あの日、水を求めた犠牲者にささげます

平和記念式典で開会式前に行われる「献水」。水を求めながら亡くなった原爆犠牲者を慰霊するため、原爆死没者慰霊碑に清水(せいすい)を供えます。区では、3カ所で採水を行っています。
- 問い合わせ先
区政調整課(電話831-4925、ファクス877-2299)

上安町荒谷山で採水する
区政調整課職員
区政調整課職員
昭和49年から実施
献水は、昭和49(1974)年に山田(やまだ)節男(せつお)市長(当時)が長崎の平和祈念式典で行われていた献水に感銘を受けたことをきっかけに、広島でも実施するようになりました。
安佐南区では、上安町荒谷山(あらたにやま)(【1】)、沼田町窓(まど)が山(やま)(【2】)、緑井町権現山(ごんげんざん)(【3】)の3カ所の清水を採水しています。
安佐南区をはじめ、市内17カ所から集められた清水は、地元住民の代表の皆さんによって、原爆死没者慰霊碑前に置かれた一対の水桶に注ぎ入れられ、供えられます。
式典終了後は、慰霊碑を囲む「平和の池」に注がれます。

母の思いを受け継ぐ

沼田町窓が山献水者 伊藤(いとう)修太(しゅうた)さん(77歳)
平成22年から毎年献水を行っている、区内在住の伊藤さんに献水への思いを聞きました。
「私自身は戦後生まれですが、一番上の姉は当時学徒動員のため爆心地近くの親戚の家に行っており、被爆により亡くなりました。母は安佐郡伴村(現在の安佐南区伴西)から長時間歩いて何度も中区へ姉を探しに行ったようです。その際に水や食べ物を求める人たちを見たけれども、自分が持っていたのは、我が子に生きて会えた時のためのものだからあげられなかった、と母はたびたび言っていました。そんな母の思いを聞き、亡くなった被爆者に安らかに眠ってほしい、という気持ちを込めて献水をしています」