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ページ番号:0000009629更新日:2019年10月21日更新印刷ページ表示

平和記念施設保存・整備方針 第2 策定の背景

目次

平和記念施設保存・整備方針 第2 策定の背景

1.被爆体験の風化や平和意識の低下・希薄化
2.核を巡る世界の状況
3.被爆地ヒロシマの今後のあり方
4.被爆の実相の継承と時間の流れ

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1.被爆体験の風化や平和意識の低下・希薄化

被爆後60年が経過し、被爆者の高齢化が進む中、その体験を直接聞く機会が減少しており、被爆の実相を伝えていくことが困難となってきている。平和記念資料館の来館者数の減少や原爆投下の年月日を知らない子どもたちの増加などをみても被爆体験の風化が懸念される状況にある。

また、現在の若い世代は戦中・戦後の時代を知らない世代の子ども達であり、親から戦争体験を聞くことなく育っている。近年の平和記念公園内での数々の事件にも見られるように聖地である平和記念公園で、あってはならないことが起こっており、若い世代を中心とした平和や戦争への意識、広くは社会情勢や国際問題等への関心などを含む意識の低下・希薄化が強く懸念されている。

こうした状況のもと、被爆の実相や「ヒロシマの心1」を、次代を担う世代へ継承していくことが重要かつ緊急の課題となっている。

被爆地ヒロシマの現状


  • 原爆投下の年月日を知らない子どもたちの増加
    平成7年(1995年)と平成12年(2000年)に広島市教育委員会が行った調査結果を比較すると、原爆投下の年月日・時刻の正答率が、小学生では55.7%が35.2%となり20.5ポイント下がっている。また、中学生では74.7%が63.0%となり11.7ポイント下がっている。
  • 平和記念資料館の入館者の減少
    資料館の来館者は、平成3年度(1991年度)に約159万人だったものが、これを境に減少し続け、平成16年度(2004年度)には約107万人となり、ピーク時の約67%まで減っている。修学旅行など小中学校・高校の団体で見ると、昭和60年度(1985年度)の約57万人が最高で、平成16年度には約30万人と、ピーク時の53%まで減っている。
  • 被爆者の高齢化の進行
    平成16年度(2004年度)末の被爆者〔被爆者健康手帳所持者〕の平均年齢は72.8歳となっている。
  • 平和記念公園内での放火等事件の増加
    最近の事例では、平成13年(2001年)12月に原爆ドームへの落書きがあり、平成14年(2002年)2月と平成15年(2003年)8月には「原爆の子の像」に捧げられた折り鶴への放火により数多くの折り鶴が焼失した。また、平成14年3月には原爆死没者慰霊碑にペンキがかけられ、平成17年(2005年)8月には原爆死没者慰霊碑の碑文が傷つけられるという事件が起こっている。

    1:悲しみや憎しみを乗り越え、他の誰にもこんな経験をさせてはならないと誓った被爆者をはじめとする
    広島市民の哲学や思いと、それに基づく核兵器の廃絶と世界恒久平和の実現に向けた願いや訴え。

2.核を巡る世界の状況

第二次世界大戦後、冷戦が始まり、アメリカとソ連を中心とする東西両陣営は核兵器開発競争を行い、互いに相手を破壊して余りある核兵器を蓄積し、全面核戦争が起これば人類が滅亡する危機を生じさせた。

この核兵器開発競争は、果てしなく続くかに見えたが、冷戦が終わり、1994年、アメリカとロシアの間に第1次戦略兵器削減条約(START1)が成立し、1996年には、国際司法裁判所(ICJ)が「核兵器の威嚇または使用は、一般的に国際法に違反する」との画期的な勧告的意見を出した。また、同年、国連総会で包括的核実験禁止条約(CTBT)が採択されるなど、国際社会は少しずつ核軍縮へと進み、2000年5月に開催された核不拡散条約(NPT)再検討会議は、「核兵器廃絶を達成する核兵器国の明確な約束」を盛り込んだ最終文書を採択した。

しかし、このような核軍縮への動きが見られる一方で、1998年5月、インド、パキスタンが相次いで核実験を強行し、核兵器不拡散体制を大きく揺るがせ、また、CTBT採択後も、アメリカ、ロシア、イギリスは核爆発を伴わず同条約に反しないとして臨界前核実験を行っている。さらに、アメリカのブッシュ政権は小型核兵器の研究を進めるとともに、核兵器による先制攻撃をも辞さない方針を打ち出しており、核軍縮の流れに逆行する危険な方向に歩んでいる。

また、アメリカ・イギリスはテロ支援国との疑惑を持つイラクが大量破壊兵器を開発・保有しているとして、2003年3月、イラクに対し軍事攻撃を行い、5月にはブッシュ大統領が戦闘終結を宣言したが、今日でもイラクでは武装勢力と米軍などとの戦闘が止まず、双方に多数の死傷者が出ている。

この他、イスラエルや朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)についての核疑惑があり、2002年10月には北朝鮮の核兵器開発計画が発覚し、アメリカや日本をはじめ国際社会は北朝鮮に核兵器開発の放棄を求めているが、北朝鮮は核不拡散条約(NPT)からの脱退を宣言したばかりでなく、核兵器の保有を表明している。

こうした状況の中で、2005年5月の核不拡散条約(NPT)再検討会議は成果を出せずに終了するなど、今日の世界は、核軍縮への動きにかげりを見せるだけでなく、戦争の勃発や核兵器が使用される危険性が極度に高まっており、私たちは強い危機感を持って、核兵器廃絶に一層努力しなければならない。

