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平和記念施設保存・整備方針 資料編1.平和記念施設あり方懇談会における意見交換の概要

目次

平和記念施設保存・整備方針 資料編1.平和記念施設あり方懇談会における意見交換の概要

第1回 平成16年7月27日(広島会議)、7月29日(東京会議)
第2回 平成16年10月18日(東京会議)、10月28日(広島会議)
第3回 平成17年1月27日(東京会議)、1月31日(広島会議)
第4回 平成17年5月30日(広島会議)、6月10日(東京会議)
第5回 平成18年1月26日(合同会議:東京)

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第1回 平成1

6年7月27日(広島会議)、7月29日(東京会議)

1.議論の進め方

  • 後世の人たちに我々の今の世代は、こういう考え方で、こういう保存の仕方をすることにしたということが明確に分かるよう記録残し伝えることが重要である。それが後世に対する責任を果たすことである。
    何もしないということも含めてきちんと議論して欲しい。また、枠組みの整理をして欲しい。
  • 次の世代・100年後の世代に送るべきメッセージとして、どのような時間軸で、何を最適なものとして選択するか判断しなければならない。
  • 100年後に何を残すかという視点が必要である。また、過去を残すと同時に、保存のための英知をしぼる必要がある。
  • ある程度歴史的事実の全体を押さえておいた方が良い。戦後、原爆ドームについても「壊してしまえ」という意見が少数ではなくかなり強くあった。それに対して、今の保存の議論とは違うが、「それでもこれは保存しておくべきだ」という意見もあった。また、その後、ユネスコの世界遺産に登録された。
    歴史的な変化が起こりつつ現在のような状況になったことを十分理解し議論をしていきたい。また、そうしたことを記録に残す必要がある。
  • 1966年の市議会で永久保存を決議し2回にわたる保存工事を実施したとか、世界遺産への推薦を求める167万人の署名が行われたことなどを念頭に、今後の検討をしていかなくていけない。
  • 日本の遺跡保存では、皆遺跡の周辺を公園化しているが、これでは遺跡保存ではなく破壊である。原爆ドームも芝生がはってあるがなぜ瓦礫を残さないのか。この遺跡をどう扱うかは、アウシュビッツや色々な施設と比べても、姿勢が問われると思う。何を残していくのか、それをどう景観と結びつけるか、精神とメッセージをどう伝えるか、を根本的に討論したらどうか。
  • 10年後には、思い入れをもって原爆ドームを見る人が少なくなってしまう。我々と違う人達、特に外国人が見た時、どんなインパクトがあるのかということには多少疑問がある。原爆ドームだけの議論ではなく、資料館も含めて一体で分かってもらうように、目に見えないものも含めて組み立て、誘導すべきである。現在、ハードウエアとしてはシンボリックに軸も決まり一体的に見えるが、歩き回る時に人はそのように一体として捉えているだろうか。それがないと、原爆ドームだけでは、我々と違う人たちにはインパクトがないし、日本人の若者達でも同じことだ。

2.原爆ドームとは何か

  • そもそも広島市民にとって原爆ドームは何だったのかという視点が必要である。産業奨励館は先駆的な建物であり、経済の中心であった。また、物産や文化芸術の発表の場でもあった。そういうものが原爆によって壊されてしまったことを知ってもらう必要がある。
  • 原爆ドームの名称は世界に知られているが、原爆ドームには人の営みがあった、人の生活があった、人の命があったということをもっとアピールすべきである。
  • 原爆ドームが被爆の証人であることは当然だが、それとともに、ヒロシマの復興、人間の復興の象徴である。また、「世界が被爆した」ということの象徴である。
  • 原爆ドームは、現在、平和を求めるシンボルであり、核兵器廃絶のシンボルとなっているが、「破壊の象徴」、「人類の負の遺産」でもあり、いかに原形を残していくかが重要である。
  • 今の原爆ドームは、1945年のドームとは違ってきている。
  • 原爆ドームは他の被爆建物と持つ意味合いが違う。「せめて原爆ドームだけは残してもらいたい」という声が大きいのではないか。また、観光資源という意味においても貴重なものである。
  • 広島は、“復活とか復興”といったメッセージを持っている。そういう意味で「復活」というもう一つのコンセプトを全世界に発信することができるのではないか。壊されたものを元に戻すという一つのシンボリックなプロジェクトとして産業奨励館の復元(イマジンハウス・プロジェクト)に取り組んでいる。
  • 人は、自分の経験的な世界を越えて想像する力が弱いので、経験的世界を越えて考えられるように手助けすることが必要である。実際に被害者が乏しい言葉であっても“raise the voice(声をあげる)”によってその能力は発達し、想像できるようになるが、被害者は残念ながら亡くなってしまう。原爆ドームは、被害者を超え、核兵器の被害・悲劇はどういうものかという、もはや誰も経験しないことについて、全員が想像できることを助ける最後のものとして残る必要がある。
  • 被爆者による証言も日ごとに困難になってきており、これからは最もインパクトのある証言に代わって、無機物である物によってしか原爆の悲惨な経験を学べない時代に入っていく。そういった時点に立つと原爆ドームは、物による原爆被害の継承を最も強力後世に伝えていく武器・手がかりであり、未来永劫に保存する意義は誠に大きい。
  • 何を保存するかについては、保存工事説明板・世界遺産説明板にある理由で良い。
  • 保存の意義として資料に7項目が述べてありどれにも賛成であるが、ラッセル・アインシュタイン宣言にある「地球環境の破壊」という視点がない。同宣言には、核兵器のもつ威力・危険性だけではなく、地球環境の破壊ということが明確に指摘されておりこうした発想も必要ではないか。今の若者には被爆体験・戦争経験がないから、兵器としての威力より環境破壊という立場から核兵器と向き合う人が多い。

3.ドームの何を残していくか

  • ドーム、平和公園、資料館は、過去を残すと同時に、それを思い出すことによって、将来に向かって二度とそれをくり返さないという視点があると思う。
    我々の次の世代のためになくす訳にはいかない。そうすると原形を最大限残しながら、最小限の保存のための有効な手段を加えて、できるだけ長い間持ちこたえるという以外に選択はないのではないか。
  • 現状に近い形を残すという努力は行われているが、結果としては変わっている。それしか方法がないから仕方ないというのも一つの答えであるが、一方で、(景観面では妥協が必要となるが、)例えば、屋根を設置すれば、それ程ひどい形にならない姿で長い間保存はできる。それも一つの選択肢である。あるいは、自然に任せるという考え方もある。
    残すとしたらできるだけ原状に近い形でというのはその通りであるが、その過程で少しずつ、人の手が加わらざるを得ないとしたら、どの程度の加え方だったら、我々の許容範囲として許せるのか、どれ以上だったらダメなのか。他の選択肢があるのか、そういったところまで、議論をしていただきたい。
  • 原点に返って、自然の力のまま、ほろんでいく姿を見ていくこともよいのでは。これ以上手を加えると意味がなくなる。
  • 何のために保存するのかということは過去の歴史を背負っているからなのだが、同時に未来に対して簡潔・明快に説明する必要があるのではないか。広島のメッセージを私達が共有し、発信する必要がある。
  • 世界では多くの戦争遺跡を残してきた。歴史の記憶をどう留めるか、どのレベルで保全するかを考える必要がある。ギリシャのパルテノンの現在の形は、結果的にギリシャの国民が決めた歴史的建造物の保全のレベルである。原爆ドームについてもどういう形で記憶に留めていくかの検討が必要がある。
  • 原爆ドームの資料を行政も民間も持っているということではなく、集めておくことが大切である。やがて壊れるときが来るかもしれないが、資料があれば復元できる。
  • 原爆ドームの歴史、戦争前の姿、その後の保存工事が勉強できる小さい資料館をドームの横に作ってはどうか。説明してはじめて理解ができる。そのための工夫が必要である。
  • 二度にわたる大規模な保存工事によってオリジナルの姿が失われており、破壊された直後の写真を石碑とかパネルで示す必要がある。
  • 川の中といった低いところから、高いところから、遠いところからも原爆ドームを見ることができるという提示の仕方があるのではないか。
  • 原爆ドームの周りに、土を盛り芝をはったのはおかしいと思う。壁が土の中に埋まっているため、雨が降ったら全部これが上にあがって悪影響を及ぼす。盛り土を取ると遺跡が出てくるのだから、それ遺跡として見せるべきであり、現在のように綺麗にすべきではない。
  • バッファーゾーンはやはり雰囲気というものがあり、文化遺産の精神性の根幹、哲学を知らせなければならない。原爆ドームも柵をして緑で公園にしているが、全くイメージが違ってくる。どうやって戦争の怖さを知らせるかについては、物として破壊をリアルに伝えるとともに、肉声で体験を教え、文書で記録し、流していくなど両面で行かないといけない。建物はがっちり耐震強化し、少々鉄を入れて補強しても良いが、それよりも建物周辺を整備し、爆発した瞬間の凄まじさを再現する方が説得力がある。
  • 芝生により美しい公園としたことについては、「平和祈念もこの公園には込められている。心を取り戻す穏やかな場所として復元しなければいたたまれないまでの悲惨な破壊だったから、そこで祈りを込められるような場として、美しい公園にせざるを得なかったのだ」という説明ができる。
  • 一番保存しなくてはならないのは外観である。中に人が入る所ではないので外観のシルエットだけは完全に保存したい。特に平和公園の側から見た外観が一番重要である。人が中に入るのなら中の補強も控える必要があるが、そこから見てムラがでなければ補強すべきである。
  • 上に覆いを被せるのはもってのほかであり、出来るだけ現状に近い形で保存することを考えてはどうか。建築学上、工事上、最新の保存方法を使えば、かなり長期の鑑賞に耐えられる。100年後とか500年後はもう私達の視野に入らないことなので、せいぜいあと半世紀くらいの展望で良い。
  • 例えばアテネには、骨格だけを残し、非常に深く古代の文明について訴えている神殿があるが、永遠に骨格だけでも残している保存の仕方を参考にすると良い。

