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ページ番号:0000013124更新日:2019年10月21日更新印刷ページ表示

2018年05月24日記者会見「平和記念資料館本館の展示内容について外2件」

動画は下記からご覧ください。

(「広島市動画チャンネル(市長記者会見)」のページへジャンプします)<外部リンク>

市政記者クラブからの代表質問

  • 【平和記念資料館本館の展示内容について】
  • 【米国立歴史公園での原爆被害の展示について】
  • 【サッカースタジアムについて】

<会見録>

市政記者クラブからの代表質問

平和記念資料館本館の展示内容について

記者

 幹事者の方から、3点質問させていただきます。

 まず、一点目ですが、平和記念資料館本館の展示内容についてです。5月18日に開催されました広島平和記念資料館展示検討会議において本館の展示内容が具体的になってまいりました。これに対する市長の思いをお聞かせください。

市長

 この検討会議で出てまいりました展示内容ですが、今、平和記念資料館の展示全体を見直している中での最後の本館の内容でありますので、私自身は平和記念資料館全体の位置付けなり、活用方法がようやく明確になったなという思いで今いるのです。展示整備にあたっては、そういう意味では東館がどうなっているかということですが、東館が今、導入展示といいますか、来たお客さんがすぐに東館に入って、そこからエスカレーターで上がって、そして、渡り廊下を伝っていくという動線を考えているわけですが、東館の方の導入展示では、まず原爆が投下される前後の広島の姿が分かるようになっていまして、一発の原子爆弾でその街が壊滅するという状況をまず皆さんに見ていただくなど、ある意味では、その原子雲(きのこ雲)の上の方から広島全体がこんなふうになったのだなというのを見ていただいた上で、本館の方へ移ると、原子雲の下で、どんなことが起こったか、皆さんに見ていただきましょうかということ、そういう意味では、本館では被爆の実相に触れていただくという位置付けになっています。そして、また帰ってきて、改めて東館で核兵器、そのものについての危険性とか、そして、それを広島がどのように捉えて、どのような歩みをしてきたかということを見ていただく。そんな流れになっているのです。そんな中で本館の展示がようやく今回まとまって、「8月6日のヒロシマ」というゾーンと、それから「被爆者」という、この大きい2つのゾーン設定をして、実相を見てもらうようにしているということだと思います。そして73年前の正にあのきのこ雲の下で、どうなったかと、あるいは、その後の被爆した人たちが、どんな思いを持っているかなど、そういったことを見ていただく。さらにはどんな生き様をしたかということを見ていただければ、原子爆弾の非人道性、そういったものまで分かっていただけるのではないかと、こんな流れなのです。同時に遺品、それから被災の写真、被爆の事実という、いわゆる実物資料をしっかり見ていただければ、観覧者自身がいわば被爆当時の広島の地にいるかのような思いで、平和について考えていただけるようなきっかけになるのではないか、そんな構成になったのではないかと思っています。

 そういう意味では、展示検討会議での議論ですが、構成内容をどうするか、内容をどうするか、議論を重ねていただいた結果、正に東館と本館、全体をあわせて平和記念資料館全体で、原爆の非人道性、原爆被害の甚大さ・凄惨さ、さらには被爆者や遺族の苦しみ・悲しみ、こういったことを一体となって伝えることができるようになったのではないかなと思っていまして、是非、多くの観覧者の方に、こういったことを通じて、より深く平和ということを考えていただく、自分自身どうすれば、こういった事態にならないようにすることができるだろうといったことを考えていただく動機付けになればなという思いでいます。来年の春の本館のリニューアルオープンという予定で動いていますので、その後は、世界の為政者、あるいは、その為政者等の考え方を、これから、いろんな意味で支える、あるいは良い方向に向かってくださいということをしっかりとお願いしていくべき立場に立つ次代を担う若い方々が世界中からこの地に来ていただいて、これを見ていただくということができればなという思いでいます。

記者

 先ほど、本館のリニューアルの展示ということでしたが、展示に関連した、被爆遺構のことについてもお伺いしたいのですが、先週、市民グループの方々が早期に保存公開するよう要望書というものを提出されていたかと思うのですが、こちらについても松井市長の受止めをお願いします。

