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ページ番号:0000012960更新日:2019年10月21日更新印刷ページ表示

2013年3月19日記者会見「旧市民球場跡地検討の進捗状況と結論の発表について外3件」

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市政記者クラブからの代表質問

旧市民球場跡地検討の進捗状況と結論の発表について

記者 旧市民球場跡地検討の進捗状況と、一部報道でもありましたが、結論は、いつ、どのような形で正式に発表されるのかについてお願いします。

市長 この問題についてはこれまでも申し上げてきていますけれど、今月中には活用方策を判断して、それを皆様にお示ししたいと考えています。

現在は、活用方策の策定作業を一生懸命やっていまして、自分の気持ちからすると最終的な詰めの段階でいますので、作業を進めており、準備が整い次第、発表したいと思っています。

記者 発表は会見というかたちですか。

市長 会見、はい。皆さんにお示しします。

記者 策定作業が終わったときに議会側への説明はするんでしょうか。

市長 これは市長としての見解の表明ですから。発表するに当たって、一定の手続き的な了解といったことはするつもりです。

記者 今議会で、25日にありますけど、そこで何か言うとかそういうわけではないんですか。

市長 まだ活用案を、自分もチェックしながら担当職員にも作業させてますから。出来上がるのは、議会が終了してもう1回推敲したいと思っていますから、議会中に出ることは考えていないです。

記者 まとめた段階でまた議員さんに(説明)して発表という段取り?

市長 そういうのを少し知りたいと、マスコミから聞いたのでは寂しいというのであれば、その辺のタイミングを見ながら、手順に間違いがないようなことをやらなきゃいかんかなと思っています。

記者 常々議会さんの意見も踏まえてということをおっしゃっていたんで、そういうことですか。

市長 その辺のからみはね。

記者 表だってなにかこう、公的なものではなくて・・・。

市長 そういった委員会とかにかけてということはなくていいと思うんです。自分の考え方を言い、それを踏まえてまだまだ議論する余地はいっぱいありますからね。そういうことも踏まえてやります。

記者 文化機能と緑地機能ということで一部報じられていますが、そのあたりの絞り方は、最終的な詰めっていうのはそういう方向で調整されているっていうことなんでしょうか。

市長 つい先頃の報道があっての話でしょうけど、(その)報道も今までの事実経過を丹念に検証していただいた上での、発表者の判断を加味しての内容だったんじゃないかと見ています。今言われたご質問が当たるかどうかも含めて今作業を進めていますから。最終調整次第じゃないかと思っています。出した後の私の発表内容を見ていただいて吟味していただければと思います。

記者 繰り返しになるんですけど、4月以降にサッカー場の協議会が立ち上がるとすると、年度末っていうのは方策を一本化するのは難しいんじゃないかと思うんですけれど、そのあたりはどうなんでしょう。

市長 今言われたご疑問にもお答えするような内容にしなければいけないと思っています。

記者 一定の余地を残したような形の結論になるということなんでしょうか。

市長 まだまだいろんな意味でのご議論をいただける可能性を残した提示方法にしないといけないかなと思っています。

記者 跡地の問題で、緑地広場というのがあると思うんですけれど、もともと秋葉市長のときにそういう緑地広場でやろうという話が決まっていたという中で、一度リセットされたという中でまた緑地広場という案が出てくる可能性というのはあるんですか。

市長 緑地広場という考え方も、跡地検討委員会の中で残されていますから、そういったことも加味して判断すべきだろうという気持ちにはなっています。加味はいたします。

記者 今度サッカースタジアムの協議会を立ち上げて、その意見も加味できるような余地を残すという話だったと思うんですけれど、一度に進んでいくんじゃなくて、スケジュール的にも段階的にできるような形での方針を示されるということでしょうか。

市長 出来上がり図というふうに皆さんは期待しておられますし、自分もそういうものは皆さんにお示しして、自分の基本的な考え方に即したよりいいものを、具体的にどういうふうにするかという議論をしていただくための前提条件を提示するという気持ちでおりますけれど、その際、今言われたように、物事がどういう手順で進んでいくかということも考慮しながら説明しなければいけないと思っています。

