ページの先頭です。 メニューを飛ばして本文へ
現在地 トップページ > 分類でさがす > 市政 > 市の概要 > 市長の部屋 > ようこそ市長室へ > 市長記者会見 > 平成27年度 > 2015年07月31日記者会見「平成27年の平和宣言について」

本文

ページ番号:0000013062更新日:2019年10月21日更新印刷ページ表示

2015年07月31日記者会見「平成27年の平和宣言について」

動画は下記からご覧ください。

(「広島市動画チャンネル(市長記者会見)」のページへジャンプします)<外部リンク>

市からの発表案件

【平成27年の平和宣言について】

その他の質問

【8.20豪雨災害の義援金について】

<会見録>

市からの発表案件

平成27年の平和宣言について

市長 平和記念式典で訴える平和宣言についての説明をさせていただきます。

お手元の資料をご覧ください。それに沿って説明させていただきたいと思います。まず、最初に平和宣言作成の基本姿勢についてです。今年も、「平和宣言に関する懇談会」での意見を踏まえ、起草しました。

今年の平和宣言は、核兵器廃絶の取組への原動力となる信念を固めるために必要な行動理念を提示いたしまして、世界の人々、とりわけ為政者に対して、相互不信や疑心暗鬼から抜け出すべく理念の転換を促すようにしたつもりです。行動理念としては「人類愛」と「寛容」ということを前提にして、これまで寄せられた被爆体験談の中から、この理念に関連する思いを被爆者のメッセージとして盛り込んでいます。

方言を使いましたけれども、「広島をまどうてくれ!」という言葉を盛り込み、原爆によって奪われた故郷や家族、身体や心を元通りにしてほしいという、叶わない望みであると知りながらも、折に触れて被爆者の心に蘇る悲痛な願いに触れ、被爆70年の今も続く被爆者の深い苦しみ・悲しみを訴えるようにしたつもりです。被爆者の気持ち、心の動き、そしてヒロシマの心、思いといったものが、今まで以上に強く心に残るようになればと考えています。

さらに、昨年同様に、具体的な個別事象に一つ一つ言及するのではなく、全体を通して、市民や世界の為政者、とりわけ核保有国の為政者等が、核兵器廃絶、そして世界恒久平和の実現に向けて取り組み、外交・安全保障政策を立案・実行する際に、軸に置くべき基本的考え方を提示するというふうにしたつもりです。

そして、これまでと同様に、平和宣言を広く市民に理解してもらうため、出来るだけ分かりやすい表現に努めるということにも気を使いました。それからもう一つ、原爆投下年月日や犠牲者数とともに、当時は日本人以外の犠牲者もいたということなどにも言及して、若い世代への継承も意識したところです。

次に、平和宣言に盛り込んだ主な内容についての説明に移ります。平和宣言の要素として、これまでと同じような要素、すなわち「被爆の実相」、「核兵器を巡る世界の状況」、「平和への誓い」、「核兵器廃絶に向けた訴え」、「被爆者援護施策充実の訴え」、「原爆犠牲者への哀悼の意」等といったものは引き続き盛り込んでいます。

最初に、「被爆の実相」に関しては、被爆前の広島の街の様子を紹介し、それが原子爆弾で一瞬にして破壊され、きのこ雲の下で多くの人々が亡くなり、生き延びた被爆者も、深刻な心身の後遺症や差別・偏見に苦しめられてきたことを訴えております。

次に、「核兵器を巡る世界の状況」に関しましては、未だに1万5千発を超える核兵器が存在し、核保有国等の為政者は、核による威嚇にこだわる言動を繰り返しているということを指摘し、また、テロリストによる使用も懸念されているということを訴えています。そして、世界の人々に、核兵器廃絶を自らの問題として真剣に考えてもらえるように求めます。

「行動理念等」に関しては、被爆者の言葉は、本当に辛く悲しい境遇の中で思い悩み、紡ぎ出した悲痛なメッセージであるとし、その心には、「人類愛」と「寛容」があるというふうな指摘に繋げています。そして、署名や投稿、行進等々、様々な取組を紹介しながら、今こそ皆で行動を始め、大きなうねりを創っていこうじゃないかということを呼び掛けるようにしています。