市長

 今、平和(記念)公園がある地は、多くの方が来たときに私自身が説明するのは、今は公園になって、静かなたたずまいの地になっていますが、実は、原爆投下までは広島の中心的な繁華街だったのです。そしてこの地に4000名を超える方がこのエリアにおられて、一瞬にして多くの方が亡くなった地でありまして、そういう意味ではこの皆様が立っておられる土地の下に遺骨とか、そういったものもまだあるし、当時焼けただれたまちの上を覆っているという、そういう所なのですという説明をしたりすると「えっ」と受止められる方がたくさんおられるという状況なのです。そんな中で、今言われたように被爆の遺構というものを多くの方に見ていただくようにするという要請も来ておりますので、私自身はその遺構を見ていただけるようにするにはどうしたらいいかという方向性の中で、具体的にどこをどう掘ってどういう形で、あるいはそれをやるためにはどういう手続きがいるかなど検討がいると思いますので、今、担当の方で要請を受けた具体的な検討に入ってくれていると思っています。

記者

 東館の追加の展示の見通しというのは、どうなっていますでしょうか。

市長

 地下の方ですよね。

記者

 はい。

市長

 東館の地下の方は、今度の8月6日の(平和記念)式典までにはということで、端的に申し上げると日赤(日本赤十字社)関係の被爆関連の物を展示するようにできないかなと思っています。それを通じて日赤の被爆直後の我が市における活躍というのは、今、赤新連邦(国際赤十字赤新月社連盟)かな、いわゆるジュネーブ本部の世界全体でも、広島に対しての思いはしっかり持っていただいていると実感しています。そんな中で、現地での取組を図っていただく一助として、当時の日赤の爆風にさらされた後の状況や、そこでの治療を受けている方々の写真等もあります。その当時の資料もありますので、そういうのを中心に展示できないかなということで今やっています。

記者

 資料館のリニューアルの件で、展示の入り口部分に被爆して傷を負った少女の写真が展示されることが方針として決まったわけですが、そのことについての受止めをお願いします。

市長

 これは先ほど申し上げたように、被爆の実相、きのこ雲の下でどんなことが起こっているかという、その建物入り口の展示だということでありまして、いわば被爆者の目線で見たときにどんなふうに皆さんに見ていただけるかという入り口の問題として、実際に展示検討会(議)でいろいろ議論した結果だという報告を受けています。この少女の写真になるまでには、もう一つ男子の写真と二つが最終的に残って、どっちにするかという話になったということを聞いていますが、いずれにしても当時いろんな状況があって、原爆投下に至るまでの経緯などいろいろ言いますが実際に使った直後の状況の中で、罪のない少年・少女、無辜の民がこんなにひどい状況になったんだということをまず見てもらうということで入り口の写真を考えました。そんな中で少年と少女を比較したときに、少女の方は身元が特定できた、当時10歳の少女であったということが分かるし、やけどもしている姿が見える。それから後を追跡すると骨髄ガンでしばらくして死んじゃったという短い生涯を終えたということも事実として分かったということがあったのでこの少女の方に決めました。それから後は、写真を見ていただければ分かるのですが、少女のまなざしといいますか目線が何か訴えているようにも感じられる。そんな目線にもなっていたので、こちらの方を飾られるようにしたということでありました。正に議論が尽くされての結果でありますので、この展示を尊重してしっかり、本館の入り口の被爆の実相を訴える場所です。そういう所に来ていただいたということが多くの方に伝わるようにしていただけると思います。なお、少年の方の写真は、もう一つの候補だったのですけれども、本館のあとの「被爆者」の方のコーナーと、それから8月6日の状況(惨状)のコーナーがありますが、「8月6日の惨状」というコーナーの所でこの少年の写真も展示するということでありまして、いずれも核兵器の非人道性についての理解を深めていただくための一助になればと思っています。

米国立歴史公園での原爆被害の展示について

記者

 2点目の質問をさせていただきます。米国立歴史公園での原爆被害の展示についてお聞きします。 原爆開発を推進した「マンハッタン計画」関連地の米国立歴史公園が、原爆投下による人的被害などの非人道的な側面を展示する方針を示していること、また、原爆投下の正当性を論じる文章を盛り込もうとすることが示されている中で、市長の受止めと、被爆地としてのメッセージを伝えるため、米国政府、特に内務省に対して働き掛けを行うお考えがあればお聞かせください。

