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平成30年第13回教育委員会議(10月定例会)議事録

平成30年第13回広島市教育委員会議議事録

 平成30年10月3日(水曜日)、平成30年第13回広島市教育委員会議(定例会)を教育委員室において開催した。

1 開会及び閉会に関する事項

  • 開会 午後1時30分
  • 閉会 午後2時31分

2 教育長及び委員の出席者

  • 教育長 糸山 隆
  • 委員 井内 康輝
  • 委員 栗栖 長典
  • 委員 鈴木 由美子
  • 委員 秋田 智佳子
  • 委員 伊藤 圭子

3 事務局等の出席者

  • 教育次長(総務部長事務取扱) 荒瀬 尚美
  • 青少年育成部長 長谷 冨美
  • 学校教育部長 山本 直樹
  • 指導担当部長 野間 泰臣
  • 総務課長 山越 重範
  • 育成課長 廣田 稔之
  • 指導第一課長 松浦 宰雄

4 傍聴者等

 なし

5 議事日程

  • 議題1 青少年交流事業の開催結果について(報告)
  • 議題2 平成31年度広島市立幼稚園の募集定員について(報告)

6 議事の大要

糸山教育長

 ただ今から、平成30年第13回広島市教育委員会議定例会を開会いたします。
 本日の議事録署名者は、栗栖委員と秋田委員にお願いいたします。
 それでは、日程に入ります。
 本日の議題は、お手元の議事日程のとおりです。
 議題1「青少年交流事業の開催結果について」を議題とします。
 本件は報告案件です。内容について、育成課長から説明をお願いします。

