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ひろしま市民パブリシスト 萱原 威(かやはら たけし)

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自己紹介

 得意な撮影分野は祭事やスポーツ。広島はデルタの街、水の都です。リバークルーズからの風景も味があります。

作品

【平成27年(2015年)】

 観音神社で節分大祭 古式「弓神事」で厄払い

 第24回 神楽祭

 

【平成26年(2014年)】

 湯来リアルかかしの里山

 私の町の敬老会

 万灯みたま祭・奉納子供ずもう

 ひろしま男子駅伝~後編

  ひろしま男子駅伝~前編

 

 【平成25年(2013年)】

 カープ熱き戦い~今年こそCSへ~

 ヒロシマ平和の灯のつどい~原爆慰霊碑前~

 広島泣き相撲~広島護国神社~

  お練り~春を呼ぶ子ども神楽祭~

 

【平成24年(2012年)】

 子供神楽共演大会~広島東照宮

 ひろしま神楽の日2012

 マツダスタジアムが、熱い

 ゆかたできん祭~広島・とうかさん

 春を呼ぶ清盛まつり

 木工のまちはつかいちと中学校女子はつかいち駅伝

 

【平成23年(2011年)】
 砂持加勢まつり~本川川ざらえ

 夜のプロムナード~平和公園

 雨に唄えば~梅雨の巻

 万灯みたま祭~護国神社

 春はもうすぐ~芸備線の巻~

 宮島かき祭り~かき祭りの巻~

【平成22年(2010年)】
 ひろしま平和マラソン~スポーツの巻
 八幡川リバーマラソン~佐伯区の巻

 花よりダンゴ~市内の花見どころ~

 とんど祭り~広島護国神社の巻~

【平成21年(2009年)】

 ふるさとの伝承~里神楽の巻

 赤い花なら曼珠沙華~ヒガン花の巻

 再現、安の花田植え2009

 花のまわりみち

 クルーズ客船入港歓迎式典に初参加して

 住吉神社の節分祭 2009
 

 

【平成20年(2008年)】

 冬の電飾 2008 

 秋のイベント 2008

 秋の訪れ 2008

 高校野球 2008

 2008 4月上旬 広島・桜の名所

 2008 3月上旬 広島・梅の名所

 2008 1・5 消防出初め式

 

【平成19年(2007年)】

 色づく秋模様

 2007 8・6 関連行事

 2007 ひろしまフラワーフェスティバル  

 

【平成18年(2006年)】

 路面電車の走る街

 広島花風景


観音神社で節分大祭 古式「弓神事」で厄払い

  広島市佐伯区坪井の観音神社で、1月31日(土)に節分大祭が行われ、当日は宮中行事の一つ「追儺弓神事(ついなゆみしんじ)」を再現しました。
 


広島県弓道協会による弓打ち

マト(鬼)を射る女性の射手

神社境内には一年の「厄除けを願う」多くの人で賑わいました。1111年(遷座)を迎えた観音神社で、年の節目に当たる立春を前に行われるのが「節分大祭」です。一年間の厄除け、災難除けを祈願し、豆まきや太鼓演奏、獅子舞など賑やかな催し物が行われます。


弓道場を見つめる巫女さん

広島県の弓道連盟の人たちの他、大学や高校の弓道部から男女部員も「弓打ち」に参加して、見事な腕前を発揮していました。「京都の下鴨神社」で行われている行事の再現です。

 

 
(ひろしま市民パブリシスト 萱原 威)

(ひろしまファンクラブ 平成27年2月5日号掲載)

第24回 神楽祭


第24回神楽祭~佐伯区民文化センター
 パンフレットに、【神楽談義】が載っていました。
“何処に行っても五日市には神楽があるよ~。神楽のある里、五日市。神楽好きは何処にでもおるよ~。笛や太鼓にじっとしてはおれないよ~”。“まゆ(舞)~、見に行こうや~。”“茶碗叩いて、棒きれで叩いて。も
()うた~、もうた~、よう、(舞)うた~。皆で手を叩こう~”。

鬼の「塵倫」雲にて登場
~高井神楽団(八幡東)

「長角彦島」
~水内神楽団(湯来町)

「悪狐伝」キツネと坊主
~下五原神楽団(湯来町)

「滝夜叉姫」
~中川戸神楽団(北広島町)

神楽連合会の会長さんの挨拶です。「私たちの祖先は、この世の出来事全てが神々のおかげであると信じていました。そして秋になると収穫した作物を神聖な場所にお供えし、お祭りの形を整え、神々に感謝する儀式を『神楽』と呼んでいます。この佐伯区の文化、芸術が秋を彩る、『神楽祭』となり、平成26年で第24回目を数えます。」

 昔から、佐伯区は神楽が盛んな地域です。春と秋に行われる佐伯区の「区民祭り」では神楽の上演が目玉の行事となっています。常連の神楽団は「高井神楽団」、「石内神楽団」、「下河内神楽団」で、演目は「八岐ノ大蛇」や「紅葉狩」、「土蜘蛛」、「滝夜叉姫」、「悪狐伝」等で、カメラマンには人気の被写体です。

 とりわけ「高井神楽団」の人気が高まり、あちらこちらの秋祭りで演じられる神楽になり、大勢の人出となりました。今回で2度目の紹介となりますが、「神楽祭」は年々充実しています。その間、神楽どころの湯来町が佐伯区に加わりまして、神楽のレベルが高くなり、神楽人気も盛んになって来ました。佐伯区だけで8神楽団あります。

 ここ数年前から有料となった「神楽祭」ですが、前夜から県外の人も並ぶほどの人気です。佐伯区に「大森神楽団」「下五原神楽団」「水内神楽団」の湯来町の神楽団が加わりました。プログラムを充実させるために、他地区の神楽団が特別出演。今年は「中川戸神楽団」(北広島町)が来ました。人気が出るはずです。


「土蜘蛛」の退治~大森神楽団(湯来町)
  佐伯区では、この他に「観音神社神楽保存会」、「五日市芸能保存会」があり、「二刀舞」や「弓舞」、「五刀舞」、「四天」や「関(荒平)」などといった神を地上に誘う舞が舞われました
 プログラムでは、14~15の演目が例年、掲げられ、朝10時から午後6時頃まで演じられます。来年の「25周年 神楽祭」が期待されます。


(ひろしま市民パブリシスト 萱原 威)

(ひろしまファンクラブ 平成27年1月8日号掲載)

湯来リアルかかしの里山


湯来ロッジ~
稲穂守りから、町おこしに
広島市佐伯区湯来町にある湯来ロッジで「かかしロード~案山子里道」というチラシをもらいました。「リアルかかしの里山」と書いてあり、約140体のかかしがいると、チラシの用紙一杯に写真がひしめいています。“私に会いに来てね”とかかしの「あや子」さんに導かれて出かけました。着いたところは上多田地区の広場です。


家の玄関前で~かかし製作者宅
作者はお年を召されたご夫婦の様です。訪ねてくる親戚の人を驚かせようと、遺品の服や着物を着せて、時には夫婦げんかの場面等もあります。なるほど広場には数えきれないほどのかかしが一杯です。みんなの日常生活がかかしとなって描かれています。これが「リアル(ありのまま)かかし」と言われるゆえんの様です。


”渓流釣り”~何が釣れるかね?

小屋を舞台に~♪ふるさと
 ここは「渓流釣り」の名所です。夫婦で釣りをしている人もあり、いすに座って一人で釣りを楽しんでいる人もいれば、釣り人を見ている人もいます。佐伯町に向けての広い道路には何人もの釣り見物の人が結構います。釣るのもよし、見るもよし、と言った光景です。雨が降ってもかかしはその場を動きません。 



広場にいるかかしを片っ端から記してみます。ゴルフをするお父さん。キャッチボールをする親子。旅行に出かける若いカップル。竹馬で競争する兄と弟。ほうきを持って掃き掃除をするお婆さん。小屋を舞台に琴を弾く美人さん。季節が移り変わるとかかしも取り替えます。息子の頭はトラ狩りに。お母さん頑張れ。


”修羅場の夫婦”~行かないでくれ!
 このように沢山並んでいるかかしの中に「修羅場の夫婦」と題した一体がありました。ケンカの揚げ句は荷物をまとめて出て行こうとする奥さんを必死に留め置こうとする亭主の姿がユーモラスに作られてます。正にこのようなかかしを「リアルかかし」というのでしょう。まるで漫才や落語の世界です。
 解説をすればきりがありません。ベスト1は、昼下がりの縁側で夫婦が「耳くり」(耳掃除)をしています。だんなが奥さんにひざ枕してもらっています。年配の方ならご自身、思い出があることでしょう。あの「耳くり」の思い出が。私が上多田地区のかかしを見て印象深かった2体がこの仲のいい夫婦のかかしでした。実に面白いですよ。

”耳くり”~ああ、いい気持ち!


 どうぞ、お出かけください。その節は湯来ロッジのフロントで”
かかしロード”のチラシをもらうといいですよ。



                                 

(ひろしま市民パブリシスト 萱原 威)

(ひろしまファンクラブ 平成26年11月13日号掲載)

私の町の敬老会


祝・敬老会~こども代表挨拶

 間もなく75歳になる私に敬老会への案内状が届きました。ここまで元気に生きて来れたことに感謝です。
 会場は近くの小学校。高学年の二人の男の子が挨拶に立ちました。毎日、毎朝、私たちを道路に出て見守って下さってありがとうございます。一生懸命勉強をして皆さんのご期待に応えますと感謝を述べてくれました。
 


敬老会会場風景~小学校体育館


 広い体育館です。6人掛けの長机がタテ5列に並べられています。一列に10脚ほど。入口では折り紙で作ったバラのネームを付けて下さいました。
 私は初参加ですので、張り切って最前列に向かいました。幸い良い席を見つけることが出来ました。ざっと数えて300人ぐらいの出席。案内状は900人に出したそうです。




主催者を代表して~福祉協議会から
 8月の土砂災害で安佐南区や安佐北区で多く方が亡くなりました。黙とうの後、主催者代表から挨拶がありました。全国では100歳以上の高齢者は5万8千人を越え、最高齢は大阪女性の116歳で、これは世界最高齢を誇るとのこと。厚労省は「医療技術の進歩や、国民の健康状態の改善」と高齢を称えていますが、一方、年金問題が生じていますといった内容でした。





 

園児のお遊戯と歌~微笑ましい姿です

詩吟や民謡~懐かしのメロディー合唱

 次は、アトラクションです。最初は、幼稚園園児の「歌と踊り」です。「どんぐりコロコロ」の後、コミカルな「虫歯建設株式会社」の歌は、傑作でした。
 演目の間、席で隣同士に座った、「私は85歳の今まで医者に行ったことがない」とか、「ボウリングのシニア全国大会に88歳の今も出場している」という元気なお婆ちゃんとも知り合いました。




 私の居る地域は公民館活動が盛んです。
 4人の方が「川中島」や「勇将毛利元就」等を吟詠されました。民謡では白寿(99歳)で表彰された女性を含め20人ばかりの女性がステージに出て、民謡の「花笠音頭」(山形)「関の五本松」(鳥取)や、懐メロで「お富さん」(春日八郎)、「王将」(村田英雄)等を会場のみんなとで合唱しました。

 

亀山神楽団「悪狐伝」~熱演に会場は沸く
 


 アトラクションのトリは、神楽「悪狐伝」です。演目の中では最もユーモラスな出し物です。演じて下さったのは、亀山神楽団(安佐北区)。神楽団自身も先月の土砂災害で多くの被害を受けた地域の方たちです。よくぞおいでくださいました。「キツネ」と「和尚」との絡みの熱演で、舞台下まで降りて盛り上げて下さいました。

(ひろしま市民パブリシスト 萱原 威)

(ひろしまファンクラブ 平成26年9月25日号掲載)

万灯みたま祭・奉納子供ずもう

広島護国神社では、恒例の“万灯みたま祭”が5月末日の(金)(土)()の三日間行われます。初日は祭事が中心。二日目は公募により選ばれた未婚の女性が“みこ踊り”を行います。三日目のこの日は、“奉納・子供ずもう”です。境内の二つの土俵で同時進行、園児、小学校の低、中、高学年の四つの部門で熱戦が展開されます。


奉納・子供ずもう始まる~まわしを見せてください

まわしを着けてもらう~トイレに行きにくいかも

 境内に大きなテントが張り巡らされ、二つの土俵と観覧席が巧みに作られています。社務所前のテントで、力士たちはパンツの上から“みたま祭”のまわしを付けてもらいます。まわしを付けた後はトイレに行けません。女の子は赤いまわし。開会が近づきました。豆力士たちが部門別に神社石段前に整列です。


今年も兄弟で連続連覇だ~スポーツ万能のお二人

 開会式の最後に前年度優勝者へ、化粧まわしを付けた写真額が贈呈。昨年、中学年と低学年の両部門に尾長小の兄弟二人が優勝。同時に表彰されました。お名前は兄・都市(といち)弦介君、弟は都市(といち)太利君。弟さんにインタビューしますと。「将来はボクサー。世界チャンピオンになる。」と語っていました。


熱戦に次ぐ、熱戦~押して押して、押しまくれ

 低学年の部では、女の子同士の対戦が幾つかありました。もっぱら首を押し合う、押し相撲が多く見られました。女の子が男の子の首に腕をからめて投げ飛ばす場面もありましたが、残念なことに今年の女の子は、組み合わせの関係で上位に進みにくかったようです。熱戦に敗れて泣きじゃくる女の子の姿がありました。