市長

 我が市のこれまでの対応ですが、2011年に米国の内務省がマンハッタン計画関係施設の国立歴史公園化計画を公表しまして、それ以降、そういった展示に当たりましては、原爆の開発・投下に至った経緯を事実に即して公平・公正に伝えて、さらに原爆投下が人々とその生活にもたらした甚大な影響について伝えるようにといった求めをずっとやってきているのです。それと同時に核兵器廃絶に向けて未来志向の展示になるようにと、長崎市とともに米国政府関係者に求めてきているという状況の中にあります。その流れなのですが、今言われた点、報道された内容に関しては2017年の1月からマンハッタン計画国立歴史公園のホームページで公開されている将来の展示計画の具体化に備えての事務レベルでの準備なのだという受止めです。「基礎文書」ということでしょうと、そういうものだと承知しています。

 ですから、今後は多分この「基礎文書」をベースにして、米国内の政府の方で予算化、あるいは具体的な展示内容の方針が検討されていくものと聞いていまして、その点に関しての米国内務省からのお話は、バランスの取れた見方を提示すべく、本市や長崎市と協力して取り組みたいという意向は伺っています。バランスの取れた見方を展示すべく(取り組みたい)と、こういうふうに言っていただいていますので、本市としては、ヒロシマ・ナガサキの被害について取り上げる方向で準備されているという点はまず評価したいと思いますが、原爆投下を正当化する認識を強調するような展示や、核兵器開発を国力の象徴として賛美する、核抑止力そのものを肯定するような展示に、それ(ら)が主流の展示になってしまうことについては懸念しているのです。バランスを取ると言っていただいておりますが、国内世論等考えてどうなるかというような点についての心配はまだあるわけであります。そのため、改めてこれまで米国内務省も言っているように、バランスの取れた見方を提示するための被爆資料や、写真・パネルの展示といったことに関しての協力は大いにしますよと、そういう用意がありますよということをまず今、米国政府関係者に伝えているところであります。引き続き、そういったことをベースにしながら、先ほど申し上げた懸念などありますので、正しい認識と公正な判断ということが行えるような展示内容にしてくださいという働き掛けをしっかりやっていきたいと考えております。

サッカースタジアムについて

記者

 3点目の質問をさせていただきます。サッカースタジアムについてです。2月14日に基町地区住民代表から、サッカースタジアム建設候補地から中央公園案を外してほしいという要望書の提出があり、市長は、まず地区のまちづくりの方向性を示された上で、スタジアム候補地として理解を求めていく意向を伝えられました。いつ頃をめどに地元住民への説明会を行う予定でしょうか。また、その後の候補地決定に向けたスケジュールについて、お聞かせください。

市長

 今行っている対話は、御質問にあったとおりの方針で臨んでおりまして、住民説明会に関しては、基町地区についての我が市の基本認識を、まずしっかり皆さんにお話しして、そして候補地にするということについて理解してもらえませんかと、こういうお話しの仕方をしたい。そのための住民説明の日程をセットしようではありませんか、ということで、今、進めています。さりながら、なかなか具体的な日程が現段階で決まっていなくて、やらないという事ではないのですが、いろいろな調整のため、もう一度、日時をという言い方をされていますので、引き続きできるだけ早く実施できるように、調整したいというのが基本的な立ち位置です。ちなみに基町地区についての本市の基本認識を、ここでもお話しておきたいと思うのですが、我が市としても、同地区が全国的にも例の少ない規模の、約3600戸にもおよぶ市営住宅群があるということにあわせて、生活に必要な公共施設が一体的に整備されている大きなまちであると、そういった地域であるといった基本認識を持っています。それが一点です。そして実は、この市営住宅群は建設から約40年の歳月を経ています。そのため、そこにおられる方々の高齢化の進展などを含めて、様々な地域課題が顕在化してきています。そこで、このまちの在りようについて、今後、どう考えるか、市として当然責任を持って、このまちの在り方について考えなくてはいけないという基本認識なのですが、どちらかと言いますと、今まではこの市営住宅群がある基町に関しては、広島の戦後の復興を支えるまちとして、どういった在りようにするかという視点で、整備してきているという事なのですが、これからは少し発想を改めて、この地理的に広島の中心部にあるということも頭に入れて、広島のさらなる発展を牽引するまち、そういったものにしていくために、どう取り組むかと。様々な問題をこういった視点から、解決していこうという意気込みで、今、取組を始めてきておりまして、それを明確に申し上げて、そうした中でまず皆さんとやっていこうという了解をした上で、候補地にするということをどう思ってもらえますかと、こういうお話をしたいと思っています。そしてそのお話をすれば、必ず、そこにおられる方々の生活環境を整えるというのは、その流れの一環として、また市全体の活力、賑わい、多くの方々の期待も込めた上での候補地にして、さてどうするかという議論が、ちゃんとできるのではないかなという思いでいますので、まずそのための説明会をさせていただきたいということであります。

