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ひろしま市民パブリシスト らばんだ55

自己
紹介
モノクロの時代から写真と物を書くのが好きな人間です。広島と廣島をテーマに、ひろしまの魅力を探ります。 

作品

【平成24年(2012年)】
 えべっさん2011

【平成22年(2010年)】
 安芸の国の大峯山、松笠山

【平成21年(2009年)】
 道案内

【平成20年(2008年)】
 廣島かよこの挑戦

【平成19年(2007年)】
 桜とバラとおむすび
 太田川散策
 オペラのまち、ひろしま-第15回ひろしまオペラルネッサンス

【平成18年(2006年)】
 春を呼ぶランらんまつり
 

えべっさん2011


胡子大祭本通商店街の様子
今年もえびす講の時節になりました。「胡子大祭(えびす講)」は、毎年たくさんの人で賑わいます。土曜日(平成23年11月19日)、広島市内は前日からの雨模様、午後から晴れ間も見えはじめたので、夜になって繁華街に出かけました。本通商店街では、商売繁盛!えびす講大売出しをやっています。
途中入ったcoffee shopでは、コーヒを飲みながら、流れてくるビートルズの曲を聞いていました。ビートルズを専門に聞かせる店なのか、筆者の年齢には安らぐ場所です。もっともほかの席は若い人たちが占めていましたけど・・

 

胡子神社前の様子
胡子神社前には参拝に訪れた人で長い列ができていました。写真の「こまざらえ」というのは、熊手の事で、神社の近くにはたくさんの露店が出ていますが、露店で縁起物の熊手を買った参拝者は、神社に参拝に行き受付場で「こまふだ」というひし形の木に名前(会社名)を書いてもらって拝殿するそうです。
拝殿して祈祷してもらった「こまふだ」を、熊手に付けるのでしょう。    

 

 

 

こども神楽
えびす大祭を盛り上げるために、イベント「笑う、ひろしま、えびす顔 えべっさん」が、アリスガーデンと中央通り(二ヶ所)で、開催されました。
アリスガーデンでは、「ah! えべっさんバージョン」として、「こども神楽」などが上演され、「あおぞら子供神楽団」のこの日の演目は「曽我兄弟」と「紅葉狩」。最近、伝統文化の「神楽」に関心を持つ子供たちが増えているようです。(写真は、「曽我兄弟」)。

 

 

恵比寿舞
アリスガーデンから、夜神楽が上演されている中央通りへ。出演は山王神楽団。演目は、「恵比寿舞(えびすまい)」と「八岐大蛇(やまたのおろち)」でした。神楽を間近で見ていると、存在感というか強烈なインパクトがあり、なにかしら強く迫ってくるものがあります。(写真は「恵比寿舞」) 。


 

 

和太鼓競演


ここでは、 「和太鼓競演」が、始まっていました。同時進行の催し物が場所を違えていくつか重なっているので筆者も多忙なのです。写真(左)は、「文教太鼓(葵)」。女子高生だけのこの和太鼓団体(広島文教女子大学附属高等学校和太鼓部)は、太鼓にかける心意気と集中力をもって、力強い太鼓の音を聞かせてくれました。(中央通り)。

次の「山陽太鼓“弾”」(広島山陽学園山陽高等学校)の和太鼓は、雨足が強くなってきたため残念ながら中止になりました。

 

琉球國祭り太鼓

ひろしまドリミネーション

写真は、「琉球國祭り太鼓」(琉球國祭り太鼓広島支部)。今回の「えべっさん」には初参加です。若い人達が明るい笑顔で舞うエネルギッシュな動きと、太鼓の音に元気をもらいました。シーサーも登場して、沖縄らしさを添えます。(中央通り)
和太鼓競演のプログラムはこれで終了。
悪天候のなか、参加3団体の皆さん、お疲れさまでした。

「胡子大祭(えびす講)」の頃には、「ひろしまドリミネーション」が開催されています。この時期、平和大通りなどの市内中心部はライトアップされて、色とりどりの光のモニュメントが林立し、街は美しい彩りをみせます。カラフルな光の世界を散策してみると、何色ものあたたかいあかりの世界にいやされて、日常をはなれた「おとぎの国」の村人になっている自分を発見するかも。

(ひろしま市民パブリシスト らぱんだ55)

(ひろしまファンクラブ 平成24年11月12日号

 

安芸の国の大峯山、松笠山

郷土史への関心は、筆者が、旅行誌の平城遷都1300年特集に掲載されていた奈良県吉野郡金峰山寺の仏像に強く魅せられたことから始まる。仏像の名を蔵王権現といい、青い容貌に威厳と憤怒の気色が漂う。『金峯山修験本宗 総本山 金峯山寺』のホームページには次の説明がある。