 土俵サイドのお母さんは大忙し。わが子に近づいてカメラを撮ったり。ビデオに持ち替えて動きを撮ったり、取り組みの間には進行係のトーナメント表を覗きこんだり、じっとしている暇はありません。先程、知り合った和田悠宏くんは、今年は二度目の出場。さっきの取り組みで逆転勝ち。初勝利、よかったね。


土俵サイドのお母さん~やったね。待望の一勝

準決勝が懸かってる~負けてたまるか、頑張れ~

 今日は6月。暑さもまるで夏です。行司さんは神殿を背景にします。左手が東方、右手が西方ということになります。呼び出しが「東 小川和夫くん」「西 山田 美知恵さん」と呼びます。行司は両側の土俵に向かい「礼」と号令を掛けます。「見合って、ハッケヨーイ ノコッタ、ノコッタ」と力士に声を掛け続けます。西方が押し出しで勝ちました。行司は素早く“西方の勝ち”と勝ち名乗りを挙げます。相撲の終りは、お互いに「礼!」と行司に言われて、土俵上で挨拶をし、その取り組みが終わります。
つまり、相撲は”礼”に始まり、“礼”に終ります。
 

(ひろしま市民パブリシスト 萱原 威)

(ひろしまファンクラブ 平成26年6月12日号掲載)

ひろしま男子駅伝~後編



ひろしま男子駅伝・看板~全国のゆるキャラ揃う
天皇盃、第19回全国都道府県対抗男子駅伝競走大会(ひろしま男子駅伝)は、間もなくスタートを迎えます。12時15分第1区走者(47名)の最終点呼が終わり、選手たちはアップを始めました。この区間7.0kmは高校生が務めます。スタート1分前です。一斉に選手はユニフォーム姿に。号砲一発、熱戦の開始です。
号砲一発~スタート30秒前、緊張の瞬間
広島在住の都道府県人会の皆さんの元気で全力の応援が始まりました。NHKテレビは往年の名選手宗茂さんをゲストに迎えてレースの見どころや注目選手の直前情報を紹介します。RCCラジオは全国38局に向けて、この感動の大会を伝えます。ラジオの実況は、いつもの一柳アナウンサーがバイクの車上から生中継します。

大賑わい、ふるさと広場~地鶏焼き鳥(宮崎県)

長野県、優勝は決まり~追う埼玉県、群馬県、長崎県
平和公園資料館前には大型ビジョン(タテ4.6m、ヨコ6.1m)がレースの進行を映し出しています。平和大通りの走路両側には各県人会がふるさと広場を開いています。年々盛況で、皿うどん(長崎県)、じゃがバター(北海道)、かに汁(鳥取県)等には長い行列ができ、地鶏の炭焼き(宮崎県)も人気の様でした。
近年は広島県の高校選手に元気がありません。今回も3区岡本選手(中国電力)の活躍しか目立ちません。岡本選手本人の走り終えた感想では、あと3km辺りでスタミナが切れ、上位を追い切れなかったのが悔しかったそうです。7区の圓井選手の走りも伸びを欠きました。アンカー予定の鎧坂選手の欠場が誤算でした。

19大会中、V6~応援の成果!長野県人会

優勝冠を付けて整列~金メダルを首に
長野県の強さが目立った大会でした。長野県は3区でトップに浮上。5チームの並走となった7区では矢野選手(日体大、優秀選手賞受賞)が抜け出すと同時に、2位以下を圧倒してぶっち切りの優勝でした。2位の埼玉県は箱根駅伝で大活躍の設楽選手(東洋大)の14人抜きがチームを大きく上位に押し上げました。
中国勢は2年ぶりの入賞(8位以内)なし。岡山県の12位が最高で、地元広島県は後半の伸びを欠き14位。鳥取県は18位、山口県は25位、島根県は45位でした。印象的だったのは、大型ビジョンの前の椅子に、レースが終わっても座り続けるご高齢の女性の姿でした。きっと身内に駅伝選手がいたのかもしれません。

(ひろしま市民パブリシスト 萱原 威)

(ひろしまファンクラブ 平成26年1月30日号掲載)

ひろしま男子駅伝~前編

めまぐるしく順位が入れ替わった本年度の「第19回ひろしま男子駅伝」には、沿道におよそ30万人の観衆が繰り出したと報道されました。「トップから入賞の8位まで」が59秒差の中。大会史上初めて1分以内に8チームいる混戦です。勝負の行方が最終区まで、全く見えなかった戦国駅伝とも言える大激戦でした。

ふるさと広場のゲート~NHK放送会館前
ここは大会前日の1/18(土)、NHK放送会館です。解説の宗茂さん(かつての名選手)の予想。広島は1位か3位か8位。中国新聞の予想ではベスト5以内という事でした。駅伝は選手だけのものではありません。各県人会は沿道応援だけでなく郷土芸能や郷土料理を振る舞い大会を盛り上げます。

駅伝・郷土ひろば~屋外・秋田のなまはげ

郷土芸能ステージ~屋内・沖縄の琉球舞踊
館内のステージでは、ねぶた踊り(青森)、因幡の傘踊り(鳥取)、安来節(島根)、琉球舞踊(沖縄)などで盛り上がり、館外では、じゃがバター(北海道)、カニ汁(鳥取)、活ホタテ焼き(岩手)、いきなり団子(熊本)、ソーキそば(沖縄)、きりたんぽ鍋(秋田)、豚角煮まん(長崎)など郷土料理が出品されていました。

開会式~選手行進(各県主将)は北から南へ
広島国際会議場で行われた開会式の幕が上がりました。ノートルダム清心中学・高校合唱部による合唱曲「カルチュラルフェスティバル」が会場に響き渡り、その研ぎ澄まされた歌声は一気に場内を盛り上げます。北から南へと「選手行進」が始まりました。各県旗を持つのは主将。壇上には各県1人、他の選手はホールの席に各県一列に着席しています。

開催地から歓迎・激励挨拶湯崎広島県知事

選手宣誓の坂口選手(長崎)にタスキ贈呈
横川日本陸連会長の開会挨拶に続いて、湯崎広島県知事が歓迎と激励のメッセージを贈りました。「中学生から社会人までの異なる世代の選手が一つのチームとなり、1本のタスキを繋いで、7区間48.0kmのコースを疾走します。その姿は、全国のみなさんに大きな感動を与えてくれます。頑張ってください」と。
選手宣誓した長崎県の坂口選手に各県のタスキが渡されました。さあ、明日の号砲を待つだけです。平和公園には巨大なスクリーンも設置され、全ての準備が完成されました。明日、12時30分、湯崎県知事の号砲でレースの火ぶたが切られます。
(ひろしま市民パブリシスト 萱原 威)

(ひろしまファンクラブ 平成26年1月23日号掲載)

カープ熱き戦い~今年こそCSへ~


横浜スタジアム正面~筆者(左)と息子
1975年の初優勝から1991年までにカープは6度優勝をしています。あれほど強かったカープですが、今のカープは最後に優勝した1991年から21年間も優勝から遠ざかっています。2007年にCS(クライマックスシリーズ)が始まり、3位に入れば日本シリーズの予選に出場できます。今年はそのチャンスです。
筆者は少年時代から熱烈なカープファンです。当然のことながら息子も、親父に負けず劣らずカープファンで、マツダスタジアムのみならず、東京ドーム、甲子園球場、神宮球場そして先日は、横浜スタジアムを訪れ、熱い声援を送りました。本号では、その横浜スタジアムでのカープの「熱い熱い戦い」を発信します。
球場左半分はカープファン~まるでホーム

新幹線の「新横浜」を降りますとホームには既に赤いカープのユニホーム姿が見られます。横浜市営地下鉄の「関内」を出ますと目の前が横浜スタジアムです。球場周辺は赤い服が俄然多くなります。関東にもこんなにカープファンは沢山いるのですね。スタンドに入って驚きました。球場の左半分が真っ赤なのです。




エルドレッド猛打~2打席連続ホーマー

クローザーのミコライオ~3人でピシャリ
この日の先発はバリントン。広島は快勝でした。1回に梵の適時打とエルドレッドの適時二塁打で2点を先制。その後もエルドレッドが2本塁打を放ちました。バリントンも快投を演じ、7回1失点で8勝目です。カープは相手DeNAに3ゲームの差をつけ、今年もDeNAに勝ち越しが決まりました。


球場内外で花火大会~付近の山下公園でも

試合終了!全選手で出迎え
横浜スタジアムは横浜港の近くにあり、港の山下公園でもこの夜、花火大会で、横浜球場の一塁側(つまり、ベイスターズ側)の上空に花火が上がりました。カープのエルドレッドの2ホーマーが夜空に、球場内外での花火大会です。その後ヤクルト、巨人に各3連勝。阪神の初戦に勝って7連勝。そしてついに9月25日(水)、中日に2-0で勝利しクライマックスシリーズ初出場を決めました。
(ひろしま市民パブリシスト 萱原 威)

(ひろしまファンクラブ 平成25年9月26日号掲載)

ヒロシマ平和の灯のつどい~原爆慰霊碑前~

ヒロシマ平和の灯のつどい~原爆慰霊碑前


平和の灯から採火~二人の女子学生
セレモニーが始まりました。ろうそくの明かりに核廃絶の願いを込めた「ヒロシマ平和の灯のつどい」です。午後七時過ぎ、旧ソ連の核実験場があったカザフスタンから山陽女学園に留学中の女子学生マディーナ・ショムパノワさん(15)らが、平和記念公園の「平和の灯」から採火し、参加者のろうそくに火を分け合います。





つどいの開始「原爆を許すまじ」~力強い合唱
今年も暑い夏が訪れました。
♪ふるさとの街焼かれ、身寄りの骨埋めし焼け土に。今は白い花咲く、ああ許すまじ原爆を、三度許すまじ原爆をわれらの街に。ふるさとの空重く黒き雲今日も大地覆い。今は空に陽もささず….♪
7月31日夜、ここは原爆慰霊碑の前。「ヒロシマ平和の灯のつどい」は女性たち約80人ばかりの集いです。




広島と旧ソ連から~若者たちの挨拶
昭和20年(1945年)8月6日広島に、8月9日長崎に原爆が投下。一瞬に生命・街・文化の全てを破壊されました。今も人々は健康・暮らしを脅かされています。平成23年3月11日、東日本を襲った地震による大津波で原発事故が発生し福島が被曝しました。許せないぞ。広島・長崎・福島は結束し連帯して核廃絶へ向けて強い思いを世界に発信しなければなりません。




平和の池と平和の芝生広場~静かな行進
「灯のつどい」は静かに動き始めました。列は慰霊碑前から、二手に分かれ、平和の池を一周します。カザフスタンで旧ソ連の核実験を止めた歌「ザマナイ」の歌声と、鎮魂と平和への思いを心で受け止めながらゆっくり噴水に向かい、その前で両者の歩みは一つとなり、慰霊碑に向かって前進し慰霊碑前で整列しました。





子どもへ未来を託して~「青い空は」合唱

♪青い空は青いままで 子どもらに伝えたい。
燃える八月の朝影まで燃え尽きた。
父の母の兄弟たちの命の重みを肩に背負って胸に抱いて。青い空は青いままで子どもらに伝えたい。
すべての国から戦の火を消して平和と愛と友情の命の輝きをこの堅い握手と歌声に込めて。♪
広島市女性団体連絡会議主催で、15回目。


(ひろしま市民パブリシスト 萱原 威)

(ひろしまファンクラブ 平成25年8月8日号掲載)

広島泣き相撲~広島護国神社~

奉納広島泣き相撲~広島護国神社
奉納広島泣き相撲~広島護国神社
5月5日は子どもの日。ここは広島の護国神社。赤ちゃんの成育祈願の行事。”元気な赤ちゃん集まれ!”と奉納「広島泣き相撲大会」です。本殿に勢ぞろいした赤ちゃん力士たち。神職が手短に祝詞を述べた後、巫女さんの“幸せの鈴の音”で赤ちゃんはお祓いを受けます。参加資格は生後6か月から1歳半までの男女児です。 


鈴の音でお祓い、巫女さんから
鈴の音でお祓い、巫女さんから
拍子木が打ち鳴らされ、いよいよ「泣き相撲広島場所」の開幕が近づきました。東方と西方の控室に20人ずつの赤ちゃん力士がお母さんに抱っこされ、係の人から試合用のハッピ、まわし、ハチマキを付けてもらい勢ぞろい。出番を待ちます。お母さんに限らずお父さんの場合もありました。ほどなく呼び出しの声が流れます。
「東(ひが~し)、マエダケンタ(仮名)ちゃ~ん。西(に~し)、サカモトハヤト(仮名)ちゃ~ん。」よく通る声が境内に響きます。東の控室から、西の控室から、それぞれお母さんに抱っこされたケンタちゃんとハヤトちゃんの二人の力士が台の上に作られた土俵に上がります。

東方控え、出番待ち(西方も同様)
東方控え、出番待ち(西方も同様)
東方は青い座布団に、西方は赤い座布団に赤ちゃん力士が座ります。
行司のおじさんが、右手に軍配をかざして両力士の間に割って入り「ハッケヨーイ。のこった。のこった。のこった。のこった。」と東方の赤ちゃん力士に、次に西方の赤ちゃん力士に、交互に声をかけます。その声に驚いた赤ちゃん力士の一人が「わ~っ」と泣きます。


取組みは”先に泣いた方が勝ち”
取組みは”先に泣いた方が勝ち”
行司はすかさず、軍配を先に泣いた赤ちゃん力士にさっと上げます。「マエダケンタ(仮名)ちゃ~ん。」とすぐさま、勝ち名乗りを上げます。周囲の人たちは大爆笑。

