ページの先頭です。 メニューを飛ばして本文へ
現在地 総合トップページ > 分類でさがす > 市政 > 市の概要 > 市長の部屋 > ようこそ市長室へ > 市長記者会見 > 平成31(令和元)年度 > 2019年8月1日記者会見「令和元年の平和宣言について」

本文

ページ番号:0000013156更新日:2019年10月21日更新印刷ページ表示

2019年8月1日記者会見「令和元年の平和宣言について」

動画は下記からご覧ください。

(「広島市動画チャンネル(市長記者会見)」のページへジャンプします)<外部リンク>

市からの発表案件

令和元年の平和宣言について

市長

 それでは、平和記念式典で訴えます平和宣言についての説明をさせていただきます。

 お手元に資料があるかと思いますけどもご覧ください。まず1番目にあります「宣言作成の基本姿勢」ということでありますけれども、これに関しましては、今年も「平和宣言に関する懇談会」での意見を踏まえまして、起草いたしました。

 平和宣言の構成に関しましては、1期目、2期目の基本的な枠組みを踏襲いたしまして、「被爆の実相」、「時代背景を踏まえた事項」、「核兵器廃絶に向けた訴え」、「平和への決意」、「被爆者援護施策充実の訴え」、「原爆犠牲者への哀悼の意」といった要素を盛り込むことにしております。

 そして、これまでの平和宣言で提示いたしました行動理念を改めて提示し、世界の人々、とりわけ為政者に相互不信や疑心暗鬼から抜け出すための理念の転換を促すことにいたしました。

 また、平和宣言を若い世代を含め広く市民に理解してもらうために、できるだけ分かりやすい表現をするようにいたしました。

 次に、2番目の「宣言のポイント」であります。

 まず、宣言の冒頭におきまして、国際的な緊張関係が高まり核兵器廃絶への動きも停滞している、この現下の世界情勢をどのように受け止めていますかということで、世界の人々に問い掛けをするということを行い、私たちの先輩が戦争を起こさない理想の世界を目指して国際的な協調体制、その構築を誓ったことを思い出してはという促しを最初に持ってきております。

 そうした上で、被爆の実相を被爆者の言葉で伝えるようにいたしております。当時18歳の被爆者が体験した惨状の詳細とともに、今回は、懇談会の委員から提言を受けまして、平和宣言として初めて、当時5歳だった被爆者の方が詠んだ短歌を引用しております。

 さらに、当時15歳の被爆者の戦争を食い止める人間の力を信じるという信条を引用しております。

 そして、被爆者の信条がいわば実現した例として、インドの独立に貢献したガンジーを紹介いたしまして、平和で持続可能な世界を実現するためには、そのガンジーが言及している「寛容」の心を持つことが必要であるという訴えをしております。

 こういったことを踏まえまして、未来を担う若い人たちに対しては、原爆や戦争を単なる過去の出来事と捉えるのではなくて、また、被爆者や平和な世界を目指す人たちの声や努力を自らのものにして、たゆむことなく前進していくことの重要性というものを訴えております。

 そして、世界の為政者に向けましては、市民社会が目指している理想に向けて、共に前進するように訴えるとともに、かつて核戦争が激化して緊張状態が高まったときの、米ソ間の「理性」の発露と対話による核軍縮を想起するようにも促しています。

 そうした上で、日本政府に対しては、核兵器禁止条約への署名・批准を求める被爆者の思いをしっかりと受け止めるよう求めるとともに、日本国憲法の平和主義を体現するためにも、核兵器のない世界の実現を更に一歩踏み込んでリーダーシップを発揮することを求めています。

 平和宣言のポイントは、以上のとおりであります。

 なお、参考資料といたしまして、平和宣言の英訳版の解説、引用した被爆体験記を書かれた方のコメントなど、平和宣言に関する懇談会の開催結果を付けておりますので、後ほどご覧いただければと思います。

 最後に、平和記念式典に関して皆様にお願いがあります。平和記念式典は、原爆死没者の霊を慰めるためのものであると同時に、世界恒久平和の実現を祈念するためのものでもあります。霊を慰めるために参列される被爆者や遺族の心情に配慮した式典にしたいと考えておりますので、式典会場及びその周辺における厳粛な環境の確保について、これまでも毎年お願いしてきたところでありますけれども、今年についても改めてご協力をお願いいたします。以上であります。