大和の国、吉野山から大峯山山上ケ岳にかけての一帯は古くは金峯山(きんぷせん)と称し、古代より世に広く知られた聖域でした。この金峯山に役行者神変大菩薩が白鳳年間(7世紀後半)に修行に入り修験道独特の本尊・金剛蔵王大権現を感得されます。この姿を桜に刻んで、山上ケ岳(現:大峯山寺本堂)と山麓の吉野山(現:金峯山寺蔵王堂)に祭祀されます。これが金峯山寺の開創と伝えられています。


筆者は、春先に吉野山へ巡拝したが、折悪しく蔵王権現は開帳前で文字通りの門前払い。一路高野山・熊野へ向かう。後日、再び思い立って吉野を訪ねた晩秋、金峰山寺蔵王堂には金剛蔵王大権現の偉容と圧倒的な迫力とが感動とともにあった。

さて、最初に触れた広島県に関する郷土史研究の貴重な資料を一部抜粋して取り上げたい。

『物語 松笠観音寺』(新中瑛亮 著)の著者は、大峯山(奈良県)と松笠山(広島県)の関係を捉え、松笠観音寺の歴史の一端を次のようにひもとく。

以下囲み部分は著書からの引用、( )は筆者註。

『不動院文書』に出会ってから三ヶ月ほどした平成九年…わたしの高野山大学以来の友人である木下浩良氏が広島にこられた。…氏に一度松笠山に登っていただけないかとお願いし…二人で山に登ることになった。
…現地調査を積み重ねてこられた木下氏の歴史家としての目で一度、松笠観音寺を見ていただきたかった…龍泉寺まで降りてきて、無事調査を終えたわたしたちは、鐘楼の基礎に腰掛けて休息した。
「木下さん、あの大峯山の麓の洞川(どろがわ)にあるお寺、あれ龍泉寺じゃなかったですかね。」
「ええそうですよ。」
「…!?」
…わたしはこの時はじめて、目の前にありながら、しかし薄ぼんやりとしてしか見えなかった松笠観音寺の歴史をはっきり見たような気がした。ここは大峯山なんだ。安芸の国の大峯山なんだ…奈良時代、役小角(えんのおづの・役行者『えんのぎょうじゃ』)によって開かれたと伝承された日本の山岳仏教の根本道場、大峯山。その「山上ケ岳」の麓の洞川にあるのが龍泉寺なのである。
芸藩(広島藩)の山伏を支配し、修験寺院を統括していた不動院が、瀧の金毘羅(松笠山の麓)に龍泉寺を開いたということは、つまり松笠山を安芸の国の大峯山に見立てたことを意味する。


とし、これらの史実から

全国に、大峯山に模した山がどれほどあるのか知らないが…修験の行者たちは、それぞれ自分の国に、役小角(役君)を慕い、大峯山に模した山(国峰『くにみたけ』)を開いたのであろう。松笠山麓の龍泉寺の開基にもそうした構想があったのかもしれぬ

と推論する。


(ひろしまファンクラブ 平成22年12月09日号

瀧の金比羅
瀧の金比羅


龍泉寺観音堂
龍泉寺観音堂

松笠観音寺
松笠観音寺


不動院
不動院

大峯山龍泉寺
大峯山龍泉寺
(奈良県吉野郡天川村洞川)


道案内 

  よそから来た人から「トサカ」への道順を尋ねられた時に、しばらく考えたあとで「多分、ヘサカ(戸坂)のことだな」と了解できれば、あと道順を案内するのは難しい作業ではないし、「ウシナ(宇品・ウジナのこと)」「コヒ(己斐・コイのこと)」などは、元の地名を発音からある程度類推できるので、相手の意向も汲みやすいです。幸いに、広島の地元民である筆者は、市内の道を聞かれた時「それはどこのことですか?」とこちらが首をかしげるような難問にはまだ出会ったことがありません。が、思いのほか、広島に住んでいる人に「これ、なんと読むのですか?」と聞かれたのが「鹿籠・コゴモリ(安芸郡府中町)」です。

 よく聞く地名なのですが、実は筆者も長い間この難しい漢字と読み方とが結びつかないでいました。そうなると旅行者に「コゴモリってどこですか?」と尋ねられても、「聞いたことはありますがのぉ」くらいの愛想加減で、まして「どんな字を書くのですか?」ということになると閉口してしまったでしょう。