4.保存工事のあり方

  • 今は「平和の象徴」の面が強いが、目に見える形=「破壊の象徴」、「負の遺産」というイメージを残していくということで言えば、工事を今後重ねていくというのは問題がある。これ以上保存工事をしていくと、原形がなくなってしまうし、それ位ならそのままにして、覆屋を作ってしまった方が良いのではないか。被爆し、爆心地にドームの形が残ったという意味では、半永久的に残していきたい。
  • 技術的な面で言えば、原爆ドームが他の遺産と比べて決定的に違うのは、原爆で破壊された跡の形であるということだ。決定的に大きいのは雨による侵食ともう一つは地震である。長期的な視点で考えると何らかの形で屋根をかけるということも考える必要がある。
  • 最新の技術を使っても傷みを食い止めるのは難しいところもあり、場合によっては鞘堂のようなものを考えざるを得ないのではないか。
  • 建築物は、屋根がないと傷みが進む。鞘堂の場合でも、屋根だけかける場合でも大分違うのではないか。市はこれまで被爆建物の保存に決して積極的ではなかった。何もしないということであれば、世界的な批判を受けるのではないか。
  • 地震については、第1回の補強において、エポキシ樹脂で固めたことと鉄骨で補強したことが大きな力になっている。残念なことに構造計算書が何も残っていないため、これからの地震に対してどれだけ耐えられるのか目安がつかない。第一人者を集めて検討すれば計算できないことはない。500年、1000年の間にどのくらいの地震が来るのかは出ておりこれへの対応が先決である。中性化の問題その他細かいことは、1日を争う問題ではなく、1日を争うのはまず地震であり、対策を早く講じるべきである。
  • 普通の建物なら屋根があって水を防いでくれるが、原爆ドームは屋根がなくなり全部裸になっている。しかも、地下に普通の建物なら排水管で流すことができるが、ここでは条件が非常に悪くなっている。手入れは普通の建物以上にやっていかないといけない。
  • 覆いを造ることは、原爆ドームのイメージを醜悪に変える。
  • 覆いは反対であるが、見る度にボロボロになるのではないかと心配である。
  • 覆いをかけると全く変わってしまうかというと、そんなことはない。原爆ドームに完全なガラスの覆いをかけて、それも綺麗なほとんど目立たないようなデザインで建築することはできる。色々な形で固めていく方がみすぼらしいのではないか。それよりも、ガラスで綺麗な覆いをかければ、地震はともかく酸性雨により劣化していく部分は完全に改善する。後は、どれだけの予算が出せるかが一種の踏絵である。100億か200億位の予算があれば、皆が納得する立派な覆いをかけることができる。
  • 単にガラスの屋根ではなくてボックスに入れてしまってはどうか。「こんなに重視している」というメッセージになる。日本の未来に対して、空間の中に完全保存して伝えなければならない日本の宇宙カプセルであるという説明を付して、保存することは可能かと思う。
  • 問題はユネスコの世界遺産委員会が、現状保存のために覆いを被せることを認めるかどうかである。
  • 優れた建築家、構造家が入って、どんなものができるのかということを構造的にリアリティのあるビジュアルとして見せないと、ユネスコも説得できない。

5.その他

  • バッファーゾーンは原爆ドームを際立たせる非常に重要な意味を持っており、現在の区域は狭すぎる。拡大すべきである。
  • 文化財とか、世界遺産になったことにより、どのような法的規制を受け、改修や修復の時にどういう拘束を受けるかについて整理して欲しい。
  • 風雨に晒されているような遺跡の管理的な手法とか技術的な手法について調査して欲しい。
  • 産業奨励館として“イマジンハウス”を造る運動の「近距離に、元々あったものと破壊されたものとが二つ残る」という遺跡の保存の仕方は今までなかったかもしれない。“イマジンハウス”を造るときに世界中の人が、乏しい能力だけれど1セントでも寄付することでオーナーシップのプロセスに参加し、関係者となるプロセスを経て造ることができるのであれば、新しいメッセージの発信の仕方になる。
  • 広島は見事に復活したことについて、二つのメッセージが必要だと思う。一つは「人間はどんな悲劇をも超える力がある」ということであり、広島はその証人である。これを訴える記念施設のあり方を考えて欲しい。二つ目のメッセージは、「今あなたが見ている広島は決して同じものではない」ということで、失われたものは永遠に失われており同じものを復活することは人間には絶対にできないことである。
  • 原爆ドーム説明板について、将来、もし新しいものができるとしたら西暦表示が必要だと思う。また、被害者数で「20万を超える人々の生命が失われ」とあるが、1976年に国連に提出した「おおよそ14万人」という科学的な数値を用いた方が説得力を増すのではないか。
  • イマジネーションする力が弱くなっているという指摘があったが、当時の町の一部でも復元できれば、市民の暮らしが一撃のもとに破壊されたということが喚起されると思う。それには大変お金がかかるので、子どもも含めて国内外に募金を働きかけてはどうか。子ども一人が100円でもいいからお金を出す、出す時に何のために出すかという説明を親から受ける訳だからお金を出すことによって参加する、このことの知識を持つ、という一挙三得くらいの役割を果たすのではないか。
  • 平和公園で一番人の出入りする場所に、世界地図の様なパネルを置いて、どの国が核兵器をどれくらい持っているかを、赤い印一つで何発というように分かりやすく展示をしたらどうか。
  • 考えたり、感情移入して受けとめたり、共感したりする能力がなくなっていることを乗り越える方法がある。被爆体験を語る時も、新しい時代のこの人たちはどういう価値及び感性に敏感なのかということを考えながら、そこを強調してあるいはそのロジックを組み込んで説明すると相手は良く聞いてくれる。
    提案だが、グラウンド・ゼロで亡くなった方の名前を、沖縄の平和の碑やベトナム記念公園のように原爆ドームの周辺かどこかに全部記しておいてはどうか。建物を残すとか、戦争体験を全体のものとして捉えるというよりも、一人一人の人間の存在をイマジンできるようにしていくとインパクトは非常に強いので、未来の人たちは共感を持ってくれるかもしれない。

第2回 平成16年10月18日(東京会議)、10月28日(広島会議)

1.平和記念公園及びその周辺の役割

  • 様々な役割が示されているが、すべて該当すると思う。その中でも「原爆犠牲者の慰霊・鎮魂の場、聖地」というのが一番優先される。
  • 若い世代が大切である。若者が自分の感性に納得いく形で、問題のコアを受け止めて自由に表現できるようなことを考えなければならない。つまり若者にとってのオーナーシップが考えられているのだろうかという問題になる。東京に住んでいる若者が広島の問題についてオーナーシップを感じる、あるいは広島に住んでいて先代が被爆しているような広島の若者がオーナーシップを感じ・表現することによって、日本人がそれに関心を寄せ、さらに世界の人々が平和に関心を寄せるようになるプロセスがあるのかどうか。平和記念施設はそういうことを含んでおり、発表の場、集まりの場である。重要なのはオーナーシップを感じている人が増えているか減っているかである。
  • 憩いの場として次の若い世代がその街と空間を愛することが重要である。皆が心の中に広島を愛する気持ちを持つことが最大の慰霊ではないか。広島という非常に精神的な一種の磁場が若い人達の悩みを含めて受け止めながら、悩んだ時には広島に行ってみようと思うような街にしていき、平和記念公園が、若い世代がそこに心を寄せられるような、より広いイメージと機能を備えれば良い。
  • あまりにも聖地、聖地で、何もしてはいけないという感じが非常に強い。もう少し自由さがあって欲しい。それが平和を何か片面的なものにしているのではないか。
  • 日本の歴史を考えた場合、広島は一番新しい鎮魂の場、空間である。しかし、原爆ドームと、資料館、祈念館の関係がフラットにしか見えない。鎮魂の場であれば奥の院がある。そうすると原爆ドームは奥の院であって、資料館、祈念館がそこに至る参道的な役割を果たす。そういう聖地空間としての機能が必ずしも出来ていない。奥の深さ広がりがなく、むしろアプローチ・参道的な役割を果たしているところが中心的な空間であるという意識が強い。鎮魂の場であれば、普遍的な存在をもう少し強調した整理の仕方にした方が良い。
  • 巡礼というのは宗教だけではなく、ソフトウェアとしてそこに行くんだという求心的なもの、日本であれば江戸時代の伊勢参りのようなものにできないのか。それはすごいものでなくて可能である。
  • キーワードは「原爆、平和、集う」である。平和公園は被爆の実相を十分伝え、人々が原爆や平和について考える場として、人々の集いを積極的に進めていくべき。
  • 聖域としてだけでなく、生々しい地獄の地であったことを学ぶべき場所である。広島が平和を発信し、創り出していく場である。
  • 都心の活性化、賑わいの中心部である。

