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吉山ルートの概要

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1.ルートの特徴
 吉山地区は安佐南区の西に位置し、沼田町戸山地区の西半分を占める地域です。吉山ルートは吉山バス停を起点とし、山々に囲まれた自然豊かな景勝地にふれながら、中ノ森八幡神社や正善寺などの神社仏閣、また、農業の基盤整備が進行中であることから、広々とした農村風景や歴史などの詩情の豊かさが楽しめる全長約4.3キロメートルのルートです。 

2.ルート上の主な資源
 

辻堂屋敷跡 向井ものずきほうる 正善寺
●辻堂屋敷跡(つじどうやしきあと)
 
言い伝えによれば、建武の新政の頃、安芸国の国司を父に持つ恩賞方の長官であった藤原藤房は、論功行賞などの様々な問題をめぐり、後醍醐天皇に度々直訴しましたが聞き入れられず、新政府に絶望した藤房は、隠退してしまったそうです。辻堂家の伝承によれば、その隠せい地が沼田町吉山であるといわれています。約1,200平方メートルの畑が大きな石垣で囲まれ、今も昔の面影をとどめています。
●向井ものずきほうる
 
民芸品制作者の向井さんの工房には、米俵や水車小屋のミニチュアなど、身近にある材料で創意工夫してつくられた民芸品が所狭しと展示され、訪れる人を思わずにっこりさせてくれます。向井さんは農作業の余暇に、児童生徒の総合学習や地域のイベントに使われるみこしやしめ飾り等の制作にもあたっています。
●正善寺(しょうぜんじ)
 
文亀元年(1501年)、吉山佐正善太刀尉が禅宗の道場として開き、これが寺名となったと伝えられています。そして、永禄5年(1562年)、浄土真宗に改宗しました。かつて、この境内には、芸藩通志に名勝として記載されるほどの見事な「苗代桜」の巨木が立っており、村人はその花の開くのを待って種蒔きを始めたそうです。また、入会地の管理に尽力した庄屋市兵衛の石碑も村を見下ろすこの場所に立っています。
中ノ森八幡神社 水本ミニ牧場 大年神社
●中ノ森八幡神社(なかのもりはちまんじんじゃ)
 
社の起源には、弘治元年(1555年)に三宅飛弾守が創設したというものと、平治元年(1159年)に大中権助が甲斐の国より勧請したというものの2説が記録として残っています。緑深く、清閑な境内には、広島市の天然記念物に指定されている「アラカシ」の巨木があり、聖明神として祭られています。しかし、平成3年の台風で、惜しくも2本の幹が折れてしまいました。

●水本ミニ牧場
 
かわいいポニー、乗用馬がお出迎えしてくれる水本ミニ牧場は、緑豊かな草原に囲まれ、山桜、杉の木立を背に開かれた800平方メートルほどの馬場です。静かな澄みきった空気の中で馬たちとふれ合えば、心身共に癒される絶好の憩いの場所です。

●大年神社(おおとしじんじゃ)
 
吉山村の氏神でしたが、中ノ森八幡神社勧請後は、その摂社となりました。宝永元年(1704年)、白井山が大洪水で崩れた際、神社は御神体共々流されてしまいました。御神体が下流の久地村に漂着したのを奉じて帰り、社殿を再建したと伝えられています。

3.もうひとつの憩いの空間ルート

法隆寺

農業用水路

五段返しの滝

●法隆寺
 
地元僧侶と門徒が協力し、浄土真宗法隆仏教会として大正14年に創設した寺院です。昭和12年には本堂が建てられ、同18年に法隆寺と改称しました。

●農業用水路
 
法隆寺から北へ約1.3キロメートル林道を登ったところに、約3キロメートルにわたる「農業用水路」があります。この「農業用水路」は、大谷川から水を引いており、約300年前に築かれたといわれています。

●源流の清流
 
法隆寺から北へ約2キロメートル林道を登ったところに、「五段返しの滝」ほかがあります。水しぶきをあげて流れ落ちる清流が、花崗岩の岩石を削りながら滝となる姿は壮観な眺めで、この地域随一の渓谷美を誇っています。

添付資料を見るためにはビューワソフトが必要な場合があります。詳しくはビューワ一覧をご覧ください。(別ウィンドウで開きます。)

このページに関するお問い合わせ先

安佐南区役所 市民部 地域起こし推進課
電話:082-831-4926 /  FAX:082-877-2299
メールアドレス:am-chiiki@city.hiroshima.lg.jp