呼び出し、境内に響き渡る美声お母さんに抱っこされて土俵入り東西のお母さんは赤ちゃんを正面に向けて座り直らせ、お父さんのカメラに納まって、次の取組みと代わります。どちらの赤ちゃんも泣かない時は、「引き分け~」という裁きもありました。“泣く子は育つ”“子は国の宝。”そんな行事でした。


左写真:呼び出し、境内に響き渡る美声、右写真:お母さんに抱っこされて土俵入り
(ひろしま市民パブリシスト 萱原 威)

(ひろしまファンクラブ 平成25年5月16日号掲載)

お練り~春を呼ぶ子ども神楽祭~

“お練り”は馴染みの薄い表現です。「春を呼ぶ子ども神楽」はお祭りですので、祭りにはお囃子が付き物、お囃子には太鼓が付き物です。広島県内から五つの子ども神楽団が宮島にやって来て、千畳閣で神楽祭りを行います。そのお知らせを2つの神楽団が“お練り”と称して宮島桟橋から厳島神社まで山車で観客を誘います。お練り出発前集合写真まず、本年参加する五つの子ども神楽団を紹介します。地元、廿日市市から「原・亥の子舞子連中」と「吉和子ども神楽団」。安芸高田市から「八千代子ども神楽団」。北広島町から「南方子ども神楽団」。そして遠来の三原市から「大草子ども神楽研究クラブ」。この五つを代表して吉和神楽団と八千代神楽団が“お練り”を務めます。
商店街から拍手で迎えられる神楽山車宮島桟橋から厳島神社までの“お練り”を務める吉和子ども神楽団が、記念撮影を終え10時に山車に上がります。演目は「大江山」。物語は「大江山に住む酒呑童子(しゅてんどうじ)という悪鬼を、源頼光(みなもとのらいこう)とその家来・坂田金時とで退治する話です。一節舞って、さあ出発です。
吉和子ども神楽団を乗せた山車は、宮島商店街でも一節舞います。ゆっくり進みながら御笠浜前でスタンバイします。大鳥居を前に演目中の最大の見せ場を舞います。
山伏修行者に変装した源頼光と坂田金時は大鳥居を前に大江山を舞う吉和子ども神楽団大江山に向かいます。持参した都の酒を巧みに酒呑童子に飲ませて油断させ、ものの見事に鎮圧に成功します。
お練りは厳島神社前で交代。ここから桟橋まで「八千代子ども神楽団」が務めます。神楽祭りは千畳閣で11時から。演目は「弓・しめ口(原・亥の子舞子連中)、御神祇・八重垣(大草子ども神楽研究クラブ)、大江山(吉和)、滝夜叉姫(八千代子ども神楽団)、悪狐退治(南方子ども神楽団)」。太鼓が宮島中に鳴り響きます。

(ひろしま市民パブリシスト 萱原 威)

(ひろしまファンクラブ 平成25年4月18日号掲載)

子供神楽共演会~広島東照宮

広島東照宮石段 広島東照宮境内
工事完成した広島東照宮  広島東照宮境内に    
石段が見物席         設けられた特設舞台   
演目「葛城山」
演目「葛城山」~正体を見破られた鬼
演目「六本旗」 演目「御神祇」
演目「六本旗」~        演目「御神祇」~      
 誕生時の、清めの舞      悪魔祓いの力強い舞 
   
巫女舞「浦安の舞」
子供神楽共演会~巫女舞「浦安の舞」
神楽シーズン到来です。広島東照宮では郷土伝統芸能の継承と発展を願い、地元実行委員会が、本年共演頂く子供神楽団に、「岩上八幡神社神楽保存会」(いわのうえはちまん)(安佐北区)、「ひまわり子ども三次神楽団」(三次市)、「大草神楽子ども研究クラブ」(三原市)、「大森子ども神楽団」(佐伯区)、「上石子供神楽会」(北広島町)の五つを選びました。

「子供神楽共演会」は、本年で第21回を数えます。去る13日(土)に、広島東照宮境内に特設舞台を設けて行われました。本年3月に広島東照宮は全面的な修復工事が終わり、正面石段に、赤いじゅうたんが敷かれ見物席になっています。盛んな広島神楽ですが、それは子ども神楽の育成に力を入れているからに他なりません。

この日は、二部構成で「子供神楽共演会」が行われました。第一部は、最初に「広島東照宮麒麟獅子舞」(きりんししまい)が奉納され、続いて小学生の巫女舞が舞われました。巫女舞は通常、“扇の舞”と“”鈴の舞“があり、この日は難度の高い”鈴の舞“から「浦安の舞」(東区二葉の里地域子ども達)が奉納されました。

第二部として、五つの子供神楽団が「子供神楽共演会」を行いました。「鯛釣り」(たいつり)、「六本旗」(ろっぽんはた)を「岩上八幡神社神楽保存会」が、「葛城山」(かつらぎやま)を「ひまわり子ども三次神楽団」が、「御神祇」(ごしんぎ)と「八重垣」(やえがき)を「大草子ども神楽団」が舞いました。

各演目は大熱演で、広島神楽大演目の一つ、「塵倫」(じんりん)は「大森子ども神楽団」が汗だくで舞いました。巨大な怪物・塵倫との格闘は迫力満点。最後の演目、「惡狐伝」(あっこでん)は「上石子供神楽会」がコミカルに舞い、会場は大爆笑でした。主催者からは、子供神楽団の労をねぎらいそれぞれに感謝状が贈られました。


(ひろしま市民パブリシスト 萱原 威)

(ひろしまファンクラブ 平成24年10月25日号掲載)

ひろしま神楽の日2012

地下広場の状況 受付
広島駅南口         受付~        
  エールエール地下広場  “神楽”まち起こし協議会
八岐の大蛇~梶原神楽団
八岐の大蛇~梶原神楽団
会場の様子「神楽まんじゅう」 会場の様子「田舎寿司」
 神楽まんじゅう~      田舎寿司~懐かしい味が
  お茶受けにいかが?    詰まっています。
     
オープニングセレモニー
神楽衣装で、オープニングセレモニー
“広島市内に神楽ばやしが鳴り響く”。広島市内の中心部、基町クレド、アリスガーデン、広島駅南口エールエール地下広場の三か所で、広島自慢の伝統文化“神楽”が上演されます。神楽を見たことのないあなたも、是非、“勇壮な神楽ばやしと華麗な舞を”ご覧ください。という「市民と市政」が9月1日に新聞折り込みされました。

9月30日(日)のこの日は、台風の影響で荒天のため、基町クレドとアリスガーデンの二会場は中止。広島駅南口エールエール地下広場だけで行われました。「ひろしま神楽の日2012」という催しは、七市町(広島市、呉市、三原市、廿日市市、安芸高田市、安芸太田町、北広島町)で作る広島広域都市圏協議会“神楽”まち起こし協議会で、今年、初開催です。

クレド前広場で予定されていた「オープニングセレモニー」は、広島駅南口エールエール地下広場に変更。「ひろしま神楽の日2012」はここで開催です。松井市長と湯崎県知事がセレモニーに参加され、この催しを激励されました。10kg近い神楽衣裳を身に着けて、お二人は熱っぽい挨拶をされました。会場の周辺には、田舎寿司や神楽まんじゅうの店も並び、神楽に親しんでもらおうと、「八岐の大蛇」(ヤマタノオロチ)の大蛇との記念撮影もありました。

演目は、「四天」「だいば」(広小坪自治会、呉市)、「大江山」(水内神楽団、広島市)、「大歳尊」「八岐の大蛇」(梶尾神楽団、安芸太田町)、華麗な舞に約6千人の観衆から拍手喝采でした。

予定されていた基町クレド前広場で行われるはずの、「羅生門」「滝夜叉姫」(吉田神楽団、安芸高田市)、「葛城山」(浅原神楽団、廿日市市)と、アリスガーデンで行われるはずの、「紅葉狩」「鬼捕り」(富士神楽団、北広島町)、「清めの舞」「悪魔祓い」(大和町連合神楽保存会、三原市)の演目は、残念ながら見られませんでした。


(ひろしま市民パブリシスト 萱原 威)

(ひろしまファンクラブ 平成24年10月11日号掲載)

マツダスタジアムが、熱い
 

マツダスタジアムプロムナードのバナー
     破天荒~            梵英心選手~
  成せばなる、前人未到     プロムナードのバナー
応援
ファンの声通ず~完封、マエケン
風船 うちわ
    勝利を呼ぶ風船~      ホームラン風~
     ラッキーセブン        うちわで吹かそう

スクリーン
スクリーン~先発、前田 健太
9月2日(日)甲子園の広島-阪神戦を観戦。結果は延長戦の末、サヨナラ本塁打を浴び、カープは敗戦でした、4万人入る甲子園球場のカープファンは僅か2千人位。それでも声援の質は阪神の大応援に劣るものではありませんでした。全国にはカープファンが大勢います。選手たちはきっとその声援に応えてくれるはずです。

わが広島カープは毎試合よく戦っています。8月が終わった時点では、4位のヤクルトを4ゲーム引き離して堂々の3位を確保でした。9月に入り残暑は続き、熱暑の日々での戦いで、カープの選手に疲れが出たようです。しかしマツダスタジアムのファンは、カープが負けても負けても、2F自由席等はいつも満員で、熱烈な応援です。

上述の阪神戦は惜敗でした。9月7日(金)DeNA戦も惜しい試合です。東京での巨人3連戦は全く歯が立ちませんでした。15日(土)、16日(日)の中日戦は、戦い方によればカープに勝ち目のある試合でした。そして17日(月)は、抑え投手の弱さを暴露した情けない敗戦でした。ファンも選手も眠れない日々が続きます。

9月に入り、只今9連戦の真っただ中にいます。カープには苦しい戦いの毎日です。内容的には押されっぱなしの試合ばかりではありません。ただチャンスを作れど、ランナーがホームに帰らない。イライラさせられますが、好打もあり、好守もあります。ただそれが得点につながらないのです。ベンチも投手もへばりぎみ。

9月18日(火)現在、カープのCS(クライマックスシリーズ)自力進出は失くなったと、報道がされましたが、ヤクルトの成績次第ではカープは絶望ではありません。連日のマツダスタジアムのファンの数は甲子園のファンの約20倍です。選手は最後の一戦まで、この大、大声援を背に戦いを諦めてはなりません。

(ひろしま市民パブリシスト 萱原 威)

(ひろしまファンクラブ 平成24年9月20日号掲載)


ゆかたできん祭~広島・とうかさん

ゆかた娘さん きんさい娘さん
ゆかた娘さん
~とうかさん、圓隆寺
きんさい娘さん
~とうかさん、圓隆寺
ゆかたで盆踊り
ゆかたで盆踊り~東新天地公共広場
とまれみ姉妹 黄色いハイボール車
とまれみ姉妹
~本通りで、女子大生
黄色いハイボール車
~袋町公園

ゆかたで歩きんさい
パレード~ゆかたで歩きんさい
ゆかたの着始めとして有名な広島の三大祭りの一つ「とうかさん」に合わせて、「ゆかた」をテーマに市民参加型の祭り「ゆかたできん祭」が始まりました。6/1(金)~6/3(日)の三日間、中央通りを中心に「ゆかたで踊りんさい」など、さまざまなイベントが繰り広げられ、広島の街が多くのゆかた姿の人で賑わいました。

広島の初夏を彩る「とうかさん」は広島市中区三川町の圓隆寺で行われます。夕方の7時からは、中央通りが歩行者天国となり、ゆかた姿の参拝者が長い列をなします。「稲荷(とうか)大明神」の幟の元に提灯約500個が輝く中、名物の厄除うちわやお守り、くじ引きや提灯を求めて熱気ムンムンです。

まず、袋町公園で「ゆかたで涼みんさい」をテーマに、「オープニングセレモニー」です。挨拶に立った松井広島市長から市役所でも職員がゆかたで職務に就いていると報告されました。その後、本通り入口から三人の広島観光親善大使が先導して、「ゆかたで歩きんさい」のパレードが中央通りまで続きました。

また、「東新天地公共広場」では、「ゆかたで盆踊り」が行われ、子どもから大人まで飛び入り大歓迎の盆踊り。夕方の7時から三日間、熱気いっぱいの盆踊りでした。中央通りでは広島市などから16グループが参加。創作ダンスや和太鼓演奏、ヒップホップやよさこいソーランなど力強い踊りでした。

開会行事があった袋町公園では、広島、岡山、島根の3県自慢の味が楽しめる「ハイボールガーデン」が毎夜、店開きです。黄色いハイボール車が初登場。ウイスキーをソーダで割り、広島産のレモンを入れたハイボールが大人気。気温は平年を上回り、今年の祭りは夏を思わせる三日間でした。

(ひろしま市民パブリシスト 萱原 威)

 

(ひろしまファンクラブ 平成24年6月7日号掲載)

 春を呼ぶ清盛まつり

■春を呼ぶ清盛まつり■
 

清盛スタンプラリー
清盛スタンプラリー
~島内外に10か所
平家一門
平家一門
~重盛は清盛と明子との子
清盛公の山車
清盛公の山車~真野廿日市市長の清盛
ひろしま清盛くん
清盛まつりに登場した
ひろしま清盛くんの
イメージキャラクター
さえき景弘くん
さえき景弘くんの
イメージキャラクター

春を呼ぶ清盛まつり

世界遺産、厳島神社の礎を築いた平清盛を偲び、平家一門の神社参拝を再現する平安絵巻が宮島の春を彩ります。
「清盛まつり」の行列は清盛の命日3月20日に近い日曜日。(本年は、3月18日)
俳優の松山ケンイチさんの合図で宮島桟橋前広場を出発。
鎧(よろい)兜(かぶと)姿の武者や平安貴族などに扮した約300人が清盛神社まで約2キロを練り歩きました。