 そういう訳で、読み方の難しそうな広島の地名を調べてみました。銀山町(カナヤマチョウ)、幟町(ノボリチョウ)、薬研堀(ヤゲンボリ)、温品(ヌクシナ)、三篠(ミササ)、猿猴橋(エンコウバシ)、向洋(ムカイナダ)、上安(カミヤス)、伴(トモ)、伴東(トモヒガシ)、深川(フカワ)、長束(ナガツカ)、安東(ヤスヒガシ)、飯室(イムロ)、狩留家(カルガ)、千同(センドウ)、藤垂園(トウスイエン)、海老園(カイロウエン)など。これらは市内だけですが、県内全般の読み方の難しそうな地名は、「新・広島地名辞典」に詳しいので、興味のある方は検索してみてください。

 

宇品港
宇品港
島嶼(とうしょ)部行きのフェリーが
忙しく往来します。

原爆ドーム
原爆ドーム
手前の船は雁木(がんぎ)タクシーです。


平和公園
平和公園
前に進むと原爆死没者慰霊碑と
原爆ドームが同じ線上にあります。

大田川
太田川
広島の町は太田川下流の
三角州に成立っています。


不動院
国宝、重文があり現存する
被爆建物でもあります。


  地名の話から少し飛びますが、広島駅前のエールエール(福屋)のバス停で、県外から来た中年の女性が、「待ち合わせ相手が来ていなくて、携帯もなく連絡が取れない」と当惑されていたので、筆者の携帯を渡し、福屋というデパートは広島では八丁堀にもあることを伝え、待ち合わせた人と連絡をとるように勧めました。電話が相手とつながって、女性が世間話まじりの会話がはずむのを横目に、「それ、わしのケータイ…」と思いつつ聞いていましたが、女性は相手が八丁堀の福屋に来ることでひと安心したようです。

 デパートの福屋は、市内では五日市にもありますが、天満屋も、市内では八丁堀と商工センターと緑井(ミドリイ)の三ヶ所あるので、待ち合わせる時には間違わないように確認しましょう。

  筆者は県外に行くと、道路標識の漢字の地名をどう読んだらいいのか分からないことがよくあり、漢字のすぐ下にあるローマ字で分かって苦笑したことがあります。ただ、漢字の地名には由来があるので、命名の歴史・経緯に思いを馳せてみると何か感じるところがあるかもしれません。  

(ひろしまファンクラブ 平成21年6月25日号


廣島かよこの挑戦

廣島かよこはバスである。

横川ふしぎ市の写真コーナーで一枚のバスの写真が人々の目にとまった。
写真は、今から 103年前の明治38年(1905)2月5日、横川・可部間を走った12人乗りの日本で最初の国産乗合バスだった。

このバスを再現するために横川では有志の手で 「レトロバス復元委員会」がスタートした。
忠実に当時と同じ物を復元したいという地元の人達の知恵と情熱は一世紀前のレトロな物語を再現させた。

平成16年には、横川駅前広場整備計画の一環としてかよこバスはお披露目され、街のシンボルとして横川駅前広場に展示されている。以後、 廣島かよこは地元横川の街おこし、地域おこしに活躍することになる。

かよこバスが可部・横川間(可横)を日本最初に走った2月5日を記念して、西区民文化センターでイベントの 映画「横川サスペンス」が上映された。


映画「横川サスペンス」の誕生の経緯は かよこバスに関わる。
かよこバスを完成させた時に残った協賛金など製作費の余剰金100万円で地域おこしのアクションを起こす方法を模索した時、この予算をもって横川をテーマの映画を作ろうということになった、というのが かよこバスから始まった 自主制作映画「横川サスペンス」誕生の顛末である。

横川サスペンスは配役の多くがコンテストで選考された地元の人達であり、サスペンスは横川の町を舞台に展開する。上演時間1時間40分、横川の街には映画の制作という映像文化が根づき始めているかに見える。
勿論、映画には かよこバスが登場している。

かよこは街おこしの主役、横川の発展とよりよいまちづくりのために 「廣島かよこの挑戦」は続く。

追記:会場では水戸川会長さんから楽しい話をたくさん聞くことが出来ましたが紙面の関係ですべてを掲載できません。
より詳しい情報は『かよこバス』『横川サスペンス』『横川ふしぎ市』などのキーワードでインターネット検索してみて下さい。

 

(ひろしまファンクラブ 平成20年2月21日号

かよこバスの顔
かよこバスの顔

横から見たかよこバス
横から見たかよこバス
乗降は後ろからするようですが・・


日本最初の国産乗合バスを蘇らせた街横川
日本最初の国産乗合バスを蘇らせた街横川
まちづくりのマドンナかよこを生み
・・平和が一番浪漫が二番・・平和公園
に次ぐ見所として横川は広島一のB級
観光地を目指すことを宣言する


indies映画祭
indies映画祭
開催日:2008年3月1日(土)3月2日(日)
場所:西区民文化センター
時間:3/1は13:30~ 3/2は13:00~



