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比治山公園「平和の丘」

背景

 比治山公園は、明治36年に本市で最初の公園として開設され、桜の名所として親しまれるとともに、明治42年には広島大本営の明治天皇の休憩所(御便殿)が移築(原爆により倒壊)されたほか、様々な記念碑等が建立された歴史的な場所です。

 また、世界中から多くの人々が訪れる平和記念公園から約2kmの距離に位置し、高次な都市機能が集積する都心にありながらも緑豊かな自然に触れられる希少な場所となっており、さらには、その標高をいかして、原爆の惨禍から復興したデルタ市街地の街並み等を一望できます。

 戦後、昭和27年には都市計画法上の公園に位置付け、昭和55年には本市の政令指定都市移行を記念して「比治山芸術公園基本計画」を策定しました。現代美術館や青空図書館(現在のまんが図書館)といった文化施設や展望台広場などの整備は、この計画に基づいて進めてきました。

 しかしながら、現在、この計画に基づく整備は進展していない状況にあり、自然や文化と触れ合うことができる身近な憩いの場、また、平和記念公園などを訪れた観光客が回遊できる観光スポットといった、比治山公園の持つポテンシャルが十分にいかされているとは言い難い状況にあります。比治山公園の歴史的価値や立地特性を踏まえるならば、公園を現状のままにしておくのではなく、そのポテンシャルをいかして「国際平和文化都市として復興した広島の『今』を実感できる新たな拠点」として再整備する必要があります。

比治山公園「平和の丘」構想、基本計画

 このため、本市は、被爆70周年の平成27年7月に「比治山公園『平和の丘』構想」を策定し、平成29年3月には、構想に基づく再整備の基本的な内容を定めた「比治山公園『平和の丘』基本計画」を策定し、第1期~第3期の三つの期間に分けて再整備を進めることとしました。

市の取組

 現在、この基本計画に基づき、公園の再整備を段階的に進めていくとともに、比治山公園のにぎわいづくりや魅力向上のための取組として、数々のワークショップ・イベント等を開催しています。

 本市では、これらのワークショップ・イベント等を実施する中で、比治山公園を盛り上げる気運がより一層高まり、各種団体等のネットワーク構築が促進され、各種団体等が主体的に比治山公園のにぎわいづくりの担い手になるように発展していくことを目指しています。

比治山公園「平和の丘」基本計画に基づく取組

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