1. 緊急災害情報サイト
  2. 防災(防災情報メール)
  3. 避難場所
  4. 救急当番医
  5. 組織別分類から探す
  6. サイトマップ

本文の開始

平和記念施設保存・整備方針 第1 はじめに ~保存・整備方針策定の趣旨~

  • 印刷用ページを表示する
  • 通常ページへ戻る
  • このページを印刷

     
 

平和記念施設保存・整備方針 第1 はじめに ~保存・整備方針策定の趣旨~

1.平和記念施設のなりたち
2.保存・整備方針策定の趣旨
3.保存・整備方針策定の対象
4.保存・整備方針の位置付け
5.平和記念施設あり方懇談会の設置

目次
戻るボタン
 
     


 

  1.平和記念施設のなりたち

現在の平和記念公園一帯(中島地区)は、江戸時代から陸海の交通の要衝として栄え、元安橋から本川橋を通る道路は、17世紀当時、陸上の大動脈であった西国街道の一部であった。また、明治になると、市庁舎、県庁舎が置かれたほか、広島の物流の拠点となるなど、政治・行政・商業の中心となった。

昭和20年(1945年)8月6日、人類史上初めて投下された原子爆弾は、この地区の頭上で炸裂し、人も街並みも一瞬のうちに消え去った。

爆心地であるこの地区に、原爆ドームを中心とした、世界恒久平和の拠点となるような公園を整備することとし、その設計は広く一般から公募され、故丹下健三氏らの設計案が一等となった。

昭和24年(1949年)8月6日に、「恒久の平和を誠実に実現しようとする理想の象徴として、広島市を平和記念都市として建設する」ことを目的とした「広島平和記念都市建設法 1」が制定された。これに伴い、昭和29年(1954年)4月には平和記念公園が、被爆10周年に当たる昭和30年(1955年)の8月6日までに平和記念資料館、平和記念館(現在は平和記念資料館東館)が整備され、現在の平和記念公園一帯が形づくられた。

また、平和記念公園の南側には、市の中心部を東西に貫く、幅員100mの道路が建設された。昭和26年(1951年)11月には、この道路の中心部にあたる元安川と本川にイサムノグチが高欄をデザインした「平和大橋」、「西平和大橋」が架橋され、この100m幅の道路は、市民公募により「平和大通り」と名づけられた。

原爆ドームは、当初、記念物として残すという考え方と、危険建造物であり被爆の悲惨な思い出につながるので取り壊すという二つの考え方があったが、昭和41年(1966年)、広島市議会は原爆ドームの保存を決議し、その後、3回の保存工事が行われ、その姿を今に伝えている。

平成4年(1992年)9月に、広島市議会は「原爆ドームを世界遺産リストに登録することを求める意見書」を採択し、平成5年(1993年)から、原爆ドームの世界遺産化を求める国会請願のための全国的な署名運動が展開された。

国は、平成7年(1995年) 6月に原爆ドームを文化財保護法に基づく史跡に指定し、9月には世界遺産として登録するよう世界遺産委員会に推薦した。平成8年(1996年)12月、原爆ドームは、「人類史上初めて使用された核兵器の惨禍を如実に伝え、時代を超えて核兵器の廃絶と世界の恒久平和の大切さを訴え続ける人類共通の平和記念碑」として、ユネスコの世界遺産一覧表に登録された。

平和記念公園及びその周辺の区域には、世界遺産である原爆ドームの周囲に良好な環境を確保するためのバッファーゾーン(緩衝地帯)が設けられている。市では、この区域について「原爆ドーム及び平和記念公園周辺建築物等美観形成要綱」を制定し、国際平和文化都市の象徴にふさわしい景観の形成に努めている。

1:この法律は、憲法第95条による特別法(特定の地方公共団体のみに適用される法律)であり、我が国で初めての住民投票を経て、平和記念日である8月6日に公布・施行された。
▲上へ戻る