育成課長

 7月の定例会で概要について御説明させていただきました、三つの青少年交流事業の開催結果について、御報告させていただきます。
 改めまして、これらの3事業は、それぞれ異なる年齢層の青少年を対象に、様々な交流を通して友情や相互理解を深めるとともに、核兵器廃絶と世界恒久平和の実現に向けた意識を高めていくことを共通の目的として、実施しているものでございます。
 説明につきましては、7月の定例会で説明済みの部分については、記載のとおりということで省略させていただき、活動の様子や成果を中心に御報告させていただきます。
 それでは、資料の3ページの「青少年国際平和未来会議2018(第14回)」開催結果を御覧ください。
 1の目的から4の開催場所については、資料のとおりでございます。
 5の参加者でございますが、今回は、広島市とハノーバー市の2都市の会議となりました。広島市側は7名、ハノーバー市側は13名でございました。
 次に、6の主な日程と7の研修会等でございます。活動の様子について、5ページに写真を掲載しておりますが、スライドを用意しておりますので、スクリーンを御覧いただきながら御報告させていただきます。
 スライドの左側の写真は、第1回事前研修会の様子です。この日に初めて参加者全員がそろい、井内実行委員長から本事業の歴史や内容についてのオリエンテーションを受けるとともに、自己紹介や実行委員からの激励の挨拶、講義などを行い、結束を固めました。
 右側の写真は、8月の始めに開催した第3回事前研修会の様子です。広島市を訪れていたハノーバー・広島友好会の青少年5名とともに、ハノーバーと広島の歴史や関係性について学びました。
 次に、広島市長を訪問したときの様子です。松井市長から激励の言葉を頂き、ハノーバー市に持って行くこいのぼりに平和のメッセージと署名を書いていただきました。
 ここからは、ハノーバー市に到着してからの写真となります。
 この写真は、ハノーバー・広島友好会の方々との昼食会の様子です。右に写っていますのが、友好会のテュルナウ会長で、今回のハノーバー市訪問の際には、大変温かいおもてなしをしていただきました。友好会の方々の御協力が無ければ、今回の未来会議は成り立ちませんでした。
 初日の様子です。初日は、自己紹介、未来会議のこれまでの取組、ハノーバーの歴史について学びました。初日は、お互いに緊張している様子でございました。
 右側の写真は、広島からの参加者の尾瀬さんが未来会議の取組について説明しているところでございます。
 次は、ハノーバー市のヘルマン副市長を訪問したときの写真です。ハノーバー市の議会室へ招待していただき、関係者が一堂に会しました。ヘルマン副市長、井内実行委員長のスピーチの後、全員で記念撮影をいたしました。
 右下の写真ですが、議会室の床にはハノーバー市全体の地図がモザイク柄で描かれておりまして、ハノーバー市をイメージしながら議論することができるということでございました。その後、みんなで記念撮影をしております。
 これが、市庁舎の写真です。ドイツの中でも他に例を見ないほど歴史ある立派な市庁舎であり、参加者は、ハノーバー市が一望できる展望台に登ったり、市庁舎内を見学したりと、とても楽しんでいる様子でございました。
 未来会議2日目の様子です。2日目は、2グループに分かれ、与えられたテーマについて議論しました。ハノーバー市の参加者はとてもフレンドリーで、議論をスムーズに運ぶことができました。意見を述べ合い、議論を重ねるうちに、初日の緊張も無くなり、お互いの距離が急速に近づいていった様子でございました。
 次の写真は、ハノーバー市職員が未来会議を聴講されたときの様子です。参加者の発表に対して質問され、行政職員としての意見も聴くことができ、より意見交流が深まり、その後の議論も積極的な様子が見受けられました。
 左の写真は、議論のまとめを発表している場面です。
 右側は、工夫しながら作成した発表資料です。人数が少ないこともあり、それぞれが積極的に発表し、その発表に対する意見交換も活発に行われております。
 次の写真は、議論のまとめの最終段階に入った場面です。各グループの代表者が集まり、行動指針の枠組みを作成していきました。
 この写真は、ホストファミリーや参加者たちの交流の様子です。参加者たちは、ハノーバー市の青少年との交流だけではなく、ホストファミリーとの貴重な出会いを経験し、異なる文化や習慣、価値観を超えて交流を深め、深いきずなを築くことができたようです。
 閉会式とさよならパーティーの写真です。ヘルマン副市長にも出席していただき、3日間議論した成果を発表したり、参加の感想を発表したりしました。
 ハノーバー最終日の戦跡訪問の写真です。雨が降る中、エギディエン教会で一人一人献花を行った後、参加者にこいのぼりに署名していただきました。この後、こいのぼりはハノーバーの青年たちに託し、引き続きハノーバー市で署名活動を行うようにお願いして帰って来ております。
 帰りの空港には、ハノーバー・広島友好会の皆さんが見送りに来てくださり、涙のお別れとなりました。
 資料に戻っていただきまして、4ページを御覧ください。
 8の成果ですが、今回の討議は、世界平和の促進と今後の未来会議の在り方の二つをテーマに、どのようにすれば若者が主体的に参加し、活動することができるかを、ハノーバー市の青少年と、お互いの価値観や立場の違いを認め合いながら、議論を重ねました。その結果、6ページに掲載しておりますように、「若者による世界平和の促進に向けた行動指針」という形でまとめております。
 4ページの9の参加者の感想を御覧ください。
 参加者の感想をいくつか掲載しておりますが、人数が少なかった分、一人一人が発言できて内容が深まった、少人数制でディスカッションの時間がしっかりと取れたことが、理想を語り合うだけにとどまらず、具体的で現実的な部分まで話を追究していくことができて良かった、国籍や世代を超えて交流ができたのが良かった、ドイツ人目線でいろいろなことについて考えることができたし、街の歴史を現地に赴くことで勉強することができた等、海外参加者との交流を通して、様々な学びや貴重な経験を得ることができたようです。未来会議での経験を一つのステップとして、今後の活動や自らの成長につなげていってほしいと思っております。
 10の事業後の取組としましては、スカイプを利用してのテレビ会議やSNSを利用しての情報交換などを進めていくほか、11月18日には、広島国際会議場で開催される「国際フェスタ2018」において事業報告会を行う予定としております。
 「青少年国際平和未来会議2018(第14回)」開催結果については以上です。
 次に、7ページの「2018広島市・大邱広域市青少年交流事業(第17回)」開催結果を御覧ください。
 未来会議と同様に、6の主な日程について、スライドを使って御報告させていただきます。