世界は、これまで、何回となく核戦争勃発の危機を迎えたが、広島、長崎に次ぐ第3の被爆地を生じさせないできた。これは、「原爆を三度使わせるな」という広島・長崎両市民をはじめとする日本国民の願いと活動が、世界の指導者に核兵器の使用を思いとどまらせてきた結果である。このことに私たちは今こそ自信をもち、核兵器廃絶への意思を一層強めたい。

3.被爆地ヒロシマの今後のあり方

(1)メッセージの発信の必要性

2001年9月11日のアメリカ市民に対するテロ攻撃以降、核戦争の危険性や核兵器の使用される可能性が高まっている。このテロ事件は、極めて非人道的な暴挙で決して許されるものではないが、解決策として暴力に訴える限り、平和は永久に訪れることはない。この事件以降、ヒロシマが訴えてきた「憎しみと暴力、報復の連鎖」を断ち切る和解のメッセジが人類の未来にとってさらに重要性を増している。また、核テロという新たな危機が生まれているが、その究極的な対策は核廃絶であり、そうした意味でもヒロシマの役割は大きくなっていると言える。

また、広島市長が会長を務める平和市長会議は、2020年までの核兵器廃絶を目標とする「核兵器廃絶のための緊急行動2020ビジョン」に取り組んでいる。2005年5月の核不拡散条約(NPT)再検討会議に参加した平和市長会議の市長代表団会議においてスピーチを行ったアナン国連事務総長は、京都議定書や対人地雷禁止条約の締結に至るNGOの役割の重要性にも触れ、平和市長会議の役割を高く評価している。

こうした状況を踏まえると、広島市は、市民やNGOとともに、これまで以上に被爆の実相や「ヒロシマの心」を世界に発信していく必要がある。

(2)世界的な求心力の強化

被爆の実相や「ヒロシマの心」を世界に伝えていくためには、ヒロシマの世界的な知名度や求心力をさらに高め、より多くの人に広島を訪れてもらう必要がある。

本市の広島平和研究所は、世界初の核兵器による被爆を体験した都市としての歴史を背景に、学術研究活動を通じて、世界平和の創造、維持と地域社会の発展に貢献する国際的な平和研究機関を目指して設置された機関である。今後とも、この平和研究所の機能を充実し、世界的な知名度を高めていくことにより、平和のメッカとして、世界中から研究者を始めとする多くの人々が広島に集まる流れを創り出すことが期待できる。

また、平和の分野だけではなく、音楽祭、映画祭、美術展などの世界的な文化イベントを継続的に開催することにより、世界に向けて国際平和文化都市をアピールし、世界の人々に広島を訪ねていただく機会の創出を検討する必要がある。

(3)万人の故郷の創造

被爆地ヒロシマは、核兵器廃絶の象徴であるだけでなく、市民はもとより広島を訪れる人々にも平和を体感してもらえる街づくりに取り組まなければならない。

広島は原爆により壊滅的な被害を受けながら、現在、中国・四国地方の中枢都市として見事に復興・復活を遂げている。また、原爆による地獄の惨禍を体験しながらも、強い精神力で人間として生き続けた多くの被爆者の歴史がある。このような広島の持つ精神的な一種の磁場を生かし、例えば若い人々が「悩んだ時は広島に行ってみよう」と思えるような、あるいは広島を訪れることで癒され「何があっても決して諦めてはいけない」と立ち直っていくことができるような、万人の故郷「広島」を創って行く必要がある。

そうした取組みが、広島を訪れることにより平和を体感できる「ピース・ツーリズム2」という新しい観光の概念を創り出すことにもなり、多くの人を広島に呼び寄せることにもつながることが期待できる。

2:自然・歴史・文化など地域固有の資源を生かした観光を成立させ、地域資源の健全な存続による地域経済への
波及効果が実現することをねらいとする観光の考え方であるエコツーリズムに対し、
「原爆と平和」という広島固有の資源を生かした観光形態を意味する。

4.被爆の実相の継承と時間の流れ

被爆の実相の継承被爆後60年が経過し、被爆者の高齢化が進む中、被爆体験の風化や若い世代を中心とした平和意識の低下・希薄化が強く懸念されている。また、核兵器廃絶の国際的な枠組みであるNPT体制が崩壊の危機に瀕している。

原爆ドームをはじめとする平和記念施設を訪れる次代を担う若い世代を中心とした市民や来訪者に対し、「被爆の証人、悲劇の証」、「平和を考える場」である「平和記念施設」が、被爆の実相をより強く、より確実に伝えるとともに、核兵器廃絶と世界恒久平和の実現に向けたヒロシマのメッセージを発信し続けていく必要がある。

核兵器の廃絶が実現し、平和な世界が構築された未来が到来したとしても、人類が同じ過ちを繰り返さないための戒めとして、また、悲しみや憎しみの気持ちを乗り越え、他の誰にもこんな経験をさせてはならないと誓った被爆者をはじめとする広島市民の哲学や思いである「ヒロシマの心」の象徴として、「平和記念施設」を未来永劫、地球市民に対し残し伝えていく必要がある。

しかしながら、被爆者が居なくなり、被爆の証人である原爆ドームの劣化が進み、被爆の実相をリアルに伝えることが困難になる時期が必ず訪れる。

そうした時期を迎えても、なお今まで以上の努力をもって、被爆の実相を伝えていく必要がある。

このページに関するお問い合わせ先

市民局 国際平和推進部 平和推進課 被爆体験継承担当
電話:082-242-7831/Fax:082-242-7452
メールアドレス:peace@city.hiroshima.lg.jp