ウ) 請求人の指摘に理由がないことについて

 本件賃貸借契約書第3条及び第18条の規定により、賃貸人の地位を広島商工会議所に留保した上で転貸借を認めていることについては、既に令和4年12月26日付け広島市監査公表第51号の監査結果において、本市が賃貸人たる地位を広島商工会議所に留保したこと及び広島商工会議所に賃貸したことは違法又は不当であるかという点についての請求に理由がないとして、監査委員により請求を棄却されているところである。
 したがって、広島商工会議所に本件ビルの転貸人としての地位を認めることが、違法又は不当ではない以上、広島商工会議所が本件ビルの転貸料を得ることに何ら問題はなく、本市に損害を与えるものでもないことから、仮に本件において、法第242条第2項の「正当な理由」が認められるとしても、請求人の指摘に理由がないため、棄却されるべきである。

エ 広島商工会議所に対する本件ビルの貸付料が不当に廉価であることについて((1)ウ)

(ア) 法第242条第1項に規定される監査請求として不適法であることについて

 本件ビルの貸付料の算定については、既に令和5年6月30日付け広島市監査公表第20号の監査結果において、当該事項に係る請求は理由がないことから監査委員により請求を棄却され、このことは請求人に通知されている。
 同一請求人が同一の財務会計上の行為又は怠る事実を対象として再度の住民監査請求をすることは許されていない(最判昭和62年2月20日民集41巻1号122ページ参照)。
 したがって、法第242条第1項に規定される監査請求として不適法であるため、却下されるべきである。

(イ) 請求人の指摘に理由がないことについて

 本件ビルの貸付料の算定については、本件賃貸借契約時から現在に至るまで、本市「普通財産(不動産)の貸付料算定基準」の基準どおり、直近の基準年度の固定資産税評価相当額を用いて算定しており、広島市財産条例の規定に、何ら違反するものではない状況に変わりはないことから、仮に本件において、法第242条第1項に規定される監査請求として適法であったとしても、請求人の指摘には理由がないため、棄却されるべきである。

オ 本件ビルの管理業務を広島商工会議所に委託し、委託料を不当に支出し続けていることについて((1)エ)

(ア) 本件ビルの管理業務を随意契約により委託していることについて

 本市が、本件ビルの管理業務を随意契約により委託したことについては、既に令和5年6月30日付け広島市監査公表第20号の監査結果において、当該事項に係る請求は理由がないことから監査委員により請求を棄却され、このことは請求人に通知されているところである。
 請求人は同一の内容について、令和6年2月27日付けの監査請求においても、繰り返し主張しているものの、本件委託契約が合理的な裁量の範囲で随意契約の方法で締結されたものであることに疑いはないことから、地方自治法施行令第167条の2第1項第2号の趣旨に反するものではなく、何ら違法な点はない。
 なお、広島市都市整備局委託業務競争入札参加者等指名委員会(以下「指名委員会」という。)が、広島市都市整備局委託業務等競争入札参加者等指名委員会設置要綱の規定に基づき、随意契約によることの適否及び随意契約の相手方の選考の審査を行う場合において、当該審査対象の案件と仕様が同一であること等を条件として、同様の案件については、以後改めて指名委員会の審査に付する必要がないと認めたときは、指名委員会の審査を省略することができることとされている。
 また、本件ビルの管理業務委託契約(以下「委託契約」という。)については、令和3年度の指名委員会の審査において仕様に大幅な変更が生じない限り、審査を省略できるものであることの承認を得ており、令和4年度から令和6年度までの委託契約における業務の相手方の決定に当たっては、適正に審査省略の確認を行っており、事務手続に何ら問題はないところである。

(イ) 令和5年度以前の委託契約に係る予定価格の決定について

 本市は、委託契約を締結するに当たり、予定価格の決定の手続を適正に行い、あらかじめ予定価格を作成した上で、契約の相手方から提出された見積書の金額が予定価格を下回っていたことから契約をしているものであり、令和5年度の予定価格の決定の手続については、令和6年4月26日付け広島市監査公表第7号の監査結果において、当該事項に係る請求には理由がないことから監査委員により請求を棄却され、このことは請求人に通知されているところである。
 また、令和3年度及び令和4年度の予定価格の決定についても、令和5年度と同様にあらかじめ予定価格を作成した上で、契約の相手方から提出された見積書の金額が予定価格を下回っていたことから契約をしているところである。

(ウ) 令和6年度委託契約の予定価格の決定について

a 予定価格の作成及び積算について

 本市は、令和6年度委託契約の締結に際しても、予定価格を作成しており、令和6年度委託契約の予定価格を検討するに当たっては、令和5年度以前と同様に、過去4年度分の本件ビル管理に係る経費の実績額を基に、予定価格の積算を行っている。
 また、本市は、単に広島商工会議所の管理経費の実績額をそのまま計上するのではなく、市有施設となることを踏まえ、有人受付等の不要な業務は除くとともに、本件ビル運営の内容に応じた適切な人件費となるように査定を行うなど、広島市契約規則第16条第2項を準用する第23条の規定に基づき、本件役務の性質等を十分に考慮した上で、予定価格を決定している。
 なお、予定価格の積算については、広島商工会議所の収支決算報告に記載されている建物特別会計の「運営費」及び「管理費」として計上された金額を実績額として考慮している。また、「管理費」として計上される内訳は、広島商工会議所より主に人件費に係るものと聞いている。したがって、「管理費」のみで本件ビルに係る管理費を積算することは適切ではない。

b 委託金額の決定について

 本市は、令和6年度委託契約を締結するに当たり、予定価格の決定の手続を適正に行い、あらかじめ予定価格を作成した上で、契約の相手方から提出された見積書の金額が予定価格を下回っていたことから契約をしている。

(エ) 請求人の指摘に理由がないことについて

 本市は、本件ビルの委託契約を締結するに当たり、前記(ア)から(ウ)までのとおり、令和3年度から令和6年度までに締結された委託契約はいずれも合理的な裁量の範囲で随意契約の方法で締結されたものであり、また、あらかじめ予定価格を作成した上で、契約の相手方から提出された見積書の金額が予定価格を下回っていたことから契約をしているものであり、請求人の指摘には理由がないため、棄却されるべきである。

カ 関係人らの不法行為について((1)オ)

 請求人の主張は、請求人の鑑定評価が適正であることの立証もないまま、「強い疑いを持っている」、「はずがない」、「としか考えられない」、「共謀があったと推認できる」というものにとどまるのであって、請求人の憶測の域を出ないものである。
 したがって、既に述べたとおり、いずれの行為も違法又は不当ではない以上、請求人の主張する一連の行為・スキームにおける関係人らの共謀に基づく背任行為及び広島市の財産を著しく毀損した上で不当に広島商工会議所を利する目的で行われた不法行為は存在せず、請求人の指摘は当たらない。

キ 各関係者の個別の不法行為責任について((1)カ)

