ページの先頭です。 メニューを飛ばして本文へ
現在地 総合トップページ > 平和宣言・平和への誓い > 昭和61年(1986年)

本文

ページ番号:0000009434更新日:2019年10月21日更新印刷ページ表示

昭和61年(1986年)

平和宣言

平和、それはヒロシマの悲願である。

41年前のあの日、広島は灼熱の閃光と地軸を揺がす轟音とともに壊滅した。この世ならぬ凄惨な生き地獄は、まさに、阿鼻叫喚の巷であった。

その廃虚の中から起ち上がった広島は、再び過ちを繰り返させないため、ひたすら核兵器廃絶と世界の恒久平和を訴え続けてきた。

昨年、8月6日以降、ソ連が核実験を停止し、また、米ソ首脳会談が開催され、核軍縮の前途に曙光を見い出し得たかに思われた。しかし、核軍縮交渉は遅々として進まず、核兵器は質的、量的に増強され、核戦略は宇宙空間にまで拡大されようとしている。

この時起こったソ連のチェルノブイリ原発事故は、人びとを放射能の恐怖に陥れ、安全管理の国際協力に大きな課題を残すとともに、一国の事故が他国にも禍いを及ぼすことを知らしめ、世界は核時代の現実に慄然とした。

加えて、局地戦争やテロ行為も多発し、飢餓、難民、人権抑圧の諸問題もきわめて深刻である。

不幸にして凶弾に倒れた故パルメ・スウェーデン首相は、広島で階段の石に焼きつけられた人影を見て、「核戦争が起こればこの人影すら残らないだろう」と、人類の終末を予見した。

ノーベル平和賞を受賞した「核戦争防止国際医師会議」のメンバーが、本年6月広島を訪れ、被爆の実相に驚愕し、核実験即時停止を強く訴えた。

本日、世界各地でヒロシマ・デーが開催され、メキシコでは、非同盟6ヵ国首脳が相集い、核軍縮を世界に訴える。

いまや、核兵器廃絶と平和を願うヒロシマの声は世界の世論である。

逡巡は許されない。

核保有国は、直ちに核実験を永久に停止すべきである。人類生存の命運を握る米ソ両国は、世界最初の被爆地広島において首脳会談を開催し、核軍縮への具体的な方策を明示すべきである。

国連事務総長は、米ソ両首脳の広島訪問を積極的に働きかけるとともに、第3回軍縮特別総会を速やかに開催すべきである。

日本政府は、これらの実現に努め、憲法の平和理念に基づき、国是である非核三原則を厳守し、核兵器廃絶への先導的役割を果たすべきである。

時恰も国際平和年。

ヒロシマは、ここに、「平和サミット」を開催し、核兵器廃絶と恒久平和実現への国際世論を喚起する。

再びヒロシマは訴える。

いまこそ、世界のすべての都市と都市、市民と市民が、国境を越え、思想、信条の違いを超えて、連帯の輪をひろげ、絆をより強固にすることを。

本日、ここに、平和記念式典を迎えるに当たり、われわれは、原爆犠牲者の御霊(みたま)に哀悼の誠を捧げ、国家補償の理念に立った被爆者援護対策の確立を強く要請するとともに、平和への決意を新たにするものである。

1986年(昭和61年)8月6日

広島市長 荒木 武