 今年度は、4回開催した事前研修会に加え、開催の前日から広島国際青年会館に宿泊いたしまして、大邱広域市の皆さんを迎えるために、部屋の飾り付けや平和記念公園で行うガイドのリハーサルなどを行いました。この宿泊研修で、広島の参加者のチームワークも更に深まり、とても良い雰囲気の中で大邱広域市の皆さんをお迎えすることができました。
 この写真は、空港での出迎えの様子でございます。ゲートから出て来てすぐに、昨年度の参加者同士も居ることもありまして、抱き合って再会を喜んでおります。
 マツダスタジアムで昼食と見学を行った後、広島国際青年会館に到着して、開会行事を行いました。自己紹介やアイスブレイクもしたのですが、既にバスの中で仲良くなっておりまして、2時間前に出会ったばかりとは思えない盛り上がりを見せておりました。
 今回の交流事業の目的を両市の青少年に改めて認識してもらうために、最初に平和学習を行いました。在日韓国人のパク・ナムジュさんの被爆体験証言は、大邱広域市の子どもたちも非常に熱心に耳を傾けていました。
 その後、平和記念公園に行きまして、韓国人原爆犠牲者慰霊碑や原爆死没者慰霊碑を参拝し、広島の青少年たちが韓国語で説明を行い、両市の青少年と団長が一緒に献花をいたしました。
 その後は、班別に平和記念資料館を見学し、ここでも広島の青少年があらかじめ作成しておいた韓国語の説明カードを使って説明しておりました。
 初日の夜に開催した夕食会の様子です。これには松井市長にも御参加いただきました。後半は、お互いに練習してきたKポップダンスの出し物を披露し合いまして、大変盛り上がっておりました。
 翌日は、参加者のアイデアで、日本の夏休みの恒例行事を体験してもらおうということで、ラジオ体操を行った後、舟入高等学校を訪問しまして、箏曲(そうきょく)と茶道の体験をしました。箏曲では、身を乗り出してとても楽しそうに演奏しておりました。
 その後、広島の名物を味わってもらおうと、広島の青少年が焼き方を説明しながら、自分たちでお好み焼きを焼いて食べております。
 昼食後は、班ごとにRCCの見学や市内散策をした後、夕方から広島市留学生会館に集合して、全員で浴衣に着替えて夏祭りを楽しみました。夏祭りでは、浴衣の着付けや屋台の料理などのために、沢山の方がボランティアとして運営を手伝ってくださいました。このボランティアの中には、過去のこの事業への参加者や、今回の参加者の選考で漏れた中高生も参加してくれました。最後は、全員で大広島音頭を踊っております。
 翌日は、原爆ドーム前から世界遺産航路を通って宮島に向かいました。もみじまんじゅう作りの体験をした後は、くじでペアを決めて、おそろいのストラップを買ったり、宮島名物の「揚げもみじ」を食べたりして、宮島散策を楽しみました。嚴島神社では、大邱広域市の青少年が引いたおみくじの意味を説明するのに、広島の参加者が苦戦しておりました。なぜか、凶が出た子が多かったようです。
 この日は、参加者の各家庭でホームステイをする予定だったのですが、翌日に台風が接近してくるということで、集合時間を早めることになりました。短い時間ではありましたが、それぞれに各家庭でのホームステイを楽しんでいたようでございます。
 台風の影響で早めにホームステイから戻ってきた後、4日間の交流の中で印象に残った事ベスト3を、各班で意見を出し合い発表しました。ホームステイや浴衣を着ての夏祭りはもちろんのことですが、一緒に折り鶴を折ったことや広島の街並みの印象なども挙げておりました。
 意見発表の後は、皆で大きな折り鶴や「とうろう流し」の灯籠に平和のメッセージを書き込み、こうした交流も平和への第一歩なのだということをお互いに感じ合っておりました。
 台風の影響も残る中、多くのホストファミリーの皆さんにさよならパーティーに参加していただいております。最後は、両市の団長も巻き込んで、参加者全員のKポップダンスで締めくくりをしております。
 翌朝は、広島空港まで全員で見送りに行きまして、両市の参加者も指導者も、皆が涙のお別れでした。偶然、同じ飛行機で韓国に帰られる韓国領事館の副総領事がその場に居合わせて、この見送りの様子を御覧になられて、たった4泊5日でこんなに親しくなるのかと驚いていらっしゃいました。
 この写真は、この事業の1週間後の、8月6日の「とうろう流し」の様子です。交流事業中に両市の青少年が一緒に平和のメッセージを書き込んだ灯籠を流すために、平和記念公園に集まりました。
 実は、一旦帰国した大邱広域市の青少年4人が、この「とうろう流し」に参加したいということで、広島に戻って来て参加しております。その来日の際には、広島の青少年たちと、自分たちで連絡を取り合って、自分たちでホームステイの調整を行って参加しております。
 「とうろう流し」の様子は、参加者たちが動画で大邱広域市の参加者に配信したり、また、ラインのビデオ通話で実況中継を行っておりました。
 資料に戻っていただきまして、8ページを御覧ください。
 7の成果ですが、事前研修で、韓国語や大邱広域市の歴史や習慣などについて学びまして、韓国人原爆犠牲者慰霊碑や原爆死没者慰霊碑については、全員が韓国語で説明できるように、お互いに教え合って練習したり、歓迎夕食会などで披露する出し物の練習を自主的に集まって行うなど、会を重ねるごとにチームワークを深め、広島市の代表であるという自覚を持って取り組むことができました。
 また、交流期間中は、使い慣れない韓国語や身振り手振りで、大邱広域市の参加者と積極的にコミュニケーションを取ろうとする姿も多く見られ、お互いの国の文化や歴史、生活習慣や考え方について理解を深め、グローバルな視野を広げる契機となり、日韓友好の懸け橋となりたいという意識を醸成することができたと思っています。
 また、夏祭りでは、約40名の多くのボランティアに参加していただき、大邱広域市の指導者の方々からは、自分たちのためにこんなに沢山の方が手伝ってくださり、広島の人の心のこもった歓迎に感謝の気持ちで一杯だと、広島の人たちの心の温かさを感じたという言葉も頂きました。本事業に参加した青少年だけでなく、市民レベルでの友好関係も深めることができたと思っております。
 さらに、先ほど報告しましたように、「とうろう流し」のために再び広島を訪れるなど、家族レベルの交流を続け、日韓の青少年が平和への思いを共有することができたと思っております。
 次に、8の参加者の感想を御覧ください。
 大邱広域市の学生から「こんなにもう一度来たいと思った都市は初めてだよ。」と言われ、大邱と広島の関係を深めることができたと感じた、違う国に住んでいても平和に対する思いは同じだと気付かされたというような声も聞かれております。