街のシンボル かよこバス
街のシンボル かよこバス(横川駅前広場)

桜とバラとおむすび

牛田総合公園の駐車場に立った時、目近に斜面の遊歩道に咲いた満開の桜の花に迎えられた事が嬉しくて、三々五々に公園を散策する人の列に加わって坂を上って行った。

ここの桜の木はまだ若いのか、実にきれいに花を咲かせている。山の手の公園は空が開けてすがすがしい。満開の桜の木の下で弁当を広げている光景があちこちで見られる。風流な場所の風流な花見だ。

少し歩くとバラ園に足を踏み入れる。広場ではヨーロッパ風の造りの工作物がモダンな雰囲気を漂わせていた。バラの花が咲く時期にはまた違った装いが見られることだろう。そこから階段を上ると桜並木の遊歩道が上に向かって延びている。道はなだらかだ。

牛田公民館でもらった公園の案内パンフを読むと、牛田総合公園はビッグウェーブ・スポーツセンター・テニスコート・多目的広場のある平地と、バラ園やカナダのモントリオール島を模したミニュチユアガーデン・展望広場・ナチュラルライフセンターなどがある斜面部とまた『安芸の宮島』を含む瀬戸の島々が眺望でき、ハイキング・バードウォッチングにもよい環境の山地部から成っている。

これは牛田公園が三つの山水を包括して造られた故に『総合公園』と呼ばれている所以だろう。これまで何度か、公園の入り口が分からずに来ることが出来なかったが、『こんな憩いの場所が近くにあるんだ』と思わせられる。

ただ今回は、桜の木の下でおむすび食べるのに忙しかったので、山地部からの瀬戸内の展望はお預けにした。

さて、帰りの最終コースでは、パンフレットの案内によれば、『牛田総合公園を散策した後はおいしい食事と本格天然温泉』の神田山荘へ是非、という選択肢もある・・・らしい。

追記:後日、五月中旬の新緑の公園を訪れ、バラの花と周囲の緑に囲まれて、憩いのひと時を過ごした。バラは六月上旬まで楽しめるようで、次は十月頃が再び見頃とか。

(ひろしまファンクラブ 平成19年5月31日号

 

 牛田山入口の案内板
牛田山入口の案内板

サクラが映えるバラ園
サクラが映えるバラ園

サクラ満開
サクラ満開

バラにおおわれた門
バラにおおわれた門

色とりどりのバラが咲く
色とりどりのバラが咲く

バラ

 


太田川散策

川のほとりを歩く

 川から吹く風の気持ちのよい、陽気な日を選んで、以前から企てていた太田川河岸の遊歩道の散策に出かけた。

 遊歩道はよく整備されていて、行き交う人の横を気持ちよさそうに自転車がスイスイ通り過ぎていく。土手では、つくしと見間違う茶色の変な?草に足を止め、カラスノエンドウを見つけて子供の頃飲んだ豆茶を思いながら先に進む。

 桜もそろそろ満開のこの頃。10分位歩いて、出発した大芝水門あたりを振り返り水門を遠くに認めて、ここからあそこまで歩くとしたらノーサンキューだと思う。人間の足は偉大だと感じた。再び目的地の相生橋をめざして歩いていると、桜並木のベンチが、『歩みを止めてここにゆっくり腰をかけて、太田川の自然の風景を眺めながら少しくつろいで行きなさい』と話しかける。なぜか『先を急いでいます』と応えて通り過ぎる。

 ゆったりした坂をのぼったり、橋の下を通ったりのこの遊歩道は、車の走る大通りを横切らない。ただ、空鞘橋の下をくぐらないで、まっすぐに道なりに進み、橋の東側の横断歩道を紙屋町の方向に抜けて行く人が多いのは、目的地が違うのだろう。

 少し疲れてこども文化科学館の近くの緑地帯でひと休み。5分位してまた出発すると、桜の花を撮影している人がいて、風に揺れる枝を手で支えて桜の花びらを間近に写している。左手に桜、右手にカメラ。両方が揺れて多分、アルバムはふんだんにブレ写真で充実しそうだ。接写の時の花びらは、風に吹かれてじっとしていてくれない。