2.平和記念公園及びその周辺の整備・利活用

(1)公園の整備
  • 小学生の子どもたちがたくさん来るが、雨が降っても行くところがない。将来、公園の整備をするときには考慮する必要がある。
  • 雨の日には、私自身も居場所がなくなってしまうということがある。
  • 修学旅行の生徒達が休憩できるような、あるいは被爆者の人の話が聞けるような施設ができたら良い。雨・風もしのげる、弁当も食べられるという施設があれば大変良い。
  • 公園を訪れる人が散歩をしていて、ゆっくりお茶を飲んで休む施設がない。将来はこれも整備して、憩いの場にふさわしいものにしていかなくてはならない。
  • みんなが賑わえるようなカフェをつくり、居場所をたくさん作った方が良い。
  • 現在のレストラン、休憩所の場所は分かりにくい。美術館でもコーヒーショップがあれば行ってみたくなる。平和について考えるときも、緊張した中よりもっと自由な方が良い。
  • 休む場所、話す場所が無い。増やしていくべき。
  • 平和公園への導線として、水辺にオープンカフェを造る。
  • 夜間の照明が大変暗い。現実的には夜歩くのが非常に怖く、危険性も高い。何か悪いことをしてやろうという気持ちになってしまい、人の気持ちを平和にさせなくなるような逆効果になっている気がする。
  • 昼間は良いが、夜は真っ暗になると問題である。気楽に歩けるぐらいにはして欲しい。それで聖地としての雰囲気が壊れるというものでもない。
  • 原爆の問題は国際的な問題であり、説明板などにはできるだけ訳文をつけて欲しい。また、現在の核の保有量、その増減を、世界地図で国別に何基あるか、その量が広島原爆のおよそ何倍に当たるかというのを一緒に表示したらどうか。
  • かつての平和な広島の生活を体験でき、それがいきなり原爆投下で惨劇となった場所を設け、歩きながらそれが復興していく町並みを見ることができる施設を造ってはどうか。
  • 被爆前の街並みの復元は、そのものが戦争の語り部になり得る。
  • 公園内の慰霊碑、記念碑等の説明板の内容が不十分である。もっと丁寧にして欲しい。
  • 日本語だけでは不十分である。
  • 第1回からの平和宣言を全部石碑にしてはどうか。
  • 平和に関わる人の言葉を記した平和のベンチを設置してはどうか。
  • 公園内道路を何とかして欲しい。せめて時間帯を決めてストップをかけるべき。
  • 平和記念公園の中を車がつっきるというのはどうかと思う。オープンカットでも良いから、半分ぐらい埋められないか。
  • オープンカットもいいが、ニコレットモール的なもの、ゆっくりしか走れないという方が安いし、それで十分だろう。
  • 駐車場の問題は、これからは避けて通れない問題であり、造るのであれば地下に造ってはどうか。来訪者、平和関連イベントに駐車場所を提供すべき。
  • 平和公園を音楽の園にしたい。平和公園らしい音の世界がある。音楽が自然に流れている公園は癒しの心、穏やかな人をつくる。平和公園らしいサウンドスケープは良いコンセプトである。
  • イベントのための設備(イス、テーブル、テント、電源等)を充実すべき。
  • 平和公園内にドームと対比できるよう産業奨励館を復元し、平和の館にする。
  • ドームのところのトイレは目立たない所に置く工夫をしてはどうか。
(2)公園の活用
  • 公園の広場の使い方が制限されているのは残念だ。聖地の意味もあるが広島は再生したということの一つの真実であり、鎮魂の場としての雰囲気を壊さない行事ならば、むしろ許可しても良いのではないか。
  • 芝生広場に入ることについても、今のように厳しく制限しなくても良いのではないか。市民にも外来者にも、親しくなれるような広場というのが良い。
  • 目的は問うべきだが、芝生広場は市民に開放すべき。ヒロシマから世界に発信していくとき平和公園を使いたい。
  • アクティブに時代に即した利用ができるよう、公園利用に関する規制は緩和していくべき。
  • 慰霊碑前の芝生はオープンにしないといけない。少しの時間でも良いので、この空間を利用価値のあるように出来ないか。
  • 芝生の開放は、全体を開放するのは不可能であろうが、取り払えるようなトレール(小路)を造って、活用することも出来る。
  • 平和記念公園の中でなくてもいいので、工夫をした屋台と公園がつながっていくようなことができるのではないか。広島がもっと親しめるようなところになると良い。
  • 平和記念公園に広場があるのなら、昼間きれいであるが、夜はバンの屋台が出ても良いのではないか。毎日がダメなら週に1回でもいい。広場に市が立つようなものである。
  • 写真、彫刻、音楽などを用いた総合芸術である平和のインスタレーションをやらせたらどうか。
  • 人・文化が集まる川の活用も合わせて考えるべき。オープンカフェ、ストリートコンサート、屋台村もできる。
  • 親水護岸等の利用に際しての窓口は一本化すべき。
(3)周辺のあり方
  • 商工会議所の黒いビルはなんとかならないか。
  • 原爆ドームの背景となる商工会議所を見えなくする。特に資料館からドームを見たときにはこれが一番大切なビスタであり、ドームの後ろを緑で囲んではどうか。
  • 平和記念公園の周りのビルについては、25メートルから30メートルという高さの規制をしてはどうか。ドームの周りだけでも雰囲気を保つために建物の色彩や高さを制限して欲しい。
  • 原爆ドームに何か鞘があった方が良いと思ったのは、商工会議所の後ろのビルが非常に不愉快だからである。商工会議所は高くはないけれど醜い。目隠しするためにやっぱりガラスではなくて、見えないように緑の壁をつくった方が良い。商工会議所のファサードを作り直すには最近は優れた技術があり、目立たないようなファサードにすることはできる。
  • 平和記念公園周辺の広告看板の撤去などについては、市の方がたいへん苦労されていると思うが、これからも続けていただきたい。
  • 原爆ドームの周辺のビルにドームを付けたら良い。景観づくりを通してドームを考えることができる。ドームや平和公園へのアクセス(周辺や地下街との界隈性の創出)や眺望も含め、バッファーゾーンの制度的拡張を考えるべき。
  • イサム・ノグチの平和大橋はすばらしい芸術作品だが、見過ごされている。もう少し強調してはどうか。
(4)平和記念資料館
  • 平和記念資料館などの施設から核兵器の恐ろしさが伝わってこない。放射線による被害とか熱線による被害というのは大変なもので、その表現、展示の工夫はされているが弱い。被害の実相をもう少し、工夫して伝えてはどうか。もう少しビジュアルなもの、映像を使ったもの、また、五感、匂いや味、触覚などを通じて、被爆の恐ろしさを感じるような展示ができないか。
  • 3D映像を用いるとインパクトのある展示が出来る。
  • 資料館はインターネットによる情報発信など、革命的な仕掛け作りが必要である。
  • 資料館と呼ぶ以上、相応しい資料の整理と量を備えるべき。
  • ミュージアムショップは1階に置くべき。
  • 研修室の設備はキチンと整えて欲しい。
  • 資料館は空間の広さが不足している。見学者がゆっくり見られる空間を確保すべき。
  • 平和活動をする部屋が足りない。国際会議場も利用できるよう考えて頂きたい。
  • 資料館の観覧料は50円ならタダで良い。1000円位の価値はあり、それを平和の財源にすれば良い。
  • 観覧料はタダにする方が良い。
(5)その他
  • 広島に旅行者が降り立った瞬間から国際平和文化都市ヒロシマの熱気がどんどん肌に伝わってこなくてはいけない。平和記念公園というのは駅前から始まっていると思っている。電車で平和記念公園に行くまでに、原爆や平和を感じさせないといけない。
  • リピーターを生み出すための、ハード・ソフトの仕掛けをどう作っていくか。修学旅行生にインパクトを与えないで帰らせるのはもったいない。
  • ボストン・ティーパーティー事件の時の足跡がボストンの石畳に貼ってある。それを観光客が辿っていくというようなものをもっと大々的に、広島駅から平和記念公園まで、色を塗る、あるいはタイルにはめ込んだらどうか。今は性能のいい電気自動車がある。7,8人乗りの小さなバスで、電気で静かに走っていくものがある。それを走らせたらどうか。
  • アウシュビッツは誰でも知っているが、次世代ではそれでも必ず忘れられていく。それに対する歯止めの教育的な措置として、石畳の街路に50m・100m置き位に石畳の一つを地上に盛り上がらせるようにしている。必ずそれに蹴躓く。蹴躓かせて思い出させる。その石を見ると犠牲者の名前が書いてある。
  • 平和記念公園とその周辺のあり方を考えたときに、市民参加型の議論をすべきということを忘れてはならない。ヒロシマを発信するための文化イベントは、市民参加、市民主導で世界から市民が参加、また行政主導ではなく経済界や文化団体などの協力を得ながら進めていくことが必要である。

3.原爆ドームの保存

  • 原爆ドームは朽ちるのに任せるのでなく、新しい科学技術を使いながら、少し姿を変えていくというのは大いにあってしかるべき。
  • 今後3つ目の原爆の遺跡を造ることに絶対反対する意味でも、原爆ドームを堅固に保存するという立場で、私は鞘で囲って長く保存できるという方法を考えたい。小さいドームを造って、一番考えられる自然にマッチした鞘を被せ、それを原爆ドームの近くに置いて、これでどうかという一つのモデルを造って検討した方が具体的ではないか。資金については、国内外の一般市民の募金に頼るべきである。
  • 前回の会議で、原爆ドームにガラスで囲いをしてはどうかと言ったが、あの後、現地を視察して、原爆で壊れるべきところは全部壊れてしまって、もう壊れないものが残っている。あれ以上のことはしなくていいと判断した。現在のままで、数十世代ぐらい残ると思う。