 また、9ページの一番上にありますが、夏祭りに参加した運営ボランティアの声として、選考に漏れて交流事業に参加できないと諦めていたが、ボランティアとして大邱広域市の人と交流ができ、友達もできたのでとても楽しかった、韓国語も勉強して、来年は選考されるよう頑張りたいという声も頂いております。
 9の事業後の取組としましては、未来会議と同様に、「国際フェスタ2018」で事業報告会を行う予定としております。
 「2018広島市・大邱広域市青少年交流事業(第17回)」開催結果については以上です。
 次に、10ページの「平成30年度広島・長崎市児童生徒平和のつどい(第41回)」開催結果を御覧ください。
 6の主な日程について、スライドを使って御報告させていただきます。
 この写真は、初日に長崎市へ移動する途中の門司港での昼食の様子でございます。門司港名物の「焼きカレー」を食べております。この日は、朝9時に広島市を出発し、16時過ぎに宿泊地である長崎市の日吉自然の家に到着しました。
 長崎市の日吉自然の家に到着したときの様子です。長崎団の皆さんが、アーチを作って広島団を迎えてくれました。出迎える長崎団の水色のTシャツにプリントされております「空」という文字ですが、これは長崎市子ども会連合会のシニアリーダーのグループ名でございます。
 歓迎セレモニーでは、両市の代表の挨拶の後、記念品の交換、アイスブレイクのレクリエーションを行いました。
 2日目の長崎市での平和学習の様子です。広島市と長崎市の児童生徒の代表各2名が、原爆落下中心地碑へ折り鶴の奉納を行いました。折り鶴は、両市の子ども会連合会の呼び掛けで、両市の子どもたちが心を込めて折ったものでございます。
 その後、広島市と長崎市の子ども会指導者代表と児童生徒の代表が、平和祈念像へ献花を行いました。天に向けた右手は原爆の脅威、水平に伸ばした左手は平和、軽く閉じたまぶたは犠牲者の冥福への祈りを表現していると、平和祈念像が表している意味を、長崎市のジュニアリーダーから説明してもらいました。
 平和公園内でのフィールドワークの様子です。長崎市のジュニアリーダーが資料を示しながら説明をし、その話に聞き入るグループの子どもたちが熱心にメモを取っていました。
 この写真は、旧浦上天主堂遺壁や、被爆当時の地層をグループで見学している様子です。この写真は、長崎市の夕方のテレビでも放送されたそうでございます。
 長崎原爆資料館の見学の様子です。実際に触れることのできる展示物を神妙な面持ちで触れ、感触を確かめている子どもたちの様子です。
 翌日の8月20日付けの長崎新聞には、「被爆地の子ども平和交流」として、右側の写真と記事が掲載されました。写真の中で、展示物を熱心に見入る黄緑色のTシャツの児童が広島団の児童でございます。記事内では、己斐上小学校6年の前本紹太郎君が「ガラスの表面がぼこぼこしていて熱線の被害の大きさを知った。」という感想を述べて、紹介されています。
 この写真は、長崎市の青少年ピースボランティアによる被爆の実相の学習と意見交換の様子でございます。
 今回、初めて、長崎市が育成している青少年ピースボランティアの高校生や大学生がファシリテーターとして参加してくれて、大変有意義な意見交換ができました。意見交換では、幸せだと感じることや平和な世界にするためのアイデア、今、自分たちにできることなどについて意見を出し合いました。付箋や模造紙を使って意見交換をするうちに、子どもたちの頭と頭が近づいていって、グループの輪がどんどん小さくなっていく様子が印象的でございました。
 この意見交換での成果物は、長崎市で行われる「青少年ピースフォーラム」というイベントのモザイクアートに子どもたちの手で付け加えられ、作品の一部として、長崎原爆資料館内で8月末まで展示されたそうでございます。「青少年ピースフォーラム」とは、400人を超える全国の青少年と長崎の青少年とが一緒に被爆の実相や平和の尊さを学習して交流を深めるというもので、平和意識の交流を図る目的で、平成5年度から長崎市で開催されているものだそうでございます。
 平和学習の間に、長崎市長の表敬訪問を受けました。長崎市長は、子どもたちを前にして、長崎市と広島市は同じ経験をして、同じ役割を持つ街であり、今でも平和を願い様々な交流が行われている、しかし、二つの街は同じ役割だけではなく、少し違う役割も担っている、広島市は世界で初めて原爆が投下された街として平和の尊さを訴えることができ、長崎市は原爆の投下を世界で最後の街にしようというメッセージを発信することができる、違う人が集まるとできることが増える、違いを大切にすることが平和にもつながると話をされました。
 右の写真は、その日の夜に行ったキャンプファイヤーの様子です。両市の高校生リーダーの進行で、踊ったり歌ったりして、最後の夜を楽しみました。
 この写真は、広島に帰って来て2週間後に行われた広島団の事後研修会の様子です。各班で話し合い、活動の振り返りを行いました。高校生リーダーや各班のジュニアリーダーである中学生がリーダーシップを発揮し、グループ討議を進行していきました。2週間ぶりに顔を合わせる子どもたちは、すぐに打ち解けて、熱心に話し合っています。
 右の写真は、班ごとに話し合った内容について、模造紙を使って発表している様子です。班でまとめた内容をこのような形で発表しました。
 これは一例ですが、この班では、四つのテーマについてそれぞれの意見を比べ、短い言葉で分かりやすくまとめています。
 原爆被害の実相について、広島、長崎の両市の子どもたちは、自分の都市については知っていても、意外と相手の都市についてはよく知らないことが多く、世界で二つの被爆都市の子どもたちが、1年おきにそれぞれの都市を訪問し、互いの都市の原爆被害の実相に触れ、平和意識を醸成することは、非常に大切であると感じました。
 資料に戻っていただきまして、11ページを御覧ください。
 8の成果ですが、広島、長崎両市の児童生徒が平和学習を通して平和意識を醸成し、世界恒久平和の実現に貢献する意欲と態度を育むことができました。また、参加者は、集団生活や体験活動を通じて、自主性や社会性を培い、青少年リーダーは、指導力や実践力を養うことができました。
 これは私の個人的な感想なのですが、こういった場でジュニアリーダー、シニアリーダーである中学生や高校生が指導力を発揮して頑張ることが、すごく重要なことだと感じました。
 来年度は、広島市が開催市となっております。子ども会とも連携し、プログラムの充実を図り、子どもたちの力を発揮させて、長崎市の皆さんをしっかりとおもてなししたいと思っています。これまで40年以上も続いてきたこの事業の伝統を引き継ぎ、今後も両市が取り組んでいけるよう努めていきたいと思っております。
 「平成30年度広島・長崎市児童生徒平和のつどい(第41回)」の開催結果については以上です。
 以上で、「青少年交流事業の開催結果について」の報告を終わります。