実際、普通の計画だって、こういうものを作りたいといったときに、作るためにどう作業していくかと、そういう要素もあるんです。そして不確定要素があればそれをどう考慮して作業するかということもお示しする中で、跡地の活用方策というものをこんなふうに考えているんですよと言う必要があるかなと今思っていますので。

具体的な内容は、発表して、読んでいただければ分かるようなものになると思いますし、そのために今担当者が全精力を上げて取り組んでいますので、もうしばらくお待ちいただければと思います。

記者 発表に際して、商議所(広島商工会議所)の移転の問題とか中央公園の活用の問題なんかはどのように考えられますか。

市長 今言われたような事も考慮して言及はしなきゃいけないかなと思っています。

記者 それは市としての、商議所であれば移転をしてほしいとか、そういう希望ということになるんですか。

市長 その辺の扱いも、考慮事項と言いますか、言及する内容としては記述しようと思っています。考え方をお示しする、「こういうのでいいでしょうか」という意味になると思います。それはお示ししたいと思っています。

記者 活用策が発表された後、4月以降の話ですけど、それを具体化していくために、また外部の方を呼んで委員会のようなものを立ち上げたりっていうお考えはありますか。

市長 その辺はぎりぎりの判断をしなければいけないと思っています。私が言っただけで物事が(決まって)行くとは思わないので、むしろ私の言ったことを専門的な観点で、イメージ図と言いますか、どんなふうになるというようなことを示していただく手順が要るかなとは思っています。

もっとその道のプロに、しっかりした方に私が言ったのはどんなふうになるんだというのを見ていただいて、それで皆さん方がどう思われるかというのをお聞きするという手順が要るのかなと思っています。

記者 それは委員会方式で?

市長 やり方は委員会になるのかどうかですよね。私のお願いした方向性をブレイクダウン(分析)するようなものであれば、委員会じゃなくて作業部隊みたいなイメージになるのかなと思います。

記者 今回の跡地活用について、最終形の形が出来るのは何年度、みたいな見通しはあるのでしょうか。

市長 今の段取り感だとちょっと不透明なんです。とにかく1年、2年では終わらないんじゃないかというイメージですよね、実際に物を建設すると。ですから3年、5年かかるとか、皆さんの資金の調達方法とか不明確な分野があれば、それの見込みがどうかというのがありますからね。逆に最低限これぐらいで、それ以上はかかるんじゃないか、というようなイメージになるんですけれど。

年限もその中で言う必要があるのかどうか、ちょっと判断しかねています。一気に出来るというものじゃないというイメージにはなっています。

記者 繰り返しなんですけれど、ある程度一定の議論をする余地を残したままでいくということなんですけれど、それは年度末に方向性を決めることになるのかなというか、ある意味先送りにはならないかと思うんですが、そのあたりにはどういう見解をお持ちでしょうか。

市長 そこが今一番の悩みどころでして、サッカースタジアムのいろんな考え方について協議するのが4月以降にずれ込んでいますから。それを頭に置きながら、しかし球場跡地についての考え方を示すというこの難しい命題に答えるべく今考えているということなんです。

そういう前提条件の中でどこまで皆さんに「確かに一定の考え方を出したな」と納得していただけるかどうか、そういう意味でお示しして皆さんからのご意見を求めたいという、一番大きなポイントかと思います。

記者 先送りさせていると思われないような結論を出す・・・。

市長 自分はそういう(先送りする)つもりはないものですから、どうやっていけば物事が整理できるかなということを大前提にしながら、その時点で提示できる案を皆様にお示しして検討していただく。そういうものにしたいという気持ちになっています。

核保有の意思を表すと受け取れる米国の姿勢について

記者 北朝鮮の核実験に抗議しながら、核保有の意思を表すと受け取れる米国の姿勢に対しては、どうお考えでいらっしゃいますか。

市長 市としての対応とそれを踏まえた判断ということになると思うんですけれど、アメリカが行った臨界前核実験に対し本市が発出した抗議文に関し、米国大使館の公使から返事をいただいています。返書でね。

