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衛生研究所環境科学部では河川水や地下水、空気や雨水などについて、有害化学物質などによる汚染状況を把握するための調査を実施しています。
今回はその中でも、ダイオキシン類調査を紹介します。
一般に「ダイオキシン」といわれているのは正確には「ダイオキシン類」で、ポリ塩化ジベンゾ-パラ-ジオキシン(PCDD)、ポリ塩化ジベンゾフラン(PCDF)、コプラナーポリ塩化ビフェニル(コプラナーPCB)のことであると、ダイオキシン類対策特別措置法(ダイ特法)で定義されています。
これらの物質は図1のような構造をしており、それぞれ塩素(Cl)の数と塩素が結合する位置(図中の数字の箇所)によって多くの異性体が存在します。図1には代表的なものを1つずつ示しています。
異性体の数は、PCDDは75種類、PCDFは135種類、コプラナーPCBは十数種類です。
【図1】 ダイオキシン類の構造式
PCBの中でベンゼン環が同一平面上にあって扁平な構造を有するものです。PCBの中には同一平面上にない構造を有するものでもダイオキシンと似た毒性を有するものがあり、現在はこれらも併せてコプラナーPCBとして整理しています。ダイオキシン様ポリ塩化ビフェニル(DL-PCB)とも呼ばれます。
異性体とは、分子式が同じでも構造が異なる化合物です。ダイオキシン類の場合、結合する塩素(Cl)の数が同じで、結合する場所が異なっているものです。
環境汚染が問題になっています。
ヒトなど動物の体内に取り込まれた場合、肝臓や脂肪組織に蓄積しやすく、分解して体外に排出される速度は非常に遅いです。クジラやイルカの脂肪組織に高濃度のダイオキシンが蓄積されていたという報告や、母乳の脂肪分に含まれているという報告があります。
その他に、きのこの一種である白色腐朽菌により分解することも報告されています。
動物実験の結果からダイオキシン類には、発がん性など様々な毒性があると報告されていますが、ヒトに対しての影響はまだよくわかっていません。
毒性の強さは、化学合成物質の中で最も高い毒性をもっているといわれていますが、これは私たちの普段の生活の中で摂取する量の数十万倍の量を摂取したときの急性毒性(短期毒性)です。通常の環境下ではダイオキシン類の量は極めて微量なので、日常生活の中では急性毒性は生じることはないといってもよいでしょう。
また、異性体により毒性の強さは異なり、最も毒性が強いのは、2,3,7,8-四塩化ジベンゾ-パラ-ジオキシン(構造式は図1)です。
生殖毒性(生殖機能に対する障害)や催奇形性(奇形といった先天性異常を引き起こす)などがあります。発がん性も含め、これらの毒性は慢性毒性(長期毒性)です。
天然の毒物には、ボツリヌス菌や破傷風菌の毒素などダイオキシンよりも強い毒性を持ったものがあります。
化学物質を動物に1回または短時間に反復投与したときにみられる毒性のことです。(対義語は「慢性毒性(長期毒性)」)
ダイオキシンは化学合成物質ですが、意図的に作られたものではなく、主に物が燃えるときに自然に発生するものです。
ダイオキシン類の発生源は、古くは農薬、除草剤由来のものもあったとされていますが、現在では、60%程度が焼却施設から発生しています。
図2は、環境省で調査した平成9年度からの排出総量の推移(縦棒、左側目盛)と排出総量に対する焼却施設からの排出の割合(折れ線、右側目盛)です。全体の発生量はかなり少なくなってきていますが、焼却施設からの排出割合は傾斜がゆるやかで、平成15年頃からは60%程度で横ばい状態です。
【図2】 発生量の推移および焼却施設からの排出割合
出典:ダイオキシン類の排出量の目録(排出インベントリー)(環境省)<外部リンク>
環境中に排出されたダイオキシン類は、図3の例のように、大気中で煤(すす)や埃(ほこり)などの粒子に吸着し漂い、雨や雪に含まれて地上に落下し、河川や海に流され、底の泥(底質)中に蓄積されていきます。
【図3】 ダイオキシン類の汚染経路
ダイオキシン類による環境汚染が問題となり人の健康への影響が心配される中、2000年(平成12年)に大気、水質、水底の底質、土壌について、人の健康を保護するうえで維持されることが望ましい基準(環境基準)が定められました。