「平和への誓い」に関しましては、被爆者の平均年齢が80歳を超えています。本市は、被爆の実相を守り、広め、伝えるための取組を強化するとともに、平和首長会議は8月1日現在で、6,779(都市)になりましたし、国内の加盟都市は1,580(都市)で、加盟率は90.8%になりましたけれども、この(平和)首長会議では、核兵器禁止条約の交渉開始に向けた流れを加速させるため、全力で取り組むと誓いを立てています。

「核兵器廃絶に向けた訴え」に関しては、為政者に求められているのは、「人類愛」と「寛容」を基にした国民の幸福の追求ではないかと問い掛け、為政者が対話を重ねることが核兵器廃絶への第一歩だと訴えます。

その信頼を基礎に置きまして、武力に依存しない幅広い安全保障の仕組みを創り出していかなければならないとしております。その実現のためには、忍耐強く取り組むということ、同時に日本国憲法の平和主義が示す真の平和への道筋を世界へ広めることが求められると指摘いたしました。

来年の主要国首脳会議、広島での外相会合は、核兵器廃絶に向けたメッセージを発信する絶好の機会であると位置付けています。オバマ大統領など各国の為政者に被爆地を訪れてもらい、被爆者の思いを直接聴き、被爆の実相に触れるよう求めております。

日本政府には、核保有国と非核保有国の橋渡し役として、核兵器禁止条約を含む法的枠組みの議論の開始を主導するよう期待し、広島を議論と発信の場とするよう提案します。

「被爆者援護施策充実の訴え」に関しましては、放射線の影響に苦しんでいる人々の支援策を充実すること、とりわけ「黒い雨降雨地域」を拡大するよう強く求めております。

最後に、「原爆犠牲者への哀悼の意」等を述べることにしています。

宣言に盛り込んだ主な内容は、以上のとおりでして、参考資料として、平和宣言に関する懇談会の開催結果と引用した被爆体験談を書かれたお二方のコメント等を付けておりますので、後程ご覧いただければと思います。以上です。

記者 今回は被爆70年の節目の宣言ということで、市長として節目ということを意識された部分はありますか。

市長 自分が行う平和宣言は、その基礎として被爆者の思いをまずしっかりと受け止めて発信するというものにしたいということで今までもやってきていますけれども、被爆者の方々の平均年齢が80歳を超えるという中、そして、今言われた被爆してから70年という月日が経っているわけですけれども、被爆者の方々がこれから自分たちの言葉で直接、世に訴えかけるチャンスが加速度的に減っていく可能性がある中で、本当に被爆者の気持ちに沿った訴えをまずすると、そしてその訴えの根源は何なんだろうかということを、ここでしっかり提示するということをやりたいと思います。

そして、提示する狙い、気持ちはどの辺りにあるのだろうかということを自分なりに整理して、その訴えを誰に向けてやるんだということを考えながら記述しました。ただ、書きぶりは今申し上げたようなことを、縷々、解説的にやるのではなくて、読みやすく、分かりやすく記述しながらやってというようなことを懇談会の場でアドバイスを受けましたので、それにも配慮しながらということをやりましたけれども、今言ったような要素を込めて、受け手がこれを読んで、これからの行動原理としてしっかり守らなければいけないものだと実感してもらえるようなものにしたいと、そのための平和宣言にするというふうに思ってやったというところです。

記者 これでもお伺いしてきましたが、最終的に安全保障関連法案に直接言及されない形になったと思うのですが、改めてその理由についてお聞かせください。

市長 安全保障に関連する法案に関しては、これからの我が国のありように大きな影響を与えるとても重要な法案であり、その法案の処理については、去年来からそれを決定する国政の場で、しっかり議論してくださいということは申し上げてきております。その際、今まで戦後70年間、平和であったと、様々な要素はあろうかと思いますが、その一つにやはり今の平和憲法というものをしっかりと受け止めて、それを本当に望む多くの国民、あるいは市民がいる中で、平和が維持できたという要素も私は強いと思っているんです。その憲法の精神と照らして、この法案がどうかということをしっかり議論してくださいということを申し上げてきております。