その返事のポイントは、今までも似たようなことを言っておられるんですけれど、自分たちのやった実験というのは、CTBTの条約(包括的核実験禁止条約)に違反する地下核実験じゃないんだと。そしてもう一つは、米国の保有する核兵器の安全性、セキュリティ、有効性を維持していくために行っているということが書き連ねてありました。これが公式なアメリカの立場と受け止めました。

そうすると、そう言っているアメリカが、北朝鮮に抗議するというロジック(論理)が成り立つかと考えました。

アメリカの立場で考えますと、北朝鮮が行っているのはCTBTに違反する地下核実験を行っていることに対し抗議していると受け止められます。自らを否定しないで関係者を否定すると。そういうロジックに立っていると受け止めました。

そういう前提の中での本市の立場ですが、これは今までも繰り返し言っていますけれど、アメリカが核兵器の安全性、セキュリティ、有効性を維持するためという理由で(核)実験を繰り返している、そのこと自体が、今後も核兵器を持ち続ける意志を表したものと受け取れる行為であると我々としては考えざるを得なくなりますよと。そして被爆者をはじめ核兵器廃絶を求める多くの人々の願いに背くことから、許すことはできない、やめてくださいと言い続けています。これが本市の立場だとご理解いただきたいと思います。

アメリカのそういう理論づけの北朝鮮への抗議、それが分かったとしても、アメリカのやっていることそのものについても問題ありと、ましてや北朝鮮の核実験へは本当に憤りを感じると、こういう立場でおります。

記者 お考えはよく分かりました。市は抗議文を出していらっしゃいますけれども、日本政府は抗議をしないという方針の回答になっていて、松井市長は政権が交代したときにも、広島出身の外務大臣が就かれて対応するといったようなコメントがございましたけれど、こういった日本の姿勢についてはどうお考えですか。

市長 日本の姿勢については、自分自身は日本国内にある広島と、こういう立場の中で、広島の思いを国として受け止めながら対応してもらいたいという気持ちはずっとあります。その受け止めてもらいたいという対応をし続けるなかでの基本的スタンスというのを改めてご紹介しますと、本市というのは、我が国の法令に基づいて、我が国を構成する基礎自治体と位置づけられていて、我が国の統治下にある存在であるという、この存在を私は否定できないし、否定すべきでないと思う、これが出発点です。

そうした中で、本市は地球上で唯一無二と言って差し支えない、被爆地広島としての考え方、これをベースに核兵器廃絶と世界恒久平和を訴えて、その一日も早い実現を目指すという目標意識はしっかりしております。

そして、その目標意識を持ちながら、一方最終的には核兵器廃絶という課題については、実はそれを解決するためには、国の枠組みを越えた外交手法と言いますか、外交問題というものを処理していかなければいけないという難題に直結しておりまして、その外交問題を扱う、国の統治システムの権限からすると、国という中の外務省が専権事項としてやるという立場にあると思っています。

ですから、一日でも早い核兵器廃絶を目指すということをしっかりと忘れないように、いつでもそのことが発せられるような立場を取りながら、国との連携を密にして、この思いをいかに国に浸透させるかというスタンスに立って取り組みをしていきたいと思っています。このスタンスを取り続けたいと思っています。

記者 冒頭でおっしゃった、広島の思いを受け止めてほしいというのは、最終的には国もそっちの方向に向かって・・・。

市長 目標意識は絶対共有してほしいと思っています。具体的な対応の手段については、いろんな問題があるということで、るる上京して説明を受けていますけれど、それを乗り越えてやれないんでしょうかという、そういう立場で政府との付き合いをさせてもらっています。

次の市長選の対応について

記者 少し先の話かもしれませんが、次の市長選の対応について、もしお考えがあれば聞かせてください。

市長 次の市長選。2年先です。これはまだ正直考えていないです。むしろ今折り返し地点で、今掲げている「世界に誇れる『まち』」の実現をするために、いろんな分野で多角的に何が求められるか。そして、それを実施していく上で、市民の皆さんと一丸となった取り組みができるようにするために何が要るか。職員にどういう認識を共有してもらって、どういう取り組みをするかということについて、一生懸命OJTですね、「On The Job Training」みたいなことをやっている最中です。