折しもNHKの大河ドラマで「平清盛」が本年1月から始まり、武士の時代への道を切り開いた「平安のカリスマ」清盛の生涯が放映されています。
今から約900年前、貴族政治が混迷を極めた平安末期、この国の行く先を示したのが、平清盛(1118~1181年)。
このドラマの主役を演じているのが、上述の松山ケンイチさんです。

広島市佐伯区では、イメージキャラクター「さえき景弘くん」が登場。
また、佐伯景弘のイメージソング「佐伯景弘、一千年の絆」が作られました。
佐伯景弘は厳島神社の神主でした。
1168年(仁安3年)ごろ、清盛は安芸守に任命されており、両者が力を合わせて厳島神社の造営を成し遂げました。

平清盛が瀬戸内海を舞台に活躍していた頃、広島市はデルタ地帯ではありませんでした。
中区江波町は江波(えば)島、南区比治山町は比治(ひじ)島、南区仁保町は仁保(にほ)島。
今の黄金山です。
さえき景弘くん山陽道もずっと内陸を通っていたようです。
厳島神社を造営したのは、平清盛51歳の時でした。

広島周辺の平清盛展示館を紹介します。
(1)ホテルグリーンピアせとうち「清盛海の道展」
   (呉市安浦町)TEL0823-84-6622
   ロケで使用した海賊船や和船の展示

(2)「平清盛音戸の瀬戸ドラマ館」
   (呉市音戸町)TEL0823-50-0041
   ロケに使われた大型和船等の展示

(3)宮島歴史民族資料館企画展示「平清盛館」
   (廿日市市宮島町)TEL0829-44-2019
   平清盛の坐像複製等の展示。
                                      


   清盛のドラマは佳境に入ります。

(ひろしま市民パブリシスト 萱原 威)

  (ひろしまファンクラブ 平成24年3月29日号掲載)

 

 

 

 

木工のまちはつかいちと中学校女子はつかいち駅伝

 

■木工のまちはつかいちと中学校女子はつかいち駅伝■
形も大きさもそれぞれ違うけん玉  廿日市市は宮島や厳島神社が有名ですが、「けん玉発祥の地」としても知られています。市内には西日本唯一のけん玉製作所があります。
 けん玉(日月ボール)は大正期に考案され、昭和47年頃大流行したようです。木のぬくもりを感じられる昔ながらのおもちゃですが、大人も子供も夢中になる不思議な魅力は変わりません。
 けん玉やしゃもじ、細かな細工が美しい宮島彫りをはじめとした伝統工芸など木工が古くから盛んで、「木工のまち はつかいち」と呼ばれています。
 また、全国都道府県男子駅伝競走大会(ひろしま男子駅伝)は、平和記念公園を出発して平和大通り、宮島街道を西進し中国電力旧大野研修を前を折り返しますが、廿日市市はその第3、4、5区を担う高低差の少ないスピードコースでもあります。
 2月5日(日)、「中学校女子はつかいち駅伝」が、廿日市市平良の廿日市市役所前を発着点に開催されました。
 第24回となるこの大会には廿日市市内の8校に加え、広島市から14校、大竹市の1校、総計23校がエントリーしています。
 大野東中(廿日市市)、4連覇成るか。
 昨年全国大会に出場、今や勢いに乗る三和中(広島市佐伯区)の初優勝成るか。
 

各チーム一斉にスタート

                           号砲一発で、スタート
 

大野東中と三和中の先頭争い

三和中初優勝!

先頭争い~左、大野東中(廿日市市) 右、三和中

三和中(広島市佐伯区)初優勝!~2区から独走!

 
 

阿品台中、2区から3区へたすき渡し

可部中、4区から5区へたすき渡し

2区から3区へ中継 ~阿品台中(廿日市)

4区から5区へ中継 ~可部中(安佐北区)


1区の区間賞は大野東中でしたが、三和中は3区と最終5区で区間賞。
 特に5区で大会記録を塗り替える快走を見せ、2位の大野東中に1分19秒の大差をつけて三和中が初優勝を飾りました。
 3位は城南中(安佐南区)でした。
 今年も熱い走りを見せてくれた“中学校女子はつかいち駅伝”、高い水準の大会になっているようです。

(ひろしま市民パブリシスト  萱原 威)
 

 

(ひろしまファンクラブ 平成24年2月19日号掲載)

砂持加勢(すなもちかせい)まつり~本川川ざらえ


  ■砂持加勢まつり~本川川ざらえ■
 

龍踊り(じゃおどり) 龍踊り(じゃおどり)
     ~基町小学校

銀獅子と花笠おどり
銀獅子と花笠おどり
   ~中央公民館
紙芝居「砂持加勢」
紙芝居「砂持加勢」~安部頼繁氏
木遣り音頭
木遣り音頭
    ~榎町木遣り保存会
尺八演奏
尺八演奏
     ~虚無僧の装束で
 砂持加勢まつり
     砂持加勢まつり~本川川ざらえ

去る10月2日、”幕末の祭り再現!”と題して「砂持加勢(すなもちかせい)まつり」が行われました。会場は”中央公園西側河岸緑地 通称基町ポップラ通り”です。
この祭りは”水の都 広島”らしい祭りでした。

広島は太田川が中国山地の土を大量に運び込むことによって、広島の河口に三角州が築かれ、その恩恵を受けて発展してきました。
江戸時代の物資の運搬の多くは太田川の舟運びでしたが、放っておくと河床に砂がたまり、舟の運行の大きな障害になっていました。
このため、広島藩は町民に命じて定期的に”川ざらえ”をさせましたが、これは町民にとって大変な重労働でした。
”川ざらえ”をする町民の苦労を支援し、元気づけるために周りの者が囃し立て、お祭り騒ぎをしたのが、1862年(文久2年)のことで、城下の町ごとに趣向を凝らした山車(だし)を作り、仮装した町民がそれらを引き、幟を押し立て、囃し立てて練り歩きました。
それが6日間も続いたといいます。

幕末に行われた祭り「砂持加勢」は一回限りでしたが、2008年から再開されており今回であわせて5回目になるそうです。

 

(ひろしまファンクラブ 平成23年10月13日号掲載)

 

夜のプロムナード~平和公園

「夜のプロムナード~平和公園」  
平和の噴水
    「夜のプロムナード」~平和の噴水

“あの閃光が忘れえようか。瞬時に街頭の三万は消え、圧しつぶされた暗闇の底で五万の悲鳴は絶え。渦巻くきいろい煙がうすれると、ビルディングは裂け、橋は崩れ、満員電車はそのまま焦げ。涯しない瓦礫と燃えさしの堆積であった広島。・・・。”
これは原爆詩人峠三吉さんの「八月六日」という詩の冒頭の一節です。

八月六日が近づくと、昼間は、平和公園には国の内外や県内外から沢山の人が広島を訪れます。慰霊碑に参拝する人もあり、原爆碑を巡る人もいます。
木陰で被爆者の話を聞く小学生や原爆の子の像前で平和の集いを開く中学生も見られます。
ドーム前では核廃絶を求めるダイインや高校生の署名活動も見られました。

私は「夜のプロムナード」を始めました。
7/31です。

平和大通りの“平和の門”に照明が、“平和の噴水”に色がつき、平和公園は静かな空間へと様変わりします。女性による“平和の灯”の集いが原爆慰霊碑前で行われ、静かな行進が平和公園内を進みました。8/5、親水護岸では静かな合唱や独唱がありました。

八月六日の夜です。子どもたちが作った“平和キャンドル”がドーム周辺に灯されます。元安川では“灯ろう流し”が行われ、沢山の人たちが原爆死没者の御霊に祈りを捧げます。
“原爆は、人のいない平和公園に投下されたのではなく、当時広島一の人口密集地、その繁華街に投下されたことを忘れてはなりません。”

ひろしまファンクラブ 平成23年8月11日号掲載)


平和の門
平和の門
~平和公園前緑地帯

鎮魂歌独唱
鎮魂歌独唱
ドーム前親水護岸
灯ろう流し~元安川の夜景
灯ろう流し~元安川の夜景
キャンドルに願いを~ドーム周辺
キャンドルに願いを
~ドーム周辺
 
平和の行進~原爆慰霊碑前
平和の行進
~原爆慰霊碑前

雨に唄えば~梅雨の巻

■雨に唄えば~梅雨の巻■
雨に咲く花~白島線沿線、中区縮景園






雨に咲く花~
白島線沿線、中区縮景園
アオイ咲く道~南区翠町から仁保町方面へ
   アオイ咲く道~
    南区翠町から仁保町方面へ

アジサイのベッド~比治山線沿線で発見
アジサイのベッド~比治山線沿線で発見
新型車両グリーンムーバー~南区宇品海岸通り新型車両グリーンムーバー~
      南区宇品海岸通り
原爆ドーム前の小さな噴水~
原爆ドーム前の小さな噴水~
            中区大手町
映画「雨に唄えば」のDVD
今、広島地方は梅雨の真っ最中。セパ交流戦でカープは大苦戦でした。結果はみなさん、ご存じの通りですね。

さて、雨で思い出されるのは、ジーン・ケリーが土砂降りの雨の中で唄い踊るあのミュージカル映画「雨に唄えば」でしょうか。日本でも空前の大ヒット。1952年の作品ですから、今から約60年前の話です。

 ♪アイムシンギンインザレイン ジャストシンギンインザレイン ウオタグロリアスフィーリン アイムハピーアゲイン・・・(以下、日本語で唄いましょう。) 雨に唄おう 雨に唄えば 素晴らしい気分や幸せな気分になれる 曇り空に笑いかける 空は真っ暗だけど 心の中には太陽と恋をしたい気分で一杯だ・・・♪

この季節の花といえば、アジサイ、ハナショウブ、アヤメ、カキツバタそしてアオイでしょうね。青から赤へと次々に色が七変化してゆくアジサイですが、今年はいつもの年より咲くのが遅れ気味です。この季節の花の第一人者はアオイでしょうね。花は下の方から咲き始め、てっぺんに花が咲く頃、梅雨が明けます。

市内電車の比治山線では柳がしっとりと雨に濡れていました。白島線の県立美術館の隣り縮景園を歩きました。横川線の舟入本町の花壇やNHK前の花壇はきれいでした。

♪アイムシンギンインザレイン ジャストシンギンインザレイン ウオタグロリアスフィーリン・・・♪ 鼻歌を唄いながら雨の市内電車沿線を巡りました。

(ひろしま市民パブリシスト  萱原 威)

(ひろしまファンクラブ 平成23年6月30日号掲載)

 

 

  万灯みたま祭~護国神社

宮司さんと巫女さん
    宮司さんと巫女さん~
         予行練習を終えて
かがり灯

かがり火灯される~

       宵宮で熾された火
縁結びのみこ踊り
雨中の"縁結びのみこ踊り"~本殿前の中と外
予行演習
  当日、最後の予行演習~
        巫女さん、真剣そのもの
幸せの鈴の舞
  "幸せの鈴"の舞~
         かがり火に照らされて
護国神社
毎年5月、最後の金、土、日に広島護国神社では「万灯みたま祭」が行われます。金曜日は宵宮、土曜日は本宮で「みこ踊り」。そして日曜日は後宮です。広島はあいにく早めの入梅となり、雨の中での「万灯みたま祭」となりました。みこ踊りの予行演習も本番も、境内ではなく本殿内と屋根の下の石畳の上で挙行されました。

公募で参加した独身女性の巫女さんたちに、宮司さんは万灯みたま祭の意義を、東日本大震災を例に話されました。“今から66年前、広島の街は原爆投下により廃墟と化しました。そして被爆者は今もなお放射能による原爆症で苦しんでいます。去る3月、東北では大地震、巨大津波そして原発事故による大災害が起きています。

とりわけ福島県は、原発による放射能汚染により、まるで当時の広島・長崎と同じ惨状です。阪神大震災で得た教訓を生かし、被災地では懸命な人助けがなされ、日本人の連帯感の見事さが世界中で絶賛されました。広島・長崎が復興したように私たちは、東日本の被災者の方たちと強い絆を築き、連帯を深めたいと思います”、と。

本殿と石畳に巫女さんが整列しました。さあ、本番の“みこ踊り”始まりです。「縁結びのみこ踊り」に続き、
♪リンリンリン 私の生まれた街・広島 リンリンリン大空に リンリンリン幸せの リンリンリン鈴を手に みんなで踊ろう鈴の舞♪
 「幸せの鈴」の舞は続きます。鈴の音色が、雨の広い神社境内に響きました。

 (ひろしまファンクラブ 平成23年6月9日号掲載)

 春はもうすぐ~芸備線の巻

毛利川家しだれ桜
◆毛利川家しだれ桜~
井原市―向原駅間◆


ヒガン桜咲く上深川駅
◆ヒガン桜咲く上深川駅~
安佐北区白木町◆


 
白梅咲く白木鉄橋
◆白梅咲く白木鉄橋~
狩留家―白木山駅間◆


 
菜の花咲く三篠川
◆菜の花咲く三篠川~
白木山―中三田駅間◆


 
カタクリの里
◆カタクリの里~
向原町川之内(安芸高田市)◆


 


(ひろしまファンクラブ 平成23年4月14日号掲載)
 