そんな中で、その議論のやり取りを見聞きしておりますと、この法案についての説明の中で、まさに為政者同士が疑心暗鬼になっていると、疑心暗鬼がベースになってこういった法案が要るという議論も出てきていることが明らかになっておりますので、その平和宣言というものを日本国の為政者も含めて、世界の為政者のために発するというか、聞いていただきたいというものにしたときには、今の個々の議論の中身、その議論の根源、基本的な部分をしっかり発信して、国内での議論を越えて今の世界全体での議論に耐えうるような平和に向けての考え方を提示するということの方が、より世界に向けての平和宣言として重みがあるというか、皆さんに理解していただけるものになるんじゃないかということで書き上げました。

その中には、最初に申し上げましたように、世界の為政者の中には当然、日本の為政者も入っているわけですから、ここで展開した考え方、被爆者の気持ちをしっかりと受け止めて、記述した考え方を受け止めていただければ、おのずと日本国内の議論についても、熟議していただきたいという気持ちも伝わるというふうに思っておりまして、あえて固有名詞、こういったものに言及しなくても十分に伝わるものと思っております。

記者 確認なんですが、個別の事象に触れずに軸に置くべき考え、基本的な考え方を示されているということですが、平和憲法に触れて、武力に依存しない安全保障の仕組みづくりというのも訴えられていますが、この部分はその基本的な考え方の一つでは。武力に依存しない安全保障の仕組みというのを額面どおりに受け止めると、安保法制への懸念のようにも受け止められるのですが…。

市長 私自身は、核兵器は絶対悪であるという考え方を持っていますし、武力の究極の姿、今の地球上の中で究極の武力だと思っています。その絶対悪をなくせ、なくすべきだという立場から言えば、そういったものに依存しない形で地球全体の平和、国民・市民の平和を考えていただきたいです。相手国という、人種・信条等は違って、国境を隔てて、相手が何を考えているか分からない。だからそれを慮って、武力を逆に拡充する、充実するという議論は厳に慎むべきだと思っています。

究極の武力をなくせという立場からすれば、むしろいろいろな面で武力に依存していかない安全保障、国民・市民の安全を守るためのシステムをどう構築するかということにもっともっと為政者は注力してもらいたい。そのための手法としては、お互いフェイス・トゥ・フェイスでよく話し合う、対話をする、疑心暗鬼に陥らないような対応方法をいたるところで工夫しながらやっていくということじゃないかと思うんです。それに尽きるんですけどね。

記者 一点だけ、長崎の平和宣言では、今日まとまる見通しですが、安保法制を含めた個別の政治課題に直接触れる形をとられていますけど、こうした長崎の宣言のスタイルを市長ご自身はどう感じていらっしゃるかお聞かせください。

市長 長崎は、長崎の市長さんが自分たちの考え方、やり方として、市長さんが市民の方にお願いして宣言のベースを作ってもらった上で、自分が最後調整して出すというスタイルでしょうから、そのスタイルに沿った結論だと思っていまして、それ自身、私が良い悪いとかどうこうというコメントを加える立場ではないと思います。

いずれも、核兵器廃絶、恒久平和ということを願っての世界に向けての思いの発信ですから、それは双方、広島の平和宣言と長崎の平和宣言が補完しながら、双方で共鳴しながら世界に思いを伝えるということになっているんじゃないかと思います。
記者 今回の平和宣言の中では、被爆者の思いを紹介していると思うんですが、これまでの宣言とは違って、体験というよりはメッセージの部分を強調されたものになっていると思いますが、非常に重い被爆者のメッセージという部分をどういう気持ちで読み上げていきたいというところがありますか。

市長 今言われたように、一期目で4回(平和)宣言をするにあたって、被爆者の方々の体験の部分を、事実を記述するというところに重きを置いて引用させていただきましたけども、自分たちの体験を語るというときに、語るときの思いは何なんだろうと、どういうふうな思いを持って語っておられるかなということを自分なりに整理したいということで今回やってみたんです。