 そして説明会を行った後は、その場での意見交換の状況や県民、市民にとってどの候補地が望ましいかという、そういう視点に立った候補地の比較検討を行いまして、県、市、商工会議所と連携して、サンフレッチェ広島の意見も聞きながら、サッカースタジアムの建設の候補地を絞り込むという手順に入りたい。この段取り感を頭に置きながら、まずもって基町地区の方々に対しては、お住いの地区をどういう方向で、どういうふうにしていくつもりなのかということを、しっかり理解いただくということをやりたいと思っているところであります。

記者

 説明会であったり、その後の候補地の絞り込み作業についての、市としてのスケジュール的な希望をまず説明(してください)、そして候補地の絞り込みのスケジュール感、特に時期的にいつぐらいまでにやりたいかという市長の期待・希望があれば教えてください。

市長

 私は、時期は言えませんが、早ければ早いほど良いのですが、ここまで来ていますから。ただ、今言った説明会の日程もまだセットできていませんから、納得していただく説明会をして、そこでの十分なやり取りをした上で、先ほど申し上げた説明会後の段取りというものを可能な限り早くやりたいということにしています。いついつまでにやらないといけないから、説明会をセットしなければいけないというのも、そこにおられる方々にとっては、ある意味では迷惑な話かもしれません。私が今申し上げた中身をしっかりお話しして、理解していただくということを大前提に、しかし全体として、できれば早くやりたいという気持ちでいるということであります。

その他の質問

旧広島市民球場跡地のライトスタンドについて

記者

 関連になると思いますが、(旧)広島市民球場の跡地のライトスタンドの話です。サッカースタジアムの話が決まらないと、これも動かしにくい話だと思いますが、応援団などから(ライトスタンドの)今の状況が心苦しいという声が上がっておりまして、今の状況をどう思われているのか、今後の見通しも含めて教えてください。

市長

 ライトスタンドはですね、旧市民球場跡地に、ある意味ではいろいろな気持ちを込めて「残しては」という御意見があったことを踏まえて残存しているわけですが、このライトスタンドに関して、仮に、(旧)市民球場跡地にサッカースタジアムを建設するということになれば、多分、このライトスタンドとサッカースタジアムという両施設の両立は物理的には無理だと思うのです。その場合は、そのことを前提にライトスタンドを処理しなくてはいけないという状況にあるということを基本認識としています。もう1つは、ではそうでない場合はということに関しては、これは実は、既に平成27年の1月に公表いたしました「旧市民球場跡地の空間づくりのイメージ」というものを出しているのですが、そこにおいて、「勝鯉の森」の現位置への保存やホームベースの再現など、旧球場の歴史を後世に継承する取組を行うということを前提に、ライトスタンドを解体する案というものを、お示しはしています。そういった中での御質問だという認識でおりまして、基本はここなのですが、ただ、いずれにしても現時点では、今申し上げたように旧市民球場跡地がサッカースタジアムの候補地になっているという、そういう状況でありまして、どうするというのは確定しているわけではありませんので、ライトスタンドの取り扱いについては、サッカースタジアムの候補地の絞り込みが行われた後のステージで具体化していくという課題かと思っています。

記者

 その件に関して応援団から自ら掃除をしたいという話も出ているのですが、それについては。

市長

 これは端的に言ってありがたい申し出だと思っています。というのは今でも年に一回、夏頃に市として草刈りをやっていますので、ライトスタンドの取り扱いを今後どのようにするかという問題は、今申し上げたようにあることはあるのですが、しかし、今あるものについて丁寧に手当をするということ、それをやりたいという申し出を受けているわけですので、これは非常にありがたい申し出ということでお受けして、むしろ、作業中の安全性の確保などを検討していきたいと思います。