記者

 まず今回、初めて短歌を引用されましたが、この方の短歌を選ばれた理由とこの短歌を引用することによって、どんなことを期待されるか教えてください。

市長

 この方の短歌というか、短歌の内容を詠んでいただきますと分かりますようにですね、被爆した直後の親子の状況を非常に端的に記述しておられて、そしてそれを受け止めた母親の気持ちも阿修羅というものに例えてですね、いろいろな思いがあると思うのです、阿修羅というものはね。その中でも、被爆直後のその思いをしっかりと受け止めてもらいたいという気持ちがにじんでいるんじゃないかということで選択いたしました。これは、被爆当時の一番の惨劇は戦争行為に加担してない無垢の多くの方々がキノコ雲の下で多くの被害に遭っているわけですね。そういったことも情景に浮かんでくるんじゃないかなというふうに思いまして、これを選びました。

記者

 あともう1点あって、1枚目の先ほど「宣言のポイント」の括弧1で読み上げていただいたんですけれども、国際的な協調体制の構築を誓った先輩方ってあるのですが、この国際的な協調体制っていうのは、例えば、NPT(核兵器不拡散条約)とかそういったことになられるのですかね。

市長

 ここで申し上げたのはですね、具体例として引いたのは、当時のアメリカとロシアのレーガン(元大統領)、ゴルバチョフ(元書記長)の事例を頭に浮かべながら書いております。非常に冷戦構造が厳しい中で、国同士がいよいよ大変な状況になるんじゃないかという中で、ある意味で勇気を持ってですね、お互いに核兵器を指導的立場といいますか、自ら率先して減らしていこうというふうなことをやったという例がありますのでね、できなくはないんじゃないかということを強調したくて引用しました。今、問題になっています中距離核戦力、INF(中距離核戦力)のね、全廃条約の調印(時の指導者)ですからね、今の時代というか状況ともかけ合わせてやったじゃないですかということを特に言いたいんですけどもね。

記者

 先ほども市長がおっしゃられたINF(中距離核戦力)全廃条約の失効についてなんですけれども、市長自身どのように思われているか受止めをお聞かせください。

市長

 繰り返しになりますけども、このINF(中距離核戦力)の全廃条約調印というのは、米ソ両国の核兵器開発競争がですね、いわばピークに達した状況下というふうに言っても差し支えない、1980年代後半なんですよね。そこで、でも理性的に考えればね、それをやってしまうと限りない軍拡競争になりますよね。ですけど、他のとこでも申し上げるんですけれども、そういったところに国家予算を投入するということと、例えば各国自身が、国内のいわゆる社会福祉のためのいろいろな予算措置がいりますよね。そういった財源等を考えたときに、よくよく冷静に考えればというようなこともあるわけです。そういったことを相互関与していく中で、核軍縮ということに舵を切るということをやり、当時の中距離核戦力全廃条約を調印したと。しかも調印した当事者はですね、両超大国、レーガン(元)大統領であり、ゴルバチョフというソ連の当時の書記長ですよね。当時はソ連です。ロシアではありませんけどもね。そして、そこで一定の合意ができてですね、当時そういうことをやったときに、みんなびっくりはしましたけども、ある意味でいろいろな論争がある中で、多くの方、一安心したんじゃないですかね。少しね、ホッとしたといいますか、やればできるんだっていうかね、できなくもないんだっていうことを実感した局面があるんですね。それが、今どうでしょうかということであります。今も少なくともNPT(核兵器不拡散条約)Non-Proliferation Treaty、その6条に基づいてですね、締約国は核軍縮をやるという義務があるわけですね。その義務を履行するという具体例にもあたるわけですね。それを、今、どうでしょう、両国がその問題についてそれぞれが履行をサボっているから、だからやめるんだっていう理由づけはですね、どうも合点がいきません。双方が守るための義務を履行するための議論を深めるべき状況かと思うんですけど、それができてないという状況下でありますのでですね、そういったことを越えてやった為政者が、それぞれの国の先輩としているんだよということも、もう一遍よく考えてもらいたいなというふうな思いで書いております。