糸山教育長

 ありがとうございました。
 ただ今の説明について、御質問等がございましたらお願いします。

栗栖委員

 感想ですが、小学生、中学生、高校生、大学生が、諸外国の方や同じ被爆地の方と交流して、このような体験をされるのは、非常に素晴らしいことだと思います。参加者の感想にも表れていると思うのですが、例えば、ハノーバー市との交流では、4ページに、「国籍や世代を超えていろんな人と交流ができたのがとても良かった。」、「今まで発表するような気質でもなかったが、今回参加することで成長することができた。」など、自分自身の成長にもつながったことが見えます。また、大邱広域市との交流では、8ページに、大邱広域市の学生から「こんなにもう一度来たいと思った都市は初めてだよ。」と言われたと、大変うれしい感想を書かれていますし、長崎市との交流では、11ページに、「平和祈念像を見た時、何か言いたそうにしている気がしました。」と、今までとは違ったことを考えるようになったという、非常に素晴らしい感想も出ております。是非、こういった取組を継続していただきたいと思います。
 一つ、質問ということでもないのですが、6ページの行動指針の中に「報道の乏しさ」とあるのですが、これはどういうことなのでしょうか。

育成課長

 「報道の乏しさ」といいますのは、世界で起きていること、紛争や戦争といったものが、我々の耳に十分に届いていないのではないかという意味でして、そういったメディアの情報不足という面で、このような言葉が出ました。

栗栖委員

 世界でのいろいろな出来事が、きちんと的確に伝わっていないのではないかということですか。

育成課長

 はい、そうです。

栗栖委員

 そういうことですか。

鈴木委員

 全体的に三つの事業について、できるところからやるということ、知る、伝える、そして自分に何ができるかと考えて、行動するところにまで発展していることが、大変良いことだと思いました。やはりこれからは、こういう若い子どもたちが担っていくわけですので、その子どもたちが、知るだけではなくて、自分にできることをやろうというところまで意識を高めていくというところが、この事業の成果だと思いました。
 また、写真があるので、子どもたちの変容の様子や、実際にどういうことをやっているのかが分かって、事業の良さが伝わりやすい報告だったと思いました。
 質問なのですが、先ほども話題になりましたアジェンダについてですが、これは、今後も続けていかれるのでしょうか。続けていかれる、いかれないにかかわらず、アジェンダの最後には「2018」などと付けて、いつ作成したのかが分かるようにされておかれた方がよいと思います。最後のところに年月日が出ていますが、タイトルに作成年があると、このアジェンダがいつ作られたのかが分かりやすいですし、その後も続いていった場合には、最初はこれだったというようなことも分かりやすいと思います。もう作られているので、追加できるのかどうかは分かりませんが。
 今後、このアジェンダはどのように使われるのでしょうか。毎年作っていくものなのか、これを広めて、みんなで何ができるかを考えていくようなものなのか、その辺のことを教えていただければと思います。

井内委員

 私の方から説明します。実行委員長として、事情をよく知っていますので。
 私がこの未来会議をお引き受けしたのは2011年なのですが、2011年当初から、とにかくそこで議論したことを何かの形でまとめていこうということで、最初は「共同コミュニケ」という言い方をしていたのですが、2013年からは「広島アピール」という言い方に変えて、会議をまとめたものを発表してきました。先ほど、鈴木委員がおっしゃったように、タイトルの後には、必ず年数を入れております。2011年からこれまでの記録といいますか、未来会議で何を話し合ったかということは、まとまっています。
 今年は、少し慌てて作ったのですが、二つの大きなテーマがありまして、いつものように、世界平和を達成するために何ができるかということと、もう一つ、この平和会議をサスティナブルな組織として、今後も若い人たちが続けていくためには何が必要かということ、この二つのテーマを考えてもらったのですが、後者の方にもかなり力が要ったので、アジェンダに年数を付け忘れてしまいました。後で、修正しておきます。
 これまでのものをずっと読んでいきますと、2011年から2015年ぐらいまでは、集まるメンバーが毎年のように変わるので、毎年同じようなことを、毎年というのは言い過ぎかもしれませんが、毎年同じようなレベルまで、ゼロからスタートしてあるレベルまで、これとこれが大事だと導き出させる結論が大体似たようなもので、何となくそこをもう一つ乗り越えたいという思いがあります。
 そうすると、これからの未来会議をどうしていくのかということにつながっていくと思うのですが、仲良くなった都市が10都市以上もあるのですから、それぞれの都市に小さなブランチを作って、常時、その街の子どもたちはそこで集まっている。そして、それを持ち寄って発表する場がこの未来会議だったらどうだろうという提案を、今、しております。ハノーバーを手始めに、ロシアのボルゴグラードとか、いろいろな所で、そういうブランチを作ってくれれば、もう一歩進んだ活動になるのではないかと考えています。
 例えば、世界平和のために、同じ日に一つの同じ行動をやってみようとか、そのようにして構成していった方が、意義があるのではないかと思うのです。そういう形で、もう少しグレードアップした青少年の活動にしたいという思いがあります。
 結論はまだまとまっていないので、まだ、きれいな形でのアピールになっておりませんが、今から1年掛けて、来年まで掛けて、よく皆で話し合っていこうということになっています。
 半分、弁解みたいな、半分、目標みたいなことを言ったのですが、今後の未来会議の在り方について、このように考えております。