その取り組みをどうすれば上手くいくかということの方に気がいっていまして、その先のことまで考えるだけの頭の余裕がないというのが、これが上手くいくかどうかの方で頭がいっぱいですね。

現段階で分かりません。これがとにかく上手くいくかどうか。今のこの任期をきちっとこなせるかどうかということで、現時点において次期市長選について、もろもろのことを考える余裕はないというくらいが正しいかもしれないですね。

記者 お考えはないとおっしゃっていますが、上手くいくかどうかっておっしゃいましたけど、上手くいかなかった場合は想定できないと思いますが、この次も・・・。

市長 それは分からないですよね。それはまったく分かりません。

被爆70年の行事について

記者 被爆70年の行事はどういったものを考えていらっしゃるでしょうか。

市長 端的に言って、行事について今何をっていう具体的成案を持っているわけではありません。しかし、それを考えるに当たっての基本的なスタンスはしっかりと温めるつもりで、これをスタッフである職員等に十分認識してもらって、どんな行事がいるかということを考えてほしいなという気持ちでいっぱいです。

それで、そちらのほうの話を少ししますと、つい先日、NHKの被爆直後からの広島の復興を支えた浜井市長さんの物語を放映していまして、見させていただきました。非常に私にとっては感動ものでありました。

これは、東日本大震災の被災地への復興エールという位置付けであったような点も非常に自分としては勇気づけられる内容であったんですが、人類史上例のない惨禍に見舞われたこの広島。その広島で活躍というか一生懸命やられた先人達。先人達っていうのは、生き残ったことについてすごく使命を感じて、その使命を全うするために知恵を絞り、皆が一緒になって取り組むということをやられた多くの方々がおられたということを目の当たりにしたわけです。

そして、その成果が被爆からわずか4年でその一歩を踏み出したというように構成されていました。それは広島平和記念都市建設法という法律を制定すると、そして復興の足掛かりを掴んだということですね。

しかもその当時、まだ敗戦直後で日本が独立してない。つまりアメリカの軍政下のもとで国会を動かすという。理想は、敵対国ですからねアメリカは。敵対国に対してその直後であれば恨みもありましょう。「なんだ」という気持ちがあろう中で、実際の問題として、GHQという統治権力を持っている人のところに行って、この法律の働き掛けをして、我が国の国会で法律の成立を見たと。

私はこの点についてすごく実践的な対応をされたということを目の当たりにしました。そして、新憲法のもとで住民投票などをして、法律が施行される。非常に感動的なものだったと思っています。

そういう視点から見ると、この被爆70年という年は、そうした先人達の思いが国の内外の人々を動かして、様々な援助を引き出した。そして、世界の人々から「原爆による悲劇のまち」と言われて(も)よかったような惨状を全く違う形に展開した。

つまり「平和の象徴」、「希望の象徴」と言われるようになるまでになったということを象徴していまして、その70年というのが、象徴に位置するような年になるんじゃないかなという思いがあります。これが一つですね。その70年の思いというものをどう受け止めて行事を考えるか、大きな柱にしたいと思います。

それから翻って、これは振り返っていまして、もう一つは将来に向けての立ち位置になりますけれど、これから我が国は間違いなく少子高齢化、人口減少、経済のグローバル化という大きな時代の変化の時期を迎えておりまして、この中で、統治システムが戦後我が国を支えてきた中央集権的なやり方から、社会保障にしても、経済システムにしても、地方分権的なものにせざるを得ない状況になってるという基本認識があります。

そういう意味では、大きな岐路に立っております。そこでこの状況を我が市に当てはめたときに、この大きな岐路に立って、何もしないままでいるということ、これはとても大変なことになる。我が市の発展にとって手遅れになるという基本認識があります。

したがって、この問題を乗り越えなければいけない。そして、乗り越えるにあたって、先人が築いてきたこの平和の地広島というものを、より良いものにして、次の世代に引き継いでいくということを考えなければいけない状況にきていると思っています。

そしてそのためのまちづくり、つまり広島を次なる繁栄に向けたまちづくりに向けてやるべきことがあります。それに早急に着手しなければならないという気持ちがありまして、その市政のなかでどこまでできるかということを、今一生懸命考えてます。