春はもうすぐ~芸備線
「私たちは16年前、阪神・淡路大震災の年に生まれました。今、東日本大震災で多くの尊い命が奪われ、私たちの心は悲しみで一杯です。被災地では、すべての方々が一丸となり、仲間とともに頑張っておられます。人は仲間に支えられることで大きな困難を乗り越えることができると信じています。がんばろう、日本!」(抜粋)
これは、春の選抜甲子園・創志学園(岡山)の野山主将による選手宣誓です。胸を打たれました。

新聞からジャンボ活字は消えましたが、被災地の方々の、悲しく、辛く、苦しい日々の報道は続いています。しかし、暖かい春はきっと来ます。そんな思いを込めて、ささやかですが“芸備線の春”をお届けします。
広島駅から出る3本のローカル線の中に芸備線があります。広島(広島市)―三次(広島県)―新見(岡山県)の175キロメートルの路線なのですが、広島―三次間の99.3キロメートルのことを“芸備線”だと思っている人が意外に多いです。

芸備線に沿って三篠川が流れ、広島―三次間には沢山の鉄橋があります。この時期、川原に菜の花が咲きます。白木鉄橋(狩留家―白木山間)の土手に咲く白梅林と列車の姿は、鉄道カレンダーになります。安佐北区の隣町、向原町には7つの区があり、区ごとにしだれ桜が庭に咲きます。また、向原町川之内地区にはカタクリの里があり、4月初旬から上旬にかけて可憐な花が咲きます。間もなく県内一帯は、桜(染井吉野)が満開になります。

 

広島花風景

■NHK放送会館前
平和大通りには、季節ごとに色とりどりの花壇が造られます。5月末から6月にかけてはご覧のような花たちが緑に映えます。写真奥が田中町方面で、比治山へと向かっています。

この平和大通り(100m道路)を横切って広電(広島駅—広島港)が走っています。平和大通りは自転車で行く人もいますが、車の交通量は大変なものがあります。

 

■平和記念公園・原爆の子の像前
元安川沿いにあるレストハウスと道をはさんだ反対側に原爆の子の像があるわけですが、ドームも見えるこの場所に小さなバラ園があります。

 

観光で訪れる人もひっきりなしで、修学旅行の小学生たちも、この「原爆の子の像」前で折鶴を捧げ、平和のセレモニーを行っています。 

 

■五月が丘団地入り口
紙屋町と免許センターが高速4号線(トンネル)で結ばれました。その道中に広域公園や広島修道大学(アストラムラインの終点)、五月が丘団地があります。

 

山陽自動車道の五日市ICから、五月が丘団地は目と鼻の先です。この団地の入り口には、今、真赤なツツジが咲いています。真っ赤なツツジに赤い家、赤いクルマが映えます。

 

 

(ひろしまファンクラブ 平成18年6月15日号掲載)

 

広島花風景 (ひろしま市民パブリシスト 萱原 威(かやはら たけし)
NHK放送会館前

 広島花風景(ひろしま市民パブリシスト 萱原 威(たけし))
平和記念公園・原爆の子の像前

広島花風景(ひろしま市民パブリシスト 萱原 威(かやはら たけし))
五月が丘団地入口

 


路面電車の走る街

宇品海岸通り
広電では国産で新型の超低床路面電車を走らせ始めました。名称は「グリーンムーバーマックス」。広島駅-広島港、広島駅-広電宮島口の二つの路線に4編成が走っています。

マックスは広電と三菱重工業など国内三メーカーが共同開発した初の国産完全超低床電車です。利用者からの要望を取り入れ、従来より車内の通路を広くとり、座席数も増やしました。また、車内の中央に転倒事故防止の握り棒を立てるなど工夫がなされ快適な電車です。

舟入本町
1942年製で広電生え抜きの二両の電車が、今春、運転を終えました。650形の653号、654号の二両です。グリーンムーバーマックスが追加導入され、車両数に余裕が出来たために引退となりました。

1945年の原爆では、当時の電車総数123両中、108両が被爆。引退した二両は、現在の中区江波付近を走行中に被爆。大破した電車は、翌年2月には復帰し、今日まで走りました。うち一両は、広島市交通科学館で見られます。

横川駅前
昨春、横川駅や駅前広場の整備が完成しました。本年4月から10月にかけて、土曜日、日曜日および祝日に江波線(横川-江波間)をレトロな大正電車が走っています。

発車する時、車掌さんが紐を引きますと、チンチンと鳴るためチンチン電車と呼ばれています。現在は何故か、雨の日は運休です。

(ひろしまファンクラブ 平成18年11月16日号掲載)

 

 

路面電車の走る街(ひろしま市民パブリシスト 萱原 威(たけし))
宇品海岸通り(6月初旬撮影)

路面電車の走る街(ひろしま市民パブリシスト 萱原 威(たけし))
舟入本町(10月中旬撮影)

路面電車の走る街(ひろしま市民パブリシスト 萱原 威(たけし))
横川駅前(3月下旬撮影)

 


2007 ひろしまフラワーフェスティバル

全国から「花のお客様」

 第31回花と平和の祭典ひろしまFF(1977年から開催)に、今年も全国から「花のお客様」を招いています。左から、九州は「みやざき花の女王」、広島の「ミスばら福山」、茨木から「水戸の梅大使」、愛知の「ミスかきつばた」、そして沖縄の「ミスハイビスカス」の五人です。花の塔をバックに一枚撮らせていただきました。

日韓の掛け橋「朝鮮通信使」

 ちょうど四百年前、朝鮮王朝から徳川幕府との友好を目的に派遣を始めた「朝鮮通信使」。青鬼をあしらった勇壮なこの花車で日韓合同パレードを行いました。通信使の時代は、日韓関係が最も良好でした。今また時を超えて新たな関係を紡ぐきっかけになることでしょう。なお、この花車はパフォーマンス賞に輝やいています 

平和を願い「折りづるみこし」

 「ヘイ、ワッショイ。ヘイ、ワッショイ。……」と子どもたちの掛け声がパレードにこだまします。「平和とワッショイ」を掛けた合言葉だそうです。今年初登場した折りづるみこしは五十基。子どもたちの肩に乗り、さながら千羽鶴のように平和大通りに舞いました。みこしは鉄製の骨組みに和紙を貼って制作されています。

夕闇にともる「折りづるの灯」 

FFが夜も楽しめる祭りになれば、と平和への願いを込めた「折りづるみこし」がライトアップされて、日没後の平和記念公園を照らします。夜を演出する試みは、2007年のフラワー・キャンドル・メッセージから始まり、昨年から夜神楽が続き、今回新たに「折りづるみこし」が加わり、まさに幻想的な光景が出現しました。

(ひろしまファンクラブ 平成19年5月10日号掲載)

全国から「花のお客様」(市民パブリシスト 萱原 威(たけし))
全国からの花のお客様                 

  日韓の懸け橋「朝鮮通信使」
日韓の懸け橋「朝鮮通信使」            

平和を願い「折りづるみこし」(市民パブリシスト 萱原 威(たけし))
平和を願い「折りづるみこし」               

夕闇にともる「折りづるの灯」(市民パブリシスト 萱原 威(たけし))
夕闇ともる「折りづるの灯」

 


2007 8・6 関連行事

ヒロシマ平和の灯

ヒロシマ平和の灯のつどい」が7/31夜、平和公園の原爆慰霊碑前で行われました。市内20の女性団体でつくる「広島市女性団体連絡会」の主催で、今年9回目。午後8時、平和の灯からの採火は、カザフスタンのセミパラチンスクから山陽女子学園(廿日市市)に留学中の女生徒たちが行い、参加者たちに火を分かち合いました。

ヒロシマ平和の灯

教師と子どもの碑、慰霊祭

“太き骨は先生ならむ そのそばに 小さきあたまの骨 あつまれり” 碑文の短歌は広島の詩人正田篠枝さんです。

「原爆犠牲国民学校教師と子どもの碑」慰霊祭が8/4,国際会議場前の緑地帯で行われ、市内各校の教師や児童たちが参加しています。

“ひろしま少年少女合唱団”が献歌で、「ひろしま平和の歌」などを歌いました。  

 

子どもの碑、慰霊祭

同胞を悼み、平和を誓う

『日本の地 広島に原爆で 多くの亡くなった同胞が居た 戦争が終わっても平和は来ても 毎年つのる痛みがある 異国で孤独な魂 恨み死んだ人の 魂をなぐさめ 冥福を祈ろう』(歌) 8/5,韓国人原爆犠牲者慰霊祭が、平和公園内の慰霊碑前で行われました。

慰霊歌の合唱や民族舞踏が披露され、同胞を痛み、平和を誓い合いました。

 

同胞を悼み、平和を誓う

"ひろしま平和の歌”高らかに

 雨に濡れた「2007 8・6 平和記念式典」が厳かに行われました。演奏担当は市内の六つの中学・高校の吹奏楽部です。

式典では、「慰霊の曲」「祈りの曲」「ひろしま平和の歌」の3曲が演奏されます。国泰寺中、翠町中、宇品中、基町高、舟入高、広島市商の六校で約290人の部員、に410人の合唱団が加わり、総勢700人で歌います。

 

ひろしま平和の歌 高らかに

(ひろしまファンクラブ 平成19年8月16日号掲載)

 

 


  色づく秋模様

修大イチョウ並木
アストラムラインの終点「広域公園前」駅を出ますと、すぐ西側が広島修道大学のキャンパスです。 緩やかな昇り坂の両側は銀杏並木で、11月初旬には黄葉したイチョウが太陽光線に映え美しく輝きます。

バイクや車で通ってくる学生も多く、構内には大きな駐車場もあります。また、青バスがキャンパスに乗り入れています。

 

広島修道大学銀杏並木
広島修道大学銀杏並木

 

広域公園ポプラ並木
また、同じく「広域公園前」駅を出て、東側に向かいますとビッグアーチ方面です。

こちら2車線の車道も昇りです。ほどなくして高速道路の高架橋を渡りますと、道路の両側にポプラ並木が続き、11月上旬には真赤に色づきます。

この日はサッカーJリーグの試合があるのでしょうか、早々とサポーターの姿が見られます。

 

広域公園ポプラ並木
ポプラ並木

 

東千田公園“アメリカフー”
広島大学が東広島市へ移転しておよそ20年の歳月が流れました。かつて理学部や文学部があった東千田町の広大跡地は、今、東千田公園と呼ばれています。

千田小学校方面から文学部の前を通り、理学部方向にアメリカフーの並木がありました。今も、この並木は11月中旬から下旬にかけ真赤に色づきます。

ここは私の母校です。

 

東千田アメリカフー
東千田アメリカフー

 

湯来町の“通天楓”
国道433号を湯来支所から湯来温泉に向かう道中に、広島市湯来西公民館があります。

ここの広場は、お年寄りたちのゲートボール会場になっており、広場の周辺には通天楓(かえで)が数多く植えられています。11月上旬には真赤に色づき、早朝は霧が発生しますので、それはそれは見事な光景が浮かびあがります。

(ひろしまファンクラブ 平成19年11月29日号掲載)

 

天通楓
通天楓

 


2008 1・5 消防出初め式

 

セレモニー“消防部隊行進”

新春恒例の広島市の消防出初め式が五日、中区基町の中央公園で開催されました。市消防団などの主催で、消防署員や団員ら約千四百名が参加しています。

徒歩部隊約八百名、航空ヘリコプター2機、車両部隊50台のパレードに続き、前年度の火災消火活動などで秀でた活動をした消防分団などが表彰されました。

消防部隊行進
消防部隊行進

 

アトラクションの華“梯子乗り”

開始された10時ころは、震えるような寒さでした。

アトラクションでは二組の“梯子乗り”や“五月が丘少年消防クラブのチアリーディング”、新指揮者による“広島市消防音楽隊のドリル演奏”があり、約五千人の見物客から盛んな拍手が起こります。中でも梯子乗りの妙技には、感嘆の声が上がりました。

梯子乗り
梯子乗り

 

公開訓練“ヘリで救出・搬送”

メインの公開訓練です。

“自主防災会員によるバケツリレーでの消火”や“自衛消防隊による救出救護や初期消火”に続き“消防団員による実践訓練”に移ります。土砂崩れで下敷きになった車両の救出。高層ビル火災で上階に取り残された人の救出。ヘリコプターによる救出や搬送が手際よく展開されました。

 

ヘリで救出・搬送
ヘリで救出・搬送

フィナーレ“一斉放水”

昨年、広島市内で起きた火災は、一昨年より十七件多い五百五件。放火の疑いによる火災が百五件と最多のようです。たき火による延焼も増加しており、燃えやすい物を家の外に置かない。たき火では目を離さないなど、注意の徹底を呼びかけていました。出初め式の最後は、梯子車による“一斉放水”でした。

(ひろしまファンクラブ 平成20年1月10日号掲載)
 

 

一斉放水
一斉放水


2008 3月上旬 広島・梅の名所

満開の縮景園 “梅見茶会の日”

縮景園は、江戸時代に広島藩主・浅野長晟(ながあきら)が、茶人・上田宗箇に造らせた庭で400年もの歴史を持ち、浅野の泉邸と呼ばれていました。

園内には、馬の調教を行なった調馬場の隣に、約110本(内、紅梅が42本)の梅が植えられ、2月中旬の梅が咲き乱れる頃に、梅見茶会が催されます。

 

 

梅見茶会の日
梅見茶会の日
 
広島ビッグアーチの丘 “小さな梅林”

私のお気に入りの散歩コースに、ビッグアーチの梅林があります。
広島市安佐南区の広島広域公園の中にあります。

ビッグアーチが作られたのは、広島アジア大会の時ですから、かれこれ13年の歳月が流れました。週辺の丘陵地帯は年々整備され、この小さな梅林では紅梅や白梅、枝垂れ梅が順追って咲きます。