オバマ前大統領の訪問から二年を迎えるに当たって

記者

 オバマ(前)大統領が来広して二年がもうすぐ経とうとしていますが、今振り返ってみて、どのような波及効果があったと思われるのかを教えていただきたいのですが。広島での変化、世界での変化、市長が感じられているところを教えていただければと思います。

市長

 今言われたように、二年前のオバマ前大統領の広島訪問、資料館視察あるいは慰霊碑の献花、そういったことを通じて、しかも、そこでのスピーチが全世界に流れたということで、私自身はこの広島が、スピーチの中にあった言葉を引用させていただければ、「道徳心の目覚める地であり、そして核兵器廃絶に向けたメッセージを発信するにふさわしい地である」という印象を受けるメッセージが発信されて、正に広島はそういう所だという受止めが広がったのではないかと思います。

 実際、オバマ前大統領が広島訪問されて以降、国家元首とすればカザフスタンあるいはチェコ、スリランカ、そういった所から国家元首がみえました。さらに、11名の国会議長がみえるということで、そういう方々を中心に多くの為政者の方が本市を訪問するということが今起こっています。

 また、いわゆる一般の(平和記念資料館の)入館者ですが、これもいろいろなところで出ていますが、平成29年度は年間で約168万人がみえたと。その中で、外国人の入館者(数)は過去最多で約39万人と、4年前に比べれば2倍の水準ということですので、今申し上げた、繰り返しになりますが、広島が「道徳心の目覚める地、核兵器廃絶へ向けたメッセージを発信するのにふさわしい地である」と、どんな所かと、行ってみようと、こういった評価になっていると思います。

 私としては、今後とも影響力ある世界の為政者、指導者がこういったことを皮切りにここに来ていただいて、直接被爆の実相を見て自分なりに身近な問題として考えていただき、そこで核兵器廃絶に向けた決意を固める、そしてメッセージを発信するということをやっていただける場であれば良いなと思っています。これについては、長崎(市)とも一緒になって多くの方に来ていただくということをやり続けていきたいと思っています。

 それと同時に、為政者という形で象徴的に言っていますが、もう一つ重要なのは、市民社会を構成する多くの方々に、一人でも多く我が市に来てもらって被爆の実相を知っていただくことも重要だと思います。影響力のある世界の為政者あるいは指導者の広島訪問ということがあれば、それをまた知って、「ああ、そういった方が行ったんだな」ということで、市民社会を構成する多くの人々も、被爆地ヒロシマの持つ意義というものはどんなものだろうという形で関心を高めていただけるという関係にもあると思うので、こういった為政者が多く来ているという機会を逃すことなく、我が市への来訪者も同時に増やすようになれればと思います。

 その中で、とりわけ重視したいのは次代を担う若い方々、この方々にここに来てもらう。そして、今申し上げた、被爆の実相、とにかく原爆投下があったということも知らない世代というのが出ています。誰も教えなければ、次々生まれてくる世代は知らないわけですから。そういったことを人類としてやったんだということを次の世代の方々にちゃんと知ってもらうということを経て、そういった取組をもう少ししっかりしたものにしようということで、青少年の育成という位置付けの中で取り組もうと思っていまして、今、オバマ財団と広島平和文化センターが連携して、若い方々の交流等をやるということまで、取組を進めてきています。この協議を進めて連携を深めて、若い方々の、今申し上げた被爆の実相を知る、そしてそれを踏まえての取組を強化するということも一層しっかりやっていきたいと思っています。

消防団員の報酬について

記者

 消防団のことについてお聞きしたいのですが、昨年度、一昨年度の2年間に活動実績が一回もない消防団員の方が35人いらっしゃるということで、条例上そういう方に年報酬を与えるということは特に問題ないという話でしたが、市民感覚からすれば、一度も訓練なり研修なりにも参加せずに、いざというときに活動が本当にできるのかというような疑問もあります。

 少なくとも一年に一回ぐらいは何かしら活動実績があっても良いのではないかと思うのですが、この点について、こういう方に年報酬を払うことについて、市長としてどう思われているのか教えてください。