 前記カのとおり、請求人の主張する一連の行為・スキームにおける関係人らの共謀に基づく背任行為及び広島市の財産を著しく毀損した上で不当に広島商工会議所を利する目的で行われた不法行為が存在しない以上、関係人らによる背任行為及び不法行為に基づく各関係者の個別の不法行為責任は存在せず、請求人の指摘は当たらない。

ク 結論

 以上のことから、請求人が主張する内容について、いずれも理由がなく、また本市には何ら損害が発生していないことから、本件措置請求において、前記(1)ア及び(1)イについては法第242条第2項に規定する監査請求期間を徒過するものであるから却下されるべきであり、前記(1)ウについては同条第1項に反するものであるから却下されるべきであり、前記(1)エについては理由がないため棄却されるべきである。
 また、前記(1)オ及びカについては、関係人らによる背任行為及び不法行為並びにこれに基づく各関係者の個別の不法行為責任は存在せず、請求人の指摘は当たらない。

3 広島市長(財政局管財課、契約部物品契約課)の見解

 市に対し、「貸付料の算定のあり方について」及び「随意契約のあり方について」制度を所管する観点から見解等を求めたところ、令和7年2月26日付け広財管第80号により次のとおり回答があった。

(1) 請求人の主張に対する制度所管課としての見解

ア 貸付料の算定のあり方について

 普通財産の貸付料の算定については、広島市財産条例第9条第1項で、適正な時価とする旨定め、「適正な時価」については、普通財産(不動産)の貸付料算定基準の1の(2)で、直近の基準年度の固定資産税評価相当額を用いて算出する旨定めている。また、前記算出額が近傍類似の民間賃貸事例等に比較して著しく高額又は低額と認められる場合など、この基準により算出することが適当でないと認めることができる場合は、調整措置として財政局長の承認を得て貸付料を別に定めることができる旨定めている。

イ 随意契約のあり方について

 地方公共団体の契約は、地方自治法234条第1項及び第2項により、一般競争入札により締結することが原則である。そして、同条第2項の規定による随意契約によることができる場合は、地方自治法施行令(以下「令」という。)第167条の2第1項各号の規定に掲げる場合に限り、これによることができるとされている。例えば、令167条の2第1項第2号によると、不動産の買入れ又は借入れ、普通地方公共団体が必要とする物品の製造、修理、加工又は納入に使用させるため必要な物品の売払いその他契約でその性質又は目的が競争入札に適しないものをするとき随意契約によることができるとされている。

4 監査対象事項

(1) 不法行為に基づく損害賠償請求権の不行使の是正又は損害を補填するために必要な措置を講ずることを求める部分(請求事項A)

 請求人は、市長、元市職員、広島商工会議所その他の関係者が、基町相生通地区市街地再開発事業(以下「市街地再開発事業」という。)を巡り、次に掲げる一連の行為により、不当に広島商工会議所を利する目的で市の財産を著しく毀損させる不法行為を行い、市が当該関係者全員に対し不法行為に基づく損害賠償請求権を有しているにもかかわらず、正当な理由なく当該請求権の行使を怠っているとして、当該怠る事実の相手方である当該関係者に対して損害賠償請求をするなどして、本件不法行為に基づく損害賠償請求権の不行使の是正又は損害を補填するために必要な措置を講ずるよう求めている。

ア 財産交換契約の締結

 市は、市所有の市営基町駐車場(財産交換時の評価額24億5,700万円。以下「基町駐車場」という。)と広島商工会議所所有の広島商工会議所ビル(財産交換時の評価額24億9,100万円。以下「本件ビル」という。)について、交換差額3,400万円の支払いをもって財産交換する旨の契約(以下「本件財産交換契約」という。)を令和3年6月25日付けで締結し、これを履行したが、財産交換当時のそれぞれの財産について請求人が新たに行った不動産鑑定によれば、基町駐車場の鑑定評価額は87億7,600万円、本件ビルは20億2,100万円であり、市は交換差額約68億円を受領する立場にあったことから、市に約68億円の損害が生じている。
 市が広島商工会議所の意を汲んで不動産鑑定士に対して広島商工会議所にとって都合の良い鑑定結果を出すように働きかけを行ったとしか考えられない。

イ 広島商工会議所による基町駐車場の運営

 市と広島商工会議所が本件財産交換契約に関し令和3年6月25日付けで締結した覚書(以下「本件覚書」という。)に基づき、広島商工会議所がその取得した基町駐車場を運営し利益を得ていることにより、市に約2億3千万円の損害が生じている。

ウ 広島商工会議所による本件ビルの転貸借

 本件覚書に基づき市と広島商工会議所が令和3年8月1日付けで締結した本件ビルの定期賃貸借契約(以下「本件賃貸借契約」という。)に基づき、その必要がないにもかかわらず広島商工会議所に転貸人としての地位を認め、広島商工会議所が賃借した部分を転貸し利益を得ていることにより、市に約3億3千万円の損害が生じている。

エ 本件ビルの廉価な貸付け

 本件賃貸借契約に基づき、市が広島商工会議所に対し、本件ビルを不当に廉価な賃付料で貸し付けていることにより、市に約3億円の損害が生じている。

オ 本件ビルの管理業務の委託契約

 本件覚書に基づき市と広島商工会議所が令和3年8月1日付けで締結した本件ビルの維持管理業務(以下「本件維持管理業務」という。)に係る委託契約(以下「本件業務委託契約」という)に基づき、市が不動産管理業務の専門家でもない広島商工会議所に対し莫大な委託料を支払って本件ビルを管理させていることにより、市に約4億円の損害が生じている。

 これらの主張を踏まえ、次の点について監査した。

・ 市長その他の関係者による不法行為があり、市に損害が生じているか。

(2) 本件財産交換契約が違法であるとしてその是正又は損害を補填するための措置を講ずることを求める部分(請求事項B)

 請求人は、市長は、決裁権者として、市と広島商工会議所との間で、本件財産交換契約を締結しているところ、その内容は市の財産を著しく毀損させる内容となっており、違法なものであるとして、市が、市長個人に対して損害賠償請求をするなどして、当該違法行為の是正又は損害を補填するために必要な措置を講ずるよう求めている。
 なお、請求人は、本件措置請求の請求日が本件財産交換契約の締結の日から1年を経過していることについて、「当該契約の中身がでたらめであることが発覚したのは、請求人が不動産鑑定人Nに不動産鑑定を依頼して、不動産鑑定人Nから鑑定評価書を受け取った令和7年1月7日のことである。それまで、請求人は、本件不動産契約の内容がでたらめであることを具体的に知りようがなかったのであるから、期間制限を徒過したことに関しては正当な理由がある」と主張している。