鈴木委員

 未来会議が中心となって、各国を束ねるという感じですか。

井内委員

 未来会議というのは、言わば国連みたいなもので、その下に若い人たちの組織として、それぞれの街に小さなブランチがあったらどうかということを考えております。ある意味、私の夢かもしれませんが、そのような形で活動していくことで、彼らの手で運営したり、彼らの手でプログラムを考えたりするようになれば、一番いいなと思っています。財政的な問題もありますが、皆がただ集まって楽しんだというだけでは、やはり不十分であると思っています。もう少し、広島が中心となって、世界中の若い人たちが動かしていこうというような組織にならないかなと思っているところです。

鈴木委員

 分かりました。ありがとうございました。

伊藤委員

 スライドで見せていただいたので、充実した、有意義な交流であったことが分かりやすかったです。
 この事業の参加者は、お互いにディスカッションしながら思いを一つにしていますが、その思いを、参加できなかった人、また、参加していない人にまで裾野を広げるには、どうしたらいいのかということを思いながら、報告を聞かせていただきました。
 例えば、ハノーバー市や大邱広域市の子どもたちが来てくれている時に、広島市の参加者の学校に一緒に行って、その学校の人たちと交流するなどということは難しいのでしょうか。せっかく、ドイツや韓国から来てくれていますので。

井内委員

 私からお答えしてもいいですか。
 未来会議は、多いときには15都市以上が集まります。今回はハノーバー市だけでしたが、通常は、世界中の人たちが来ると考えていいのですが、その時には、舟入高等学校や基町高等学校に出掛けて行って、今は文化交流の面が強いのですが、交流を持つようにしています。広島ではこんな行事をやっているということを知ってもらいたいと思って交流しています。
 伊藤委員のおっしゃるように、もう少し、そこで討論の時間を持ったり、ティーチングのようなことができたらいいなと思います。これが課題だと思っています。できれば、そういう交流が1回で終わらないで、恒常的な活動になればいいと思っています。
 例えば、広島で、モデルケースとしてクラブみたいなものを作って、大学生も高校生も集まって、いつも話合いをしていて、その中の代表が世界大会へ行くというような、そういう形にできないかなと思っています。
 裾野を広げるといっても、皆が外国に行けるわけではないので、予算的にも限られますので、そこは頂点として目指すけれども、やはり裾野は広くないといけない。特定の限られた人だけが交流して良かったというところは、もう脱していかないといけないと思っているところです。御指摘のことはよく分かります。それを目指したいと思います。

伊藤委員

 是非、よろしくお願いします。

教育次長

 今、伊藤委員がおっしゃった裾野を広げるということは、とても重要なことだと思っておりまして、数年前から、事後活動に力を入れてきております。
 滞在期間は限定されており、その時に学校を訪問するのはなかなか難しいところもありますので、交流が終わった後に、例えば、ハノーバー市を訪問していろいろな活動をした子どもたちや、今度、大邱広域市から青少年を受け入れる子どもたちが、先ほど育成課長が説明しましたように、「国際フェスタ」の場で発表したり、それぞれの学校の文化祭などで、事業内容や平和を願う気持ちなど、自分の経験を発表したりしており、それも合わせて、引き続き取り組んでいきたいと思います。

伊藤委員

 分かりました。
 プロジェクターを使った報告がとても分かりやすかったので、視覚的に訴えながら発表をするといいなと思いました。ありがとうございました。

糸山教育長

 私からも一つ質問です。今回、特に国際交流というところで、ハノーバー市の青少年と広島市の青少年、あるいは大邱広域市の中高生と広島市の中高生で、いろいろと話合いなどをする中で、それぞれの国の子どもたちにどのような違いがあるのか、あるいは、そういう中で日本の子どもたちに、もう少しこういう点で力を付けてほしいとか、力を付けたいとか、何かそういうところがあれば、御意見として伺っておきたいのですが。