市長

 私自身は今言われた、こういった報酬制度そのものについてはそれなりに合理性のある制度だというのは基本認識であります。というのは消防団は、それぞれ、いわゆる民間、公務員ではなく消防士など消防活動を専らとする職業に就いている方ではなくて、それぞれ市民生活の中で職業を持っておられて、ただ、いざというときに郷土愛に目覚めて、消防活動をしっかり支援する、あるいは予防のための広報活動や防災意識の啓発などそういったこともやっていただく存在をどういう形で取りまとめ、そういった活動に対する報酬をどうするかという整理でできあがっていると思うのです。

 そして国の示す条例の例で、このような条例にしてはということでそれを踏まえて各自治体、条例を作っていますが、その際に消防団員としてのいわば地位をまず付与すると。

 それは先ほど申し上げた予防活動や日頃からの取組、さらには個別具体の消防活動に参加等をやっていただく基本的な立場という負担感といいますか、そういったことに報いるための年報酬というのをいくらか出すと、そして個別の災害活動や訓練等を実際に出務をした実績に応じて、さらに上乗せして手当を出す。こんな報酬体系になっているという認識ですので、それ自身は制度を考えたときの合理性があるということです。

 そして出務実績のない、いわゆる年報酬の方ですが、これは今申し上げたように消防団員であるということについての対価であり、それを出すこと自身を地方交付税で裏打ちするということで合法的な体系で、そこまでは良いと思います。ただ、言われた問題はもう一つの方で、出務したときにその報酬を上乗せするという制度があるということは市民感覚から見て、年に一回や数回、フルではないとしても出務するという実働経験を重ねていただくということも前提とした制度ですので、そちらが全然ないと、長期に渡ってないような方がいたときに、その方を消防団員としてずっと位置付けておくのはどうかと言われれば、それは確かに運用のところで調整するという必要性はいるのではないかということでもあります。その御指摘は全くその通りだと思います。

 そこで消防の方に確認いたしましたらば、「いや、市長、そこのところは我々としても努力している」という話で、というのは、今言ったようなことで身分保障というか、(消防団員に)なっていただいていることへの対価と個別に出たときに出すという2つの制度を構えながら、あまり出務経験がないということが続くと、消防団制度の本旨に悖る(反する)というようなことにもなろうからということで、本市では各分団ごとに出務実績の少ない消防団員に対しては、まず「積極的に出ては」という呼び掛けをやっているということを言っていました。

 それから、二年間継続して、そういう出務実績のない団員がいれば、今までだって、何で活動をしないのですかという理由を聞くなど、本当にあなた消防団員としてやるつもりあるのですかという継続意志の確認をするということをしまして、その中でやりたい、だけど出てない、じゃあ何で出ないのですかと、本当にないのであれば、じゃあ辞めてもらって良いのではないですかという対応をしてきているということを言っていますので、主旨を踏まえた対応もやってくれていると思いますので、よりこれをある意味で徹底することでこの制度本来の機能が発揮できるように、それを期待される市民の方の思いを裏切ることのないような運営をしていく必要があるなと思います。

記者

 運用を徹底していくという話でしたが、条例上に年1回の何か出動なり訓練なりの義務化みたいなものがあれば、もっと分かりやすいのかなと思ったのですが。

市長

 そういった疑問は問題を整理するときに制度手当てをしてやれば明確にその問題を認識して措置したというある意味でアピール効果があると思うのですが、現実問題として一回出なかったことについて、たぶん例外措置がいると思うのです。やむを得ないで出られなかった場合は許すなど、結局そこは最後に運用になるのですね、ただ一回という数字をやったから安心感が高まるだろうというような意味だと思いますが、私自身は今までこういった運用で適正に頑張ってきてくれているので、その運用徹底するということで今時点で足りるのではないかと。一年間いるうちにたった一回だけで良いのかと、少なくとも月一回で12回、あるいはそれでも足りなかったら6回ぐらいなど、様々、回数についてもやるとして議論出てくると思います。

 そういったことも踏まえた上での理由聴取とか、そしてその方へ(自主退団)の勧奨ということを丁寧にやることで、疑問といいますか、心配事を晴らすということの方をまず徹底してもらいたいというのが今の気持ちです。

※( )は注釈を加えたものです。