新着情報
南区プロフィール
回遊ルートマップ WEB版
フォトギャラリー
南区7大伝説
美奈美国風土記 WEB版
わがまち冒険王 WEB版
南区魅力づくり事業
南区Map(PDF)
Link
Top
黄金伝説河童伝説妖怪伝説天女伝説
鉄道伝説菓子伝説第九伝説表紙
天女伝説のCM (CM部会制作)


伝染病の一種で致死率も高く、顔や体に特徴的な発疹がでることで恐れられた天然痘は別名、疱瘡(ほうそう)と呼ばれていた。日本では種痘などの効果により昭和31年(1956年)以降、根絶されましたが、全国各地に疱瘡神社はあり、病気を治す神として祭られています。

青崎にある疱瘡神社は平清盛の側室 常盤御前の娘が祭られており、そこに伝わるのが「天女(てんにょ)伝説」で、次のようなものです。
平清盛は平安時代末期、貴族たちから政治の権力を武士階級に移した日本で最初の人物で、民間人としては初めて太政大臣の地位につきました。音戸の瀬戸を切り開き、厳島神社を造営したことで知られています。そんな清盛が側室に生ませた子供の中に天女姫がいたのです。この娘、とても可愛らしかったのですが、病弱だったため、とりわけ大切に育てていたそうです。

そんな天女姫が当時のはやり病である天然痘(疱瘡)にかかったのです。清盛はなんとか病気を治そうと京から宮島へと天女姫を連れてきました。一心に祈願したのですが、その甲斐もなく亡くなってしまいました。

失意にくれる清盛は神のお告げに従い、赤旗の立っている「仁保島 向灘」に姫を埋葬したのです。その地が現在の疱瘡神社といわれています。清盛は姫のなきがらを狼や狐から守るために向灘の山を切り開いて堀を造りました。現在も青崎地区に多くの井戸が残るのも、そのとき雇った作業人のためのものと言われています。