記者

 核兵器禁止条約に関する言及について伺います。今回、「署名・批准を求める被爆者の思いをしっかり受け止めるよう」という文言を入れられていますけれども、まず、こういった表現をされた理由をお聞かせください。それとですね、受け止めた上で日本政府に何を求めるのか、一歩踏み込んでリーダーシップを発揮することを求めるということが書いてありますけども、具体的に日本政府にどういった行動を想定されているのか、その辺りを教えていただきたいと思います。

市長

 そうですね、今回の記述はですね、今までの私のずっとやってきた平和宣言の延長にあるというふうに受け止めてもらえばと思うのですけども。昨年の平和宣言でもですね、核兵器のない世界を希望しております被爆者の思いをしっかりと踏まえた上でですね、核兵器禁止条約というものの位置づけを、もっと整理してほしいということで、いわゆる核のない世界に向けての一里塚とするための取組であるよという位置づけをして、当然、日本国の政府も含めてですね、世界の為政者にしっかりした取組をしてくれということを言ったところであります。

 そして、今回はですね、そういった取組がより重要となっているということを改めて皆さんに認識してもらう必要があろうかということで、冒頭に先ほど言いましたように、世界の状況を受け止めてですね、こんなふうになっていますけど、みんなどう考えますかというふうな問題提起をしたつもりであります。

 そうすると、当然のことながらですね、核兵器廃絶への動きというものを、しっかりとするということを、もちろん被爆者もですけれども、市民社会全体がですね、感じてもらえるのではないかと、そういう流れの中で、さらにですね、一里塚というふうなことだけですと十分な具体的な行為対応が見えないじゃないかっていうご意見もありましたので、具体的なものとして核兵器禁止条約への署名・批准という言葉をちゃんと記述したつもりであります。そして、そのことが多くの被爆者の思いであると、それは一連の動きで皆さんも分かっていただいていると思いますので、その思いが分かるように、その思いを日本国政府にしっかりと伝え、受け止めてくれという記述にしたものでありましてですね、この書き方そのものは、平和宣言そのものを被爆者の思いを伝えるためのものとして、しっかりその気持ちを平和宣言の中でですね、記述していく、分かりやすく記述するという今までの考え方を踏まえて自分なりに整理したものであります。

 そして日本政府への要請の部分は、ずっと読み下していただくと分かるようになっておりますけれども、当然そういったことをお願いする根っこのところの理由構成にも、日本国憲法というものをですね、今の市民社会、この場合は日本国憲法ですから日本国の市民社会になりますけども、しっかりと憲法の精神をわきまえているはずですのでね。そのことを踏まえた対応をすれば一連のものとして、ちゃんと受け止めてもらえるのではないかなというふうな記述をして、改めて政府に、こういった立ち位置を理解した上でのふるまいをしっかりしてもらいたいと、こういうふうに言っているわけであります。とりわけ、安全保障ということに関しては、ややもすれば国家の安全保障という言い方をしますけども、国家の安全保障をよくよく考えてみますとですね、その国家を構成する人の安全保障に帰着すると思うのですね。お一人お一人を大事にするために、その集合体である国家の安全保障というのが成り立つのであって、人のいない国家っていうのはあり得ないわけであります。そうすると人の安全保障を着目するということは、やはり日本国憲法ありますね、平和主義。人と人とが殺し合うようなことのない世界をしっかり目指して、それに目がけていろいろなことをする、しようとしていく、その理性に着目した国家運営ということをやろうというふうに明記しているわけですからね。その平和主義というのはしっかりと受け止めて、それを踏まえた対応をしてほしいということであります。今、日本国政府の場合の立ち位置。いろいろやり取りをしてですね、自分なりに整理しているのはですね、日本国政府の立ち位置ですよ。核兵器のない世界は、今の政府の立場として、当然望んでいるということを言われているから、最終目標は一緒だということは確認済みであります。あとはそれに向けての行為対応についての部分のずれがあるということであります。

 そのずれについての私なりの整理ですけども、核兵器廃絶ということを目指したときに、どうも核兵器なるものが必要悪というふうに考えてですね、核兵器を持っているという国家が、どうもあると。そして、その国家の傘の下で対応しなきゃいかんと。これも必要悪という流れの中で考えている立場もあると。そうした立場に立っているときには、核軍縮ということで廃絶に向けるということを現実の対応としてすぐに理解できるのだけども、核兵器禁止条約とまでなると必要悪なのだからなかなか賛成できない、反対だと主張する為政者がいると。これがひとつの立ち位置かなというふうに思っております。