そしてそれをやろうとするときに、広島っていうこの町はひとであり、地域であり、いろんな資源があるんです。見方を変えたら、繁栄の要素となるための秘めたる力がいっぱいあると。そこかしこに埋まっています。これを引き出すということを改めてやっていくと。

今こそ、この先ほどの例によりますと、浜井市長はじめ先人の情熱これに負けない気概と覚悟を持って、市民が一緒になって今後出てくる問題、時代の中での問題を乗り越えると。新しいまちづくりをやろうという状況が訪れる。

そういう意味で、この被爆70周年ていうのは、これまでの復興の成果を踏まえながらも、さらなる繁栄に向けての再スタートを切るための年、この広島のまちを「世界に誇れるまち」として繁栄させていくためのターニングポイントとなる年として位置付けられないかなと思っています。

こういった視点でどういう事業・行事がいるかということを考えたいんですけれど、その考える際に、もう一つ市政展開の上で申し上げている大きな柱があります。「活力とにぎわい」「ワーク・ライフ・バランス」「平和への思いの共有」この三つの柱に即して、具体的にどのような取り組みがあるか検討していきたいと思っていますし、その際には、我がスタッフであります職員にも考えてくれということを言っていますけれど、市民の皆さんも一緒になって考えていただく。議会からもご意見いただくということで、70年の行事っていうのができないかなと考えているところです。新年度になって考えていきたいと思っています。

記者 今のに関連して、長崎市の方は被爆70年に向けて、今年、学芸員とか被爆者がアメリカの公文書館に行って調査を進められるということで発表されていると思うんですけれども、もうあと2年半くらいで被爆から70年になると思うんですけども、広島市は「今のところ、考えていることはない」とおっしゃっていて、今の市長の話を聞いていると、ちょっとまちづくりの方向、復興という意味でのまちづくりの話が多かったかと思うんですが、被爆者が減っていく中で継承とか、原爆の問題は大きい問題だと思うんですが、もうちょっと具体的にどういうことを考えているのかというのと、今の時点で決まっていないというのは、結構、長崎市と比べるとちょっと遅れている感じがするのかなと思うんですが、いかがでしょうか。

市長 今申し上げたのは、70年の行事ということですからね。いろんな事業については、被爆(体験)伝承者の取り組みとかも始めていますから、日ごろの継続的な行政行為をきちっと段取りして私は進めているつもりでおりますので、今言われた比較が記念的な行事との関係ではないということですね。決して長崎市に遅れをとっているという話ではないと思っています。

確認しますけども、被爆70周年の行事としてというお話をしたつもりでありましてね。

記者 行事というのは、なんかイベントとか・・・。

市長 それに限りなく近いようなものですよね。イベント的なものを行事と、私は説明したつもりです。取り組みとすれば、もう市長になって以後ずっとやっていますからね。

記者 新たな今のところ、イベントとか行事とは別に、新たな事業、被爆体験の伝承者は始めていますが、それ以外に何か、平和部門関係で70年に向けて始める予定は今のところはありますか。

市長 来年度出した予算書には、そういうものは載っていませんしね。ですから、日々展開する事業の中で、この平和都市広島を世界に知らしめ、いろんな思いを共有していただくため取り組むというのは日々やっていく事業を検証する中で、より効果的なものをやっていくということをやり続ければいいと思っています。

記者 新たにイベントとは別に事業をっていうのは、今のところは、お考えではない?

市長 70年ですからね。70年そのものも見ていただくと分かるんですが、今年68でしょ、69,70ですからね。私のちょうど市政の任期が終わった次の年になるんですよ。そこに向けてのきっちりした土台づくりをやることの方が私は重要だと思っていまして、今私が個別に申し上げるよりか、多くの方に申し上げた共通した認識を持ってもらって、どういう取り組みをするのがいいかということをしっかりやってもらう方が今の時点では重要だと思っています。まだ、そういう意味では2年ありますからね。そういう認識でおります。