 これらの主張を踏まえ、次の点について監査した。

・ 監査請求期間の経過後の請求であることについて正当な理由があるか。
・ 正当な理由があると認められる場合に、本件財産交換契約は違法又は不当であるか。

5 監査の実施内容

 請求人から提出された広島市職員措置請求書及び事実を証する書類、請求人の陳述の内容、市から提出された意見書のほか関係書類を確認し、関係職員への聴取りを行うなどして監査するとともに、令和4年12月26日付け広島市監査公表第51号で公表した監査結果(以下「令和4年監査公表第51号監査結果」という。詳細は市ホームページ中のページ番号1011961を参照のこと。)、令和5年6月30日付け広島市監査公表第20号で公表した監査結果(以下「令和5年監査公表第20号監査結果」という。詳細は市ホームページ中のページ番号1011971を参照のこと。)及び令和6年4月26日付け広島市監査公表第7号で公表した監査結果(以下「令和6年監査公表第7号監査結果」という。詳細は市ホームページ中のページ番号1011989を参照のこと。)に係る監査で得られた知見を活用した。

第4 監査の結果

1 事実の確認

(1) 本件ビルの取得の経緯等

 本件ビルを取得した経緯等を整理すると、次のとおりである。

年月日

内 容

平成30年9月

市から広島商工会議所に対し、本件ビルの移転・建替について、基町駐車場周辺の再開発事業として検討することを提案し、広島商工会議所の常議員会で承認

令和2年6月12日

市が等価交換に係る財産の不動産鑑定評価を不動産鑑定士に依頼(1回目)

令和2年10月30日

不動産鑑定士が不動産鑑定評価書を提出(1回目)

令和2年12月11日

市が不動産鑑定評価を不動産鑑定士に依頼(2回目)

令和3年2月4日

市議会都市活性化対策特別委員会において、再開発事業について説明し、財産の鑑定評価、等価交換、貸付料等について答弁

令和3年2月8日

令和3年度広島市当初予算案を公表

令和3年3月8日

市議会令和3年度予算特別委員会において、等価交換の理由及び内容、不動産鑑定評価の方法等について答弁

令和3年3月18日

不動産鑑定士が不動産鑑定評価書を提出(2回目)

令和3年3月22日

市財産評価委員会が市に各財産の評価結果を報告

令和3年3月24日

市議会令和3年度予算特別委員会において、財産交換に係る交換差金3,400万円を減じた修正議案を否決し、令和3年度広島市当初予算案原案を議決

令和3年3月25日

市議会本会議において、財産交換に係る交換差金3,400万円を減じた修正議案を否決し、令和3年度広島市当初予算案原案を議決

令和3年3月27日

中国新聞が、広島商工会議所議員総会で財産交換が承認された旨を報道(各財産の評価額、交換差金の記載有)

令和3年4月29日

中国新聞が、2021年夏頃に財産交換が行われる旨を報道(各財産の評価額、交換差金、仮契約締結予定、財産交換議案の提出予定等の記載有)

令和3年5月25日

市・広島商工会議所の間で財産交換仮契約を締結

令和3年6月2日

財産交換議案を公表

令和3年6月14日

本件業務委託契約に関し、広島商工会議所以外の別のビル管理業者から参考見積を徴取

令和3年6月22日

市議会本会議において、本件賃貸借契約について答弁

令和3年6月25日

市議会本会議において、財産交換議案を議決。市・広島商工会議所の間で本件財産交換契約の締結

同日

市・広島商工会議所の間で本件財産交換契約に基づく本件覚書を締結(以後の本件賃貸借契約の締結、転貸借契約の容認、転貸借契約の定期建物賃貸借契約への原則移行、本件賃貸借契約終了時の費用負担区分、所有権移転後の本件ビルの維持管理業務の委託など)

令和3年7月13日

中国新聞が、6月25日の財産交換議案議決を受けた本件財産交換契約の締結、8月1日の財産交換実施予定について報道(各財産の評価額、交換差金の記載有)

令和3年7月15日

ひろしま市民と市政(7月15日号)において、8月1日の財産交換実施について記事掲載

令和3年7月26日

本件業務委託契約に関し、広島商工会議所から見積を徴取

同日

本件業務委託契約に関し、広島市都市整備局委託業務等競争入札参加者等第一指名委員会(持ち回り審議)を実施し、随意契約とすること及び相手方の決定について承認

令和3年8月1日

本件財産交換契約に基づく財産交換(所有権移転)を履行

同日

市・広島商工会議所の間で本件賃貸借契約を締結

同日

市・広島商工会議所の間で本件業務委託契約(令和3年度分)を締結

令和3年9月2日

市議会都市活性化対策特別委員会において、再開発事業について説明し、財産交換後の事業の進め方について答弁

令和3年12月10日

市議会本会議において、鑑定評価条件の妥当性、鑑定評価書を非公表とした理由等について答弁

令和4年2月15日

市議会本会議において、鑑定評価書を開示することとした理由、財産交換の時期の妥当性等について答弁

令和4年4月1日

市・広島商工会議所の間で本件業務委託契約(令和4年度分)を締結

令和4年6月13日

市議会本会議において、鑑定評価における具体的な判断手法等について答弁

令和5年4月1日

市・広島商工会議所の間で本件業務委託契約(令和5年度分)を締結

令和6年4月1日

市・広島商工会議所の間で本件業務委託契約(令和6年度分)を締結

(2) 本件財産交換契約の状況

 市は基町駐車場(財産交換時の評価額24億5,700万円)と本件ビル(財産交換時の評価額24億9,100万円)について、交換差金3,400万円の支払いをもって、令和3年8月1日付けで財産交換を行った。
 各々の財産の評価額は、財政局管財課が作成した不動産鑑定業者名簿(50音順)の登載順で選定された不動産鑑定士により、令和3年1月1日を価格時点として、その時点で客観的に予測される要因等を反映した評価結果に基づき、広島市財産評価委員会の審議を経て決定されていた。
 なお、不動産鑑定評価は、当初、価格時点を令和2年6月1日として行われていたが、財産交換の時期がその評価結果を活用できる期間(価格時点たる令和2年6月1日から1年間)を越えることが見込まれたため、価格時点を令和3年1月1日として、再度、行われていた。

ア 本件ビル

 市が本件財産交換契約により取得した本件ビルは、広島市中区基町に所在する鉄骨鉄筋コンクリート造り地下2階付き12階建ての建物であり、床面積延べ1万3,818.45平方メートル、土地は面積1,788.45平方メートルであった。
 不動産鑑定評価は次のとおり行われていた。
 なお、鑑定評価額と財産交換時の財産の評価額が異なるのは、鑑定評価額においては建物の取引に係る消費税及び地方消費税相当額が含まれていないためである。基町駐車場についても同様である。