 一方、核兵器そのものは絶対悪である、必要悪ではない、という考え方のもとで、核兵器を持つこともなく、当然、核軍縮をした次のステップとして核兵器を禁止する、そういったことを積み重ねていく中で核廃絶というものが出来上がると。そういう意味で、一里塚と申し上げたとおりですけどね。そして、核兵器禁止条約という立場だから賛成していくべきだという為政者もおられる。こんなことで対立状況があるといって差し支えないかと思っております。

 そんな中で、日本国政府はそういった両方の立場に対して、橋渡し役をするという言い方で、我々が議論する中でのお答えをいただいている。橋渡しをするというのであれば、本当に廃絶する方向に向けての、今申し上げた価値観を使って、言い争っているその状況を廃絶に向けた方向に誘導してもらえるようなしっかりした対応をしてほしいと、こういう主張をしております。

 そして、ヒロシマとしては、それをやってもらうための環境、つまり、国際社会・市民社会が間違いなく被爆者の思いを受け止めて核兵器廃絶、それに向けて軍縮をし、禁止し、廃絶と、こういう流れをしっかり作ってもらう、そのための努力を傾注してほしいと。そして、それをやるためには多くの賛同者、間違いないと、そちらを支持したいとする人々が世界中にいるんだよということを見せて、為政者が勇気をもって判断できるような環境作りをしたいということを申し上げております。

そういう意味で、具体的な方法として、平和首長会議の加盟都市、首長は賛成するということで、その都市におられる多くの市民の方もそれに同意しているということがわかるようになってくるわけです。今、約7800の都市が加盟していただいていまして、この考え方に同調している。これを増やすと同時に、個別に市民一人一人がそういった気持ちを持っているということが分かるように署名活動、これも平和首長会議の立場でやらせていただいている。

 さらに、次代を担う若い人たちの意識啓発をやるということで、これをさらに強化しようということで、平和教育などの部分でも力を入れ、交流を深めることもやっております。そういう意味で、今言った考え方の中で、我々も努力しているのだから、為政者は理解してくださいよと、それに向けた行動をしっかりやってくださいということを申し上げているところであります。

記者

 ちょっと確認なのですけども、従来から市長は平和首長会議の会長の立場で、日本政府に対しても禁止条約に署名を求める要望をされていると。で、平和宣言を読み上げる広島市長の立場と、首長会議との立場を使い分けているという説明をされていますけれども、今回の平和宣言もその延長線上にあるという考えだということです。ある意味、今回の平和宣言では、直接的に日本政府に市長として条約への署名・批准を必ずしも求めているわけではないという…。

市長

 平和首長会議の会長都市としても明確に求めておりますし、私は、平和宣言は被爆者の思いを伝えるためのものにしたいということでやってきておりますから、それを崩してないということを申し上げております。被爆者の思いをしっかり伝える。首長会議の立場としては、しっかりと明言してきているということを申し上げているわけであります。全然、矛盾していると思っていませんし、自分の整理をきちっとしながらこれからもやろうという決意をここでもお見せしたというふうに受け止めていただきたいと思っています。それだけの話です。

記者

 今の質問に関連してですけれども、今回、先ほどおっしゃったように平和首長会議としてこれまで(核兵器)禁止条約への参加を要望しつつ、今回、この「被爆者の思い」という文言を入れ込まれているけれども、広島市長としての立場としては禁止条約への署名・批准を直接求めてないという捉え方で改めてよろしいのかということと、これまで被爆者団体の方であったりとか、いろいろな方が、広島市長としても直接、条約の署名・批准を求めてほしいという要望がされていると思うのですけれども、そういったことを受けて今回こういう表現にされたということの理由というのを改めて教えていただいてよろしいでしょうか。

市長

 改めてというか、何回も申し上げているように、核兵器のない世界に向けての基本的な整理は先ほど申し上げたとおりでありまして、市民社会のしっかりした合意形成を図りながら環境をつくっていく中で為政者のポジティブな判断を促す、そういった状況づくりをするために自分なりに努力しています。平和首長会議の立場では、長崎と共にすでに明言して政府に求めておりますので、市長として求めてないのではないかというご質問は当たってない。そこをまず確認していただきたいと思います。