その他の質問

県と市の二重行政について

記者 県と政令都市のいわゆる二重行政についてお聞きしますが、昨年の1月に7分野、先行的にやっていこうということを県と市で合意されまして、取り組みはまだ緒に就いたばかりではあるとは思いますが、今の時点で市長としての手応えというか、これからどういう方向性で取り組んでいきたいかというのを改めてご所見をいただければと思います。

市長 基本認識は、市民と呼ばれようと、県民と呼ばれようとこの広島のエリアでお過ごしの方々は一人ですね、そういった方の目線で県行政が展開する行政施策、市が展開する行政施策が、仮に、その住民サービスの内容が一なものであり、実施者が違うから違うというだけの理由で納得できないような行政展開をしているとすれば、それはむしろこれから先に向けて調整すべき課題というのが基本認識で、この点については私は知事と認識の共有が図れていると思っています。

そして、今申し上げた総論に合致するような、現在やっているいろんな仕事がどれほどあるかということを探るということをまずやり、そしてその中でどう調整していくかということについての了解点ができるものから逐次やろうということで今までも逐次進めてきています。

ですから、最初の目標を何個やろうかとかいうことを掲げるんじゃなくて、そういう事業の見直しの中で確実に進めると、その説明が、まだ不便であるということで、その行政のエリアを区分けして、例えばこういうエリアの中でこんなことを考えるという意味で例示をしながら、私としては着実かつ確実に二重行政の見直しというのを進めてきているし、その成果も皆さんからすれば、しっかりじゃないと言われるかも分かりませんが、私は確実に表れていると思うんですね。

そしてそれを継続的な持続的な作業にするための準備も実は整ってきていると思いまして、それは市役所庁内で言えば、ある仕事が担当部局、どこがメインだとなれば、そこに任せっきりじゃなくなくて関連する部局とも調整するというような作業の癖がだいぶ付いてきました。

それを踏まえた内容を整理して県の部局ともやると、たぶん県の部局も同じように担当部局を乗り越えて調整してやるということをやっていただいているから、作業が少し私の感覚では加速していると思いますね。

今までの県市の行政であれば、窓口担当課がおれば、そこで受けて、一個一個またそれぞれの組織の担当関連部局に投げて小出しにするみたいに議論して逐次やるんです。それが役所のどっちかというと今までの普通のやり方なんです。それでは総合的な判断するまでに時間が掛かって仕方がないですね。

だから、それを少し加速するために、皆が一緒になって議論できるような環境をつくるということを実は内部でやってきていますけど、それがだいぶ慣れてきていると思っていますので、もう少し、時間、実行を余裕持ってみていただければ、そういった取り組みも加速できるんじゃないかなと思います。

可能であれば、年度内にもう一回くらい知事とそういう場を設けて二重行政についての一定の方向性を皆さんにお示しする機会ができたらなとは思っています。そんな状況です。

記者 一連の方向性というのは、例えばどういうものを今イメージしていますか。

市長 読んでいくと、ハード、ソフト、ハコモノ的なものとですね、行政運営的なソフトの部分になりますね。いろんな建物、公共物の管理とか、それが住民サービス提供と一体的不可分になっているようなものについての管理運営・設置というようなことがありましょう。

それから、日々のサービス業務であれば、ルーティン(きまりきった仕事)として淡々とこなすのと、問題が発生したときに、個別にお応えするような、問題解決事象対応的な行政サービスもありましょうし、それから健常時でない、いわば体調を損ねたときの医療とか福祉に関係するようなもの、あるいは経済活動が正常じゃないときの失業とか、ああいった問題の対応とか、そういった問題を多角的にやりまして、それぞれの分野で今調整すべくやっていますので、お待ちいただきたいと思うんです。

広島駅南口Bブロック再開発事業での解体工事足場崩落事故について

記者 昨日、Bブロックで、施工主体は組合ですが、足場が崩れ落ちる事故があって、それが一月に2回起きているという状態なんですけど、そういった件に関して市長から所感はございますか。市から申し入れを行ったということではあるんですが。

市長 私自身は非常にとても重大といいますかね、注視しなくてはいけない問題だと思っております。担当部局を通じて、こういったことがないようにという申し出を行っているということで、行政としての対応はしっかりしたものをやっていると思います。