 

  2.保存・整備方針策定の趣旨

 

被爆60周年となる平成17年(2005年)は、原爆ドームの前身である広島県物産陳列館の竣工 (1915年)から90年、また、原爆ドームの保存決定(1966年)から約40年を迎えることになる。さらに、「平和記念資料館」「平和記念館(現在は平和記念資料館東館)」の開館(1955年)から50年の節目の年に当たる。
ヒロシマ 2の記憶が世界的に薄れつつあり、核兵器の使用が危惧されている状況の中、核兵器の廃絶と世界恒久平和の実現を目指す被爆地ヒロシマの役割は益々重要になっている。

これまで、原爆ドーム、平和記念公園、平和大通り、平和記念資料館などの平和記念施設の保存・整備については個別に検討がなされてきたが、被爆60周年を機に、ヒロシマの役割を踏まえ、長期的な観点から改めてその全体の保存・整備のあり方を検討し、「平和記念施設保存・整備方針」として取りまとめるものである。

2:片仮名の「ヒロシマ」は、被爆都市として世界恒久平和の実現を目指す都市であることを示す。
▲上へ戻る

 

  3.保存・整備方針策定の対象

 

広島平和記念都市建設法の下、平和記念公園等が整備され、また、原爆ドームの保存決議から世界遺産化に至る経緯を踏まえ、平和記念施設保存・整備方針の策定の対象は、ヒロシマのシンボルである平和記念公園を中心に設定しているバッファーゾーン 3の区域(下図のとおり)とそこに所在する原爆ドーム、平和記念公園、平和記念公園に接する平和大通りの一部及び平和記念資料館とする。

なお、「平和記念施設保存・整備方針」は、上記の対象区域と施設の保存・整備について、全体的なあり方の整理を行うものであり、対象区域内に所在するその他の施設については、この保存・整備方針を基に、具体的な整備に反映していくものとする。

バッファーゾーンの区域

3:世界遺産である原爆ドームの周囲に良好な環境を確保するための緩衝地帯。
▲上へ戻る

 

  4.保存・整備方針の位置付け

 

「平和記念施設保存・整備方針」は、広島平和記念都市建設法の目的や広島市基本構想・第4次基本計画に掲げた都市像「国際平和文化都市」の実現を念頭に置き、対象エリアに関連する他の計画(魅力ある風景づくり基本計画、水の都ひろしま推進計画、平和大通りリニューアル事業、ひろしま都心ビジョン、ビジターズ倍増に向けて等)の平和記念施設に関する長期的な施策展開の方向を示すとともに、平和記念施設に関する計画(史跡原爆ドーム保存整備計画、広島平和記念資料館更新計画)の取組み方針を示すものである。

広島平和記念都市建設法・広島市基本構想・第4 次基本計画→平和記念施設保存・整備方針→平和記念施設に関する各種施策の展開

▲上へ戻る

 

  5.平和記念施設あり方懇談会の設置

 

「平和記念施設保存・整備方針」の策定にあたっては、様々な立場から指導・助言をもらうため、平成16年(2004年)7月に有識者等により構成される「平和記念施設あり方懇談会」を設置した。会議は、第4回までの会議を広島在住の委員と広島以外に在住の委員に分け、「広島会議」「東京会議」として分散開催の形で開催し、第5回の会議は合同会議の形で開催した。懇談会では、「平和記念施設保存・整備方針策定に係る論点」「原爆ドームの保存」「平和記念公園とその周辺のあり方」などについて、幅広い議論をいただいた。(開催状況等については、第6 平和記念施設保存・整備方針の策定に係る検討の経過を参照。)

▲上へ戻る

 

このページに関するお問い合わせ先

市民局 国際平和推進部 平和推進課 被爆体験継承担当
電話:082-242-7831 /  FAX:082-242-7452
メールアドレス:peace@city.hiroshima.lg.jp