4.これからの広島市の取組み

  • 経済力を評価できる広島というイメージを取り入れていかねばならない。広島の企業は反核・非核・原爆体験を公益的な自らの存在、企業の余地とすれば良い。広島で企業を起こすときには新しい企業のパラダイムを変えていき、企業がやりがいを求め、それが収益的に見合う何らかの合意が必要であり、そういう企業を愛していく余地を考える必要がある。広島の企業は、人類益のために活動して21世紀的企業としてリーダーになることができるので、彼らのオーナーシップを高めることが重要である。
  • やはり活力ある街でないと駄目である。慰霊する街というのは静かに沈んでいるのではなくて、そこを訪れる人が多く、訪れれば愛着も湧き、本当に愛している人も出てくる。Visit Hiroshima Program、Visit Hiroshima Campaignとして世界に対して訴えていけば良い。
  • 世界の議員に広島を見てもらうという運動をすれば良い。核テロは新しい脅威であるが、核を最終的に廃絶することが究極のテロ対策である。9.11以降は世界が広島の声を聞く広い意味での準備が出来ている。世界が広島を知って、核兵器はオプションではないのだということを考えてくれれば亡くなった方々の慰霊になるので、意思決定者が一人でも多く広島を見る必要がある。そこにターゲットを絞って招くことを推進することも一つの方法である。
  • 平和記念式典にはアメリカの外交官は来ていない。アメリカからは理屈抜きに出席してもらうべきである。それは女性が良い。
  • 観光資源としての平和というプラスのイメージを前面に押し出していくべき。世界からみて広島は希望である。その象徴として広島がある。国際文化平和都市としてもっとそれをアピールしていけば良い。
  • 国際平和文化都市というが、世界に向けての発信が弱い。広島といえば音楽祭、絵画の展覧会、映画祭、そういう文化的なイベントが継続的に行なわれた方が、より長期的な世界に向けての発信になる。行政だけではなく、経済界や文化的な団体など総合的な地域の力で行うべきである。
  • もう原爆ではないだろうという考え方を、変える方向にリードして、鎮魂の意味を込めた前向きの平和を訴えるということをもう少し推し進めたら良い。外国では東京や大阪を知らなくても広島を知っている人はおり、原爆の広島ではなく世界の平和につながっていく拠点の一つであるというような、もっと広い感覚を創っていけば良い。
  • 今まで広島は対外的な発信が十分出来ていなかったという問題がある。小学校から国際語で世界に発信できるような子どもを育成することも平和戦略である。
  • 平和を伝える活動をしている人を尊敬の目で見るべきである。人は尊敬されれば、何の見返りがなくても役割を演じきろうとする。広島市民にそういう気持ちを持ってもらい、日本全体として被爆の体験の伝道、軍縮・平和を説く役割を担う人はもっと尊敬されなければならない。
  • アメリカでも、フランスでも、予想以上に日本のこと日本の歴史を知らない。本来、日本は平和主義であるが、実際の日本のイメージはそうではなく、軍国主義者としての遅れてきた植民地主義者の日本、アジアの人々もそう認識している。政府の広報に頼っても始まらないので、地方からやらざるを得ない。日本人のセルフイメージ自体が間違っており、それを変えるべきだし日本に外国人が来なければいけない。我々が死んでしまえば、記憶がない人達の世代だけになる。
  • ソフトウェアとして、パシフィスト(平和主義者)としての日本の歴史とジェノサイド(集団殺戮)をやらなかったのにジェノサイドが起こったことを伝えるべきである。イラクでのテロも違うジェノサイドが出てきたということである。そういうことも広島で研究していくべきである。
  • 日本は平和愛好文化国家だったという歴史を教えることは一番根本的な問題である。平和を担保する一番重要な要因は宗教と国家の調和のとれた関係である。これも戦後の日本の経済は完全にネグレクトしている。この辺を根本的に反省しないと日本の歴史のポジティブな意味を受け継ぐことはできない。
  • イテール(ITER=国際熱核融合実験炉)は良くて、原爆がいけない。この辺も議論がほとんどそのままになっている。日本では六ヶ所村のこともイテールのこともほとんど知られていない。核というのはどうすればいいのかということが、中途半端なままになっている。そういう議論もほとんどされていない。国に期待しても始まらないから、広島でやれば良い。
  • 平和研究所が世界的に知られているというようなものがあって、人が集まってくる。観光を狙わないで人を集めるほうが逆説的に観光になる。核になる人が集まってくるという流れがないといけない。
  • 軍縮は著しい日本ブランドである。これを日本は推進して、今改めて軍縮不拡散が国際政治の中でメインストリーム(主流タイプ)化しており、その中心地が広島である。広島を背負っているから軍縮不拡散は日本ブランドであり、日本は世界のその分野では絶対的な旗手である可能性がある。広島はもう少し大きく投資して若い世代を育成し、国際会議をたくさんやって、研究拠点をつくっていく必要がある。
  • エネルギーの逼迫というのは第3世界において最大の戦争原因になり得るので、これらにつなげて研究することが研究所の仕事である。
  • 平和研究所は競争力のある研究者と運動論を考え抜いて、賞をとり、世界の人々に毎日Eメールが届くような知的なアウトプットを提供することができるような平和機関に成長して欲しい。
  • 日本を軍縮不拡散というイメージで結晶化させるのが良い。なぜ日本はそういう被害を受けたにも関わらず報復ではなく、二度と世界で起きて欲しくないという答えに至ったのか。戦後どうして、平和を守るという精神構造になり、新たな政治体制へと移り、それを守ることができたのか。そういうことに知的な関心を持ってもらい、答えを提供できる仕掛けにもっていくと良い。
  • 今回のノーベル平和賞はケニアの植林運動をやっている方だった。広島がノーベル平和賞をとるべきだと思う。その評価は裾野の広い運動だったということである。広島も皆を動員した運動の仕掛けを考えなければならない。植林運動は、教育の水準に関わらずすべての人が参加できる点で、民主的・非暴力的運動であり、運動の原点としてパワーを持っている。
  • 原爆ドームと厳島神社は一緒に世界遺産になっている。そういうところを巡礼するコース、連携・協力関係をつくって、人の流れを創ることもある。
  • 広島があって宮島がということだが、それにもうひとつ呉も加えたらどうかと思う。
  • 今の科学の進歩からは、宗教を超えた人間観が要求されており、それが日本から出てきてまったくおかしくない時期にある。そういう人間観を広島から発信すれば、そこに物理的に何があるということではなく巡礼地になり得る。

5.座長のまとめ

  • 平和記念施設は、聖地であるがお墓であってはならず、人が集まるところでなくてはいけない。夜危なくても犯罪があってもいけない。全部普通の公園並みに開放することはできないし、規制も必要である。時間を制限するなどの程度の問題、バランスの問題である。
  • 企業のあり方、企業によるチャリティのあり方であるが、平和の為の貢献を働きかけていくことは大きな意味がある。
  • 国際的なキャンペーンは、新鮮な発想であり、これから真剣に考えていく必要がある。
  • 若者を広島に呼びこむという問題は、平和音楽祭などもう少し具体的な案を出していかなければならないと思う。
  • 駅の役割を考え直すということだが、ボストンの足跡の例や乗り物など平和公園までのアクセスも真剣に考えたい。
  • イサム・ノグチの平和大橋は、あまり知られていないので、もっと積極的に知らせていく必要がある。
  • 雨宿りの施設や修学旅行生の休憩所、コーヒーショップなど、施設の不足、あるものも分かりやすく整理していく、分かりやすいサインを出していくこと、これはやろうと思えばできる。
  • 若者の原爆・平和に関する関心を引き起こしていくためには、市としても市民にそういう問題を議論してもらう必要がある。
  • 広島に屋台がないのはやはり寂しい。市電が残っているのは良いと思う。屋台は自由な雰囲気・魅力ある広島をつくっていく意味では良いと思う。
  • 原爆ドームの商工会議所側に公衆トイレがあることが、外国の観光客には不可解である。どこにあるのか分かるサインを出して、行ってもらえば良い。春の花見では、酒を飲んでそれを散らかしていく。川にも観光船が走っており、音も排気ガスも出る。環境問題も含めそう感じる外国人がいる。ドーム周辺のあり方は再考する必要がある。
  • 商工会議所が存在しないかのごとく目立たなくするファサードをつくるか、ドームの後ろに緑の壁をつくり、目立たなくする方法があるのならば、貴重な意見である。

第3回 平成17年1月27日(東京会議)、1月31日(広島会議)

1.平和記念施設保存・整備の理念

  • 平和記念施設の技術的なあり方とともに、平和都市ヒロシマの新しい位置づけを、理念として前文で整理すべきではないか。9.11以降、ヒロシマの重要性は高まっており、平和宣言の中にもある「報復より和解」の考え方も取り込めば良い。若い人たちへのメッセージの発信が必要である。
  • 現在と未来の世代が平和記念施設の保存に対しオーナーシップを持って取り組み、全国あるいは世界に訴えていくことが必要である。広島を中心とする若い世代がその担い手となるべきである。
  • 理念について、山折委員の宗教的施設としての意見が際立っていた。大変だが付け加えて欲しい。
  • 市発信、市民発信という形で世界の市民と繋がることが、有効であり大事な点である。
  • どういう時間枠かを考える上で、理念が大事になる。それは原爆ドームの意味であり、ヒロシマの世界における意味であり、被爆者の生きてきた意味でもある。
  • 宗教的なことも含めた理念があって成り立つことをうまくまとめて欲しい。
  • 平和の巡礼ではなく、研究所があり世界から研究者やお金が集まってくる。観光でもビジネスでもない求心力を持つ。そういう思想的な仲介法があり、それを創るべき。広島だけでやるのではなく、同心円状にサポートしてくれる人がいるような組み立てにすべきである。
  • 平和宣言の精神を受け継いで、キチンと理念を書き入れて欲しい。