 平和宣言で直接市長が求めていないという、その部分のご指摘だというふうに受け止めていまして、市長としてやっていないということはないということをまず確認していただきたいと思います。平和宣言で書くか書かないかだけをおっしゃっていたので。

違いますか。そこを確認してください、まず。求めていないというのではなくて、平和宣言で明記していないということじゃないかと言っていただきたいのです。そこがまず、入り口が違っております。求めております。だから書き方に関しては、平和宣言というものを市長になったときに、被爆者の思いをしっかり伝えるためのものにしていきたいと、それを守り続けたいと申し上げていると。それですべてを答えているつもりなのですけれども。

記者

 今、「被爆者の思い」という言葉がありました。1年間を通じて、恐らくその起草にあたって被爆者の思いというのを、市長の中で、こう形づくっていく、自分の中でまとめていかれるということが作業としてあるのだと思うのですけれども、今回はその被爆者の思いを形づくるにあたって、どのようなことが要素として影響したかということを教えていただけますか。例えば、この6月でしょうか、NPT準備委員会とかに行かれたりとか、全米市長会議に行かれたりとか、そういうこともやはり、その一つなのか。どういったことが、今回のこの平和宣言に要素として影響したかということを教えてください。

市長

 かえって、この議論を複雑にするかも分からないので避けてきたのですが、あえて申し上げますと、被爆者といっても思想、信条、年齢、男女の違い、いろいろな方が被爆しているのです。同じ方ではないのです。皆さん、同じように価値観を持って、考え方を統一しておった方が被爆したのではなくて、いろいろな立場の方が、いわゆるあの1発の原爆でいろいろな悲惨な目に遭ったわけです。私自身も、あまり言いたくなかったですけど、市長になって言いましたけれども、我が家も被爆した人がいっぱいいる家だったのです。そうした中で分かっていただけるように、その被爆の実相を家族の中でしっかり語りながら、ずっと家庭生活を送るという家庭と、そうではない家庭もあるということも、皆さん多分ご存じだと思うのです。そうすると、そういった問題についての認識の差とかいろいろあるわけです。しかし、今問題なのは、そういったいろいろな志向を招いたのも、あの原爆投下がなければそういったこともないという、その一つの事実がありますので、核兵器をこの世からなくしてくれというのは、いろいろな思いがあっていろいろ対応しているけれども、たぶんそれは間違いない事実というか真実だと思って、自分は整理しています。では、それを実現するために、どういったことをやっていくかという方法論については、先ほど申し上げた中でいろいろな方法があるのです。その中で、決定権を持っている者にやっぱり影響力をどう与えるかというのが、次のプロセス。そして、その方々に理を説いて、「こうであるべきでしょ」と言うことも重要なやり方です。それがなければ、また「なぜか」といった疑問に答えられません。要ります。でも、そういったことはわりと多くの方、一生懸命やっている方々はやられて、マスコミなども取り上げて、しっかりと理論展開できるのです。だけど、最初言った被爆者の思いを分かりやすく伝えるというところが、必ずしも十分でないというのが自分の思いだということがあって、分かりやすく、そしてこの思いを同調してくれる方々を増やしたいのです。理屈で攻めるということも、否定するのではないです、やっていただきたいけど、自分はその上に、それらがもっと普段着でといいますか、普通ベースで、「そうだな」と思っていただける環境をどうつくるかということのほうに力点を置きたいということを、市長になった時にまず置きまして、そこから始めている。それを今、着実にやってきているつもりでおります。だから、この方針は変えない。理を説くことも分かっています。否定するのではないです。だけど、自分のやり方は、それをあることを前提にもっと分かりやすく多くの支援者を「そうだな」ということを、ごく普通に感じていただけるような状況にしていく。その中で為政者の判断を変えるということのほうに力点を置きたいと言っているだけで、反対しているわけではないということも分かっていただきたいです。それだけです。そういう考え方を常にやってきておるということであります。