【1回目】価格時点:令和2年6月1日

年月日

内 容

令和2年6月12日

手数料の支出伺

令和2年6月12日

条件が示された鑑定評価依頼書により不動産鑑定評価を依頼

依頼先:不動産鑑定人M

令和2年10月30日

鑑定評価書の提出

鑑定評価額 24億7,000万円

令和2年12月28日

手数料1,448,700円の支払い 

【2回目】価格時点:令和3年1月1日

年月日

内 容

令和2年12月10日

手数料の支出伺

令和2年12月11日

条件が示された鑑定評価依頼書により不動産鑑定評価を依頼

依頼先:不動産鑑定人M

令和3年3月18日

鑑定評価書の提出

鑑定評価額 24億4,000万円

令和3年5月6日

手数料1,448,700円の支払い 

イ 基町駐車場

 市が財産交換に供した基町駐車場は、広島市中区基町に所在する鉄筋コンクリート造り地下1階付き7階建ての建物のうち1階から7階までの部分であり、専有部分の床面積延べ1万9,817.51平方メートルのうち1万7,456.08平方メートル、土地は面積4,155.54平方メートルに対する建物の敷地権の割合による持分であった。
 不動産鑑定評価は次のとおり行われていた。

【1回目】価格時点:令和2年6月1日

年月日

内 容

令和2年6月12日

手数料の支出伺

令和2年6月12日

条件が示された鑑定評価依頼書により不動産鑑定評価を依頼

依頼先:不動産鑑定人L

令和2年10月30日

鑑定評価書の提出

鑑定評価額 24億6,000万円

令和2年12月28日

手数料2,084,500円の支払い 

【2回目】価格時点:令和3年1月1日

年月日

内 容

令和2年12月10日

手数料の支出伺

令和2年12月11日

条件が示された鑑定評価依頼書により不動産鑑定評価を依頼

依頼先:不動産鑑定人L

令和3年3月18日

鑑定評価書の提出

鑑定評価額 24億3,000万円

令和3年5月6日

手数料2,084,500円の支払い 

(3) 本件賃貸借契約の状況

ア 賃貸人たる地位を広島商工会議所に留保する旨及び広島商工会議所に賃貸する旨の合意(令和4年監査公表第51号監査結果より抜粋引用)

(ア) 令和3年6月25日付けの本件財産交換契約の内容

 本件財産交換契約においては、財産交換後の本件ビルの利用等について、別途覚書を締結する旨を取り交わしている。

(イ) 令和3年6月25日付けの本件覚書の内容

 本件財産交換契約の規定に基づき締結した本件覚書においては、令和3年8月1日から令和9年3月31日までを賃貸借期間とし、本件ビルの一部(広島商工会議所が自己利用する部分及び転貸を予定する部分)を対象として、市と広島商工会議所が定期借家契約を締結する旨について合意すると同時に、広島商工会議所による第三者(以下「テナント」という。)への転貸についても合意している。
 また、広島商工会議所は、転貸を予定している部分に従前からのテナントがいる場合は、令和3年8月1日以降の賃貸借継続の意思を確認し、原則として当該テナントと改めて定期借家契約を締結するとともに、令和9年3月31日までにテナントを退去させ、自己利用部分を含めた賃貸借部分を市に返還することとされている。

(ウ) 令和3年8月1日付けの本件賃貸借契約の内容

 本件覚書の規定に基づき締結した本件賃貸借契約においては、令和3年6月25日の本件財産交換契約成立時において広島商工会議所がテナントとの間で締結している賃貸借契約により貸し付けている部分の賃貸人たる地位を広島商工会議所に留保することに合意するとともに、市は当該貸付部分について当該テナント以外を含むテナントに転貸することを承諾している。
 また、貸付期間の満了時には、広島商工会議所の責任において直ちにテナントを退去させるとともに残置物も撤去させた上で賃貸借部分を明け渡すこととするほか、明渡しに際し、広島商工会議所は移転料、立退料、営業廃止の補塡その他名目を問わず、市に対し一切請求できない旨が定められている。

(エ) 以上の方法を採用した市の考え方

 このことについて、市は「取得した本件ビルの有効活用の観点からこれを貸し付ける一方で、再開発ビルに広島商工会議所が移転した後は、原爆ドームの背景の景観改善という財産交換の大きな目的を実現するため、速やかに解体することを予定しており、その際全ての賃借人の円滑かつ確実な立退きを担保することを目的に、本市は直接賃貸借契約を交わす広島商工会議所を含む賃借人と定期建物賃貸借契約を締結している」と説明している。

イ 広島商工会議所への貸付状況

(ア) 本件賃貸借契約締結時の状況(令和3年8月1日時点)

 市は本件ビルのうち、約7,786平方メートルを広島商工会議所に賃貸し、広島商工会議所はこのうち約3,864平方メートルをテナントへの転貸部分とし、その余を自己利用している。

(イ) 直近の状況(令和6年4月1日時点)

 市は本件ビルのうち、約6,707平方メートルを広島商工会議所に賃貸し(令和6年3月レストラン部分の貸付の終了により306平方メートルの減少)、広島商工会議所はこのうち約3,314平方メートルをテナントへの転貸部分とし(令和6年3月テナント1社の退去により148平方メートルの減少)、その余を自己利用している。

ウ 広島商工会議所への貸付部分以外の状況

 広島商工会議所への貸付部分以外については、市の専有部又は共用部であり、市の専有部について、市が直接使用しているほか、市の事務事業の目的に沿った利用希望があれば、市が直接定期建物賃貸借契約を締結して貸付けを行っており、現在は、公益的法人に対し無償で貸し付けているほか、民間事業者に有償で貸し付けている。

エ 広島商工会議所への貸付部分に係る貸付料の算定(令和4年監査公表第51号監査結果より抜粋引用(なお書き部分を除く。))

 広島商工会議所への貸付けに係る貸付料について、市は、普通財産(不動産)の貸付料算定基準(以下「貸付料算定基準」という。)1(2)の規定により、固定資産税評価相当額に準じた額を建物の評価額の基準とするなどして、これを算定していた。このほか、屋外平面駐車場、屋内設置自動販売機、屋上設置テレビ放送用カメラ及び通信用基地局設備に係る貸付料を貸付料算定基準等により算定していた。
 このことについて、市は「本件ビルは、財産交換後、短期間で全ての賃借人に立ち退いてもらう必要がある極めて特殊な不動産であり、こうした特殊な制約のある不動産の貸付料は、一般的に市場よりも相当に低く評価されるものであるが、その参考となる近傍類似事例等が存在せず、また、客観性のある確立された評価手法もないため、貸付料の算定に当たっては、本市貸付料算定基準の基準どおり、直近の基準年度の固定資産税評価相当額を用いた額としている」と説明しており、この点について、監査で確認したところ、市は、不動産鑑定士からあらかじめ意見を聴取し、同様の見解を得ていた。
 また、市は、転貸借部分を除き、広島市財産条例第5条の規定により、時価よりも低い価額で貸し付けることとし、具体的には広島市財産事務取扱要領第3の6において準用する同要領第3の2(3)の特別措置の規定を適用し、広島商工会議所の自己利用部分のうち自用の事務室部分について50%、有償で運営される会議室等の部分について30%の減額措置を講じていた。
 なお、貸付料算定の基礎となる固定資産税評価額は令和3年度に評価替えがあったため、これに伴い令和4年度以降の貸付料は改定されており、令和4年度分及び令和5年度分に引き続き、令和6年度分貸付料が適正に算定されているものと認められた。

