新春対談
平和文化と共に進化する広島
心とまちが
奏でる未来
広島出身で平和の発信にも積極的に取り組んでいる歌手の島谷ひとみさんと、松井一實市長。 新しい年のはじまり、変わりゆくまちを歩きながら「平和文化」について語り合いました。

心がポジティブになる生活環境を整えていくのも平和文化の役割です
広島市長
松井一實(まついかずみ) (72)
広島市出身。中央労働委員会事務局長を務めた後、2011年に第36代広島市長に就任。現在まで4期15年に渡って“国際平和文化都市・広島”の舵(かじ)取りを担う。プライベートでは趣味として油絵、書道、コーラス(バス担当)を楽しむなど、文化全般に対する造詣も深い音楽や文化は敷居が低く、喜びや楽しさと一緒に平和の尊さを伝えられます
歌手
島谷ひとみ(しまたにひとみ) (45)
広島県呉市出身。オーディションを勝ち抜き、10代で歌手デビュー。2002年、モデルとしても出演したCMの楽曲「亜麻色の髪の乙女」が大ヒット。その年の紅白歌合戦に出場した。その後もコンサートやミュージカル、アルバム発表など精力的に活動。音楽などで平和を発信するイベント「PEACE STOCK80’」は、2026年は6月12~14日に開催新年の抱負と広島への思い
市長 島谷さんにお会いするのは、島谷さんが「PEACE STOCK(ピースストック)」という平和と音楽の祭典を開催する際に報告にいらした時以来ですね。その際はありがとうございました。昨年は被爆80周年の年であると同時に広島駅南口の整備が進み、まちの風景が大きく変わった年でもあったと思います。未来を見据えたまちづくりはだいぶ進みましたが、いろいろな人に「広島に住んでよかった」「広島に来てよかった」と思ってもらうには、最終的には“ヒロシマの心”を多くの人に受け止めてもらえるまちにしなければなりません。今年はその部分に踏み込んで、平和の尊さについて発信していく年にしたいと思っています。
島谷 今は自然災害も世界の情勢も緊張感のある状態が続いていますよね。それでも毎年新しい年がやって来る。私も一人の日本人として、また広島出身者として何ができるのかということを考えて、一つ一つ確実に積み上げていく年にしたいと思っています。新しい一年を迎えるたびに、平和を大切に思う気持ちがより一層深まっていくのを感じています。
市長 今は物価高が続き、経済も大変な時代。そうなると心がぐらついて、周りの人を理解する余裕がなくなるのではないかと心配です。平和というのはお互い様の世界。自分が逆の立場になったらどう思うか考えることが重要です。双方が一緒によくなるにはどうすればいいか。そこに希望を持つことのできる生活環境を目指したいです。
島谷 当たり前のことを当たり前に喜んだり、感謝したり。そうした優しい思いなどのプラスの感情の波が大きくなっていくことを期待したいですね。
音楽と平和 心に響くメッセージ

島谷 私は広島に生まれて、こどもの頃は当たり前に平和教育を受けていました。でも大人になって広島を離れると、それが当たり前じゃないことに気付いたんです。今、私は音楽という表現手段を持っているので、音楽を通じて平和に関する事柄を地域の垣根なく発信していければと思っています。
市長 広島市は「平和文化の振興」を打ち出していますが、平和というのは単に戦争や暴力がない状態だけではないと思うんです。もちろん戦争や暴力がないことは大前提ですが、普段生活をする中で居心地の良さを実感できることも平和と呼んでいいと思います。自分が前向きになれたり、ポジティブな気持ちでいられる環境が整っているのも平和なんです。自分が好きなことを表現できるのも、音楽を聴いて楽しい気持ちになれるのも、平和そのものじゃないですか? そういう活動ができる生活環境を整えていくのが平和文化の役割だと思います。
島谷 平和ってすごく意味が広いですよね。生活が豊かだから平和というわけではないし、それが幸せであるとも限らない。たとえば今日ここにいることが恵まれていることだと気付けたり、おいしいものを食べられたことに感謝したり、その方が幸せに近づけるかもしれない。私のコンサートでもそうしたことを伝えるようにしています。
市長 広島は音楽もスポーツも盛んで、多くの人が生活をエンジョイしています。おいしいものも数多くあって、国内外からたくさんの観光客が来られます。それは市民の皆さんが平和について真面目に考えて、その上で現在の平和な暮らしを満喫しているからだと思うんです。そういう姿勢に多くの人が引かれて「広島いいね!」「広島に行ってみよう!」となっているんじゃないでしょうか。それは非常にウエルカムだし、“迎える平和”と言ってもいいかもしれません。