井内委員

 それでは、ハノーバー市については、私がお答えします。
 4ページの参加者の感想の中にも、「ハノーバーの参加者はとても論理的な思考をするんだと感じた。」とありますが、ドイツの青少年は、何かのテーマを出して議論を始めたときに、こうだからこうなって、だからこうすべきで、というようなことをきちんとしゃべることができます。それは、少し言い過ぎかもしれませんが、やはりドイツの教育は、アメリカも同じですが、とにかく自分の意見をまとめて発表するということにかなりの時間を使っています。日本の教育は、いわゆる基礎・基本の定着を大事にするという風潮があり、ドイツの教育とは少し違います。そういう意味では、ディスカッションの場に集まったときに、やはりドイツ人は、同じ17歳でも、言うことが一段飛び抜けているような印象を受けます。
 論理的に物事を考えて、自分の意見が言えるようになるというのは、一朝一夕でできるものではないですが、「ひろしま型カリキュラム」等を通じて醸成していかないと。日本の子どもたちは非常にまじめで、きちんとやることはやるのですが、世界に出て行ったときに、自分の意見を言ってごらんと言われたときに、せっかく良いものを持っていても、それをうまくしゃべることができない、論理性を欠いていると感じられることが時にあります。
 今回、それを本人たちも感じたというのは、少し驚きました。英語力ももちろん必要なのですが、我々は、いつもそういうことを思ってきました。広島で育って、特に平和問題に関しては、これだけ時間を使って教育をされていますから、是非、被爆の実相を語ると同時に、それではどうしたらいいのかということを、ちゃんとしゃべることができるような子どもたちに育ってほしいと思っております。

糸山教育長

 はい、分かりました。
 大邱広域市と比べるとどうですか。

育成課長

 大邱広域市の子どもたちと広島市の子どもたちの違いといいますと、出会ってしばらくの間は、積極性という面では、大邱広域市の子どもたちの方が積極的だなという印象を受けたのですが、慣れてきてからは、広島市の子たちも積極的にコミュニケーションを取っていましたし、逆に、住んでいる所は違っても、子どもたちは一緒だなという印象の方が強かったと思っております。
 印象的だったのは、広島市の子どもたちが、意外と広島のことを知らないということです。事前研修などを通して広島のことも勉強するのですが、意外と知らないというのは、少し驚きました。

糸山教育長

 はい、ありがとうございました。参考になりました。
 本件については、この程度にしたいと思います。
 次に、議題2「平成31年度広島市立幼稚園の募集定員について」を議題とします。
 本件は報告案件です。内容について、指導第一課長から説明をお願いします。

指導第一課長

 「平成31年度広島市立幼稚園の募集定員について」の御報告をさせていただきます。
 資料の13ページを御覧ください。
 表の右上に記載がありますが、本市の幼稚園総数は19園でございまして、来年度の募集に当たりましては、定員の合計は46学級、1,565人に設定しました。その内訳は、3歳児が3学級で60人、4歳児が22学級で770人、5歳児が21学級で735人でございます。
 学級数の下の括弧閉じの数字でございますが、これは、平成30年度の学級数でございます。参考までに記載しております。
 また、表の下に米印(※)で注としておりますが、平成31年度の3歳児保育につきましては、今年度に引き続き、基町、落合、船越幼稚園の3園で実施したいと考えております。
 なお、定員につきましては、14ページを御覧ください。「平成31年度広島市立幼稚園募集定員」の表を示しております。この表の一番下の合計の欄には、13ページで見ていただいた学級数、あるいは人数が出ております。
 今後は、この募集定員に基づき、11月1日から募集要項を入園希望者に配付し、11月8日から14日に入園願書を受け付け、11月15日に入園予定者を決定する予定でございます。
 以上で、「平成31年度広島市立幼稚園募集定員」の報告を終わります。

糸山教育長

 それでは、ただ今の説明について、御質問等がありましたらお願いします。

秋田委員

 保育園ではよく待機児童と聞きますが、幼稚園にも待機児童がいるのですか。

指導第一課長

 幼稚園での待機はありません。

秋田委員

 無いのですね。皆さん入ることができるのですね。
 皆さん入ることができるから、子どもが減ってくれば、定員も減っていくという傾向にあるのですか。

指導第一課長

 定員が減っていくこともあります。

秋田委員

 5年後、10年後スパンで考えると、子どもが減っていくとどうなっていくのですか。

指導第一課長

 2園あるところが1園になるというようなことはあるかもしれません。子どもの数は、微減の状況ですが、減の状況ではあると考えております。

秋田委員

 高等学校については、子どもの数が減って受験者数が減るので、舟入高等学校の入学定員を減らしましたよね。

指導第一課長

 はい。

秋田委員

 幼稚園は、どうなっていくのかなと思ったので。

糸山教育長

 何か数字がありますか。市立幼稚園の実員は長期的に見て減ってきているでしょう。

指導第一課長

 10年ぐらいをまとめて実員をデータ的に見ていくと、わずかに減っているような状況です。
 13ページの表で見ていただきましたように、今回、4歳児の学級数は21学級を22学級と増やしましたが、4歳児というのは、初めて幼稚園に入る年齢ですので、実際にどれくらい入って来るかという数字が読みにくいところがございます。そういった中でも、入園できるようにということで募集定員を構えてはいるのですが、実際は少なくなっている可能性もあります。分からないという状況でございます。