小さな梅林
小さな梅林
 
広島市植物公園 ”梅林は斜面に”

広島植物公園は、山陽自動車道の五日市IC、廿日市ICから車で15分の所にあります。

ゲートを潜りますと、大花壇が出迎えてくれます。
正面奥に大温室が見えています。
右手に展示資料館があり、その建物の背後にある丘の斜面に梅林があります。

3月に入りますと紅梅、白梅、枝垂れ梅の順に咲きます。

 

梅林は斜面に
梅林は斜面に
 
湯来町宇佐“工場内に梅の里”

湯来町の宇佐にマツダの下請けの自動車部品工場・ユーメックというのががあり、その広々とした敷地の中に食用の梅が植えられていて、それはそれは見事な光景がみられます。

10種類を超える品種があり、実は梅干となります。
3月の中旬以降には親子連れなどドライブで多くの人が訪れています。

 (ひろしまファンクラブ 平成20年3月13日号掲載)
 

工場内に梅の里
工場内に梅の里

 



  2008 4月上旬 広島・桜の名所
 

三滝寺(西区三滝町)は、茶人上田宗箇が城下の茶室の借景として松を植えました。
三っの滝から流れる清水は平和記念式典の際、原爆慰霊碑に献水されます。

春は見事な桜、夏は新緑、秋は紅葉。そして冬は凛とした冷気の中で、自然の営みが聞こえます。
多宝塔は県の重要文化財になっています。

 

多宝塔と桜/三滝寺
多宝塔と桜/三滝寺

 

かつて仁保城があった黄金山(南区黄金山町)はウグイスが鳴く野鳥の宝庫です。

昭和三十年代になって麓から山の手に団地ができ始め、RCCが山頂にテレビ送信所を造るため山道が開墾されました。
その頃、地元民はここを桜の名所にしようと、一本20円で桜の苗木を買い、三千本植えたといわれています。

 

桜のトンネル/黄金山
桜のトンネル/黄金山

 

江波山公園(中区江波二本松)の気象館横に咲くヤマザクラで、同じ枝に花弁が5~13枚入り乱れる珍種です。

第16代桜守である京都の佐野藤右衛門が「ヒロシマエバヤマザクラ」と命名しました。
樹齢は約150年。
樹胸は4.25メートル、樹高は14メートルあり、広島市の天然記念物に指定されています。

 

珍種のヤマザクラ/江波山公園
珍種のヤマザクラ/江波山公園

 

湯ノ山温泉(佐伯区湯来町)入り口に咲くシダレザクラで通称竹下さくら。

樹齢は約80年、樹胸は2.6メートル、樹高は18メートル。
花木園であるため周囲にはモモやレンギョウなどの花が咲き乱れ、まさに絶景です。

近頃では観光バスも来るほどの撮影スポットで、雨上がりの朝は霧が立ち込め幻想的です。

 

(ひろしまファンクラブ 平成20年4月10日号掲載)

通称・竹下しだれ桜/湯ノ山温泉
通称・竹下しだれ桜/湯ノ山温泉


 


高校野球 2008

  1 記念大会、開幕/市民球場
第90回全国高校野球選手権広島大会は七月十二日、中国地方のトップを切って広島市民球場で開幕しました。開会式では参加99校の選手を代表して、自彊(じきょう)高の竹本主将が、「歴史ある市民球場最後の年になるこの記念大会において、全力プレーをし、日本一熱い夏にすることを誓います。」と選手宣誓をしました。

 

高校野球 選手宣誓

選手宣誓

  2 初陣は安西ほか/1、2回戦
参加99校中、初出場は呉地区から二校。
広島地区から二校の計四校です。
呉地区の市立呉と広島地区の私立通信制の並木学院は一回戦から登場。並木学院は、2-7で修道に惜敗。硬式を始めて七ヶ月、善戦でした。
市立呉は、全員一年生部員。全校生徒の応援を受け大和に11-3、7回コールド勝ち。
呉地区の、私立武田は、三原東に5-9、広島地区の県立安西は、広島商に0—12、5回コールドでした。

 

 高校野球 安西の応援団
安西の応援団
 

  3 古豪の顔合わせ等/準々決勝
準々決勝は市民球場です。
尾道、広島工、広陵、総合技術がベスト4に進出。
尾道は、国泰寺に5-4でサヨナラ勝ち、29年ぶりの4強入り。
広島工は、宮島工を11-4の七回コールドで下し、3年ぶりのベスト4。
連覇を目指す広陵は、宿敵広島商を15-3の6回コールドで下し、4年連続ベスト4。総合技術は、呉宮原に延長十回5-4で、辛くもサヨナラで勝ち。
2年連続で4強入りです。
 

 高校野球 広商ブラスバンド部
広商のブラスバンド部

  4 シード校対ノーシード校/準決勝
準決勝は、広陵—尾道、広島工—総合技術。
ともに県西部のシード校と県東部のノーシード校の対戦です。
賀茂、如水館、呉港、国泰寺を撃破してノーシードで勝ち上がった尾道。
昭和、広島市工、新庄、広島商を力で圧倒したシード校の広陵。
力勝負の打撃戦が予想されましたが、尾道は元気なく1-16の大敗。
第二試合の広島工—総合技術戦は、投手戦を制し、4-0でノーシード総合技術の完勝でした。

 

 高校野球 尾道の応援団
尾道の応援団
 

  5 広陵、連覇成る!/決勝戦
決勝は、昨夏と同じ広陵—総合技術が激突。
広陵の連覇成るか、注目の一戦です。
序盤、広陵は2点を先制。
すぐさま総合技術は、3回裏に逆転し、続く4回裏には猛攻撃を加え9-2と広陵に大差を付けます。
広陵は真っ青?と思いきや、5回表に7点を奪って、一気に同点に追いつきました。
恐るべき底力です。流れはすっかり広陵へ。
逆転に次ぐ逆転の末、12-10で見事、広陵が連覇の達成でした。
 

 高校野球 広陵、優勝決定の場面
広陵、優勝決定の場面

 ※第90回全国高校野球選手権広島大会の詳細は
 広島県高等学校野球連盟


 (ひろしまファンクラブ 平成20年7月31日号掲載) )
 

 


  秋の訪れ 2008

1 納涼ナイト・サファリ/安佐動物公園
動物の夜の生態を観測できる「納涼ナイト・サファリ」が安佐動物公園で行なわれました。
普段は午後4時半の閉園時間を、同9時まで延長していました。
暗闇に目が光るタヌキやキツネ、親子で戯れるヤマアラシなどが見られました。
ライオンやトラの周囲は人垣が何重にもできる盛況ぶりでした。
ヒヒ山ではアヌビスヒヒが活発に動きまわり、フラミンゴの園ではカップルが闇に幻想的に浮かび上がりました。

納涼ナイトサファリ納涼ナイトサファリ

 

2 花と光のページェント/植物公園
広島市植物公園の広場では、二万球の発光ダイオードと三千個のキャンドルを使った「巨大な花の迷路」が浮かび上がります。
例年、夏の終わりから秋にかけて行なわれます。
迷路は園の中心部の芝生広場にタテ77メートル、ヨコ20メートル。
迷路の中央付近に、直径20メートルと10メートルの大小二つのバラの花をピンクと青の二色の光で表現していました。
また温室では、夜に咲く花などのライトアップも行なわれました。
 

花と光のページェント花と光のページェント


 

3 平和の門/平和大通り、緑地帯
平和記念公園南側の平和大通り緑地帯に、十基から成る「平和の門」があります。
門には四十九の異なる言語で「平和」の文字が刻まれています。
通りにはベンチも設置され、噴水を眺めながら夕涼みもできます。
この門は、フランスの建築家たちが被爆六十年の2005年7月末に新設しました。
ダンテの「神曲」にある九つの地獄に、「被爆」という地獄を加えて、十基の平和の門としています。

平和の門平和の門

 

4 クリの実/アストラムライン沿い
九月に入っても真夏日が続き、いつまでも続く暑さにうんざりした毎日でした。
安佐南区沼田町大塚では、クリの木が実を付け、ひと足早い秋の訪れを告げています。
農家の畑に植えられたクリの木には、緑色のこぶし大の実が成り、日差しを受けてつややかに輝きます。
わせのクリは、九月初めには食べられるそうです。
高いビルはアジア大会の選手村の跡で、現在はマンションになっています。
 

クリの実クリの実
 

 

5 沿線に咲く/JR、白木山駅付近
長い間、JR可部線沿線の花たちを撮影していた私ですが、2003年の秋をもって可部線(可部—三段峡)は廃線となりました。
それからというものは、JR芸備線の沿線を訪れています。    安佐北区の白木山駅沿線土手にはヒガン花が咲きます。    少年時代から列車好きの私は、列車が被写体です。
若き日、デートの時はかなり早目に約束の場所に来て、彼女を待ったものでした。
今は列車が恋人です。

沿線に咲く沿線に咲く



 (ひろしまファンクラブ 平成20年9月25日号掲載)

 

 


  秋のイベント 2008

砂持加勢150年ぶり復活/基町
砂持加勢
砂持加勢

 

広島城天守閣再建五十周年を記念して、幕末の広島城下で一度だけ開催された幻の祭り「砂持加勢(すなもちかせい)」が、10/4、中区基町地区で約百五十ぶりに復活です。
当時の瓦版を基に市民が作ったユニークな山車(だし)と仮装の行列が、江戸時代のにぎわいを蘇らせました。
「多幸」を願う山車を先頭に町内会や高校生など計三百人が参加して、広島城から基町環境護岸まで練り歩きました。

 
子供神楽共演会/広島東照宮

巫女舞い

 

10月第二土曜日、東区の広島東照宮で「子供神楽共演会」が行なわれます。
今年で被爆63周年。あの日、8月6日には、東照宮境内にも多くの被爆者が水を求めて避難して来ましたが、その多くは亡くなられました。
これら被爆者たちのご冥福と恒久平和の実現に祈りを込めて、奉納の子供神楽が行なわれています。平和祈願の神事に続き、地元の小学生が「巫女舞」を舞い、共演会の始まりです。

 
お砂焼祭り/宮島口商店街一帯
お砂焼まつり
お砂焼まつり

 

10月第三日曜日、宮島口商店街一帯で、「宮島お砂焼まつり」が行われました。
催しは四つで、「ちょっと日本を体験しよう」では、ロクロ陶芸の実演コーナーなど。
「ちょっと日本を味わおう」では、宮島名物カキフライや大野アサリのかき揚げのグルメ市。
「ちょっと日本をくつろごう」では太鼓の演奏が。
「ちょっと日本を発見しよう」では、屋形船で海から厳島神社と大鳥居を参拝しました。

 
水辺のコンサート/元安川護岸

水辺のコンサート

 

水の都ひろしま。
この「水辺のコンサート」は、国、広島県、広島市とが水辺の魅力を生かした街づくりを目指して、元安川親水護岸の水辺公共空間を、ミュージシャンやパフォーマーたちに開放して、文化活動により、水辺の賑わいを創ることが目的です。
この日のプログラムは、弾き語り、詩朗読、オカリナ演奏、ポップス、クラシック、スタンダードなどでした。画面はフルートの演奏です。
トラック引きレース/中国運輸局
トラック引きレース
トラック引きレース

 

10/9、トラックの日を記念して、「「トラック引きレース」元祖・広島大会が、西区観音新町の中国運輸局で行なわれます。
優勝賞金は、「一般の部」20万円、「女性の部」10万円、「子供の部」3万円の三部門あります。
チームは五人一組で、「10トントラックを何秒で、30メートル引くか」のタイムレースです。(子供は別のトラック。)午前中、予選。
午後、決勝。
一気に引いた直後は、この姿です。

 

 (ひろしまファンクラブ 平成20年10月30日号掲載)



 


冬の電飾 2008

光で浮かぶ巨大ツリー~芝生広場

“花と光のページェント”冬の風物詩が始まりました。
この日は震えるような寒さでしたが、それでも多くの親子連れが訪れています。

12/6夜、佐伯区にある広島植物公園の芝生広場には巨大なクリスマスツリーが浮かび上がりました。
約3千個のキャンドルで描かれています。ツリーはタテ70メートル、巾20メートル。

広場から右手に上る斜面には130個の電飾で「星の降る丘」が初めて登場しています。


 
巨大ツリー
巨大ツリー


 
きらめく園内の電飾~広島市植物公園

電飾されたトンネルを抜け、温室に向う広場では広島の大学生による「野外コンサート」や「クリスマスを飾るフラワー展」などがあります。

園内では、芝生広場の他に、大温室では植物のライトアップなど園内全体で約7万個の電飾がきらめきます。

午後3時以降、JR五日市駅北口から無料のシャトルバスも6往復運転されます。
開園日は12/6、13、20、21の4日間で、開園時間は午後9時まで。


 
きらめく電飾
きらめく電飾


 
ひろしまドリミネーション始まる

広島市の冬を彩る「ひろしまドリミネーション2008」が、11/17、中区の平和大通りの緑地帯一帯で始まりました。

高校生のモニュメント「翼」など本年は市民参加色を強め、過去最多の130万球で夜を幻想的に演出しています。

広島市など実行委員会の主催で、今年で17回目となります。
平和大通りでは14のモニュメントで“おとぎの国”を表現しています。これは「癒しの帆船」です。


 
癒しの帆船
癒しの帆船


 
この冬も広島の街に~130万の光

“おとぎの国”は、NHK放送会館前から比治山方面に7つ。
順に「フルーツの森」「折鶴の塔」「ピース城」「市民の願い」「ハッピーランド」「オーロラの雪原」「翼」。

大通りを渡って、NHKの方向に7つ。
「守り神ドラゴン」「天使たちの楽園」「不死鳥の丘」「癒しの帆船」「聖なる場所」「ドリームツリー」「守りの森」。

電飾は来年の1/3までの期間中、午後5時半から11時頃まで点灯されます。


 
ピース城
ピース城


 
Xマス電車~招待の親子を乗せて

広島電鉄は12/19から12/24までクリスマス電車を走らせ始めました。
これは1991年から毎年行っています。

今年は23日までの5日間、招待した親子を乗せて走ります。
招待は3歳から小学3年までの子どもと保護者のペアで、一日当り8組16人を予定しています。
クリスマス電車はハノーバー電車を電球7千個で装飾し