文化がまちを元気にする
市長 「平和文化の振興」という意味では、広島市は令和3年度から毎年11月を「平和文化月間」と定めて、文化・芸術活動やスポーツによる交流を推奨しています。近年は市内だけでなく近隣の市町にも輪を広げ、一緒にさまざまなイベントを行っています。やっぱり人が交流することでお互いの良さを再認識できるし、まちも元気になりますからね。
島谷 広島市には原爆ドームや広島城などさまざまな文化遺産がありますよね。それに広島駅からタクシーに乗ったらラジオからカープ中継が流れて、運転手さんが広島弁でトーク。皆さんおもてなしの精神が強くて、すごく丁寧にまちのことを教えてくださるんです。地元にいると当たり前に思えるかもしれませんが、外から見ると広島にしかない個性やチャームポイントはたくさんありますよ。カープを応援する姿じゃないですけど、みんなが団結した時のパワーなんて本当に爆発的ですから!
市長 平和ということに引き寄せて言えば、平和を実現するには人々の多様性を認めなければなりません。人間誰ひとりとして同じ人はいないわけで、自分にとってハッピーなことが相手にとってもハッピーかどうかは分からないし、それは直接会って、話して、触れ合う中でしか理解できないと思うんです。そういう意味でいろんな人が行き来できるまちづくりというのは重要だし、人々が気軽に交流を持てる拠点としてスタジアムや音楽ホールなど施設群の整備も進めていかなければいけないと感じます。
島谷 近年、コンサートの“広島飛ばし”が話題になっていますけど、音楽をやる側の人間としてはもっと文化施設が充実してくれればうれしいです。以前「ひろしま盆ダンス」というイベントに呼んでいただき、「ひろしまゲートパークプラザ」で歌わせてもらったことがありました。かつて広島市民球場があった場所が違う形で人が集まる場所に生まれ変わっているのは広島らしい活用法だと思いました。思いを持ったアーティストが広島に集合して、みんなで「平和っていいよね」って確かめ合える機会を持てると素敵ですよね。
©NEW HIROSHIMA GATEPARK

平和とにぎわいをつなぐ「ひろしまゲートパークプラザ」
変化する広島の魅力

島谷 最近は広島に帰るたびにまちの景色が変わっていて驚きます。マツダスタジアムが広島駅のそばにできた時もですが、今度は広島駅ビルが新しくなって、路面電車が2階の構内にまで入ってきていますから。これまで周りからは「広島って中心地が駅から遠いよね」と言われていたんです。でも街中がすごく近くなった感じがします。
市長 広島市は広島駅周辺と紙屋町八丁堀を東西の核と位置づける「楕円形の都心づくり」を掲げています。それはかつて軍事のまちだった広島駅周辺と商人のまちだった紙屋町八丁堀をもう一度調和させようという、歴史に基づいた試みでもあるんです。
島谷 それは知りませんでした。
市長 まちづくりに関しては、平和記念公園を設計した丹下健三さんが「平和の軸線」という構想を持っておられました。平和記念資料館本館と原爆死没者慰霊碑、原爆ドームを一直線に結び、今はその先に広島県立総合体育館(広島グリーンアリーナ)がありますよね。もともと平和公園から北側のエリアは文化・スポーツ施設など未来のための空間にする計画だったんです。ひろしまゲートパークの整備でピースプロムナードができて、ようやく平和の軸線がはっきり分かるようになりました。昨年被爆80年を迎えましたが、個人的には100年かかっても丹下さんの計画を復活させ、広島を文化都市として完成させたいと思っています。
島谷 事務所のスタッフの中には、市内移動もタクシーではなく路面電車を使いたいって人がいるんです。東京だと、とにかく速さが大事だけど、広島では多少時間がかかっても街並みや雰囲気を楽しみたいと。それってすごく面白いことだと思うんです。今は路面電車のルートも新しくなって、駅周辺は高い場所から街を見られるようになりましたね。
ピースプロムナード
ひろしまゲートパーク内にある遊歩道。両脇には桜の木が植えられ、足元には被爆敷石が敷き詰められている。平和記念公園を設計した建築家・丹下健三(たんげけんぞう)氏が構想した「平和の軸線」を継承するもので、北から望めば道の真正面に原爆ドームの姿を見ることができる広島駅南口広場
2025年には新駅ビル・ミナモアが開業し、路面電車の高架乗り入れが実現。今最もダイナミックな変化を見せている広島駅南口エリア。2029年春の全体完成を目指し、ペデストリアンデッキや、大屋根、南口交通広場などの整備が順次進んでいる

平和を未来へ奏でる
島谷 今、私は自分ができることと伝えたいことを合わせた企画として「PEACE STOCK」というプロジェクトをやっています。これは“平和感の備蓄”がコンセプトで、今年は6月に「PEACE STOCK80’」を開催することが決定しています。「このイベントの回数をどこまで積み上げていけるかは私たち次第だよ」ということを訴えていきたいと思っています。
市長 未来という意味では、まちづくりもまだまだ進めていかなければなりません。例えば今考えているのは、平和大通りの東端にある比治山公園を「平和の丘」として再整備すること。展望箇所から復興した広島のまちを眺めてもらいたいと思うんです。あと、街中に川が6本も流れている都市は大変珍しいです。護岸を整備してSUP(サップ)を楽しんだり、水の都としても発展させていきたいですね。
島谷 私たちがこどもの頃は、戦争や平和って膝に手を置いて真面目に学ばなければならないものだったと思うんです。もちろんそれも大事ですが、音楽だともっと敷居が低く、誰にでも分かりやすく伝えられます。しかも「戦争は怖いもの」という恐怖の力ではなく、平和がどれだけ尊いか、喜びや楽しさと一緒に知ってもらえるんです。今の私があるのは、広島というまちがあったから。今年も「PEACE STOCK」などを通して、「広島が好き!」と言ってくれる人が1人でも増えるよう活動していきます。
市長 敷居を低く、というのは大事ですね。昨年「威風堂々クラシックin(イン)Hiroshima(ヒロシマ)2025」というコンサートを行いましたが、広島市出身の世界的指揮者・大植英次さんも「格調高く敷居は低く」と言っておられました。
島谷 「PEACE STOCK」には広島で歌やダンスをやっている高校生たちも参加してくれて。普段発表する場がなかなかないらしく、すごく喜んでくれています。
市長 特に若い人が楽しめて、自分でもやってみたいと思えるような環境づくりは大事ですね。そうしたやる気がポジティブな力になって、まち全体に広がっていくと思いますから。ぜひ音楽の力でそうした企画を実現してください。

川面から水の都・広島を満喫できるSUP体験