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ページ番号:0000010878更新日:2019年10月21日更新印刷ページ表示

広島平和記念都市建設法の制定

一発の原子爆弾により、一瞬にして廃墟となった広島市を復興させるのは本当に難しい問題でした。人口が大幅に減少し、ほとんどの建物も壊滅したため、税収は激減し、財政状況が極度に悪化していたからです。

このため、翌21年から、広島市は国に対し、国有地の譲与など復興のための様々な要望活動を行いましたが、戦災都市は広島に限らないという理由で拒絶されていました。

住民投票啓発ポスターの画像

写真3 住民投票啓発ポスター(昭和24年)

このようななかで、考えだされたのが、憲法第95条による特別法(特定の地方公共団体のみに適用される法律)の制定でした。

当時は、占領下であったために、連合国最高司令官総司令部(GHQ)を動かすことができればなんとかなるのではないかと考え、昭和24年に入って当時の任都栗司市議会議長がマッカーサー元帥に単独で会見し、平和都市建設の推進について協力を要請したのをはじめ、浜井信三市長、議員らによる陳情運動に加えて、広島市出身の寺光忠参議院議事部長らの協力により、恒久平和を誠実に実現しようとする理想の象徴として都市整備を行う際、補助率の引き上げや国有財産の譲与を認めるという法案が作成されました。

そして多くの議会・市関係者らの尽力によって、この法案が国会に提出され、昭和24(1949)年5月、衆・参両院において満場一致で「広島平和記念都市建設法」が可決されました。

特別法は、一地方公共団体のみに適用されるもので、制定するためには、住民投票で過半数の同意が必要となっていることから、我が国で初めての住民投票が同年7月7日に行われ、その結果、市民の圧倒的多数の賛成を得て、平和記念日である8月6日に公布・施行されました。

この法律により、広島市を世界平和のシンボルとして建設することが、国家的事業として確立されました。このことは、一地方都市の復興が世界平和の原点として位置付けられ、歴史的に大きな意義をもつものとなりました。

平成12年5月に、この法律を適用することにより、爆心地近くの貴重な被爆建物である旧日本銀行広島支店が国の重要文化財に指定されることを条件に、広島市へ無償譲与されることが決定されました。

住民投票を呼びかける宣伝トラック(昭和24年7月)の画像

写真4 住民投票を呼びかける宣伝トラック(昭和24年7月)

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写真3 所蔵:広島市公文書館
写真4 提供:中国新聞社

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