オ 貸付料収入及び光熱水費等実費徴収額の各年度の予算額、決算額等の推移

 令和4年度以降、燃料費の高騰による電気及びガスの使用料金単価が高い水準となっているものの、広島商工会議所に対する貸付面積が段階的に減少していることに伴い、各入居者が負担する光熱水費に係る実費徴収額についても減少傾向にある。

年 度

当初予算額 a

決算額 b

差引 b-a

令和3年度(8月~翌3月)

85,846,000円

80,099,207円

-5,746,793円

令和4年度

119,810,000円

128,502,714円

8,692,714円

令和5年度

125,976,000円

125,862,005円

-113,995円

令和6年度

123,864,000円

-円

-円

(4) 本件業務委託契約の状況

ア 本件維持管理業務に係る広島商工会議所との随意契約及び契約内容(令和6年監査公表第7号監査結果より抜粋引用)

(ア) 本件維持管理業務に係る広島商工会議所との随意契約

 令和3年5月25日付けで市と広島商工会議所が締結した財産交換仮契約書第15条において、「甲(注:市)、乙(注:広島商工会議所)両者は、1号財産(注:市営基町駐車場)及び2号財産(注:本件ビル)の交換後の利用等に関する覚書を交換する。」とされている。
 これを受け、令和3年6月25日付けで市と広島商工会議所が締結した本件覚書第7条第3項において、「甲(注:市)は、第4条に定める賃貸借期間における2号財産(注:本件ビル)の管理業務を乙(注:広島商工会議所)に委託する。」とされ、これにより、広島商工会議所が本件ビルの維持管理を担うことについて、合意形成が図られている。
 これらに基づき、本件維持管理業務については、令和3年8月1日付けで随意契約により本件業務委託契約が締結されている。
 随意契約に関し、地方自治法第234条第2項において、「前項の指名競争入札、随意契約又はせり売りは、政令で定める場合に該当するときに限り、これによることができる。」と、地方自治法施行令第167条の2第1項柱書きでは「地方自治法第234条第2項の規定により随意契約によることができる場合は、次に掲げる場合とする。」とされ、同令第167条の2第1項第2号において「不動産の買入れ又は借入れ、普通地方公共団体が必要とする物品の製造、修理、加工又は納入に使用させるため必要な物品の売払いその他の契約でその性質又は目的が競争入札に適しないものをするとき。」とされている。
 この「その性質又は目的が競争入札に適しないものをするとき」について、「物品売買等に係る随意契約ガイドライン」では、具体的に「(1) 契約の相手方が特定されるとき。」又は「(2) 競争が成り立たない契約をするとき。」とされている。このうち、「(1) 契約の相手方が特定されるとき。」の例示として、「ア 法令等により契約の相手方が定められているとき。」、「イ 法律文書により特定の相手方と契約を締結することが義務付けられているとき。」、「ウ あらかじめ基本となる事項を定めた基本契約に基づき個別契約を締結するとき。」など6つが挙げられている。そして、このうち「イ 法律文書により特定の相手方と契約を締結することが義務付けられているとき。」の例として、「施設設置の経緯により、施設の維持管理業務を特定の者に委託することを協定書、覚書その他の法律文書により定めた場合において、当該協定書等で定められた相手方と締結する施設の維持管理業務の委託契約」との解釈・運用が示されている。
 本件業務委託契約を随意契約によることの適否及び随意契約の相手方の選考について、令和3年7月26日の広島市都市整備局委託業務等競争入札参加者等第一指名委員会(持ち回り審議)において、上記ガイドラインの「イ 法律文書により特定の相手方と契約を締結することが義務付けられているとき。」に該当するものとして、承認されている。

(イ) 本件業務委託契約の内容

 市は本件ビルの維持管理について、施設運営管理業務として来館者等対応業務、鍵等の管理業務、光熱水費・共益費に関する業務、各種損害保険の手続業務を、また、施設維持管理業務として清掃業務、警備業務、設備運転・保全業務を一括して、広島商工会議所に委託しており、その契約期間は会計年度(令和3年度分の始期は令和3年8月1日)としている。

a 施設運営管理業務

 施設運営管理業務のうち、来館者等対応業務については、各種問合せ対応、空室(広島商工会議所に賃貸していない事務室)使用対応業務を行っている。
 また、光熱水費・共益費に関する業務として、広島商工会議所は、本件ビル全体に係る電気、上下水道及びガスの使用料金を各事業者へ支払っている。
 このほか、広島商工会議所は、各入居者(市及び市と直接賃貸借契約を行っている法人等)の専用部及び共用部に係る電気、上下水道及びガスの使用料金並びに共益費(共用部警備費、共用部清掃費及び機械警備費)を毎月計算し、市を除く各入居者から集金を行った上で、市に対し集金した光熱水費・共益費を支払っている(令和5年10月分以降は、市と広島商工会議所を除く各入居者について、市が、これらの事務を直接行っている。)。
 なお、市は広島商工会議所に対し、本件ビル全体に係る電気、上下水道及びガスの使用料金を委託料に含め支払っている。

b 施設維持管理業務

 施設維持管理業務のうち、清掃業務については、建物内外を衛生的に保持するため、清掃員による館内清掃のほか、建物外周清掃、排水桝・側溝清掃、植栽管理及びフロアマット交換を行っている。
 また、警備業務については、建物館内及び外周における災害・事故等を未然に防止するため、有人警備による館内巡回、立哨及び監視カメラによる監視並びに機械警備を行っている。
 このほか、設備運転・保全業務については、環境整備業務(空気環境測定、貯水槽清掃、水質検査、汚水・排水槽点検清掃、防虫防鼠、ばい煙測定及び自動体外式除細動器設置)、廃棄物処理業務及び設備関連業務(受変電設備点検、昇降機点検、消防設備点検、空調機・周辺機器点検、空調機フィルター清掃、フロン排出抑制法に基づく点検、建築基準法に基づく検査及びその他設備点検)を行っている(ばい煙測定については令和4年度まで)。

イ 本件業務委託契約締結に係る手続

 令和6年度の本件業務委託契約締結に係る手続は次のとおり行われ、令和4年度分及び令和5年度分に引き続き、適正に行われているものと認められた。

年月日

内 容

令和6年3月7日

委託料の支出伺

令和6年3月19日

広島市都市整備局委託業務等競争入札参加者等第一指名委員会の審査省略の確認

令和6年3月21日

予定価格の決定

令和6年3月25日

広島商工会議所から見積書を徴取

同日

契約金額の決定

令和6年4月1日

市・広島商工会議所の間で本件業務委託契約を締結

ウ 本件業務委託契約の履行状況

 市は、毎月実施報告書や写真その他の資料により所要の報告を受け、履行状況を把握し、履行確認を行っており、令和4年度及び令和5年度に引き続き、令和6年度(直近の令和7年2月まで)も適正に履行されているものと認められた。

