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ページ番号:0000009417更新日:2019年10月21日更新印刷ページ表示

平成8年(1996年)

平和宣言

どれほど歳月を重ねても、人びとの心から広島の記憶は消えない。

あの惨禍から半世紀あまり、世界はいまだに核兵器の脅威のもとにある。しかし、私たちは絶望することなく、繰り返し「人類と核兵器は共存できない」と訴える。

核大国は東西両陣営の対立が終わったいまも、核兵器を持ち続けているが、他者への不信、疑念が招く軍事力への依存は、決して私たちの安全を保障するものではない。紛争、貧困、差別などに軍事力が絡むとき、平和は崩れる。核兵器は平和を阻むあらゆる暴力の象徴である。

国際司法裁判所は、一般論ながら「核兵器使用の違法性」を明言した。核兵器廃絶を求める国際世論は徐々に、しかも着実に広がっている。この潮流のなかで、私たちは、新たな包括的核実験禁止条約の合意によって、これまで二千回以上も続けられてきた核爆発が禁止され、これが核実験の全面禁止へつながることを期待している。反面、核兵器廃絶への道筋が見えない現状では、核大国の核兵器固定化に大きな不安を抱かざるを得ない。

私たちは次の段階で、世界の人びとと連帯して核兵器使用禁止国際条約の実現を目指し、国内では非核武装の法制化を強く求める。

平和の達成へ向けて急がねばならないのは、世代や国の違いを超えて、人類史上初めての被爆の実相を語り継ぎ、広く世界の人びとに伝えていくことである。そのためには、被爆の惨禍が生んだ広島の生と死の経験を、すべての人びとの心に感動を呼び起こすまでに昇華し、この平和文化を永遠の人類共有財産に加えなければならない。

また一方で、多様な被爆資料の集大成が必要である。戦時や被爆の事実から遠くなった若い世代には、被爆体験談や被爆資料から得る感動を大切にし、想像力を働かせてほしいと思う。

同時に、高齢化する内外の被爆者のためには、実態に沿った援護の方策を求めていきたい。

きょう被爆五十一周年を迎え、ここに原爆犠牲者の御霊に心から哀悼の誠を捧げ、あらためて核兵器廃絶と平和への絶えざる努力を誓う。あわせて、日本人が刻んできた歴史を十分に学び、日本国憲法の精神のもと、市民とともに、こぞって創造的で希望に満ちた平和都市・広島を築いていく決意を表明する。

1996年(平成8年)8月6日

広島市長 平岡 敬