クリスマスソングを流しながら広島駅を出発し、横川間を往復します。

 

クリスマス電車
クリスマス電車

(ひろしまファンクラブ 平成20年12月25日号掲載)

  住吉神社の節分祭 2009

焼嗅がし神事~スタッフ登場
節分はこの神社が面白い。

2/3節分の日、中区住吉神社では、「焼嗅がし」というユニークな神事が行なわれます。
鰯の頭を焼く煙とそのくさい臭いで、鬼や厄介者たちを撃退しようというのです。

雨にもかかわらず、大勢の参拝者が詰めかけ、広島市内全てのテレビ局や新聞社からカメラマンが境内にひしめきます。マスコミ席が設けられ、さあ、宮司を先頭に本日のスタッフが登場しました。

 
スタッフ登場
スタッフ登場

 
イワシ千匹を焼く~巫女さんたち
「鬼は外、福は内」。

節分といえば、鬼に向け豆を投げつけますが、この豆まきは室町時代から始まりました。
歴史を辿りますと、「焼嗅がし神事」はそれより前の平安時代中期からあったようです。

「焼嗅がし」というのは、節分の日の夕暮れに、焼いた鰯の頭をヒイラギの枝に串刺しにして家の戸口や窓に置き、無病息災を願う風習でした。

赤鬼の出現に、巫女さんたちは鰯の頭を焼き始めます。

 
イワシを焼く巫女さん
イワシを焼く巫女さん

 
早う焼け、そら焼け~氏子たち
境内には赤鬼に続いて、貧乏神や疫病神が次々と現れますと、神社の若君が「鰯千匹を焼いて追い払うように。」と巫女さんたちを鼓舞します。

氏子たちも「早う焼け、そら焼け」と鐘や太鼓を叩いて囃し、大きなウチワで厄介者に煙を浴びせますと、鰯の頭の焼けるそのくさい臭いと煙にはかないません。

あの猛威を振るった新型インフルエンザの疫病神もあっさりと撃退されていきました。

 
巫女を鼓舞する氏子
巫女を鼓舞する氏子

 
怪しい草を持つ力士~大麻問題
「焼嗅がし神事」では、例年、世相を反映した事件や天災などの厄介者が登場します。

本日は不景気風に吹きまくられた「貧乏神」や各種の「疫病神」が登場しましたが、くさい臭いと煙にことごとく撃退されました。
この日一番の大ものは、昨年の末や昨今出現し相撲界を襲った大麻を吸う相撲取りでしたが、鰯のくさい臭いと煙に撃退されたあげく、警察官にあっさり逮捕されました。

 
大麻を持つ力士
大麻を持つ力士

 
焼嗅がし授与~住吉神社節分祭
最後に節分豆まきがあり、「焼嗅がし神事」のすべてが終わりました。

巫女さんや氏子たちがヒイラギの枝に焼いた鰯の頭を串刺しにして参拝者に渡します。
ヒイラギはそのノコギリ状の葉の形と常緑樹で寒冷な冬でも緑を保つ生命力から、魔除けに使われています。

「焼嗅がし神事」はテレビ局には節分の目玉ニュースに、アマチュアカメラマンには絶好の被写体となった住吉神社の節分祭でした。

(ひろしまファンクラブ 平成21年2月19日号掲載)

焼嗅がしです
焼嗅がし神事




クルーズ客船、入港歓迎式典に初参加して

 

乗船~セキュリティーチェック

私は海外旅行の経験がありませんので、今回の取材はまるで外国に行ったような体験でした。

乗船手続きは外国に入国でもするかのような物々しさで、広島アジア大会以来のセキュリティーチェックを受け、気分の良いものではありませんでした。同時多発テロ以来、特に厳しくなっているのでしょう。

 
乗船手続き
乗船手続き

 
盾を送る~歓迎セレモニーで

宇品外貿埠頭では日本丸や海王丸などの帆船入港でセールドリルしか見たことがありません。

今回のように世界中の外国クルーズ客船が入港し停泊しているとは全く知りませんでした。
しかも、広島港振興協会(広島県・広島市・広島商工会議所など)が中心となって外国クルーズ客船に入港のセレモニーを行なって歓迎していることを初めて知りました。

歓迎の演奏~広島市消防音楽隊

私は1月5日の広島市消防出初式には毎年参加していますので、広島市消防音楽隊のドリル演奏は毎年聞いております。
今回のように外国クルーズ客船の歓迎式にも出向いて演奏をされているというのはとても素晴らしいことだと思いました。どんな曲が選曲されているのか知りたいです。

 
入港盾
入港盾
歓迎演奏
歓迎演奏

 
入港歓迎式を終えて~記念撮影
歓迎セレモニーの主体は広島県・広島市・広島商工会議所でチームプレーの良さを感じました。
記念撮影というのはグッドアイデアです。
この外にも時間の許す範囲で交流を深められるといいのではないでしょうか。

見学~レストラン&バー
109日間世界一周のクルーズ客船の中を見学させて頂きましたが、驚いたのは移動の大半がエレベーターの利用ということでした。
屋上にプールがあったり、カジノや図書館があったり、至れり尽せりでした。
やたらとレストランが多かったのは、長い旅では変化に富んだ食事がポイントになるからでしょうね。

まるでビルみたい~巨大客船
バミューダ船籍のクルーズ客船でしたが、まことに巨大な船でした。
バミューダという国名は知っていましたが、インターネットで調べて初めて、地球上のどの辺りの国であるかを知りました。

3万トンの船のスケールがどの程度のものなのかを実体験することもできました。
まるで10階建のビルのようでしたね。

(ひろしまファンクラブ 平成21年4月2日号掲載)

 

記念撮影
記念撮影

船内見学
船内見学
 


花のまわりみち

1 花のまわりみち~八重桜in広島
今年も「花のまわりみち」(4/16~22)が開催されました。
沿革ですが、1967年(昭和42年)に「桜の通り抜け」で有名な大阪の造幣局から広島支局の造幣局に移植された八重桜が、2年後には花を咲かせ、造幣局職員の観桜の場となります。
その後の1991年(平成3年)4月、造幣局創業120年記念事業として、「“花のまわりみち”~八重桜in広島」の名称で市民に一般公開をされ、今年で19年目を迎えます。

東桜門入口
東桜門入口


 

2 春を告げる、広島の風物詩
構内に咲く桜は、関山(かんざん)、普賢象(ふげんぞう)、松月(しょうげつ)などのポピュラーなものから、大手毬、紅手毬など他では見られない珍しい八重桜など、59品種、241本が植えられています。
大半が遅咲きの八重桜で、大きな花びらは八重桜ならではの風情があります。
「花のまわりみち」は、今では春を告げる広島の風物詩となっています。

紅笠
紅笠


 

3 今年の花は“楊貴妃”
「花のまわりみち」では、来園者に数多くの八重桜から一品種を選び親しみを持ってもらおうと、「今年の花」として詳しく紹介しています。
今年の花は構内に7本ある“楊貴妃”で、昔、奈良地方にあった桜です。
つぼみの時は濃紅色。
開花時には淡紅色になり花色も優れています。
豊満なので中国の歴代の美女・楊貴妃を連想して世人が名付けました。
花弁数は20枚ほどあります。

楊貴妃
楊貴妃


 

4 多い順に関山、普賢象、松月
きれいだよ心のシャッター大忙し・・・ ・・・、俳句コーナーもありました。
園内に241本の八重桜がありますが、その中で関山(かんざん)が最も多く45本、この桜は東京荒川堤の桜として有名です。
花は濃紅大輪で花弁数は30枚程度。
次に多いのが普賢象(ふげんぞう)の15本、松月(しょうげつ)の13本。
松月も関山と同じ東京荒川堤の名桜で、花は最初淡紅色ですが、次第に白色に変わります。

関山
関山


 

5 会場へのアクセスなど
「花のまわりみち」は、佐伯区の「コイン通り」(県道原田五日市線)にある造幣局広島支局の構内にあります。
JR「五日市駅」か広電「五日市駅」の北口から広電バスで「造幣局前」または「岡の下橋」で下車。
バスセンターからは、広電バスの西広島バイパス経由で、「佐伯区民センター前」下車。
日没後は、ボンボリや投光機でライトアップした夜桜も楽しめます。
興味ある方は来年ぜひ訪ねてみては。


(ひろしまファンクラブ 平成21年4月30日号掲載)
 

松月
(AM10:00~PM8:00、画面は松月)


 

再現、安の花田植え2009

  復活4年目、安の花田植え
「安の花田植え」は、六月の第2日曜日、県内花田植えの最後を飾ります。
現在の安佐南区上安(かみやす)が、安村(やすむら)と呼ばれた400年前の寛政年間頃、田植えに綱掻きが使われたのが花田植えの始まりで、文化年間、万延年間、明治、大正と引き継がれ繁栄しました。
しかし1959(昭和34)年を最後に長い中断となり、2006(平成18)年にやっと花田植えが復活し、本年で4年目を迎えます。

かつての安の花田植え
かつての安の花田植え


 

飾り牛も、御田植え神事
田んぼ沿いにある安東公民館で身支度した田楽団の早乙女やお囃子、子ども采ぶり、柄ぶり、苗運びたち80人ばかりの花田植えスタッフたちが田んぼに勢ぞろい。
「御田楽神事」の始まりです。
飾り牛も神妙な面持ちで加わっています。
隆盛を極めていた1955(昭和30)年代前半頃には、飾り牛は20頭を超え、早乙女や子ども采ぶりも60人を超えていたことが、写真付きで記録されています。

御田植え神事
御田植え神事


 

今年も芸北、大朝から飾り牛
花田植えの華、今年の飾り牛は、北広島町芸北と大朝の飾り牛保存会から5頭が来ています。
500平方メートルの水田周辺には群集が取り巻きます。勢いよく泥を跳ね飛ばしながらの代掻き開始です。田んぼの泥を浴びると、その年は無病息災とか。
見物客は悲鳴を上げながら飾り牛に肉薄し、ケイタイで狙います。
柄ぶりが田んぼを整地しますと、子ども采ぶりの踊りと田植え歌を合図に花田植えが始ります。

北広島から飾り牛
北広島から飾り牛


 

天下に響く、安の花田植え
大正時代から明治にかけて最盛期のようでした。
見物人は、北は東北から南は九州から、その数は1万人を越えていたと記されています。当時のスタッフは何と200人以上だったとか。
♪龍虎の彫に金銀の 鞍に肥牛の飾り華 揃ひの笠や晴れ着着て 謡う早乙女、銭太鼓 天下に響く花田植え
詠み人は不明ですが、花田植えの盛況ぶりをよく現しています。

子どもの采ふり
子ども采ふり


 

再現花田植え、ズシリその重み
今でこそ、北広島町の「壬生の花田植え」が有名ですが、長い歴史の中では「安の花田植え」は壬生に劣らない規模の花田植えであったようです。
昭和35年以降は、都市計画が進む中、大きな稲田がなくなり、蓄牛が激減したために安の花田植えは存続の危機に陥りました。
そして苦節47年、やっとの思いで花田植えの復活にこぎつけたといいます。
往時の再現をめざして安の皆さんは頑張っています。


(ひろしまファンクラブ 平成21年7月4日号掲載)
 

復活、花田植え
復活、花田植え


 

赤い花なら曼珠沙華~ヒガン花の巻

彼岸花—広島修大生の通学路

◆広島修大生の通学路◆
佐伯区五月が丘団地
~安佐南区大塚

 

彼岸花—水内川川土手に咲く

◆水内川川土手に咲く◆
佐伯区湯来町湯来温泉付近


◆黄金色に輝く、田園◆
佐伯区五日市町石内地区

彼岸花—アストラムライン沿い

◆アストラムライン沿い◆
安佐南区沼田町
大塚駅付近

 

彼岸花—JR芸備線沿線に咲く

◆JR芸備線沿線に咲く◆
安佐北区白木町
白木山駅付近

 


ひろしまファンクラブ平成21年10月15日号掲載


歌謡曲に「長崎物語」というのがあります。
「♪赤い花なら曼珠沙華(まんじゅしゃげ) オランダ屋敷に雨が降る 濡れて泣いてるジャガタラお春 ……」で始まるこの歌は、江戸幕府が鎖国政策をとっ たとき、外国人と日 本人との間に生まれたため、国外追放された「ジャガタラお春」という美しい女性を主人公にした歌です。お春も曼珠沙華も、どちらも美しいのに、なぜ嫌われ るのでしょうか。

曼珠沙華と呼ばれロマンチックな名前 の花“ヒガン花”ですが、地方によって呼び方は様々です。お寺や墓地に群生していることが多いため、死人花(シビトバ ナ)、地獄花(ジゴクバナ)、幽霊花(ユウレイバナ)、剃刀花(カミソリバナ)、狐花(キツネバナ)、捨子花(ステゴバナ)などと妖しく、うす気味悪い、 まことに残酷な呼び方をされているのは、余りにも酷すぎます。