エ 本件業務委託契約に係る委託料の各年度の推移

 年度により営繕費の執行に変動があるため、決算額については増減を繰り返しているが、燃料費の高騰に伴い令和4年度、令和5年度ともに光熱水費が高い水準となっていた。このため、令和5年度予算と同様に令和6年度予算においても、光熱水費については直近1年間の実績を元に算出していた。

年 度

当初予算額

当初契約金額

決算額

令和3年度(8月~翌3月)

82,804,000円

82,094,875円

82,990,981円

令和4年度

127,396,000円

126,249,922円

141,316,772円

令和5年度

132,442,000円

129,149,668円

132,812,604円

令和6年度

134,860,000円

131,449,728円

-円

2 判断

(1) 不法行為に基づく損害賠償請求権の不行使の是正又は損害を補填するために必要な措置を講ずることを求める部分(請求事項A)

ア 法第242条第2項に規定される監査請求期間の制限の適用の有無について

 請求人は、「共謀ないし過失に基づき関係人らによって行なわれた、不動産鑑定に対する不当な働きかけ、当該不当な鑑定結果に基づき締結された本件財産交換契約への関与、一方的に広島商工会議所に利益を与える内容となっている覚書の締結、及び、当該覚書に基づき締結された本件賃貸借契約及び本件業務委託契約への関与といった一連の行為・スキームについて、広島市の財産を著しく毀損した上で不当に広島商工会議所を利する目的で行なわれた不法行為に該当する」とし、市長その他の関係者について不法行為責任があると主張している。
 この点、不法行為に基づく損害賠償請求権の不行使をもって財産の管理を怠る事実とする場合について、平成14年10月3日最高裁判所判決では、「怠る事実については監査請求期間の制限がないのが原則であることにかんがみれば、監査委員が怠る事実の監査をするに当たり、当該行為が財務会計法規に違反して違法であるか否かの判断をしなければならない関係にない場合には、当該怠る事実を対象としてされた監査請求に上記の期間制限が及ばないものとすべきであり、そのように解しても、本件規定の趣旨を没却することにはならない(最高裁平成10年(行ヒ)第51号同14年7月2日第三小法廷判決(略)参照)。(中略)本件監査請求は、本件工事に関し、被上告人B10(編注:県副知事)が、被上告会社9社による前記不法行為(編注:県建築部及び総務部の幹部が、被上告会社9社の要請を受け、本件工事に関し、単価の水増し等の操作により設計変更予算案を違法に作成)に違法に荷担したとし、県が被上告人B10に対する不法行為に基づく損害賠償請求権の行使を怠っているという事実を対象に含むものということができる。本件監査請求中上記怠る事実について監査を遂げるためには、監査委員は、被上告人B10について上記行為が認められ、それが不法行為法上違法の評価を受けるものであるかどうか、これにより県に損害が発生したといえるかどうかなどを確定しさえすれば足りる。県の被上告人B10に対する損害賠償請求権は、本件変更契約が違法、無効であるからこそ発生するものではない。したがって、上記監査請求については本件規定による監査請求期間の制限が及ばないものと解するのが相当である。そうすると、本件監査請求中被上告人B10に対する損害賠償請求権の行使を怠る事実を対象とする部分は、監査請求期間を徒過した不適法なものということはできない。」とされている。
 これを本請求事項に当てはめると、請求人が主張する市長その他の関係者に対する損害賠償請求権は、本件財産交換契約、本件覚書、本件覚書に基づき締結された本件賃貸借契約及び本件業務委託契約が違法、無効であるからこそ発生するものとは言えず、本請求事項の監査を遂げるためには、請求人が主張するような行為が認められ、それが不法行為法上違法の評価を受けるものであるかどうか、これにより市に損害が発生したといえるかどうかなどを確定しさえすれば足りるものであるから、本請求事項は地方自治法第242条第2項に規定される監査請求期間を徒過した不適法なものということはできない。

イ 市長その他の関係者による不法行為について

 次に、請求人が主張する市長その他の関係者による不法行為について検討する。
 請求人の主張を整理すると、【1】市長及び広島商工会議所が本件財産交換契約を実現するため不動産鑑定士に対し不当な鑑定評価を行うよう働きかけ、【2】不動産鑑定士が不当な鑑定評価を行い、【3】市長及び広島商工会議所が一方的に広島商工会議所に利益を与える目的で本件覚書の締結(本件覚書に基づく本件賃貸借契約及び本件業務委託契約の内容を含む。)を企図し、【4】市長が自ら本件財産交換契約の決裁を行い市と広島商工会議所に本件財産交換契約を締結させ、【5】市長が元市職員をして市と広島商工会議所に不当な本件覚書を締結させ、【6】市と広島商工会議所が本件覚書に基づく本件賃貸借契約及び本件業務委託契約を締結したことにより、【7】市の財産を著しく毀損したことから、市長その他の関係者において不法行為があったとしているものと解される。

 このため、それぞれについて以下検討する。

(ア) 「【1】市長及び広島商工会議所が本件財産交換契約を実現するため不動産鑑定士に対し不当な鑑定評価を行うよう働きかけ」及び「【2】不動産鑑定士が不当な鑑定評価を行い」について

 次のとおり、監査した限りにおいて、市が不動産鑑定士に依頼し実施した基町駐車場の不動産鑑定評価(以下「市施行基町駐車場鑑定評価」という。)について、不動産鑑定士が請求人の主張する次の点において不当な鑑定評価を行ったとは言えず、また、このことからすれば市長及び広島商工会議所が不動産鑑定士に対し不当な働きかけを行ったとは認められず、市長、広島商工会議所及び不動産鑑定士に不法行為があったとは認められない。
 なお、本件ビルの不動産鑑定評価については、請求人から具体的な主張がなされていないため、検討しない。