情報によれば、警察、あるいは労働基準監督署等が現場検証して問題事象についての点検をして安全措置をどうするかということを検討しておられるということも聞いておりますので、その決定を待った上でしかるべき対処をしていきたいと思っていますけども、むしろそれ以前の事業を展開している業者の方の心掛けの方に重きがあります。

今から広島の陸の玄関であるBブロック、ここを優れたもの、しっかりしたものにしていくという作業を、長年懸案でなかなか緒に就かなかったものをようやく整理事業が始まって、しかも(平成)27年を目途に着実に作業を進めていただくというもとに開始しているんですけども、その作業をしていただくに当たって、何といってもそこで新しいまちづくりを進めることに参加される方々の安全・安心ですかね、作業の安全というものは大事にしていただきたいと思うんですね。

期間が限られているから急がなきゃならないというような状況になっている部分はあるのかも分かりませんけども、だからといって安全を軽視するというような作業はあってはなりません。

そこで無事故で死亡災害が起こることなく事業が達成されて初めて喜ぶべき事態ということになるわけですから、業者の方にはそういった配慮に怠ることなく的確な作業遂行をやっていただきたいということを強くお願いしたいと思います。

平和記念資料館館長及び広島平和文化センター理事長の後任人事について

記者 原爆資料館の前田館長が今年3月で定年退職されるんですけども、前田館長はもともと市の方でいらっしゃいますけれど、今回また新しく館長さんが就かれるに当たって、市のまた内部からっていう形になるんでしょうか。それとも逆に市の内部とはこだわらずに外部からっていうのも考えたりされているんでしょうか。

市長 それは人事のことですからね。ここでのお答えは控えて、適材適所の観点から人事が行われるようにしたいなと思っています。

記者 それは逆に市の外部からっていうのもこだわらないっていうことなんですか。

市長 今申し上げた、適材適所というのを現段階では言わせてください。もうしばらくすれば人事が分かりますので。その結果を見ていただいて。私自身は適材適所にちゃんと人事、やってくれていると思いますので。それをお待ちいただけないかと思うんですけど。

記者 という意味でもうひとつ。平和文化センターの理事長さんの方はどうですか。

市長 理事長さんは平和文化センターを代表していろんな取り組みをしていただくべき立場の方でありますし。センターの理事長の使命は今大きくなりつつあるいわゆる被爆体験の継承、そういったことをしっかりやりながら核兵器廃絶そして恒久平和ですね、世界の恒久平和を目指すという取り組みをしっかりやっていただく部隊であります。

そしてその取り組みを進めるうえで欠かせないのが国際相互理解協力という、国際的なネットワークを駆使した取り組みをしっかりやっていただくべき団体という基本認識でいます。

だからそれにふさわしい方、そういった方が選ばれるべきだろうなと思っていますが、ただ組織的には独立した団体で、役員になるための理事選任を評議員会で選ばれて、理事の中からまた理事会の決議によって理事長が選ばれると。

それが3月末までに行われるということですよね。そういうプロセスを経て選ばれる組織ですから、今申し上げた任務を的確に遂行していただける方が選ばれていくんじゃないかなと思っています。

被爆者をかたどった人形の撤去について

記者 原爆資料館の改修に向けて今日検討委員会がありまして、実施設計がまとまったんですが、被爆者をかたどったプラスチック製の人形について撤去する方針を確認されまして、実物展示を重視しようということで確認されたんですが、一方で市民から撤去しないでという声もあって。市長何かお考えがあればお聞かせいただけますか。

市長 私はその検討についての方向性、いろいろ報告を受けている中で、人形、ろう人形みたいなあれ、すごく今までさまざまな議論があったと聞いているんです。この検討作業も7年ぐらいかけているんです。7年から8年かけてやっている中での課題でありまして。取り上げられてもう始めのころからずっと悩ましい課題なんですよね。

実際に被爆を体験された方、見た方からすれば、そんなもんじゃないと。当時の状況をうっすらと蘇らせるけどあんなもんじゃないと思われる方と、それから全然知らない小学校とか小さなお子さんとかが見て、見るとなんとその原爆のむごさなんかをやるにしては、例えば、お化け屋敷に来たみたいな雰囲気で単に怖いだけであって理解が進むどころか恐怖心を植え付けるような受け取りもあるっていう極論がある中での整理をしながらここまで来ている問題だと思うんですね。