ヒガン花は秋のお彼岸の頃、田んぼの畔(あぜ)や栗林に多く咲くのが見られます。全草有毒で、特に鱗茎にはアルカロイドという毒素が含まれています。田んぼの畔や栗林に沢山のヒガン花があるのは、ネズミ、モグラ、虫など田んぼや栗林を荒らす動物が、ヒガン花の鱗茎の毒を嫌って田んぼや栗林に近づかないため、農家の人がわざわざ植えました。つまり、田んぼや栗林の番人をヒガン花にさせたようです。

 


ふるさとの伝承~里神楽

神楽~兄弟の領地争い
◆所望分(しょもわけ)~
兄弟の領地争い◆

五日市芸能保存会
(佐伯区五日市中央)
神楽~神の鬼退治
◆きづき~
神が、鬼退治をする舞◆

観音神社神楽保存会
(佐伯区倉重)

神楽~奇怪なる大化物の成敗
◆塵倫(じんりん)~奇怪なる大怪物の成敗◆
鹿之道(かのち)神楽団(佐伯区湯来町)

土蜘蛛
◆土蜘蛛(つちぐも)~
美女化け鬼女の成敗◆

高井神楽団
(佐伯区八幡東)

 

悪大蛇の退治
◆八岐の大蛇(やまたのおろち)~
悪大蛇退治◆

下河内神楽団
(佐伯区河内南)


 

神楽のひとこま ひろしまファンクラブ
平成21年12月17日号掲載

里神楽の巻 タイトルバナー
 

神楽が盛んな佐伯区では、毎年秋のこの時季に、“神楽祭”が行なわれ、今年で第19回目を数えます。神楽ブームの昨今のことですから、会場となる佐伯区民文化センターには、開演を前に長蛇の列ができます。
神楽は本来、神座に神様をお招きする際に奉納する歌舞(うたまい)で、その舞は神の降臨儀式であると同時に、神と人とが一体となって宴を催す、つまり神人和楽(じんしんわらく)の神事でもありました。

佐伯区神楽の歴史は古く、江戸後期、明治のころから伝承されていると言われます。近年では神事としてよりも、郷土芸能として継承されています。神楽祭の出演プログラム順に、石内神楽団、観音神社神楽保存会、五日市芸能保存会、高井神楽団、下河内(しもごうち)神楽団で連合会が組織され、新規に佐伯区に編入された湯来町(ここも神楽どころ)から、今回は鹿之道(かのち)神楽団が出演しています。本年は以上の6団体です。

広島県は全国屈指の神楽どころで、豪華な衣装を身にまとった神や鬼神、鬼女たちの華麗な舞が県内全域で演じられています。広島の神楽は芸北神楽、安芸十二神祇、芸予諸島の神楽、比婆荒神神楽、備北神楽の五つに分類されますが、佐伯区の神楽は「安芸十二神祇」と「芸北神楽」から成り、里神楽と呼ばれています。本年の神楽祭では所望分/日本武尊(やまとたけるのみこと)/塵倫/土蜘蛛/八岐の大蛇などが上演されました。塵倫、八岐の大蛇は広島神楽の代表的な演目です。
 


とんど祭り~広島護国神社の巻~

神事で火起し
神事で、火起し
~ロクロひきりを廻す

 
とんどに点火
点火
~神職が東西、そして南北に

 

とんど~燃え盛る炎
燃え盛る炎
~火加減しながら焚くとんど

 

とんどで餅を焼く
とんどで餅を焼く
~無病息災を願いつつ

 
遠くから見えるとんどの煙

遠くから見える煙
~二ノ丸門付近にて

 

ひろしまファンクラブ平成22年1月28日号掲載◆

とんど祭り
小正月と呼ばれ、正月の締めくくりの行事「とんど」が各地で行なわれます。

1月15日のこの日は、戦後ずっと成人の日でしたが、広島城跡内の護国神社では例年この日に新春行事として、とんど祭りが催されます。神事の最後に、二人の神職が古式に則って、「ロクロひきり」を廻し、厳かな儀式の中で、とんどを焚く「火」が起されます。この感動の一瞬には、参列者から拍手が沸き起こります。

とんどの起源は、平安時代にさかのぼり、宮中の清涼殿の東庭で、青竹を束ね立てて結び、そのうえに扇子や短冊などを添え、陰陽使(おんみょうし)が謡いはやしながら、これを焼く左義長(さぎちょう)という行事に由来するようです。とんどの呼び名は、このとき焼かれる公文書の中に、「尊や、尊や」(とうどや、とうどや)の囃しがあり、そこから「とんど」とか「どんと」とか呼ばれ、各地に伝わったようです。

とんどは勢い良く燃え上がります。その火の勢いを加減しながら、法被姿の奉仕者(広島市遺族会の人たちなど)の手により、神社に返納されたお守り、お札、破魔矢、お飾り、注連縄(しめなわ)などの縁起物が手際よく、とんどに投入され、焚かれます。
無病息災を願い、この火で焼かれたお餅が、参列者に振舞われます。
とんど焚きは午後4時位まで続き、その様子は遠くからも望めることができます。

(ひろしま市民パブリシスト 萱原威)


花よりダンゴ~市内の花見どころ~

一輪車の練習
◆一輪車の練習◆
三滝公園(西区)

家族でお花見
◆家族でお花見◆
広島城(中区)

職場のお花見
◆職場のお花見◆

比治山公園(南区)

 

仲間とお花見
◆仲間とお花見◆

親水護岸(中区)
 

船から観桜
◆船から観桜◆
平和公園(中区)
 


だんご ひろしまファンクラブ平成22年4月15日号掲載

桜江戸時代の記録によりますと、広島では旧暦の3月3日、子どもたちがお弁当を持って、野山に出かける風習があったようで、これを「花見」とか「節句」と呼んでいます。この行事は新暦に変わり、4月3日に行われるようになり、桜が咲いているかどうかはあまり関係なく、この日に出かけることが重要だったようです。したがって、桜に限らず、桃や蓮華(れんげ)で花見を楽しむことも珍しくなかったようです。
 
桜絵や書物に残された最初の「花見」は、平安時代、嵯峨(さが)天皇が京都の神泉苑(しんせんえん)で行ったといわれ、宮中で歌を作ったり、音楽を楽しんだりしています。鎌倉・室町時代に武士にも「観桜」(かんおう)の風習が広がったようです。野外で酒や弁当を楽しむようになったのは、桃山時代ごろからといわれます。奈良・吉野山の吉永神社(中千本)で太閣秀吉が壮大な花見茶会の本陣を敷いたことは有名です。
 
桜の花びら桜は古くからわが国で愛されてきた花です。貴族や武士の雅やかな観桜だった花見は、江戸時代には庶民の行楽として広く浸透し、全国に数々の花見の名所が生まれました。広島では、比治山の御便殿や江波山公園、長寿園(白島町にあったが、現存しない。)といった所が桜の名所でした。現在では、この他に広島城周辺、平和公園、相生橋一帯、基町親水護岸、工兵橋東、駅前大橋付近、黄金山などが“市内の花見どころ”です。


(ひろしま市民パブリシスト 萱原威)



八幡川リバーマラソン~佐伯区の巻

今年も佐伯区の清流を舞台に「八幡川リバーマラソン」が開催されました。

地元各種団体で実行委員会を作り、前日は八幡川クリーン作戦でコースの川の清掃とごみ拾いをし、当日は大会運営を担います。

「明るい街づくりは、きれいな川から」を合言葉に、毎年、児童からお年寄りまで延べ1,500人が水しぶきを上げて疾走しました。世界陸上400メートルハードル・メダリストの為末 大選手も、少年時代にこの大会で2連覇を達成しています。

リバーマラソンのコースは、佐伯区皆賀・三島橋下の八幡川河川敷がスタート・ゴール地点です。

スタートすると、行きは下流方向に走り、折り返しての帰りは、川の流れに逆らって上流に走る過酷なレースです。この日はやたら水量が多くて干潟がなく、浅瀬は少なくて、足運びを誤って転倒者続出です。
スタート直後の混乱はもとより、ゴール前の直線コースでも深い部分で足をとられ水しぶきを上げて倒れる選手もありました。
 

八幡川リバーマラソン 佐伯区の巻
小学5-6年生女子の部
◆小学5-6年生女子の部
~見事なスタートダッシュ

 
 
高校生以上一般男女の部
◆高校生以上一般男女の部
~スタート後は、下流へ
一般男子3キロの部
◆一般男子3キロの部
~抜け出すぞ、先頭へ
小学3-4年男子の部
◆小学3-4年生男子の部
~ゴール前の競り合い
中学生女子の部
◆中学生女子の部
~ラストスパート、全開!

 
レース数は、11部門あり、

小学3-4年生男子の部、女子の部 0.5キロメートル
小学5-6年生男子の部、女子の部 1.0キロメートル
中学生男子の部、女子の部、高校以上一般女子の部及び50歳以上男子の部 1.5キロメートル
高校生以上一般男子の部 1.5キロメートル
3.0キロメートル

以上の10部門が個人の部。最終のリバーリレーは団体の部で、1.8キロメートルを0.3キロメートルずつ6人でリレーします。1走、2走は女性、中継点はスタート地点です。 

 

(ひろしまファンクラブ 平成22年9月9日号掲載)



ひろしま平和マラソン~スポーツの巻

11月3日(水・祝)、「ひろしま国際平和マラソン」は、今年で30回目を迎え、参加者は過去最高の1万2千人でした。この大会は昭和56年(1981年)3月、県総合グラウンドを発着点に始まりました。当時はジョギングブームで、約3,800人が出場。種目は、子どもからお年寄りまで気楽に参加できる5キロの部。陸上部員たちが成果発表の場にできる10キロの部。夢を持って、トップランナーと走れる30キロの部、の三部門でした。

翌年の第2回大会から、車いすの部が新設されています。第5回大会(昭和60年(1985年))には、出場者が1万人を突破。翌年の第6回大会には、名ランナー・瀬古利彦選手が30キロの部に出場、大会新で優勝です。5年後の第10回大会には、世界一速い女性、フローレンス・ジョイナーさんが聖火ランナーを務めました。翌年、30キロの部は廃止され、第12回大会(平成4年(1992年))から、開催もそれまでの春から秋へと変わりました。
 

ひろしま国際マラソンのゲストランナー
マラソンの尾方選手、
カープの石井選手らゲストランナー
第6回大会、瀬古選手
第6回大会30キロの部、先頭を走る瀬古選手
 

第27回(平成19年(2007年))大会から、子ども向けに約1キロの部を新設。広島東洋カープの選手がゲストランナーで走りました。そして昨年の第29回大会から、各部門の名称も、「キッズコース」(約1キロ)、「ビギナーコース」(約5キロ)、「チャレンジコース」(約10キロ)、「車いす」(約5キロ)と呼ばれています。

スタートはすべて、広島ダイヤモンドホテル前。ゴールは、Coca-Cola West 広島スタジアム(旧・広島県総合グラウンドメインスタジアム)です。
 

キッズコースは親子で走るマンモスレース
キッズコースは、親子で走る
マンモスレース
車椅子の部は、伴走者がつきます
車いすの部は、
伴走者が付いています
チャレンジコースの参加者は歴代最多
チャレンジコース、参加者は
歴代最多でした

(ひろしまファンクラブ 平成22年11月18日号掲載)


宮島かき祭り~かき祭りの巻~

宮島かき祭り~宮島観光親善大使たち
◆ようこそ!宮島かき祭りへ~
宮島観光親善大使たち◆


かきうどんコーナー~宮島町商工会
◆かきうどんコーナー~
宮島町商工会女性部女性会◆


 
遠来の女性たち~メインの浜焼きをぱくっ!
◆遠来の女性たち~メインメニューだった「浜焼き」◆

 
昔懐かしい水あめサービス
◆昔、懐かしい「水あめ」サービス
~宮島観光協会◆


 

神楽 滝夜叉姫~吉和神楽団

◆"滝夜叉姫"~
地元神楽団の吉和神楽団◆


 

(ひろしまファンクラブ 平成23年2月24日号掲載)


 

宮島かき祭り
冬の味覚といえばやはりカキですね。「宮島かき祭り」は、広島県内で最初に開催された「かき祭り」です。今年で27回目。毎年、かきの一番美味しくなる2月の第2土・日に開催。これまでのメニューの一番人気は「かきの浜焼き」、つまり「焼きがき」でしたが、本年は新メニューの「かきのせいろ蒸し」と「かき入りシチュー」などの登場で休憩になったとか。お馴染みの「かきの土手鍋」「かき雑炊」「かきフライ」などが格安で味わえます。

 初日の土曜日は、午前中、数年ぶりの大雪で観光客の出足が悪く、宮島桟橋前での懐かしい「水あめ」サービスは早々と終わったようでした。写真では前年の画面を紹介しております。またステージの方も降る雪のために午前中、上演予定の神楽(吉和神楽団による「滝夜叉姫」)が午後に演じられました。この他、かきの直売コーナーのブースでは、鮮度の良さと超お買い得価格で、かきが人気を呼んでいたようです。それに地方発送もありました。

かき祭りは、1月下旬から始まり、大竹市では1月23日に、江田島市大柿町では1月30日、廿日市市大野町と呉市音戸町では2月6日、呉市中央公園は2月11日、廿日市市地御前と呉市倉橋町では2月20日に行われました。

今週末の2月27日に、「第21回広島市水産祭り」が西区商工センターで行われます。また、近隣でも同日に坂町平成ヶ浜、呉市の安浦中央実成新開と音戸町早瀬の三か所で行われます。

 



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