その際に、原点は何なんだろうということで象徴的に取り上げてみたのが、先ほど申し上げた、方言でやってみたいなということですけども、「まどうてくれ」、つまり、それまでの自分たちの生活をある一時点で一変させてしまった。もしそれがなければ、もし元の通りに戻れれば、戻してみてくれと。絶対に戻ることはないんですね、時の経過は。その戻してくれという気持ちを考えたときに、死なれた方はそのときにもう死なれていますから、どういう気持ちでおられたかは我々が本当に想像するほかないんですけども、その想像するきっかけは、今被爆しながらも生きている方々の言葉の中で、元通りに戻してくれたらということなんですけども、その気持ちというのは、たぶん元通りに戻すということを願うときに、こんなふうに自分たちを貶めたのは誰なんだろうと、なぜなんだろうと、そういう方々を恨んだり憎んだりするという心の葛藤はあったはずです。ですけど、恨んだり憎んだりして、仮に相手方が賠償しましょう、損害賠償しましょうと言ったって、それは元に戻るわけはないんです。そうすると、そういうことを思い悩みながらも、そして自ら心や体のいろいろな障害を抱えながら、ずっと半世紀以上も生きてくる中で、次に到達するのが、自分たちがこんなに苦しんだんだから、こういった思いを他の誰にもさせないようにしてくれ、自分たちだけでもう結構だというふうになったと私は思うんです。

そうしたときに、そういう思いに至る根源は何かというと、自分自身もかわいいけど、「人類愛」というか、人間そのものを大事にしましょうとか、ということになっていると思うんです。同時に、そういった心の動きは、許すということです。「寛容」、許すことで次の未来的な、将来についての考え方を整理していくことができる。だから、「人類愛」と「寛容」ということはこの人たちの心の底にあるんだと、それを受け止めてもらって、今言った一連の心の動きなり、被爆者の立場をもし理解してもらうなら、同時に被爆の実相を改めて自分たちの目で直視するなら、世界中の人々、とりわけ政策決定をしていく為政者の方々ですね。もっともっと考え方を変えられるんじゃないか、今起こっている疑心暗鬼とか、相手が何やってくるか分からないというような、その一面的な現象でより武力を強化して相手を脅すことこそ相手を直接コントロールする力だという、そういう信念をもう少し薄めてもらいたい。できればそういったことを払拭してもらいたいということなんです。それらをこの平和宣言の中でしっかり読み取っていただきたいと思っています。

記者 式典の参列者の中には、核保有国あるいは核兵器の傘の下にある国の代表もおられますけども、核兵器禁止条約に関しては広島市として改めてどのような思いでおられますか。

市長 核兵器禁止条約という、今申し上げた、あるいは今まで申し上げてきているような発想、行動原理ということをもし納得していただければ、今のNPT体制という下で、次に一歩踏み出すべき方向性だと思っているんです。今のNPT体制は少なくとも核兵器に関しては、これ以上拡げていかない、不拡散、持っている国も核軍縮、これを廃棄していく、削っていくということです。そうすると、それを絶対的になくしていくという次の一歩を踏み切るとすれば、絶対悪であると評価している核兵器が、我々として持ってはならないものだという意識にまで高めていただく。つまり、今不拡散なり軍縮といっている限りは、どうもやっぱり抑止力として力があるから、積極的に持つかどうか別として、持たざるを得ないものだという認識の中で、ただその破壊力があまりにも大きいから、相手を滅ぼす以上に人類を滅ぼす、自分たちも滅ぼすような兵器だから、理性として持たないようにするということをやろうじゃないかと言いながら、現実の国の経済争い、国交争いの中で威嚇する手段として手放せないということを言っている。そして多くの方がそれを知っているから核兵器というのはなくならないんじゃないかという思いを持っておられるんです。だけど、もう一回改めてこの核兵器の性格なり機能をよく見て、実際それが爆発した結果を広島、長崎で見ていただければ、そういった議論を超えて、必ずなくすための行動に移らなければいけないというふうに考えていただけると思うんです。そうすると、核軍縮・不拡散というその流れをより加速して、絶対に自分たちで持たないという誓いを立てて次の行動に行くためには、それが人類共通の違法・不当な持ってはならないものという色付けをするために禁止する、そのための条約、皆が合意してそういうものにして共に廃絶を目指しましょうという次のステップに行く、そのための議論を皆で開始すべきだ、してほしいという整理です。それを着実に進めていくことが、時間は掛かるかもしれませんが、皆のコンセンサスを図りながらこの世から核兵器をなくしていくための確実な歩みだと思っています。それを多くの方が理解するための、この被爆の実相というものを皆さんに共有していただきたいと考えています。