2.原爆ドームの保存

(1)保存の意義
  • 形あるものはいつか崩れる。ドームを残すにしてもどういう時間の中で考えていくのか100年なのか、1000年なのか、また、その間何をしていくのか、どうしてなのかなどを整理し説明する必要がある。
  • 核兵器廃絶が近い将来実現したとしても、アウシュビッツのように、人間の愚かさ、暴力のシンボルとして永久に残していくべき。
(2)保存工事のあり方
  • 酸性雨による劣化が近い将来起こるのであれば屋根をかけることもやむを得ないが、急激な崩壊がないのであれば、今までのような最小限の補強を最新技術を使って行えばよい。
  • 覆ったり様々なことをすることには反対である。不要な補修を行い形が変わるよりは、むしろ自然崩壊の方が良い。
  • 保存の方法は「現状型」「鞘堂型」「レプリカ型」の三つがある。「被爆前レプリカ型」を含めると四つになる。それぞれに二つか三つの解決案があれば、14・15位の案になる。私は数百年持たないと思う。
  • 保存のための覆いは、ガラスにしろ何にしろ、議論の中では後退してきている。
  • 例示されたガラスの覆いは外観を遮ることとなるため、数世代経って必要になった場合でも賛成できない。直径1km位のドーム型の覆いであれば環境を保てるが、その前にやるべきことがたくさんある。
  • 原形を最大限残しながら、最新の技術を使って出来るだけ永く保存する工夫をされたい。
  • 壁面にある痕跡は時間が経てば劣化してなくなってしまう。残したいのであれば、痕跡を剥がしてどこかに保存する方法はある。
  • 緊急の課題は地震対策であり、日本で2・3名しかいない専門家に依頼して構造試算を行う必要がある。構造補強のためのモニタリング調査も必要である。
  • 永遠にというのは無理な話である。理念を明確にし、いつまで保存するかを決めて欲しい。地震対策も人が入らないのだから必要な程度の補強をすれば良い。街が破壊されドームだけ残っても意味がない。
  • 安芸灘地震はいつ起きてもおかしくない。無傷でこれに耐えることは難しい。震度5・6位を想定し、外壁は落ちても構造体は残す。これは緊急に技術指導委員会でやってもらいたい。震度いくつまで地震に耐えられるかが分かっても地震対策にはならない。
  • 地震の調査は、技術指導委員会のような専門家の会議に任せて詰めてもらえば良い。
  • 地震に関しては、構造の専門家がどこまで耐えられるのかを出せばよいのであって、あり方懇談会で議論しても仕方ない。震度7・8が来れば仕方ない気がするので、今のまま必要な劣化に対する補強を続け、大きな補強は必要ない。
  • 酸性雨によりどのように劣化が起きるのかということの蓄積がヨーロッパにはあるはずである。そういう技術ベースのことを出して議論すべきである。今残っているものがどこまで残るのかを建築工学的に確認して頂きたい。
  • 残すべきというのは当然で、基本的に壊れるものは壊れていて、その上で補強されているのだから、そう簡単には壊れない。技術的な評価を待って議論をすべきである。
  • 技術的な問題を前提として議論をすべきである。レプリカの問題も同様である。
  • 地震や雨など自然の力を人間が征服することはできない。保存に向けた努力は当然必要だが、逆に原爆ドームの地震被害や脆弱さに起因する劣化を通して、世界に対し、武器による人為的破壊の愚かさ、原爆の恐ろしさ等を語ることもできるのではないか。
  • 保存すべき期間の尺度を決めるのか、決めることが出来ないのであれば何故なのか説明する必要がある。鞘堂も外観を変えるというコストが生じるが、それでも被せる価値があるのか。
(3)現物保存以外の継承手法
  • 写真を撮ったりのレベルでなく、ドームと関連の地域の本格的な科学調査をやれば良い。
  • 原爆ドームの資料館機能の整備は是非実現されたい。
  • 地震対応だけではないが、ドームのレプリカを造っておいてはどうか。その上で本体はある程度の保存の努力はするが劣化にまかせるという考え方もある。
  • 手を尽くした上で自然崩壊したとしても、実物大のレプリカを置くことに希望を持つ。
  • 「レプリカ型」を選択するとすれば、実物大のレプリカを現在地において、ドームは室内で免震・空調を施し、永久保存する。
  • レプリカを造るのなら1945年の姿で造るべきである。
  • 自然崩壊やむなし、1945年のレプリカを置くことは大事である。ただ、産業奨励館を復元し、原爆により何が壊されたかを示すことが必要である。建物保存が広島の使命ではない。復元した建物には、研究機関が入ることもできるし、観光客が上からドームを見ることもできる。
  • 産業奨励館の復元は、朽ちていくドームとのバランスを取るということで意味が出てくる。
  • レプリカはレプリカでしかなく反対である。ドームの横に置くことも感覚的に反対である。産業奨励館の復元も美しくない。
(4)保存事業の進め方

ドームの保存について、あり方懇談会での結論を踏まえ、世界的なコンペを行う。

(5)周辺整備
  • ドーム周辺の盛り土は壁体に悪影響を及ぼすので、周辺の芝生を剥いで中に埋まっている瓦礫を出すことも含め、盛り土の撤去を検討すべきである。
  • ドームの囲いの中ははやりきれい過ぎる。当時の姿を復元できるのであればそうすべき。
  • ドームの横にある木は本体に影響を与えるので伐採するべき。

3.平和記念公園及びその周辺空間の整備・利活用

(1)公園の役割
  • 広島は企業に限らず平和都市として生きていくことが使命である。広島を平和のメッカとし、平和記念公園や資料館はヒロシマのメッセージが伝わるような場所に改良すべき。
  • 平和記念公園の役割の一つが観光であっても良いと思う。
  • 哲学として「ピースツーリズム」という新しい観光文化を構築してはどうか。非日常的な癒し系の空間とし、若者の居場所を作れば良い。それに共感してくれる企業が具体化を図る。
  • 例えば津波の跡が観光資源だと言ってもならない。ビジネスでも観光でもなく広島に来るのだということを求めるべき。
  • 日本の歴史を知ってもらうためにも、アジアの人たちに、観光ではなく広島を訪れてもらうよう組み立てるべき。
(2)公園の整備

【説明板】

  • 記念碑や慰霊碑は、分かり易く、語弊があるが楽しめるようなものが良い。
  • 慰霊碑等に丁寧な説明板が必要である。資料館のように音声ガイドを貸し出しても良い。
  • 説明板の表示には外国語も取り入れたい。英語だけでなく、中国語や韓国語、アジアの言葉を出来るだけ入れていただきたい。
  • 説明板の言語は、韓国語と中国語は入れるべき。携帯電話の技術も活用できる。
  • 「旧中島地区の市民生活の復元等による追体験空間の整備」については、大規模な街並みの復元は難しいと思うので、大型の模型を設置してはどうか。
  • 中島地区の街並みの復元は検討に値する。産業奨励館と街並みが一緒に復元されればかなり効果がある。

【サウンドスケープ】

  • 平和公園が音の園になることを希望する。
  • サウンドスケープを用いるのなら平和音楽を流してはどうか。必ずしも公園の中でなくても良い。
  • サウンドスケープの整備は慎重に行うべき。他の観光地などで聞くと、興ざめをしたり、うるさく感じる人がいる。
  • BGMを平和公園で流すのはいかがなものか。音楽は聴きたいときに聞くものであり、瞑想を妨げ、迷惑なものだと思う。
  • 聴きたい所で聞ければ良く、選択の余地なく強制的に聞かされるのは考えた方が良い。
  • 音楽は、時間帯を区切る、どんな音楽を選択する、携帯電話の技術を活用し流すなど具体的な例を示して議論すべき。

【その他】

  • 各慰霊碑の前にベンチを設置するなど、高齢化が進む証言者への配慮をすべき。
  • 特に若い世代の憩いの場として、レストラン、カフェ、休憩所を設置すべき。
  • 公園内道路の規制(閉鎖まですべき)、夜間照明の増設は積極的に取り組むべき。
  • 車道の閉鎖は、人命を尊重する点で、社会の合意が図られるだろう。
  • 来訪者やイベント関係者のための駐車場を確保すべき。
  • 地下街とドームの連絡性など平和公園と周辺の街との連絡性(界隈性)や平和公園周辺への都心居住の推進も課題である。
  • 親水護岸の設備を充実すべき。護岸や水辺の活用は、都心の活性化や界隈性などの確保につながる。
  • 自然との調和を図り、あまり人工的にならない整備をすべき。
(3)公園の利活用
  • 昭和40年代に公園の利用を規制した際の考え方を整理しておくべき。静けさの確保や来訪者の期待を裏切らない開放の仕方を考えるべきだが、お花見など市民の憩いの場でもある。
  • 被爆60周年を機に、市民活動などに芝生広場を開放すべき。
  • 国際平和文化都市はその姿を示す義務がある。花見のカラオケは他所でやればよい。
  • 聖地であることは外さない範囲で、公園とその周辺は積極的に利用すべき。開放に当たっては、市民を含む委員会を設けるなど市民の意見を尊重すべき。
  • 公園利用については、窓口を一本化すべき。
  • 音楽イベントなどに開放する場合、質の確保が必要である。
(4)民有地を含む空間のあり方