記者

 おっしゃっていることは、よく分かります。その上で、今くしくも、このペーパーには、「分かりやすさ」という言葉が何個か入っているのですけれども、「一里塚」という表現が、今おっしゃったことで、なるほど、こういう意味があるのかということがよく分かったのですけれども、ぱっとそれだけ聞いた人に「一里塚」というのは分かりにくいのではないかという意見があったのも、一つ確かなことだと思います。今、おっしゃったようなことが、すいません、それを伝えていない我々の責任かもしれませんが、そういうのもあるかもしれませんが、今、お話聞く中で、それはよくよく私は分かったのですが、ただ、それが伝わらないで、ただ「一里塚」と言われちゃうと分からない人もいるのかなと、そこはここに分かりやすさを求める声もあったし、できるだけ分かりやすい表現に努めたと。こうあるので、今回、その分かりやすさについて、どの辺りを腐心したのか、そして、それはやはり6団体からの要望というのも影響したのかということについて教えてください。

市長

 私自身の誤解があれば、後で言っていただきたいと思いますけども、平和宣言も8年前、今、入れると9年前になりますかね、そこからずっと始めておりましてね。そこから自分なりにずっと変えてきているわけでして、終始一貫している中で、ある意味、全部読んでいただければ分かるようにと努めて、ずっとやってきているのです。だから、途中のところで、「一里塚」という言葉は分からなかったからというふうに言われるのも、本当に自分としては、情けないのですけども、ただ、それをやることについての方向性をぼかしたみたいに指摘されるということについては、非常に自分としても残念なので、それであれば、限られた字数ですけども、その中で分かるようにするという工夫をしようということで、今回、皆さんの御意見も聞きながら個別に書いたと。抽象的でなく、もっと行為対応で書けというようなこともあったのでしょう。だから、明記しただけでありまして。だから、その捉え方について、私の書いてあるものについて、どういう視点で、皆さん、チェックするということで見ていただいているのだと思いますけども、自分は、ずっと書き続けてきているその中での一展開でありますからね。それについて、何もその考え方を後退させようとかね、そういうふうに思っているわけではないし、ぼかそうと思っているわけでもないし、整理をして、今、自分なりに分かっていただける用語としてということで、提供したものが理解不十分ということがあったので、じゃあ、書けばいいのだなということで書いたし、ということなのです。そこのところも、もっとよく分かっていただきたい。そして、一連の問題の延長として、じゃあ、平和宣言をする場の設定とかも、しっかりと冷静に聞いていただく、あるいは、受け止めていただくという場が欲しいなということであれば、それ一個ずつ、また分断されて、政府との関係がどうのとかいうようなことを言われるので、そうではないということも一生懸命言っているつもりなのですけども、その一語一語についてコメントを求められますから、こんなふうにやらなければいけないのかなと思いながら、ずっとやっているということです。そこを分かっていただきたいのですよ。ごくシンプルです。そんなに変なこと考えておりません。言っているとおりやっておりますよ。

記者

 分かりにくいという言葉を言われると心外だという話だと思うのですけれども。

市長

 私自身、分かりにくいと言われることが、分かりにくいのですよ。申し訳ない。お返しいたします。

記者

 そういう意味では、今回は、被爆者団体6団体から、こういうふうな要望が出てきたことっていうのは、市長にとっては、ちょっと意外だったのではないでしょうか。

市長

 いや、意外というか、今度の懇談会の最初のところで申し上げて、工夫をするということで、議論していますよ、実を言うとね。もう、前回、書いたときから言われているわけですから、別に。そういう流れの中で、懇談会のメンバーで、私の考え方について、そんな議論起こりませんでしたよね、それについてね。最初に、こういう流れの中で、今回工夫しますということも申し上げて、じゃあ、どうするかということで悩んでいるということも申し上げる。そして、皆さん方の対応は、こういうふうに動いているということ、自分としての受け止めはそういうことであります。

記者

 最初の質問にちょっと関連するのですが、被爆者の思いを伝えたいというところで、その被爆者の方々から、団体が全ての被爆者ではないということは承知しておりますが、少なからずの被爆者の方々から、そのような要望書が出たということは、被爆者の思いをこれまで伝えてきたはずなのにもかかわらず、そういう要望書が出てきたということは、どう受け止めておられたのですか。