 こども文化科学館のところからはすぐに、最終地点の相生橋に着く。遊歩道は休憩を含めて約一時間の旅?だった。自分の足で気侭に歩いてみるのもいいものだ。

(ひろしまファンクラブ 平成19年5月17日号

土手を自転車が通り過ぎる

 

川そばのベンチ

 

船が通り過ぎる

 


オペラのまち、ひろしま?第15回ひろしまオペラルネッサンス

照明が落ちて薄暗くなったホールの、ほんのり明るいオーケストラピットの中から、モーツァルト作曲、オペラ「フィガロの結婚」の上演を告げる序曲が始まる。広響の重厚な響きは、ホール全体にモーツァルトの音楽の扉を開き、序曲をやがて終盤のヤマ場へと導く。オペラ開幕の期待と興奮に胸が高まるひとときである。 

ふと数日前の記憶が蘇る。多目的ホールでは、音楽稽古や立稽古が行われていた。指揮者や演出家の指導のもと、ピアノ伴奏で歌と演技の稽古だ。本番間近の稽古場は熱気とともに緊張感が漂う。

そのころ、アステールプラザ大ホールでは、上演に向けて、数日間にわたる舞台の仕込みが始まる。基本的な美術の舞台装置が手際よく立て込まれ、各幕で使われる小道具も用意された。また第一幕から第四幕までの照明作りが丹念に行われ、演出・技術の立会いのもとに最後の調整が行われる。

公演直前には、登場人物は、完成した本番の舞台上で、自分の立位置を確認する場あたりに臨む。続いて夜はゲネ・プロである。ここで登場人物は、稽古の総仕上げとして、舞台衣装を着け広響とともに公演日と同じ舞台を努める。

今日の開演までの軌跡を回想している間もなく、序曲が終わりにさしかかり、「フィガロの結婚」のオペラカーテンが開かれた。全四幕のドラマの始まりである。本番は、肉声と弦楽器の見事なアンサンブル、登場人物の華麗な演技と衣装、夢を見ているような舞台のロケーションが、当時にタイムスリップしたかのような錯覚に陥らせる。

モーツァルトの旋律はすばらしかった。今まで、オペラは外国語だし~、よく分からないし~、と敬遠してきた私であるが、ここでは洋画を見るように字幕が舞台上部に出るので、登場人物のやり取りが分かって楽しい。字幕には広島弁らしき言葉が出てきたり、メールの顔文字が出てきたり、意外なユーモアに思わず笑った。

「フィガロの結婚」のドラマが終わった今、オペラへの憧憬と共感を込めて引用したいのは、『オペラは何を見て楽しんでもいい。音楽だけを聞いてもいいし、舞台だけ見てもいいし、そこに生の人間がいることを、人間ってすごいってことを多くの人に感じてもらいたいのです』(今回の演出を担当された岩田達宗さんのコメント to you10月号より)。市民の感動と興奮のさめぬまま、第15回ひろしまオペラルネッサンスは、終演のオペラカーテンを閉じる。

広島市文化財団 文化情報マガジン「to you」平成18年12月号)

ステージ作りが始まりました
ステージ作りが始まりました。
スタッフの機敏な動きで
舞台が形になっていきます。

トランシーバーで連絡のとりあい
高くて広い空間なので各持ち場の仕事を
互いにトランシーバーを使って
連絡を取り合って打ち合わせている
光景が見られます。

オペラカーテンはハの字型に開かれます
舞台の両側に赤くわずかに
みえるでしょうか。
オペラ・カーテンは開演のときは、
閉じられた状態からカタカナの
《ハ》の形で開かれます。

チェンバロも用意されました
 公演二日前にはステージも完成していて
オーケストラ・ピットには各楽器とともに
チェンバロも用意されました。



春を呼ぶランらんまつり

季節がまだ冬のわびしい景色の佇まいにある中で、ここだけは一足早く、春ラン漫です。

大温室の中では、大小のランが色とりどりに、優雅に、しっとりと咲いていました。華麗なランの百花繚乱、見る人の目も心もなごませてくれます。

熱帯が原産の多品種のランですが、花の一つ一つが個性的です。ランの花言葉は《美人》、まわりをランに囲まれていると花の香りが漂うようで、アロマ効果とでもいうのでしょうか、気持がやさしく癒されます。ランの香りは、大温室の中にいても、それとなく雰囲気として感じるくらいの格調の高い香りです。

始めて興味をもってランの花を訪ねてみましたが、大温室で所狭しと咲くランは、目で見てあでやかで、心でとっても優雅な花でした。また、そこにはランの花の演ずる、かぐや姫の物語の世界がありました。

(ひろしまファンクラブ 平成18年3月2日号

 

ラン祭り

ラン かぐや姫

 

 

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