記者 「広島をまどうてくれ!」という言葉なんですが、あえて広島弁で文言を残したのはどうしてでしょうか。

市長 先ほども言いましたように、被爆者の中には日本人以外の方もいたということは事実で、今回明示しました。しかし、この広島の地に投下されたというその事実をもう一回別の形で確認して、この地の、広島という街の言葉として一言で表せるものは何かないかなと思ったところ、この地域で自分なりに小さいころから聞いていた方言の中で、この「まどうてくれ」、つまり「元通りにしてくれ」というニュアンスの意味での「まどうてくれ」が一番ふさわしい言葉かなと思ったので、ヒロシマとしての思いを発すると同時に、広島で被爆した方々の思いを象徴する言葉として方言を使ったということです。

8.20豪雨災害の義援金について

記者 土砂災害の話になるんですけども、義援金のことで伺いたいんですが、今3次配分が配分されていると思うんですけども、これが最大限配分されたとしても10億円以上余るんじゃないかと計算の上でそうなって、まだ被災者からももうちょっとこういうとこに使ってほしいという声もあれば、専門家からは他の災害とかでもあるように基金化したらどうかという声もあったりして、4次配分とかも含めてその辺りをどのようにお考えなのかと、今後の方向性というのを、災害から1年経つんですけどその辺りのことをお聞かせください。

市長 義援金に関しては現時点での頂いたお金の総額は県からの配分も含めまして約62億6千万円となっています。現時点というか7月29日段階となっています。これは頂いた額の総額です。

一方、配分済みの額の方を見てみますと、7月29日時点では約38億9千万円配分済みということでありますが、この時点でまだまだ義援金の申請手続中のものがあったりとかということがあるので、この数字は動いていくと見込んでいます。すなわち、申請手続中のものが少なくとも7月29日現在で64件もあります。それから今後申請が出てくると予想されるもので、住宅、住家の再建に関わるものだけでも165件はあるだろうと見込んでいます。それから3次配分で決めた大規模なのり面の修復について、地元の方々がこれなら全体のためにということで希望されて、まだ実数は把握できておりませんけども、これは相当増えるんじゃないかという見込みは立てておりまして、そういう意味ではこの配分額というのは今後とも更に増加していくと見込んでおります。ですから、新聞で書かれた10億円という根拠が我々としては全然どこから出たかわからないんですけども、少なくとも自分たちで今言ったようなことをざっくりやってみて、残額をはじいてみると数億円台に留まるんじゃないかなというのが現時点での(見込みです)。そこまで計算してなくて10億円と書かれたので、慌てて今言ったことをやってみたらそんなことでありました。

ですが、そういった形で推移するという中なんですけども、もともと義援金というのは被災した方々の支援という制約がついております。むしろ義援金を出すときにそう皆さん言われていますからそれを前提にしながら今後の扱いを考えなければいけないというのがあります。それをやるためには、配分委員会を構成しておりますので、そこでの検討という手続きを踏まなければいけませんけども、今後更に数億円残るだろうということがまた分かった段階では、被災者の支援というときに被災した方々の生活再建とか、被災した方々が安心安全にその地域に住み続けるために必要であるという基準を立て、それに活用できるようなものはないかという視点でもう一回配分委員会で考えていただいて、しっかり本来の義援金の使命を果たすようなことをやりたいと思うんです。そして、それでももし尚いくらか残るというのであれば、いろいろな方が言われているようにそれを更に基金として残すと、最終手段じゃないかなと思っていますが、いずれにしても義援金の本来の思いといいますか、義援金を拠出された方々の思いを受け、同時に被災した方々の支援要望というものをもう一方で見ながら、どういった活用が可能かということを引き続き考えていきたいと思っているところです。