現在の規制は評価している。ただし、商工会議所は問題であり、樹を植えるとかビルに蔦をはわせるとかではなく、建て替えの時期には高さを制限する等の規制が必要である。新しく建つ高層ビルも規制し、平和記念公園のビスタを守って欲しい。

(5)その他

広島駅から平和公園への誘導の視点も是非計画に入れて頂きたい。

4.これからの広島市の取組み

  • ドームの保存を含めヒロシマの課題が、中央政府の政策や中・長期計画と関連付けられるよう、国に働きかけるべきではないか。
  • 反核運動だけでなく、環境保全や男女平等などの運動とも連携していくのが良い。
  • 長期的な運動が必要である。被害者が声を上げる運動を地雷などの被害者とともに行う。
  • 癒し系の観光には助成を行い、市民に商品を安く提供すべきである。ピースツーリズムの共感する地場の企業が新しい観光文化を発信できるようにすべき。
  • 国との関係だけでなく、市民活動などを通じた世界との関係を構築する。
  • 国際平和文化都市ということをもっと強烈に出していくべき。世界の一つの原点として活躍して欲しい。
  • 広島は国際都市なのだから、小中学校レベルで外国語をもっと教えるべき。インターナショナルスクールを造って欲しい。
  • 広島には良い出版社が無い。少なくとも精神的な支援はしていくべき。
  • ジェノサイド的な経験を踏まえ、新しい人間観を発信するため、平和研究所を拡大すべき。

第4回 平成17年5月30日(広島会議)、6月10日(東京会議)

1.保存・整備方針のまとめ方について

  • 理念的、学術的な部分が多くて、議論した内容が量的に少ない。議論の内容、議論した熱が全面に押し出てくるようにして欲しい。技術的なことは参考資料にしておけば良い。
  • 産業奨励館の復元、被爆当時の原爆ドームの復元、世界遺産になったときのドームの復元の三つの方法が意見としてあった。意見を丁寧にすくい上げて欲しい。覆いを作るのか作らないのかということも、賛成論、反対論があったことを載せておけば良い。
  • あり方懇談会で意見を述べた立場からは、最後は市に任せる訳だから、こんな議論があったということを書いても仕方なく、それは議事録で良い。報告書は大勢の意見を要点で示せば良く、むしろ量的にはもう少しシンプルにすべき。
  • 報告書としては資料的な内容が多すぎる。現在の状況をなるべく保ちながら保存を考えるという結論を出していけば良い。
  • こういう委員会を作るべきと、預けてしまう形になるようなところがあるが、ある程度大きな見通しを立てることは必要なことであり役目でもある。
  • 色々発言してきたが、資料を見ると大体書かれているので満足している。非常に良くまとめるものだと感心している。

2.検討の背景について

  • 「核を巡る世界の状況」や「ヒロシマの今後のあり方」など「検討の背景」がメインであり、各論はこれを踏まえて述べるのであって、前提の現状をどうとらまえるのかが重要である。ドームや平和記念公園の具体の保存・整備はそれを基礎として出てくるものである。
  • 「核を巡る世界の状況」の中で、「イラクではイラク人と米軍などとの戦闘が止まず」とあるが、外国人もいるので「イラク人と」ではなく「武装勢力と」とする方が無難である。
  • 核の状況を説明する上で、北朝鮮の核もだが、中東の核の問題が重要である。北朝鮮に併せイスラエルについても記述してはどうか。
  • NPT再検討会議のときの平和市長会議の会議で、アナン事務総長は、京都議定書、対人地雷禁止条約のように、核兵器の廃絶においても、NGOが重要な大きな役割を果たせるだろうと発言された。アナン事務総長の言葉も入れれば良い。
  • 平和記念施設の役割や機能の見直しは、単に内外の情勢が大きく変化しているから見直すということだけではなく、本来的に従来の施設のあり方について見直す部分があるのではないか。原爆ドームに関しては、世界遺産化以降の状況に応じて見直すべき特別の理由があるという問題はないのか。
  • 平和研究所は、世界への発信の学問的な力量と市民への広がりとの両方を兼ね備えるような研究所になる必要があり、市と協議しながらこれらを進めていく必要がある。

3.原爆ドームの保存について

(1)何を残すか。何を優先するか
  • 何が一番大切なのかの順番を付け、それを後世に伝えることに絞るしかない。まずは形を残すことが大事と考える。
  • ある程度離れたシルエットが一番大切で、これは何としても保存したい。一般の方がこうあって欲しい形での保存に力を注ぐべきである。
  • シルエットは確かに廃墟としての美しさがあるが、その形を残すことが目的だとは思えない。全く補修しないで屋根が崩れたら、新しいシルエットが現れて、そのうち砂の固まりになるまで崩れるままにしておくことも一つの被害の保存としてはある。原爆の被害を受けたものが時間を経てついに一粒の砂になるまで我々が忘れないという見方もある。被爆後100年経っているのに、被爆時と同じ状態で保存されているのは不自然である。被爆の時から見たらかなり朽ち、廃墟になっている方が自然である。
  • その形に象徴されているものがある。既にチェコの設計者から離れて20世紀の悪を21世紀・22世紀に残すために残ったのであり、それを更に子々孫々に残すことが必要である。形が無いと私達が居なくなった後どうなるのかという不安がある。長崎には何も無く、原爆ドームは一つしか無いので、砂一滴になって大丈夫かという一抹の不安を感じる。一番大事なのは最初の原爆の証として世界中の人に伝わる最低限のものは残すことである。
  • シルエットが最も印象的であるが、同時に破壊されたものだということを忘れてはならず、破壊されたままに保存しなければならない。何のために保存するのかがポイントになる。
  • 原爆ドームの中に入って見て随分印象が違った。シルエットだけでなく、破壊のシンボルとして、内側に堆積している煉瓦など現状のままで保存すべきという気持ちを強くした。
(2)保存工事

【地震対策】

  • 耐震性の確保は南海・東南海地震の被害も予想される中で、世界遺産保存の観点から喫緊の課題である。
  • 日本の免震技術は世界トップクラスである。早急に世界遺産原爆ドームの免震的保存対策をどうするかということは、史跡原爆ドーム保存整備計画における保存期間の第1期である平成22年を待たずに、やっていかなければならない。
  • 地震に対する考え方は皆さん同じだと思う。やるべきことはやっておかなくてはいけない。ドームの資料はとにかくたくさん持っておかなくてはならない。そうすれば、いつでも我々の力で復元できる。
  • 世界遺産を保存するために、地震対策を含めてあらゆる手段を早急に講じるというのは当然のことで、それが国際社会に対する責任ではないか。
  • 地震の問題については、緊急の課題として原爆ドームをどうするのかということが、必ずしもキチンとした内容として出ていない。私たちはキチンと方針を出さないといけない。
  • 煉瓦の建物において一番怖いのは地震である。構造計算に基づく構造補強と液状化対策が必要である。芸予地震の問題があるが、技術指導委員会の中に地震対策のための組織ができていないので、あり方懇談会から発言した方が良い。
  • 震度いくつがということは任せるが、地震対策をもう少し意識すべきである。
  • 広島のビルが何割か壊れかなりの死者が出るような状況になったときに、原爆ドームだけが残っても仕方がない。耐震強化は、何百年に何回の地震に対して耐えられるのかという基準を設け対応すれば良い。

【耐用年限】

  • 原爆ドームは壁や屋根がない建物であり数百年もつとは到底信じられない。技術指導委員会の報告を待つことなく、特に耐震の問題に焦点を当てた上で、早急に保存の基本計画を打ち出していく必要がある。
  • 原爆ドームの耐用年限はまだ分からない。風雨・寒暖の影響など特殊な状況を除けば、100年、200年は何とも無いと言って良い。また、そのような風化は緩慢に進むので、急な対応は必要ない。

【保存工事の手法】

  • 戦後60年経って、化粧を施して原爆ドームを保持する時代は終わったし、不可能だと思う。21世紀の初頭にたって世界平和の状況などに対する警鐘として、新たな原爆ドームの保存に取り組むという決意表明をこの懇談会で出せるようなまとめ方で良い。
  • 保存の手法は、いくつかの選択肢があり、現状型保存と鞘堂型保存とレプリカ型保存がある。世界遺産としてクリアすべき課題はあると思うが、原寸大のレプリカをあそこに置いて、地震が来ても、本物はある所にキチンと免震構造で保存してあるというようなやり方もある。報告書には、選択肢をいくつか示して終わるというやり方もある。
  • 自然には勝てないので、できるだけ現状のままで長く残すということである。原爆ドームに鞘や屋根を架けることには否定的である。技術的なことは専門家の方々にお任せする。
  • 外側をあまりカチッと今のままに残すというよりは、シルエットを残すことを基本にして、地震はもちろん、22世紀に何とか残しておくための研究をすることを提案する。
  • 現地では保存できないから痕跡を切り取って別の収蔵庫に入れることは、それだけの価値があるか疑問である。残った漆喰やわずかな痕跡に原爆ドームの価値があるとは思わない。元の形が残せないとすれば、見えないところで変化を起こさざるを得ない。
  • 技術的な話は我々のような市民には何の意味もないので、別の委員会でやっていただく以外にない。

