ページの先頭です。 メニューを飛ばして本文へ

本文

昭和51年(1976年)

ページ番号:0000009444 更新日:2019年10月21日更新 印刷ページ表示

平和宣言

本日、われわれは、ここにまた原爆記念日を迎えた。

昭和20年のこの日、この刻、広島は一瞬にして壊滅し、無数の尊い生命が奪い去られた。しかも辛うじて生き残った被爆者は、放射能障害の苦痛と不安にさいなまれ、31年を経た今日もなお、命を蝕まれ死に行く者、あとを断たず、痛恨の情まことにたえがたいものがある。

われわれ広島市民は、この凄惨な被爆体験をみつめながら、ひとたび核戦争がはじまれば、人類の滅亡と文明の終えんは明らかであることを予見し、一切の悲しみと憎しみを越えて、核兵器の廃絶と戦争の放棄を全世界の人々に訴え、「ヒロシマを再び繰り返すな」と叫び続けてきた。

然るに、米・ソを始め核保有国は、ヒロシマの心を踏みにじり、自国の防衛と世界の安全を口実に、依然として全人類をせん滅して余りある巨大な量の核兵器を蓄積し、更にこれを世界に拡散して、核戦争の危機を著しく高めてきた。また頻発する局地戦争が、核保有国の介入により、遂には、世界的規模の核戦争へと発展する恐れなしとしない。

それのみか、今日世界をおおう環境の破壊、人口増加と食糧危機、枯渇への速度をはやめる資源消耗の現実を直視するとき、ここにも平和を脅かす要因が潜在していることを憂えるものである。

今や、人類は、滅亡か、生存かの岐路に立っている。もはや国と国、民族と民族が相争うときではなく、世界が一体となって核兵器を廃絶しなければならないときである。

今こそ全人類は、運命共同体の一員であること深く自覚し、人間の尊厳と、相互依存の理念にもとづく世界恒久平和への道を急がなければならない。

このときにあたり、広島市長は、長崎市長とともに国連に赴き、被爆体験の事実を、生き証人として証言し、世界の国々に、これが正しく継承されるよう提言すると同時に、国連総会が議決した核兵器使用禁止、核拡散防止、核実験停止に関する諸決議のめざす、核兵器廃絶への具体的措置が早急に実現されるよう、強く要請する決意である。

本日ここに原爆犠牲者の御霊を弔うにあたり、われわれは、平和への誓いを新たにし、このことを内外に宣言する。

1976年(昭和51年)8月6日

広島市長 荒木 武