環境基準は、環境中のダイオキシン類の濃度をどの程度に保つかという目標値です。
大気 | 年平均 0.6 pg-TEQ/m3以下 |
---|---|
水質 | 年平均 1 pg-TEQ/L以下 |
水底の底質 | 150 pg-TEQ/g以下 |
土壌 | 1000 pg-TEQ/g以下 |
この基準値は、それぞれの異性体ごとに設定されているのではなく、ダイオキシン類の総量で規制されています。総量といっても単純に異性体ごとの濃度を合計するのではなく、2,3,7,8-四塩化ジベンゾ-パラ-ジオキシンの毒性に換算した量の合計です。換算するために定められた係数を毒性等価係数(TEF)といい、TEFが設定されているのは毒性を有するとみなされている異性体29種類です。
TEFから換算した値を毒性等量(TEQ)といいます。そのため、ダイオキシン類の値の単位は、換算値であることがわかるように"pg-TEQ"という単位が使われています。
1pg(ピコグラム)とは、1gの1兆分の1ということです。
ダイ特法で定めるTEFは、世界保健機関(WHO)が定めたTEFを採用しています。
WHOでは、長期毒性、短期毒性、生体内及び試験管内の生化学反応についての試験結果を同族体、異性体間で比較して決めています。
WHOでは、最新の知見をもとに2006年(平成18年)にTEFの見直しを実施しました。それに合わせて、2007年(平成19年)ダイ特法でもTEFの見直しを行い、2008年(平成20年)4月1日から新しいTEFで換算された値となっています(表2)。
改正にともない、継続調査地点において推移などを考察する際にはTEFの変更についても考慮する必要があります。
化合物名(数字は塩素が結合する位置) | TEF | ||
---|---|---|---|
PCDDs | 2,3,7,8-TeCDD | 1 | |
1,2,3,7,8-PeCDD | 1 | ||
1,2,3,4,7,8-HxCDD | 0.1 | ||
1,2,3,6,7,8-HxCDD | 0.1 | ||
1,2,3,7,8,9-HxCDD | 0.1 | ||
1,2,3,4,6,7,8-HpCDD | 0.01 | ||
OCDD | 0.0003 | ||
PCDFs | 2,3,7,8-TeCDF | 0.1 | |
1,2,3,7,8-PeCDF | 0.03 | ||
2,3,4,7,8-PeCDF | 0.3 | ||
1,2,3,4,7,8-HxCDF | 0.1 | ||
1,2,3,6,7,8-HxCDF | 0.1 | ||
1,2,3,7,8,9-HxCDF | 0.1 | ||
2,3,4,6,7,8-HxCDF | 0.1 | ||
1,2,3,4,6,7,8-HpCDF | 0.01 | ||
1,2,3,4,7,8,9-HpCDF | 0.01 | ||
OCDF | 0.0003 | ||
DL-PCBs | 3,4,4’,5-TeCB | 0.0003 | |
3,3’,4,4’-TeCB | 0.0001 | ||
3,3’,4,4’,5-PeCB | 0.1 | ||
3,3’,4,4’,5,5’-HxCB | 0.03 | ||
2’,3,4,4’5-PeCB | 0.00003 | ||
2,3’,4,4’,5-PeCB | 0.00003 | ||
2,3,3’,4,4’-PeCB | 0.00003 | ||
2,3,4,4’,5-PeCB | 0.00003 | ||
2,3’,4,4’,5,5’-HxCB | 0.00003 | ||
2,3,3’,4,4’,5-HxCB | 0.00003 | ||
2,3,3’,4,4’,5’-HxCB | 0.00003 | ||
2,3,3’,4,4’,5,5’-HpCB | 0.00003 |
(注) Te:4つの Pe:5つの Hx:6つの Hp:7つの O:8つの
同族体とは、構造のよく似た物質。ダイオキシン類の場合は、分子式の中で塩素(Cl)の数だけが異なる化合物のことです。