a 市街地再開発事業の予定が考慮されていないとする点について

 請求人は、市施行基町駐車場鑑定評価において、土地の価格を求めるには不動産の価格に関する11の原則のうち「予測の原則」により、【1】まず市街地再開発事業の適用がない状態の容積率400%の対象地価格を求め、その後容積率900%及び再開発事業による土地価格の影響要因を考慮して対象価格を求めるべきところ、市街地再開発事業の予定が考慮されていないこと、【2】市街地再開発事業により相生通りに面することになるにもかかわらず繁華性の要因による修正においてこれが考慮されていないとしている。
 この2点については、上記第3の2(3)イ(ウ)のとおり、市は「市街地再開発事業とは、その事業内容について区域内の関係者により相当程度高い合意形成がなされてはじめて行われるものであるが、上記鑑定評価の価格時点においては、基町駐車場を含む地区で再開発事業が実施されることについては関係者の合意がなく、内容やスケジュールについて具体化していなかった。その後、この鑑定評価額に基づき財産交換が行われ、再開発事業に係る関係者が確定したことにより、合意形成を図ることが可能となり、関係者の合意や都市計画決定を経て、令和4年10月に再開発事業が施行認可に至ったものである。市街地再開発事業を鑑定評価に反映するには、少なくとも施行認可が必要であるとの不動産鑑定士の認識もあり、この度の鑑定評価の価格時点では、不動産鑑定士が客観的にその実施を予測できる状況では到底なかった。そういう状況にも関わらず、仮に不動産鑑定士が単なる見込みで織り込んだとすれば、恣意性が介在し客観性、公平性を欠いた鑑定評価になると言わざるを得ない。」と意見を述べている。
 「予測の原則」については、「不動産の価格は、その価格を形成する要因(一般的要因、地域要因及び個別的要因)の変化についての予測によって左右されるものである。したがって、不動産の鑑定評価に当たっては、不動産の価格を形成する要因がどのように変化するかについて的確に予測しなければならない。このためには、不動産鑑定士等は、常にこの要因の変動に注意を払う必要があり、その推移及び動向を分析しなければならない。また、この予測は、市場人がとるであろう合理的な行動を不動産鑑定士等が代わって行うものであるので、十分に合理的かつ客観的であることが必要であり、その予測にはおのずと限界があることを銘記しなければならないものである。」(要説不動産鑑定評価基準 鑑定評価理論研究会編著)とされている。
 したがって、「予測の原則」を踏まえたとしても、市施行基町駐車場鑑定評価に当たり、施行認可がなされておらず、また、財産交換によって関係者が確定して初めてその内容やスケジュールについての合意形成が図られることとなる市街地再開発事業を、担当した不動産鑑定士が価格形成要因の一つとしていなかったとしても、合理的かつ客観的でないとは言えず、このことにより不当な鑑定評価額が導かれているとは認められない。

b 対象地の近隣の中で一番安く遠い地価公示地を採用しているとする点について

 また、請求人は、市施行基町駐車場鑑定評価において、対象地の周辺には9件の地価公示地が設置されているところ、対象地の近隣に地価公示地「広島中5-23」(立町4-2 118万円/平方メートル)及び「広島中5-30」(八丁堀11-10 127万円/平方メートル)があるにもかかわらず、9件の中で一番安く遠い「広島中5-5」(鉄砲町6-7 67.8万円/平方メートル)を基に鑑定評価を行っているとしている。
 この点、「公示価格を規準とするとは、対象土地の価格(略)を求めるに際して、当該対象土地とこれに類似する利用価値を有すると認められる一又は二以上の標準地との位置、地積、環境等の土地の客観的価値に作用する諸要因についての比較を行ない、その結果に基づき、当該標準地の公示価格と当該対象土地の価格との間に均衡を保たせることをいう。」(地価公示法(昭和44年法律第49号)第11条)とされているとおり、対象地の評価において、対象地と地価公示地の距離や地価公示地の価格のみが考慮されるわけではないことは明らかであり、近隣の複数の地価公示地の中から最も遠く、公示価格の低いものを規準としたとしてもそれ自体が誤りであるとは言えず、このことにより不当な鑑定評価額が導かれているとは認められない。

(イ) 「【3】市長及び広島商工会議所が一方的に広島商工会議所に利益を与える目的で本件覚書の締結(本件覚書に基づく本件賃貸借契約及び本件業務委託契約の内容を含む。)を企図し」について

 市が広島商工会議所と締結した本件覚書に対する監査委員の判断については次の(エ)で述べるとおりであり、市長及び広島商工会議所に不法行為があったとは認められないことから、一方的に広島商工会議所に利益を与える目的があったとする請求人の主張は採用できない。

(ウ) 「【4】市長が自ら本件財産交換契約の決裁を行い市と広島商工会議所に本件財産交換契約を締結させ」について

 市長が自ら本件財産交換契約の決裁を行い市と広島商工会議所に本件財産交換契約を締結させたことは相違ないが、上記第4の2(1)イ(ア)のとおり、市施行基町駐車場鑑定評価について不動産鑑定士が不当な鑑定評価を行ったとは言えないことから、市施行基町駐車場鑑定評価を基とした財産の評価額により市長が本件財産交換契約の決裁を行い、市と広島商工会議所に契約を締結させたことが不法行為であったとは認められない。

(エ) 「【5】市長が元市職員をして市と広島商工会議所に不当な本件覚書を締結させ」について

 本件覚書(本件賃貸借契約に関する部分に限る。)の締結については次のaのとおり令和4年監査公表第51号監査結果の第4の2(1)において、市が賃貸人たる地位を広島商工会議所に留保する旨及び広島商工会議所に賃貸する旨を広島商工会議所との間で合意形成することとした判断、広島商工会議所に対する貸付料の算定に当たり貸付料算定基準の原則に従って算定することとした判断に対し、監査委員は違法又は不当な点は認められないとしていることから、市長、元市職員及び広島商工会議所に不法行為があったとは認められない。
 また、本件覚書(本件業務委託契約に関する部分に限る。)の締結については次のbのとおり令和5年監査公表第20号監査結果の第4の2(1)において、市長が本件業務委託契約について随意契約を行うこととした判断に対し、監査委員は裁量の範囲を逸脱しているものとは認められないとしていることから、市長、元市職員及び広島商工会議所に不法行為があったとは認められない。

a 本件覚書(本件賃貸借契約に関する部分に限る。)の締結(令和4年監査公表第51号監査結果より抜粋引用)

(a) 賃貸人たる地位を広島商工会議所に留保し賃貸する旨の合意

1} 市による説明

 広島商工会議所ビルの所有権の移転後、通常は借地借家法第31条の規定により、賃貸人たる地位が新たな所有者の本市に承継され、改めて賃借人(テナント)との間で契約を締結し直すことなく、普通借家契約という契約形態や貸付料、特約など全て従前と同じ内容の賃貸借契約が承継されることになる。
 そうなれば、請求人の主張するように本市が直接各テナントから従前と同額の貸付料を得ることにはなるが、一方で従前の普通借家契約を承継するため、テナントに令和8年度末までの立退きを強制する手段がなく、立退きに係る交渉や立退料が発生した場合の費用は全て本市が負うことになる。
 本市としては、令和8年度末までに広島商工会議所を含む全てのテナントに立ち退いてもらう必要があると考えており、30を超えるテナントと本市が短期間のうちに個別に交渉し、期限までの確実な立退きを担保することは困難なため、転貸借という現状の契約形態としたものであり、この転貸借は本市条例等で禁止されているものではない。

2} 監査委員の判断

 市は、原爆ドームの背景の景観改善を行政目的として取得した本件ビルについて、その解体までの間の有効活用として貸付けを行うこととする一方で、解体までにテナントの退去を円滑に終えることや、その際の市の負担の軽減を図ることの必要性など諸般の事情を総合的に勘案して、民法第605条の2第2項前段の規定により、市が賃貸人たる地位を広島商工会議所に留保する旨及び広島商工会議所に賃貸する旨を広島商工会議所との間で合意したものと認められ、このことについて、当事者の一方の市としての市長の判断に違法又は不当な点があったとは認められない。