それが議会で取り上げられたりして、それについてのコメントという形で今申し上げた後者の方の意見がすごく多く聞かれているという現状ですけれども、実際に制度設計してその作業に入るまでもう少し時間がありますから、こういった意見も踏まえながらもう一回点検する作業があってもいいと思いますよ。

本当に具体的な作業に入るまでにこういったご意見を点検するというか、やる作業があっていいと思います。だから、どっちじゃなきゃいかん、と私は思ってないんです。多くの方が、やっぱりこれから平和(記念)資料館っていうか原爆に関わる資料をどういう形で展示してて、皆様に原爆がこの世にないことを願い、その思いを伝えるために、よりこれからの時代にふさわしいと言いますか、ものになるかということをもう少し加味して考えていただくと、それぞれの整理ができるんじゃないかなと思っているんです。

記者 点検する作業があっていいということは、検討委員会自体は確か原爆資料館の事業になってると思うんですけど、市長として再考というか再検討を指示するという意味で・・・。

市長 いや、そういう意味じゃないですね。実際移していく段階でそういう意見がありながらということを常に頭に持っていただいて、もし何か配慮するチャンスがあればやってもいいというような気構えでやっていただけないかなと思うんです。

記者 このリニューアルですね、いろいろ含めてですけど、リニューアルに当たってどのようなことを改めて大事にして考えていってもらいたいか、市長の思いとしてはありますか、リニューアルに当たって。

市長 2つの要素がありまして、先ほど申し上げたことに尽きるんですけど、自分たちとして本当に原爆を実体験した方の目から見たときのこの資料館というもののあり方、つまり自分たちの思いというものがこれじゃ十分伝わらないんじゃないかと、もっと生々しいというか原体験に基づくようなものをもっともっととお考えの方々もおられる。そういう点を重視した展示も要るという側面があるし。

それからもう一つはそういうものを経ないで、しかしそこの原体験から出てくるぜひ伝えてもらいたい思いっていうのは何なんだということを、エッセンスを出して、そのエッセンスをダイレクトに伝えるということをむしろ新しい世代、次世代にやるべきだと考えて設計されてる、両面があると私は受け止めています。

そんな中で、リニューアルするとこれから5年10年抱えていく中でむしろ次の世代の方々が受け止めるべき部分をしっかり受け止められるような設計と言いますか、そういう作りにシフトするというのはある意味でやむを得ないかなというのは基本に、実はあるんですね。

だけどそうは言いながら、でも原体験をされた方の思いという部分も残さないとその本当の意味での思いの部分が欠落しても困る。それを私自身は相当調和して、この長い間かけた議論の中で出来上がってきてるんじゃないかって気もしているんです。

けどそれぞれの立場でまだ十分納得いかないという方もおられるんであればそういう方々もおられるということを頭に置きながら、具体的な設計とか入る過程で、調整できる部分があればそれを調整するという気構えでやってもらいたいなというような意味なんです。大きな設計図としては間違っていないと私自身は思ってます。

旧市民球場跡地検討について

記者 話が戻るんですけど、旧市民球場跡地のことなんですけど、一部報道で緑地プラス文化施設案での検討が進んでいると出ましたけど、おおむねこの方向で今最終的な作業をしているということでよろしいんでしょうか。

市長 これは一番最初に申し上げたようにそういう報道をしていただいたのは今までに出てる資料を勘案して推理された案だと思いますので。この時点ではコメントは差し控えたいんですね。今まさにどうするか作業してますからね。その作業の結果を見ていただいて、比較していただければ。結果同じだったと言われるか、いやいや全然違うと言われるか、似ているというかそういう要素もあるなと、それのどれかになると思いますので。

記者 記事によると市としての方針を固めたとか、市の幹部によると、というような表現だったと思うんですけど・・・。

市長 私が申し上げている以上固まってはいません。まだいろいろ試行錯誤しております。間違いなく。固まればお出しします。固まってはいません。

※ ( )は注釈を加えたものです。