【保存工事の程度】

  • 科学技術が使えるならば、是非使って頂きたい。その結果として崩壊せざるを得ない時はそれでやむを得ないという考え方も広島会議では出ている。
  • 最大限の手を加えることを検討するのなら、必要最小限の手を加えて保存するという方針はどうかということも、一緒に議論した方が良い。
  • 「現状のままで少しでも長く」というのが基本方針である。現在の状況をなるべく保ちながら保存を考えるという結論を出していけば良い。
  • 耐震補強は、現在の鉄骨を必要があれば補充する位で、目立つ補強はやりたくない。
  • 臓器移植のような工事はやらず、通常の治療方法で風邪薬を処方する程度で保存して、朽ちてくればその歴史の長さを改めて考え直すことで良い。水の影響による構造体の劣化に対する措置をする位で良い。
  • 厚化粧した奇妙なものではなく、最小限の補修をしていく方が良い。技術的な検討については、専門家にお任せしたい。
  • できるだけ現状のまま保存したいという方向は、恐らく同じだろうと思うが、保存の仕方については最小限度でいけるのであればその方が良い。
  • 補修するほど綺麗になって被爆の惨状を伝える意味では劣化が進む。精神的な劣化も進むので、できるだけ被爆の惨状をリアルに受け取れるような形で残したいという意見が多い。
(3)レプリカの設置
  • 核廃絶の日には、原爆ドームを解体して、元のチェコ人の設計通りに復元すれば良い。
  • 皆原爆ドームを保存したいという思いはある。保存するとすればやはり科学的なメスを入れ、それでも困難な場合には、自然崩壊もやむなしということである。レプリカ論もあるだろうが、孫子の代まで残しておきたいのであって、保存をあきらめてはいけない。
  • 原爆ドームをレプリカで残して、本物はどこかに移すことは絶対やらない方が良い。
  • 日本人の性格から考えても、現位置に元の産業奨励館を復元することには反対である。
  • 市民運動で煉瓦を一個ずつ寄付してもらい、産業奨励館を復元しようという運動が起こりつつある。今の原爆ドームは自然のまま朽ちるに任せ、それに合わせて産業奨励館の方を造っていき、原爆ドームが朽ちた時に新しいものが元の形で完成するということも、一つの案である。
(4)その他対策
  • 保存の手法もコンペティションをやることによって、良い案が出てくることも考えられる。世界へのアピールの一つにもなる。
  • ドームの意味・歴史を残すためドーム資料館を造るなどやるべきことはある。
  • 防水層の上まで盛土がしてあり、降った雨が壁体に染み込むのでこれは取った方が良い。
  • 地下室は天井との隙間も少ないくらい煉瓦の瓦礫で一杯になっている。難しい問題であるが、直後の状態に戻すのであれば、人為的に地下室に入れた瓦礫は、元に戻す必要がある。
  • 原爆ドームの近くの樹木の根は、成長すると壁を壊してしまうことも起こり得るので、根を切るなどの方法で一番近い樹木の影響を食い止めれば良い。
  • 世界的に大気中の鉛の量は増えており、原爆ドームの補修のために鉛を使うことはあまり賛成できない。
  • 見学者を中に入れることは難しいだろうが、時期を限ってでも公開することはできないか。
  • 危険であり中を見せるのは反対である。事故が起きたらどうするのか。
  • 原爆ドームの内側の見学は危険であり、落下物に対する安全確保のための通路を仮設するなどの措置をとらないと公開はできない。
(5)保存のあり方を見直す時期
  • 100年後か被爆100周年位までの保存を念頭おいて、専門家にそれにはどういう方法が一番良いのかという技術的な検討をしてもらえば良い。
  • 1000年後のことを考えるよりは、少しずつ補修していき、次の世紀までしっかりと残していきたい。長崎には残念ながら何も無い。原爆ドームしか無いので何とか残して次の世代に渡したい。外側をレプリカにすることが必要な時期が来るかも知れないが、その時には後世の方たちに検討してもらえば良い。
  • 40年後の被爆後100年は非常に大きな注目される時期だと思うが、その時期に後悔することのないような検討を行っておく必要がある。その時の人達に、今回議論したこととその結論を伝える責任がある。

4.平和記念公園とその周辺のあり方

  • 平和記念公園を市民に開放し都市公園の機能も多少持たす、平和を感じるような音楽を常時流す、周辺部に来訪者のためのオープンカフェを置く、駐車場の整備、夜間照明の問題等々、より具体的でかなり細かい議論を報告書に入れて欲しい。
  • 平和記念公園のゾーニングは、都市計画と違って意味が無い。市民に開放しながら、平和公園の新しいルールづくりが試行的にできるような仕組みを用意すべきではないか。
  • 芝生広場や平和記念公園の開放は、市民参加により新しいルールをキチンとつくれば、立ち入りなども対応できるようになるのではないか。運営はNPOに任せるという方法もある。ある程度の制約は設ける必要があるので、時間をかけて検討していけば良い。
  • 皆さんの意見を聞いて開放すべきだと思ったが、全面開放は大変だと思う。外国からの来訪者がいるのに広場で酒盛りをしているというのは良くない。
  • メッカとは飲み食いと密接不可分の関係にある。世界中のメッカも四国八十八ケ所もそうである。
  • 慰霊碑の前の芝生広場をどうするかが問題である。被爆者の中にも、もう聖域も何も無いと言う人もいる。せめて慰霊碑の前だけは静かに追悼する場にして欲しいという人もいる。
  • 平和記念公園とその周辺も含んだ地域は、市民のリピーターをいかに増やしていくかが課題である。都心部の界隈性というか、近郊の人達にとっての魅力ある都心環境空間づくりが課題である。シャレオと平和公園はもっとつながるべきである。
  • 歩行者のネットワークのようなものも含めてバッファーゾーンの拡大が必要だと思う。また、都心居住も含め21世紀に相応しい周辺地域の都心化を図っていく必要があると思う。

【平和大通り】

  • 平和大通りも21世紀型の市民のための空間へと変えていく必要がある。平和大通りにも、「訪れる」、「知る、学ぶ」といった機能があってもいいはずで、行政がゾーニングをして機能を限定してしまうのは、本来の都市ではない。平和大通りは、自動車交通優先ではなく、歩く人優先、人間に開放された空間にしていかないと、平和記念公園が生きてこない。
  • ボストンのフリーダム・トレールの話があったが、そのような平和記念公園を生かすような都市づくりが必要であり、平和大通りやバッファーゾーンでは、世界一流の都市デザインを実現していくべきである。4車線道路を造って、21世紀の都市像というのは時代遅れである。
  • 平和大通りを公園にしてしまえば使いやすくなる。平和大通りに来訪者をもてなしたり、平和学習ができるスペースがあっても良い。平和記念公園と平和大通りを一体化して市民に開放し、平和ゾーン・楽しみゾーンとしてはどうか。
  • 平和大通りの東端に、1990年に被爆者の森を整備してもらった。47都道府県の県木が並んでいて、市民の憩いの場所にもなっており、修学旅行生や全国の被団協の人達が訪れている。他にもいろいろな平和大通りの活用があってしかるべきだと思う。

【平和記念資料館】

  • 平和記念資料館の入館者減少への対応について、「被爆体験の風化や若い世代を中心とした平和意識の低下・希薄化が懸念される中で」と整理されているが、根本において日本国内の政治状況が色濃く反映されている問題だという認識が、明確に指摘される必要がある。一番重要なことは、日本国内における平和意識や核問題に対する関心の希薄化という深刻な問題に、広島としてどう対応するのかという根本的な取組みが必要であるという指摘が必要ではないか。
  • 平和記念資料館の入館者が減少するのは、広島に魅力がないからである。世界遺産の原爆ドームと宮島を川と海でつなぐ世界遺産航路という取組みに加え、呉の大和ミュージアム、江田島の兵学校などを結んで、これを新平和学習航路とすれば新しい付加価値が付く。
  • 子ども達が資料館を駆け巡って見ているという現状がある。あれでは本当の学習になっていない。本気で見学するならば1日・2日は十分かかるはずである。付加価値を高めるという問題ではなくて、平和教育とはどういうものなのかということを真剣に問い直さなければならない。その上で滞在を延ばすならば付加価値の話が出てきても良い。

【原爆ドームの背景】

  • 具体的な実現の手法を研究して、原爆ドームの背景に建築物がなくなれば良いと思う。
  • 商工会議所を何とかしなくていけないということは市民全体の意見ということで、商工会議所に強く要望してはどうか。
  • 商工会議所はせめて色だけでも合うようにしていただきたい。

第5回 平成18年1月26日(合同会議:東京)

1.「核兵器の究極的廃絶」の文言について

  • 原爆ドームが「核兵器の究極的廃絶を訴え続けるための記念碑」という世界遺産推薦書の引用があるが、「究極的廃絶」は日本政府の見解であり、広島としては遠い将来の課題のような印象を与える引用は用いるべきではない。
  • 「核兵器の究極的廃絶」について、様々な解釈があるのなら、用いない方が良い。政府の立場からはそうかも知れないが、我々は外して頂きたい。
  • 平和・軍縮運動のレベルでは、この問題はかつて論議の対象になっている。未だにこの語句について色々な意見があって、誤解を招くので、あえて用いる必要はない。
  • 引用ではあるが、議論のあるところなので慎重に扱えば良い。
  • 「究極的廃絶」については、様々な意見、批判的意見もたくさんある。皆様の意見に従い、引用を外すことにする。