2001年(平成13年)3月に、ダイオキシン類を分析するために衛生研究所に化学物質安全実験施設が整備され、2001年度(平成13年度)から分析を実施しています。
図4は施設の配置図です。この施設は、表3のように作業者と周辺環境への安全性を確保する設計となっています。また、特定の職員しか出入りできないようになっています。
【図4】 化学物質安全実験施設配置図
周辺環境への汚染対策 (施設外にダイオキシン類が出ないようにする対策) |
超高性能フィルター、活性炭フィルターを通して排気 |
---|---|
外部からの汚染対策 (施設外からの混入を防ぐ対策) |
超高性能フィルターを通して給気 |
従事者の安全確保 | 実験室内に強制排気装置を設置 |
衛生研究所では、河川や海の水質および底質(底の泥など)、土壌、地下水の分析を行っています。
分析用サンプルの採取は、環境省が定めた方法で行っています。採取する際は、あらかじめよく洗ったガラスやステンレスの器具や容器を使います。例えば川の水を採取するときは、川の中ほどのある程度深さのあるところまでガラス瓶を持って川下から入って、底の泥や浮いている落ち葉などが入らないように注意して取ります。水や土を採取するだけでなく、天候、気温、水温、色や匂い、採取する場所の様子も記録します。
2009年度(平成21年度)の調査件数と調査地点は表4および図5のとおりです。
水質調査(定点) | 年2回(夏期、冬期)×13地点 | 26件 |
---|---|---|
底質調査(定点) | 年1回(夏期)×13地点 | 13件 |
地下水調査 | 年1回×5地点 | 5件 |
土壌調査 | 年1回×5地点 | 5件 |
【図5】 調査地点(定点)
環境中のダイオキシン類は極めて微量ですので、大量の分析試料から分析対象のダイオキシン類を抽出し、分析機器で測定できる濃度になるように濃縮する操作を行います。
具体的には水試料の場合は、20リットルの水を20マイクロリットルまで濃縮します(100万分の1の量に濃縮します)。その過程で分析を妨害する物質を除くという操作も合わせて行います。
最終的には高分解能ガスクロマトグラフ質量分析装置(HRGC/MS)という分析機器を使用して分析値を出します。
【図6】 分析操作の流れ
衛生研究所では、ダイオキシン類の分析を2001年度(平成13年度)から実施しています。最近の分析結果は次のとおりです。
図7は、水質についての2005年度(平成17年度)からの年平均値の推移です。環境基準値(1pg-TEQ/L)を超えた地点はありませんでした。
【図7】 水質の年平均値の推移(平成17~20年度)
図8は河川の底質について、図9は海域の底質についての2005年度(平成17年度)からの推移です。どの地点も環境基準値(150pg-TEQ/g)を大きく下回っていました。
【図8】 底質(河川)の分析結果の推移(平成17~20年度)
【図9】 底質(海域)の分析結果の推移(平成17~20年度)
図10は、地下水について2002年度(平成14年度)から2008年度(平成20年度)までに調査した地点(合計35地点)、図11は、一般環境の土壌について2002年度(平成14年度)から2008年度(平成20年度)までに調査した地点です(合計102地点)。土壌については、発生源周辺の調査も実施しました(60地点)。
これまでの検査結果は、地下水、土壌ともにすべての地点で環境基準値(それぞれ、1pg-TEQ/L、1000pg-TEQ/g)を大きく下回っていました。
【図10】 地下水調査地点(平成14~20年度)
【図11】 土壌(一般環境)調査地点(平成14~20年度)
広島市で実施しているダイオキシン類についてのすべての環境調査の結果は、「広島市の環境(環境白書)」に掲載されています。
焼却施設からのダイオキシン類の排出量が総排出量の60%程度を占める現状では、ゴミの分別廃棄やリサイクルなどを徹底し、燃やすゴミの量を少なくすることが大切です。
また、高温での焼却や排ガスの適正な処理ができる設備が整った焼却施設で処理することが発生量の抑制につながります。家庭の焼却炉や野焼きでは、適正な処理ができないので焼却しないようにしましょう。
私たちが積極的に取り組むことでダイオキシン類の発生量を減らすことができるのです。