市長

 だから、そこは申し上げたように、前の(平和)宣言だって、被爆者を代表する方も入っていただいてやっていて、その時点では、いいものできたと言っていただいて、やっているのですよ。だけど、あえて整理すれば、それ以後の世界情勢の展開が、そういったことだけで、十分、自分たちの気持ちが伝わるのだろうかと、もっと危機的な状況になっているのではないかという受け止めが広がってきたということだというふうに考えましたので、今回の(平和)宣言では、冒頭で最初申し上げたように、世界情勢が非常に大変だということを思っていますよと、皆さん、そう受け止めませんかということを最初に提示したつもりです。だから、もっとしっかりと皆さんに訴えるという展開にしたということを申し上げているところであります。

記者

 分かりました。ありがとうございます。

記者

 質問の内容が、ちょっと流れと一転してしまうのですが、短歌についてお伺いしたいと思います。今回初めて採用されたということなのですが、いろいろな言葉で翻訳されて発信されるとは思うのですが、この短歌が、例えば海外の人とかにきちんと思いが伝わるのかというようなお話や指摘もあるかと思うのですが、その点はどのようにお考えでしょうか。

市長

 短歌を使ってはというふうに懇談会の場で言われたときに、被爆者の思いを伝えるということをやる中で、字数に制限があって、自分なりにどうしようかと思っているところで、「ああ、そうか」と、うまく短く要素を取り込めば分かりやすくなるという発想は日本の短歌とかっていうことだなと思ったので、言われた途端にすぐ「あっ」と思ったのですね。だけど、考えると日本語としては分かりやすくなる分、他の言語に訳したときに、どうかなというふうに思ったんですね。いやいや、俳句なんかが世界中ではやっていて、うまく訳すと英語とか他の言語でもよく分かるというのもあるので、短歌だからって、その英文を見て、訳す文を見て考えてもいいんじゃないかというようなことも言われたんですね。ということでチャレンジしようということにしたわけであります。そして、今度のこの俳句の英文もいっているんですよね。英文を見ていただくと、これは、実は英文、いつもいつも、今までもずっとそうですが、最後ネイティブの方に英文作成をお願いしていまして、よく作ってくれたというか、作っていただいたなというふうな思いなのです。日本語で、「おかっぱの頭から流るる血しぶきに妹抱きて母は阿修羅に」とこういう文を英語では、「Little sister with a bowl cut/head spraying blood/embraced by Mother/turned raging Asura」。非常に短い文章ですけども、日本の情景とあまり変わらないように書いてあるような気がしまして、先ほど申し上げたように登場人物はお母さんと小さな妹、それを見ているのも、また小さな女の子なんですけども、かわいげなおかっぱ頭ですね。今度、平和資料館の正面に立っている女性なんかもおかっぱなんですけども、そこから、血しぶきが出ているんですよね。そしてそれを一生懸命抱いて、この阿修羅といういろいろな多面性を持った表情をした、あるいはそういう状況に、もちろん、ここにある「raging」という怒りも当然ありながらというようなことであります。そのときのいろいろな気持ちを込めて書いてあるというふうに思えて、この短歌はよかったなというふうには思っています。この短い言葉の中にいろいろなことを受け止めていただける要素があると思います。あとは、阿修羅のところは、ちょっとまだ言語でいろいろ問題あったみたいで、「Asura」に変わっていますけどもね。ある意味で、被爆者、「Atomic bomb survivor」を「hibakusha」と言って皆さんに理解していただいたのと同じように、この阿修羅が「Asura」で変に訳さなくて、そのまま使っていただける用語にならんかなと思ったりも、今しているところです。ちょっと解説になっていないですね。まあ、そんなことなのです。

記者

 蒸し返しで申し訳ないのですけれども、平和宣言の中に今まで市長は、被爆者の思いを伝えるということに重きを置いてきたと。今回も批准・署名、両方の言葉を盛り込むことによって、具体的にそれを表していると。もちろん、自分も同様な考えで伝えてきたし、今回の「しっかりと受け止めてほしい」というお求めということで、それをしっかり伝えていると自分はそういうふうに思っていると、そういう考え方でよろしいですよね、確認としては。もちろん、市としてもそういう立場にあるという考えにあると、そういうことでよろしいですかね。

市長

 はい。

※( )は注釈を加えたものです。

ダウンロード

Adobe Reader<外部リンク>

PDF形式のファイルをご覧いただく場合には、Adobe社が提供するAdobe Readerが必要です。
Adobe Readerをお持ちでない方は、バナーのリンク先からダウンロードしてください。(無料)