秋田委員

 3歳児保育は3園で実施とあるのですが、他の園でも3歳児保育をしてほしいという声もあるのでしょうか。

指導第一課長

 あるのですが、そもそもこの3園を設置した理由は、3歳児保育の在り方を研究するための調査・研究園として設置したものですから、入園希望に応じて数を拡大していくというのは趣旨と違いますので、今のところは引き続き3園でと考えております。

教育次長

 元々が27園だった市立幼稚園を、子どもが減っているということで、順次減らしてきている状況がありまして、現在は19園になっているということでございます。
 今後については、推計などのいろいろな状況を見ながら、検討していくことにしております。

秋田委員

 27園が19園になったのですか。

教育次長

 はい。元々は27園でした。随分前ですけれども。

秋田委員

 そうすると、差し引いた8園はどうなったのですか。

教育次長

 廃園です。認定こども園になることもあります。

秋田委員

 認定こども園になるのですか。

糸山教育長

 基本は、廃園です。

教育次長

 そうですね。やはり、幼稚園児も今は減ってきておりますので。

糸山教育長

 今、子どもが増えている地域と、むしろ子どもが減っている地域がありまして、廃園したところは、かなり定員割れがひどい状態のところで、近くに他に幼稚園があるというようなところでした。
 傾向でいいますと、幸いにして広島市はまだ出生数が微増という状態ではありますが、一方で、女性の社会進出により、ニーズからいえば、保育園のニーズの方が高くなってきておりますので、幼稚園の実員は、トータルでいいますと、横ばい若しくは減少傾向にあるという状況です。
 来年度については、募集定員は、今年度と同じ学級数で考えているということになっております。

井内委員

 実員が、定員の大体半分ぐらいですよね。平成30年度の実員が、4歳児と5歳児の合計で866人、3歳児を入れたら900人くらいになります。平成31年度の定員は、1,565人です。実員というのは、要は、本当に入園している子どもの数ですね。そうすると、定員の大体6割くらいです。
 これについては、財政当局などから見て、無駄ではないかというような指摘はあるのでしょうか。それとも、これはやはり定員として置いておくという考え方なのでしょうか。
 私立幼稚園がかなり多くなってきている中で、市立の、パブリックの幼稚園というのは、役割が別だから保持していくという基本方針でやっていると思うのですが、この定員を決める際の基準といいますか、一定のルールというのは、これからもずっと継続されるということですか。

指導第一課長

 今のところは、幼稚園は1学級35人、3歳児保育の場合は、小さい年齢だということもありますので、1学級20人という形でやってきております。井内委員がおっしゃるように、昨年度も定員は1,600人程度を割り出しておりましたが、実際は、それを切った実員になりました。ただ、良い意味で、ゆとりのある保育・教育ができるということもありますので、今のところは35人という定員を変えることは難しいと考えております。

井内委員

 定員は、教諭の数の確保など、いろいろなことと関わってきますので、その意味で、35人という定員を確保していくことは、保育・教育の充実というところも期待していると、今の段階では理解しておいていいのですか。

糸山教育長

 ちょっと違います。

井内委員

 違う。

糸山教育長

 違うということもないのですが、定員35人というのは、小学校と一緒です。要は、幼稚園も結局、学校教育法が関わっていますので、基本的には、35人を超えたらクラス分けをするという整理になっております。先生の配置は、定員35人に対してどれだけ配置するということになっているわけです。ですから、定員35人に対して、実員が16人とか14人とか、半分にも満たない幼稚園については、周りの受皿の状況によっては、廃園をしていく対象になります。今までも、そのようにしてきております。
 一方で、民間の幼稚園は、通園バスを走らせて園児を集めておられる。民間の幼稚園も、少子化の中で子どもがいない、あるいは保育園に取られて子どもがいないという中で、先ほどの効率、非効率で考えると、定員に対して実員が少なければ、より手厚い幼稚園教育ができるとは思いますが、やはり著しく定員割れが続くようであれば、基本的には、周りの受皿の状況を見て廃園するということになると思います。

井内委員

 基本的には、統合ですか。

糸山教育長

 統合ということもあります。先ほども説明がありましたように、元々27園あったのが、今は19園になっておりますので、これまでもそのようにしてきております。
 取り分け幼稚園に関しましては、資料を御覧いただくと分かるように、中区、東区、安佐南区などにはありますが、南区や西区にはありません。合併時に町立幼稚園を引き継いだところには幼稚園がありますが、そうでない旧市内では、特別なところ以外には公立の幼稚園は存在していないということもあります。
 そういう中で、保育園を含めて幼児教育の受皿をどうしていくかということは、これは中長期的な観点での検討となります。保育園と幼稚園という分け方をしていくのか、あるいは、認定こども園のような形でどちらのニーズも受け入れるような受皿を全体に広げていくのか。理想的には、後者の方があるべき姿だと思いますが、それは中長期的な観点になってきます。
 それでは、本件については、この程度にしたいと思います。
 以上で、議題は全て終了いたしました。
 これをもって、平成30年第13回広島市教育委員会議定例会を閉会いたします。

7 議決事項

 なし

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