記者 追加で伺いたいんですけども、義援金とはまた別に寄付金というのが2億3千万円くらい寄せられていて、それがまったく今どういうふうに使うかが決まってないような話を聞いているんですが、今後どういうふうに、義援金とは別に被災地の長期的復興のためという名目で集められているみたいなんですけども、それはどうしていくのかっていうところを。

市長 義援金と寄付金の行政的な扱いの差は、義援金は今申しましたように配分処理を行政に委ねられているけどもそのお金は行政のお金として評価するということをしないんです。右から左にスルーするんです。そのときに配分委員会でどういうふうにやりましょうかということであるんですけども、寄付金の性格は一旦行政の収入にするんです。寄付するということで一旦我々に頂く。頂いたお金は行政の収入としてカウントしますので、その支出については議会に諮らなければいけない。そして行政として出すルールに則って原資として使うということなんで、まだ決められていないことなんです。ですから、寄付金として頂いた限りにおいてはそれをこういうことにという目的を付加していただいておれば今までの出すルールの中の上乗せ原資として利用するし、一般的に何か使ってくださいということで被災地とか言うのであればその被災地に出す行政としての手段の原資の一部に充てる、そういうことになっているということですから、今後、9月(議会)とかいろいろありますから、その議会にお諮りして決めるということです。決まっていないというか、議会手続き等の関係で処理が決まっていくと思っています。

記者 義援金の関連なんですが、先ほどの市長の発言のご趣旨からすれば被災者の生活再建と安心安全に暮らすために第4次の配分も検討されているという理解でよろしいですか。

市長 あり得ると思っています。残る額にもよりますけども、それと需要と、いろいろバランスを見ながら本当にここがというのがあれば、もう一回配分委員会にも検討していただくということを考えなければいけないと思っています。

記者 もうまもなく被災から1年を迎えます。被災者としても義援金の関係が気になると思うんですけど、いつ頃を目途に…。

市長 目途は、少なくとも今大変だと言われているのは、被災して家屋がなくなって仮住まいしている、移りたいけども今の場所を買い上げてもらう国等の基準でいくとなかなか次の場所を探すための原資として十分でないとか言われている実態があるので、行政的なルールとしてそれらを補完する手段というのはなかなか公平性の原理で出てこないわけですので、もし今申し上げた範囲で被災者が安全安心で住み続けるというルール、あるいは生活再建などに役立てるという基準で何がしかの支援ができるような共通基準ができればあっても良いかなという気がしているんです。それはもう一回よく配分委員会での検討、それから現状の把握をもう少ししっかりして、やれないかなと思っています。もう少し時間は掛かりますけども、そんなにまた長くということはないんですけども。

記者 関連なんですが、今のお話は砂防ダムの建設で立ち退きを求められている住人は国から基本的に補償されると思うんですが、それで足りないと言っている方もたくさんいらっしゃる、そこを市のシステムではなくて義援金として補う可能性もあるんですか。

市長 そこは今申し上げたのは本当に被災した直接の方ということで義援金が来ていると思うので、そこら辺はちょっと難しいかなと思うんです。一般的に被災してない、全然被害を受けてないけども立ち退きなどでそのシステムが機能してないから補強するところまでこの義援金が使えるかどうかは議論のあるところだと思うんです。最初申し上げた、被災した方で例えば仮住まいを余儀なくされている方はまさに被災した方です。そこはちょっと区分けして考えなければいけないと思っています。元々義援金の性格ということをよく考えないといけないということです。何でもかんでも使えるというものではないと思っています。

※ ( )は注釈を加えたものです。

ダウンロード

Adobe Reader<外部リンク>

PDF形式のファイルをご覧いただく場合には、Adobe社が提供するAdobe Readerが必要です。
Adobe Readerをお持ちでない方は、バナーのリンク先からダウンロードしてください。(無料)

<外部リンク>