2.原爆ドームの危機遺産への登録について

  • 原爆ド-ムが世界遺産の中の危機遺産に指定されるように運動して、世界中からカンパと保存のアイデアを募るということを保存・整備方針に記載してはどうか。
  • 遺産を自分の国の力で維持する技術力や経済力がない場合や、戦争や内戦が起こって保存が放棄される状態になったときに危機遺産になるのだと思う。原爆ドームの世界遺産化は、政府が推薦して指定された訳だから、広島だけで危機遺産に指定して欲しいとは言えない。少なくとも手続きは政府の手で進めなくてはならず、政府が技術力も経済力もないということであれば危機遺産になるが、そういう状態ではないので考えられないことである。
  • 危機遺産というのは、正式な用語として決まっているので、「危機遺産リストに載せる」と記述するのは危険である。国内法で保護されていることが世界遺産に登録する際の条件であり、それで国が推薦したのだから、恐らく国からは異論が出ると思う。保存が非常に困難である、難問に直面しているという言い方であれば差し支えない。
  • 危機遺産になることで脚光を浴びることができれば、新たな視点から原爆ドームの重要性をアピールできる。その可能性は検討できるのではないか。地井委員、浅井委員の意見は、原爆ドームが明日にでも壊れるのではないかという危機感を表明している意見であり、危機遺産として登録できるのならしようという意見であり、手続きを調べて該当すれば登録を働きかける。該当しなければできないということで良い。事務局の方で、危機遺産について調べて頂くことをお願いしたい。

3.原爆ドームの保存について

  • 現在の原爆ドームは数百年持てばいいのであって、それまでに核兵器の廃絶ができていないのなら人類も危ういのだからその先を考えても仕方がない。
  • 原爆ドームが元の広島県産業奨励館だったことは、一般市民にはあまり知られていない。広島市民にとっても重要な場所であった。これを復元したいというのが、我々が行っている市民活動である。方針(案)にも記載してあるが、原爆ドームの近くで復元させれば、被爆の前と後とが比較でき、原爆ドームへの認識も改めることができる。
  • 原爆ドームの「想定される新しい保存の手法」のうち「世界的なコンペティションの実施」については、一つの区切りの時期を迎えるに当たって、コンペティションのようなもの、また資金を寄付という形で集めることにもつながるものを行うことで、世界へ広島をアピールする手法となる提案だと思う。
  • 世界的なコンペティションは、世界の注目を集める、歴史に埋没させないという意味がある。改めて原爆投下の意味を問うことにはなるが、大変な事業であり、今すぐとはいかないので、将来的な課題としてこの記述で良い。
  • 世界的なコンペティションについては、将来の課題という感じが強い。平和市長会議などでアピール頂く機会はこれからもあると思う。何らかの形で将来のステップになると良いと思う。実施はなかなか大変だと思うが、やってみる価値はあると思う。

4.瓦礫の活用・見学通路の設置について

  • 原爆ドーム周辺の瓦礫を出すことについては、すぐにでも着手できるのではないか。今までは、元安川の側の生垣の隙間から中を見ていた。中まで入ることは難しいかも知れないが、柵の中を全部瓦礫にすれば、原爆ドームの印象も印象は全く違ってくる。
  • 原爆ドームの保存に影響がないことが前提であるが、見学通路についても、緊急の課題であり、着手も可能だと思う。
  • 見学者が入るとなると、地震などの場合の安全性の確保が問題となる。原爆ドームの保存を第一に考えた場合、見学者を入れることは難しいと思う。普通の建物の安全強度と同じものを確保しないといけなくなり、技術的にも難しいと思う。
  • オープンにと言っても工夫が必要である。安全性の確保も大切であり、見学通路の設置位置など慎重に検討すべきである。当面、見学は限定的にでも行ってはどうか。また、世界遺産になった日など節目に行ってはどうか。

5.平和記念公園の利活用について

  • 原爆記念日の式典だけでなく、年に何度か芝生広場を活用する若者向きのイベントを考えるべきであり、フラワー・フェスティバルでもよさこいソーランを踊っている若者を巻き込んだプログラムを工夫してはどうか。
  • 昨年の平和コンサートは、大変素晴らしい催しであり、芝生広場の活用が始まっていると感じた。8月6日以外の日にも、年に何回か、このような催しができれば良い。
  • 開放と聖地であることとのバランスをとる必要があり、難しい部分もあるが、もう少し開放の方向に向かうことを期待している。
  • 開放を進められることは望ましい方向であり、是非早く着手して欲しい。また、市民を含む委員会を設置し、幅広く市民の声が反映できる形で進めて欲しい。特に、広島から世界にメッセージを伝えるような催しには、その運動の本質を見極めて柔軟に対応して頂きたい。
  • 聖域であることを踏まえながらも、開放の方向が良いと思う。方針(案)にあるような委員会を作って利用の方法を考えて欲しい。しかし、普通の公園ではないので相応の慎重さが必要である。昨年のコンサートは大成功だと思っているが、いつも開放という訳にはいかない。

6.平和大通りの整備について

  • イサム・ノグチの橋について、平和大通りリニューアルの基本方針として「橋の架け替え」が記述されているが、取組みでは、架け替えは財政事情から無理なので「現在の橋の外側に歩道橋を整備」するなど具体的に書いてあり、矛盾している。
  • 記述が分かりにくくなっているので整理する。

7.被爆体験証言の場所の確保について

  • 平和記念公園で被爆体験証言などを行っているが、降雨時の修学旅行生等の逃げ場が無い。仮設でそういう所を造ってはどうか。大人でも子どもでも、静かに話し合うとか物思いにふける場所が欲しい。雨宿りだけの問題ではない。
  • 雨の日には、東館の地下1階を開放して、弁当を食べたり証言を聞いたりする場所を提供している。足りないときには、近くの市の公共施設の空室を手配して対応している。修学旅行生の多い日にはそういうことが少数あるかも知れないが、ほとんど問題はなくなっていると思う。市も広報を含め、できるだけのことをしている。
  • ボランティアの証言者などは、必ずしも市に届けている訳ではない。皆、自由に、また急な依頼で証言を行っている。広報をもう少し工夫してやって頂きたい。
  • 被爆者の方が十数人のグループに立って証言をしている姿を目にする。近場に気軽に利用できるスペースがあれば便利である。体調の悪い被爆者でも、雨の日だけでなく日射の強い日でも、日陰があるとないとでは違うので、公園の可能な場所に東屋のようなもので良いので設けて欲しい。その場所で話したいという強い意志があって、やっておられる。
  • 夏の暑いときは、東館の冷房のある場所を使って頂くシステムになっている。冷房完備の小さな小屋を市内の至る所に整備することは難しい。体力が問題であれば、そこで話をして、現場は短時間で済ますような工夫をして頂いて、全ての問題を行政が責任を負うのではなく、不完全でも皆で少しずつ良い状況をつくり、未来の世代に良い伝達ができる方法を考えていくべき事柄だと思う。
  • 市民活動として平和記念公園周辺でイベントを行っている。雨や雪が降ったときには、退避する場所がなく困っている。平和活動をする人が自由に使えるものを原爆ドームの近くや親水護岸に造って欲しい。活動の際の機材置き場などにも困っている。

8.市民球場の跡地利用構想と平和記念公園の背景景観について

  • 商工会議所などの経済団体が、市民球場の跡地利用の提案を出しているので紹介しておく。その提案では商工会議所の建物も他の民間の建物も無くなっており、「新平和公園」として、原爆ドームと新しい公園をつなぐ通路や運河、観覧タワーなどの提案されている。実現できれば、方針(案)にある原爆ドームの背後に建物がないイメージ画像が実現するかも知れない。
  • 原爆ドームの背景については、何とかして欲しいと思っており、その提案が実現すると良いと思う。原爆ドームの背後の建物がないイメージ画像のようになれば良いのだが、せめて慰霊碑前の参道から見たとき、背後の建物が原爆ドームの高さより低くなるように、原爆ドームの重要性を考え、都市計画の中での規制を工夫して欲しい。
  • 市としてこういう可能性を考えていることを示す意味で、原爆ドームの背後に建物がないイメージ画像を載せている。
  • 経済団体の提案については、現球場の跡地利用を検討するため、事業者や市民に提案をお願いした中で、商工会議所と経済団体から出てきたものである。現球場の跡地利用は、これから方向性を検討していくものであり、その際には、方針(案)で示したイメージ画像を念頭に置きながら、これから議論していくが、直ちに、方針(案)に反映させることにはならない。
  • 提案では、建物は無くなっても、原爆ドームの後ろに200m位のタワーと観覧車があり、平和記念公園と新しい公園をつなぐ橋もできるという案である。そういうところも一つずつキチンと見ないと、単に良かったということにはならない。
  • 方針(案)に織り込むのではなく、新しい情報を披露したという扱いにする。

9.その他

  • もっと日本人の若い世代に原爆の経験を知ってもらうことに施設を活用する方法を今後追及すべきであり、広島市民の関心を高めることからスタートすべきである。
  • 広島では、市民活動レベルでもたくさんの国際会議が行われる。国際会議場はあるが、市民団体にとっては財政的な負担から使いにくい。球場跡地も利用も含め、小さな市民団体が使い易い施設を将来的に考えて頂きたいということを要望しておく。
  • 市民からも意見を頂いているが、市の考えを返すべきだと思うので、検討頂きたい。
  • 市民意見募集は、広報紙、ホームページ等を通じて行っており、概要になるとは思うが公開するよう考えている。

このページに関するお問い合わせ先

市民局 国際平和推進部 平和推進課 被爆体験継承担当
電話:082-242-7831/Fax:082-242-7452
メールアドレス:peace@city.hiroshima.lg.jp