(b) 貸付料の算定

1} 市による説明

 本市が財産交換により取得した広島商工会議所ビルは、(略)財産交換後、短期間で全ての賃借人に立ち退いてもらう必要がある極めて特殊な不動産である。
 こうした特殊な制約のある不動産の貸付料は、一般的に市場よりも相当に低く評価されるものであるが、その参考となる近傍類似事例等が存在せず、また、客観性のある確立された評価手法もないため、広島商工会議所ビルの貸付料の算定に当たっては、本市「普通財産(不動産)の貸付料算定基準」の基準どおり、直近の基準年度の固定資産税評価相当額を用いた額としているのであって、当該貸付料の算定は、「広島市財産条例」及び「普通財産(不動産)の貸付料算定基準」に照らして、何ら違法又は不当な点はない。

2} 監査委員の判断

 貸付料算定基準の適用に当たり、調整措置の検討が必要となる「貸付料の額が近傍類似の民間賃貸事例に比較して著しく高額又は低額と認められる場合」には当たらないものとして、原則に従って算定することとした市長の判断に違法又は不当な点があったとは認められない。

b 本件覚書(本件業務委託契約に関する部分に限る。)の締結(令和5年監査公表第20号監査結果より抜粋引用)

 (a) 市による説明

 本市が商工会議所ビルを取得し、管理運営を行うに至った経緯は次のとおりである。基町駐車場周辺における再開発事業について、同事業の実施に併せて、本市の長年の懸案事項となっていた原爆ドームの背景の景観改善を同時に決着することができるならば、紙屋町・八丁堀地区の都市機能の一層の充実・強化を図ることができるとの判断の下、平成30年に本市から商工会議所に対し、商工会議所ビルの移転を提案し、そのための手段として基町駐車場との財産交換を先行させることについて、地権者も含めた関係者で議論を重ねた結果、合意が成立したものである。
 広島商工会議所ビルの管理については、従前の利用を継続しつつも、短期間で解体することを踏まえた適切な維持管理・補修等を行うことが求められるところ、長年にわたり本件ビルを管理運営し、施設の利用状況や建物・設備の状態を詳細に把握している商工会議所にこれを引き続き担わせることが、最も円滑かつ効率的であり、さらに、テナントとの退去に向けた交渉を短期間で着実に行うためには、これを従来の賃貸人である商工会議所に行わせることが最も有効であると判断したものである。

(b) 監査委員の判断

 令和9年度頃の本件ビルの円滑な解体に向けては、解体までにテナントの退去が不可欠であること、一方で財産の有効活用を図るためには解体までの間において少しでも長くテナントが入居していることが望ましいこと、そのためには建物の老朽化度に応じた必要最小限の維持管理・補修を行うことが効率的であること、これらの相反する事項の調整に当たっては(略)従前どおりテナント管理や本件ビル全体の維持管理を広島商工会議所が包括的に行うことが合理的であること(略)など、これら諸般の事情を総合的に勘案すれば、広島商工会議所と本件覚書を締結し、本件業務委託契約について随意契約を行うこととした市長の判断は、(略)裁量の範囲を逸脱しているものとは認められない。

(オ) 「【6】市と広島商工会議所が本件覚書に基づく本件賃貸借契約及び本件業務委託契約を締結した」について

 請求人は、不当な本件覚書に基づき本件賃貸借契約及び本件業務委託契約が締結されていると主張しているが、上記第4の2(1)イ(エ)で述べたとおり本件覚書の締結において市長、元市職員及び広島商工会議所に不法行為があったとは認められないものであるから、本件賃貸借契約及び本件業務委託契約の締結についても市長、元市職員及び広島商工会議所に不法行為があったとは認められない。

(カ) 「【7】市の財産を著しく毀損した」について

 上記第4の2(1)イ(ア)から(オ)までのとおり、市長その他の関係者に不法行為があったとは言えないことから、市に不法行為による損害が生じているとは認められない。
 このほか、請求人は、広島商工会議所がその取得した基町駐車場を運営し利益を得ていることにより市に損害が生じていると主張しているが、上記第4の2(1)イ(ウ)のとおり、市長が本件財産交換契約の決裁を行い市と広島商工会議所に契約を締結させたことが不法行為であったとは言えないことから、市に損害が生じているとは認められない。

ウ 判断

 市長その他の関係者において不法行為はなく、市に不法行為による損害が生じているとは認められないことから、不法行為に基づく損害賠償請求権の不行使の是正又は損害を補填するために必要な措置を講ずることを求める部分(請求事項A)については、請求に理由がない。

(2) 本件財産交換契約が違法であるとしてその是正又は損害を補填するための措置を講ずることを求める部分(請求事項B)

ア 法第242条第2項に規定される監査請求期間の制限の適用の有無について

 本件財産交換契約の締結の日である令和3年6月25日を基準として法第242条第2項の監査請求期間の制限に係る規定を適用すべきところ、同日から本件措置請求のあった令和7年2月4日までに1年以上経過している。
 この監査請求期間の制限については、同条同項ただし書において、正当な理由がある場合には1年を経過していても請求ができることとされており、請求人は「当該契約の中身がでたらめであることが発覚したのは、請求人が不動産鑑定人Nに不動産鑑定を依頼して、不動産鑑定人Nから鑑定評価書を受け取った令和7年1月7日のことである。それまで、請求人は、本件不動産契約の内容がでたらめであることを具体的に知りようがなかったのであるから、期間制限を徒過したことに関しては正当な理由がある」旨を主張している。
 この正当な理由については、平成14年9月12日最高裁判決においては、「特段の事情のない限り、普通地方公共団体の住民が相当の注意力をもって調査すれば客観的にみて上記の程度(編注:監査請求をするに足る程度)に当該行為の存在及び内容を知ることができたと解される時から相当な期間内に監査請求をしたかどうかによって判断すべきものである」とされている。
 この点については、令和4年監査公表第51号監査結果第4の2(2)のとおり、監査委員は「市議会での審議や市による広報、報道などの経緯を見る限り、財産交換契約の内容は、随時、本市住民に知れるところとなっており、令和3年6月25日の契約締結の前後から1年を経過するまでの間において、客観的にみて監査請求をするに足りる程度に財務会計上の行為である財産交換契約が締結された事実の存在及び内容を知ることができたというべきである。」と判断している。
 本請求事項についても同様に、請求人が行った不動産鑑定評価により請求人が本件財産交換契約の内容が違法であると具体的に認識したとしても、本件財産交換契約の締結の日である令和3年6月25日から1年を経過してなされたことに正当な理由があるとは認められない。

イ 判断

 本件財産交換契約が違法であるとしてその是正又は損害を補填するための措置を講ずることを求める部分(請求事項B)については、地方自治法第242条に規定される住民監査請求として不適法である。

3 結論

 不法行為に基づく損害賠償請求権の不行使の是正又は損害を補填するために必要な措置を講ずることを求める部分(請求事項A)については、理由がないものであることから請求を棄却し、本件財産交換契約が違法であるとしてその是正又は損害を補填するための措置を講ずることを求める部分(請求事項B)については、不適法な請求であることからこれを却下する。

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