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ページ番号:0000009270更新日:2019年10月21日更新印刷ページ表示

「原爆の子の像」に捧げられる折り鶴の量

原爆の子の像

平和記念公園内ではいたる所で、色鮮やかな折り鶴が見受けられます。折り鶴は日本の伝統的な文化である折り紙の一つですが、今日では平和のシンボルと考えられ、多くの国々で平和を願って折られています。このように折り鶴が平和と結びつけて考えられるようになったのは、被爆から10年後に白血病で亡くなった少女、佐々木禎子さんが大きくかかわっています。

佐々木禎子さん(当時12歳)は、2歳のときに被爆しましたが外傷もなく、その後元気に成長しました。しかし、9年後の小学校6年生の秋(昭和29年・1954年)に突然、病のきざしが現れ、翌年2月に白血病と診断され広島赤十字病院に入院しました。回復を願って包み紙などで鶴を折り続けましたが、8か月の闘病生活の後、昭和30年(1955年)10月25日に亡くなりました。
禎子さんの死をきっかけに、原爆で亡くなった子どもたちの霊を慰め平和を築くための像をつくろうという運動が始まり、全国からの募金で平和記念公園内に「原爆の子の像」が完成しました。その後この話は世界に広がり、今も「原爆の子の像」には日本国内をはじめ世界各国から折り鶴が捧げられ、その数は年間約1千万羽にものぼります。

広島市では、「原爆の子の像」に折り鶴を捧げられる多くの人々の気持ちを大切にするため、平成13年(2001年)4月から折り鶴を捧げられた人や団体の名前、メッセージなどをデータベースとして記録に残しています。

平成14年(2002年)4月には、「原爆の子の像」の周囲に新たに折り鶴を雨露から守る屋根を整備し、データベース登録用の記載台と投函箱を設けました。折り鶴を捧げる人に名前、メッセージなどを記入してもらうよう協力を呼びかけています。

関連情報

折り鶴データベースの概要

このページに関するお問い合わせ先

市民局 国際平和推進部 平和推進課 被爆体験継承担当
電話:082-242-7831/Fax:082-242-7452
メールアドレス:peace@city.hiroshima.lg.jp